Sat.

シガン島の冒険その1  

 アンジェは相手に向ける胡散臭そうな視線を改めることもせず、反復した。

「――イーストガーデン、だって?」
「本当だって!ほら、この果物なんて、普通の市場で売ってるものとは全然違うだろ!」

 髭が伸び放題になっている後輩冒険者が荷物袋から転がしたのは、確かに今まで彼女が見たこともない果実であった。
 イーストガーデン。
 東方に眠ると言う、御伽噺や伝説に語られるだけの妖精郷である。
 この冒険者は偶然にもその妖精郷に辿り着き、命からがら逃げてきたのだと主張している。

シガン島
 昼日中の光を弾く、ハート型の赤い果実を見下ろしながら、アンジェは言った。

「それで、うちのパーティにどうしろって言うのさ?」
「この情報を買って欲しい。並みの冒険者じゃ、あそこを訪れることすら出来ない――本当の、秘境への冒険だぜ。あんたたちは確か、精霊や妖精の支配する森にも立ち入ったことがあるんだろう?」

 彼の言うのは、オレンジ色の羽根を持つ妖精が、空間転移魔法で(無理矢理に)旗を掲げる爪を自分たちの領域へ招き、ドライアードに憑依した魔神と戦った時のことである。
 パーティから離脱する前に、テアがその経験を途中まで歌にまとめていたものを、同じ≪狼の隠れ家≫に所属する吟遊詩人が引き継いでバラッドに仕立てたので、同宿の者の大半はその時の冒険のことを知るに至っていた。
 ゆえに、相手が自分たちの冒険を知っていることに驚くことはせず、ただアンジェは腕を組んで唸った。

「秘境冒険……ねえ」

 そういえば今までやったことがなかったっけ、と思った。
 悪党の討伐や遺跡探索などは何度も行ったことがあるものの、前人未到の地を開拓する――そういった仕事を受けた覚えは、彼女の覚えている限りないはずである。
 鉱精ユークレースに外の世界をたくさん見せるという大義名分もあるし、たまにはそんな仕事もいいか、と判断したホビットの娘は、後輩に情報を買うと確約し、彼の見つけた妖精郷がどこにあるかを問うた。

「東のシガン島だよ!」

 ――これが、実に12日前の話である。

「花々が咲き乱れる土地……」

 パーティリーダーであるシシリーは、周りを見渡して呟いた。
 前の依頼で、花にまつわる魔法生物と戦った記憶が新しいだけに、そういった土地へ赴くのにいささかの逡巡がないわけではないらしい。
 とは言え、一応冒険者の端くれ。
 未だはっきりと探索した者のいない土地と言う前情報に、ワクワクが抑えきれなかったのも事実である。
 シガン島へ渡るために借り受けた船から、常になく不安げにどうにか下りてきたロンドが、

「いまいち飲み込めてないんだが……今回の目的は、妖精郷を見つければいいのか?」

と尋ねた。

「そうね。伝説に謳われるイーストガーデン……花の女神が住まうという場所を確認するだけで、旗を掲げる爪の名声はさらに高まるでしょうね。出来ればもう少し、この島についても色々と調査した方がいいと思うけど……」
「もし調査できるのなら、是非そうすべきですよ」

 ウィルバーが口を挟む。

「この土地については、賢者の搭でもあまり詳しくは分かっていません。ここで我々がちゃんとした調査を行うことができれば、搭から幾ばくかの調査費用を引き出すことも可能では?」
「シガン島に渡るだけでこんなに時間が掛かるなら、賢者の搭だってそうそう人員を派遣することもできないでしょうしね……ウィルバーさんの考え、良いと思いますよ……ううっ、足がふらふらする……」
「主、俺に捕まるといい」

 ウィルバーに賛同しようとしたミカがよろけるのに、すかさずナイトが篭手を差し出した。
 疲労はリビングメイルとは無縁のものとは言え、一度落ちたら助からないだろう海上に連れて来られながら、その挙措は落ち着いたものである。
 後輩から島の件について情報を買い上げたアンジェは、甲板などに忘れ物がないかを確認した後、一番最後に下船した。 
 後輩の証言では役に立たなかった為、いちからマッピングしようと羊皮紙を取り出す。
 そんな彼女の様子に気付いたウィルバーは、

「どれ、上空から少し地形を見てみましょうか」

と言って【飛翼の術】を唱え、背に白い羽根を生やした。
 そして、どっこいしょ等という年寄りくさい掛け声とともに、空へ浮かぼうとした、その時。
 シュゥ……という風を切るような音とほぼ同時、パッと宙に赤い華が咲いた。

「ぐ……あっ!?」

 背中に負った翼から、羽毛が雪のように散る。

「ちょ、おっちゃん!?」
「ウィルバーさん!」

 慌ててミカが駆け寄ろうとするのを、ナイトが肩を掴んで止める。
 危うく地にそのまま倒れるところだった身体を、ロンドが片腕で受け止めた。
 ひとまず安堵し、なぜ邪魔を、と従者たるリビングメイルを咎めようとしたミカの足元が、鋭利な槍で突いたかのごとく深く抉れる。

「え……!?」
「何か、いる」
「卑怯者、姿を現しなさい!」

 抜刀して言い放ったシシリーの3メートル前方に、ホビットであるアンジェよりも小柄で痩せっぽっちの少年が空中から唐突に現れた。
 その背には、被害者たるウィルバーとは違う蜻蛉のような透明な羽が生えている。

「お前たちだな!」

と口にした少年の双眸には、これ以上ない焦燥と憎悪が宿っていた。

「え……?」
「ご主人様、こいつら風の眷属です!」

 少年の年に似合わぬ剣幕とセリフに戸惑っていたシシリーへ、フォウであるスピカがベルトポーチから飛び立って忠告した。
 光の精霊であるスピカには、他の精霊が分かるのである。

「陽気で正直者の風の眷属が、どうして……!?」

 驚くフォウの様子には構うことなく、次から次へと現れた風の精霊たちは、よそ者を許すなと言わんばかりに風で出来た不可視の刃を飛ばしてくる。
 鉱精ユークレースが負傷したウィルバーを癒す間、他の仲間たちは慌てて身を翻した。
 ミカに魔術師を託したロンドが殴りつけようとするも、正式な召喚の儀で現出したわけではないため、拳による攻撃がすり抜けてしまう。

「何て厄介な奴らだ!」

シガン島1

「ええいー!」
「やっちまえー!」
「ちょっと、危ないってば!」
「やめなさい、風の精霊!いったい、何の話をしているの!?」

 アンジェやシシリーの制止も空しく、さらに風の刃は脇腹や脛を傷つけて流血を強いていく。
 話が通じる余地はないと断じたナイトが、竜の息吹が宿った剣を閃かした。
 魔力を散じる恐るべき作用は精霊にも効果があったようで、右の首筋から左の脇にかけて両断された風の精は、霧が晴れるようにその姿を消していった。
 それを見て、魔法の力でなら攻撃できることを理解したロンドが、今度はスコップの能力を解放して精霊の身体へ先端を突き刺す。
 そこからたちまち形勢は逆転し、風の精たちがいなくなると、冒険者たちは流れる血もそのままに座り込んだ。

「あうー、痛いよー」
「はいはい、【至る道】を使いますからこちらへ」
「大丈夫かよ、ナイト。お前、鎧にひび入ってるぞ……」
「む、そうか?」
「魔法で修正しますね。ひび、どこですか?」
「……しかし、あの精霊たち。いったい何だったのかしら……」
「ペレ様が居なくなってしまって、みんな荒れているんです」
「!!」

 銀の鈴を鳴らすような声がして、咄嗟にもう一度各々の得物を構えた旗を掲げる爪だったが、彼らの前におずおずと出てきたのは精霊ではなく、花の妖精であるフェアリーであった。
 不可思議な光沢を放つ翠の髪の彼女は、哀しげに目を伏せて話を続けた。

「ペレ様はイーストガーデンの主、メイリア様の一人娘。あの方は夫であるゼッヘ様共々、ペレ様を溺愛しておられました。しかし――」

 2人が目を離した少しの間に、そのペレの姿が消えてしまったという。
 以来、花の女神たるメイリアは悲しみに打ちひしがれており、一方、旋風を操るゼッへは怒りに駆られ、風の精たちを引き連れて疑わしい者を片っ端からねじ伏せているらしい。

「アン。その情報、後輩から聞かなかったのか?」
「何にも聞いてないよ、兄ちゃん。てか、アイツ戻ったら締めとかなきゃな……」
「え、えっと、あの……」
「す、すいません、こちらの話です。妖精さん、話を途中にしてしまってごめんなさい。その……続きを伺えますか?」

 ミカは、物騒な顔になって話合い始めた仲間を放置するよう促した。

「つまり、どのような用件で来られたかは存じませんが、この島はとても危険な状態なんです。ゼッヘ様に見つかる前に、島の外へ逃げてください」
「でも……妖精さんも、メイリア様が悲嘆にくれているのは、困るんじゃないですか?」
「それは……」

と言って、彼女は力なく俯いた。
 植物系魔法を操るようになって、かなり木々や花の様子に敏感になってきたミカにとって、花に宿る精たちの困窮は、あまり見逃したくないものである。
 どうにかできないか、という期待を込めた常緑樹の瞳が、ひたむきにリーダーであるシシリーへと向けられる。
 自分たちの本来の目的は秘境探検であるものの――善良な者が困っているのを、見過ごせるはずもない。
 ましてや、その対象がイーストガーデンを造ったとされる女神であり、我が子を探してのことだと聞いてしまえばなおさらである。
 シシリーは、神々の時間間隔が人とは違うことを承知しているため、花の妖精に念を入れていなくなった時の様子を尋ねてみたが、あやふやな証言の中でもここ1週間以内の話であることは間違いないようで、島を出たということもないと、これは風を支配するゼッヘが、自分の部下たちから情報を集めて判断したそうである。

「そういうことなら。……私たちが協力できるかもしれないわ」
「ほ……本当ですか!?」
「ほら、うちのリーダーさんもそう言ってます。だから元気を出してください。ね?」
「ありがとうございます!」

 朗らかに話をしている娘たちを他所に、仲間たちは円陣を組んでぼそぼそと話し合った。

「……姉ちゃんって、基本お人よしだよね」
「主も相当お人よしだがな」
「いやまあ、半ば以上予想はしていましたので。ただ、報酬ないんですけどねぇ」
「え、なあに、反対なの?」

 穏やかな表情で首を傾げたシシリーやミカへ、ウィルバーは咳払いをしてから伝えた。

「受けるな、とまでは言いませんがね。今回、ここへ来るのにかなり糧食を消費しています。島で使えるのは、精々がとこ1日分くらいですよ。たった丸一日で、今まで見つからなかった神の娘を発見できるのですか?」
「旅用の糧食パックとは別に、いくらか荷物袋に今まで手に入れた分も入っていますよ。シガン島に滞在できる限界があるのは分かりますが、その時間で出来るだけのことはしてもいいんじゃないでしょうか。私たちなら、精霊では分からない点も気付く可能性がありますし」
「そうね。それに、イーストガーデンについて造物主ほど詳しく知っている人は――人ではないけれど――いないはずよ。いなくなった娘さんを見つけたら、何か面白いことを教えてもらえるかもしれないわ。第一、探検しようといったって、このままじゃ精霊たちに邪魔されるのがオチなんじゃなくて?」
「うーん……」

 確かに、2人の言うことももっともである。
 悲嘆にくれているメイリアを放置してイーストガーデンを歩き回ろうものなら、この地の精霊や妖精を余計に怒らせることは間違いないだろうし、そうなれば当初の目的である探検もままならなくなる。
 おまけに、ここへ来るまでの初期投資が全て無駄となるだろう。
 それだけは何とか避けたい事態だった。

「……ま、いいか」

 話をじっと聞いていただけのロンドがぽそっと呟いたセリフこそ、他3名の最終的な心境を如実に表していたと言えよう。
 結局、旗を掲げる爪は、メイリアの娘であるペレを、探検するのと同時進行で探してあげようということになった。

2016/12/17 11:40 [edit]

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