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永遠なる花盗人その3  

 赤と黒に揺れる未知の視界の中、少女は花にリボンを添えていた。
 その指先が淡く、赤く光ると、花の輝きと絡まって、少女の足元に液状の影を落としていく。
 訝しく思ったシシリーが口を開いた。

「……一体、何を」

 呟いた質問に応えがあることは期待していなかったが、はたして声が返ってきた。

「……花を育てているの」
「……花、を?」
「そう、あなたたちは皆、わたしを狩りに来た。狩られぬようにはどうすればいいのかを、少し考えたの。数は力。わたしを匿う賛同者が必要だわ。できれば多い方がいい」

 少女の指先が、また淡い赤の光に包まれる。

「ひとの数の暴力に対抗できる、それだけの数が欲しい」
「っ……何を――」

花盗人5

「だけど、わたしに眷属を生む力はない。夜に歌う吸血鬼たちのように、しもべを作ることはできない」

 危険だ。
 実際に危害を加えられているわけではない。
 だが、少女の言葉に耳を傾けるのは――ひどく危険なことだ。
 そう判断したシシリーは、急いで後退しようとしたが――なんら制約を架せられていないはずの足は、ちっとも動こうとしない。

「でも、実験して一定の理解をした。検証を繰り返して手段を確立した。わたしは花を育てることができる。それを土に埋めることができる」
「――来ないで」
「あなたの心から花を抜き、わたしが育ててもう一度植えるの。そうすれば、理性の外殻を潜って
あなたにわたしを落とし込める。あなたは狩るべき獣に頭を垂れ、自ら『集団』の最初の一人となる」
「……――!そんな、ことが……!まさか、発狂と変死の原因って……!」」

 彼女は、摺り足でシシリーに近づいてきた。

「きちんと花を植えるために、まずはあなたの輪郭を、わたしによく見せて――そう、まずは。あなたの根幹を為すもの。あなたの名前を、教えて――」
「いや――止めて、近づかないで――……」

 空っぽが大きくなる。
 これはテアとテーゼンを、己のミスから失ってしまった時に出来た空洞であることにシシリーは気づいていた。
 このまま狂ってしまえたなら、2人を永久になくしてしまった心の寒さから解放されるのではないだろうか?
 ああ、ダメだ、ダメだ。狂ってしまったら本当に全部なくなってしまう!
 湖に沈もうとした自分を救ってくれたテアを、初めてはっきりと自覚できる恋心を抱いたテーゼンを、あの空洞の奥へと追いやってしまうだろう――空虚に満たされたくはない――!
 穴の向こうに、黒い翼が見えた。

「いやだ――助けて、テーゼン!」
「テーゼン――それが、この薔薇を捧げた相手――ね?そう。わたしの名前は教えたわね――アタナシウス。さあ、あなたも名乗ってちょうだい」

 言いたくない、と歯を食いしばっていたつもりでいたのだが、見えない何かに操られているように唇がわななき、ついに彼女は名前を伝えてしまった。

「シ………シシリー……」
「シシリー。もうすぐ花が育つわ。あなたのものを、あなたのところへ取り戻す時よ」
「ダメ、よ。私の中から、出て、行って。出て。ここを出て。会いに行く」
「そう、会いましょう。来たら花を戻してあげる。あなたはもう知っているわ。わたしがどこで待っているか。待っているわ、シシリー。合図をしたら――」

 合図を、したら?

「――シシリーさん!」
「………っ!?」

 身を震わせたシシリーが辺りを知覚すると、そこはすでに未知の暗い空間でも、依頼人のロバート氏の隠れている小屋でもなく、薄暗い廃屋の一角であった。
 温かな光に包まれたスピカが肩に止まっているミカが、気遣わしげにこちらを覗きこんでいる。
 どうやら、スピカがフォウの眷属の力を発揮して、再び彼女の意識を現実に引き戻してくれたものらしい。
 青い双眸の隅に、興味深そうに一冊の本を代わる代わる手にしている仲間たちが映った。

「大丈夫ですか?今、この廃屋にあった手記を読もうとしてたんですが――みんなが読めない言葉で書いてあって、困っていたところなんです。何でも、未知の言語体系で書かれているそうなんですけど……ウィルバーさんでもお手上げみたいで」

 残り少ない頭髪をむしるようにして、彼は唸っている。

「駄目です――さっぱり手に負えません。これはアタナシウスが書いたのでしょうか?」
「――う。……。そう、よ。彼女が書いた」
「……シシリー、さん?」
「いずれ作る群れのために。群れの者なら、分かるわ」
「……シ――!」
「待て、ミカ。……シリーなら、読めるんだな?」

 家族同然の少年の問い掛けに、薄く微笑んだ少女は頷いた。

「……解読を頼めるか」
「ええ。わかったわ。彼女もそれを望んでいるもの」

 そう語るシシリーの表情には、穏やかな恍惚と僅かな正気が入り混じり、瞳に妖しくも美しい葛藤の熱を渦巻かせている。
 その様子を認めたウィルバーは、左の眉をひょいと上げた。

花盗人6

(かなり表層の意識にまで影響が出ていますね……。本当に時間がありませんよ……)

 容易ならざる状態の彼女に負担をかけたくは無かったが、背に腹は変えられない。
 やむを得ず手記を渡すと、シシリーは抑揚のあまりない声で解読し始めた。
 そこに語られたことは――はたして、物事の視点がまったく人間とは違う生き物の綴る、今までの連続殺人事件の記録であった。
 育ての親たる管理者の殺害については、自分を作成した知恵ある獣(この時は人間という言葉を当てられなかったらしい)を理解しようと務めた結果のことで、攻撃を加えると崩壊するほど脆いことを初めて知ったらしい。
 管理者の死体を隠蔽した後、アタナシウスは人が群れで生活すること・宗教という概念を持っていること・それが群れの統率に有用であること――などを学習している。

「『――同時期、わたしという個体の限界を知る。生存のためには『集団』が必要だと判断した。わたしは思考実験を開始した。』」
「わあ……とっても、嫌な予感」

 アンジェの茶々入れにも反応せず、淡々とシシリーは解読結果を読み上げる。

「『どのようにすれば群れを為す思考が作れるか。幸いわたしには、管理人がわたしに用いてきた
精神に作用するちからが身に付いている。計画の実行には、集団を作る材料が必要だ。死体を白日の下に晒し、撒き餌とする。群れは蜂起し、わたしを探すだろう。』」
「あの死体晒しは、つまりわざとでしたか……!」

 ウィルバーはアタナシウスの狡猾さに舌を巻いた。
 賢者の搭への時間稼ぎと同時に、自分の望む方向への事態の誘導――これは、たかだか数年育ってきた魔法生物の知恵とも思えない。
 アタナシウスは管理者の死体発見により搭から派遣された追手を、自らの実験動物として扱ったのである。
 彼女曰く、花を介した改造の修練と実践――つまり、精神の一部を花に具現化して、手を加えることで己の眷属を増やそうという試みである。
 その追手の中に含まれていたロバート氏に関しても、いくらか記述がある。
 他の三つの個体――これは恐らく、同時に囚われた他の人員のことだろう――については実験が失敗して機能しなくなったものの、一つは情報を刷り込む事に成功したとある。
 これが、彼のことなのだろう。
 ただ、外見の事を指摘しているのか”通常の人間”足りえず、生餌として廃棄したとある。
 アンジェがぽりぽりと頬を掻いた。

「あー……察するにそこら辺から、実験のために人間を誘拐して、次々と殺していったってことみたいだね」
「そのようだ。自ら目的を確立した創造物の思考は、常に合理性に満ちている。殺した人間の身体を発見させることで、さらなる実験材料を得ようということなのだろう。我々も、それに該当するということらしい」
「……なんだろう、鎧の兄ちゃんの話になると、さらに怖く聞こえる」
「実際、怖いものだからだろう」

 がしゃりとつや消しの黒い鎧が鳴り、ナイトはフラットな口調とは裏腹に熱に浮かされた表情のシシリーへ手記の続きを促した。

「シシリー。続きを話してくれ」
「ええ……『苦痛を与え、思考を停止させる。情報の刷り込みを行いながら、幸福感を与える。それを繰り返して、脳に条件付けを行う。』」
「う、盗賊ギルドの洗脳技術と一緒……」
「飴と鞭の法則ってやつか。魔法使う奴でも、やり方は変わらないんだな」

 妙に感心した様子のロンドのセリフに気を取られることも無く、シシリーの解読は続く。

「『心理の形成と紐付けができたら花を植え直す。わたしの情報が混ざった花を引き金として、抑圧を開放し、本来の思考を完全に歪曲させる。理論的にはこれで群れのひとかけが完成する。そろそろ一人目を完成させる必要がある。できればわたしを守れる強い人間がいい。』」

 ぴくり、とウィルバーの眉が動いた。
 アタナシウスの望む”一人目”とやらが、目の前の彼の仲間であることは疑いようがない。
 聖北という宗教を備え、長剣を専業戦士並みに操り、さらには法術で肉体を回復させることもできる――そんな格好の人材が、そうそういるものではないだろう。
 つまり。
 依頼に釣られて体よく罠に飛び込んだ獲物こそが、旗を掲げる爪だったわけである。

「迂闊でしたね……せめて、これを先に分かっていれば――いえ、今となってはせん無きこと。ミカ、ナイト。これからの戦いの要点を、ロンドに分かるよう説明してやってください」
「ええと……。毒は一瞬しか効かない。特に麻痺毒は回復する、です」
「それから依頼人から貰った”花避けの雫”がある。これでアタナシウスが降らせる邪魔な花を、どうにかできるかもしれぬ」

 ロンドがこくこくと素直に頷いたのに安堵し、ミカは他に覚えておかなければならない事項を掘り返した。

「あとは、シシリーさんの花ですね。正常な状態か”見られる”なら、それに越したことはありませんが……」
「そっちはあたしの管轄かな。よく『視れば』いいんだよね?問題ないよ。任せて」

 アンジェは薄い胸をドンと叩いてみせた。
 そして、周囲を不安げに飛交う妖精や精霊たちに言い聞かせる。

「姉ちゃんは精神がかなり不安定になってるから、スピカとランプさんは頑張って姉ちゃんを繋ぎ止めることに終始して。ムルは兄ちゃんにひっついて、兄ちゃんの援護をお願い。いつもみたいに姉ちゃんが動けるとは限らないみたいだからね」

 彼らはホビットの説明に、一様に首肯している。
 やがて彼らがホムンクルスが待ち構えている庭園の門へ近付くと、その嗅覚に花の香りが強く漂ってきた。
 シシリーが、虚ろな目を彷徨わせつつ喘ぐように言った。

「……彼女と話をしていたわ」
「……」
「抵抗しようとすると干渉されて、その度、花がなくなった空白が膨らむ気がしたわ……。押し潰されると思ったの」
「……シリー」
「だって考えないことは気がとても楽なのよ。彼女は私を開放してくれる……彼女は私の名前を呼んだわ。幸せな気持ちを流しこみながら。そのうち名前を呼ばれるだけで、ふっと心が替わるようになった」
「……シリー」
「今ははっきり分かるの。自分の中に、何も考えなくていいって、解放されたい別の自分が作られている」

花盗人7

 この途方もない空洞を埋めて、逃れ得ぬ乾きから逃れたいという自分が。
 まだ傷ついている心の傷から、無理矢理にかつての仲間へ捧げた薔薇を抜かれた己を忘れてしまいたい自分が。
 絶望と痛みに悶える状況から、逃れたいと望む自分が。

「シリー!……なあ。俺、得意なことではないけど、あれからずっと考えていた。シリーをどうやったら引き戻せるか。多分、簡単なことだったんだ」

 ロンドはシシリーの眼前に佇み、その涙の膜に覆われた瞳を覗き込んだ。
 まるで鏡に映し出された虚像のように――彼は話し始める。
 ふと――シシリーは思った。
 彼もまた、犬猿の仲であったがために、ある意味でテーゼンの鏡像だったのではないかと。

「……見間違えないさ、あの赤いバラは。今のシリーは、多少『内気』になってるだけだ」

 分厚いざらついた掌が、がっしりとシシリーの左手を包み込んだ。
 良い感触とはお世辞にも言えないが、しっかりした温かさと安心感が、真っ直ぐに彼女の精神へと注ぎ込まれる。

「取り戻しに行こう、シリーの『情熱』を。アイツを忘れさせたりなんてしない」

2016/12/09 02:59 [edit]

category: 永遠なる花盗人

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