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永遠なる花盗人その2  

 シシリーが未だ、少女の咲かせる白昼夢の最中にあった頃。
 リューン郊外の森――その昔、旗を掲げる爪が、魔女の薬草探索依頼を受けて訪れた場所だ。
 失明の危険がある娘を救うため、森のあちらこちらを探索し尽くしたつもりだったが、今いるのはかつて踏破したエリアから僅かに外れている地点である。
 質素だが整頓された小屋の中は元々木こり用のものだったようだが、けして居心地の悪いものではなかった。
 真新しい「白」い包帯で右半身を隠している男が、古い茶器で客にハーブティーを淹れる。
 この痛々しい姿の青年こそが、今回の依頼人で、ミカに植物系魔術の手ほどきをしたロバート・ライリーであった。
 賢者の搭の命でホムンクルス討伐に駆り出され失敗し、搭を追い出された彼は、かねてより交流のあったミカ個人に連絡を取り、今回の依頼を持ちかけたのである。
 カモミールとレモングラスの香りを顎に受けつつ、ウィルバーはゆっくりと口を開いた。

「経過は今述べた通りなのですが――ライリーさん。それで当時のことをもう一度、お聞かせ願いたいのです」
「私でよければお答えしますが……。実りのあるものとなるかどうか。ですが、これでも依頼人です。情報の整頓でしたら、いくらでも付き合いますよ」
「恐縮です。お手数をおかけします」
「前に居眠りした分、ロンドは聞いておくのだぞ」
「う、分かってるって。悪かったよ……」

 ロバート氏はやや躊躇った後、おもむろに当時のことを語り始めた。

「私含む塔の下位魔術師四名、そして雇われの戦士二名。まずは捕獲を視野に入れて、計六名で挑みました」

 そこで苦々しい笑みを口の端に浮かべる。

「ですが、彼女の方が格上でしたね。不意を打たれて、戦士の一人が『花』を抜き取られました」
「やはり鍵になるのは花ですか……」
「ほどなくして、花を奪われた戦士の異常が始まりました。昏睡、幻覚、そして発狂。看病していた魔術師を切り捨てたところで我に返り、再び発狂、自殺。塔も事態を重く見て、ここで討伐に切り替えました」

 だが、そもそもが6名でどうしようもなかった相手である。
 残りの4名で打ち勝てるはずも無く、

「……ご覧の通りです」

と、ロバート氏は包帯の巻かれた右腕を挙げた。
 話を聞きながら黙ってハーブティーを飲んでいたウィルバーだったが、微かに音を立ててカップをソーサーに収めると、疑問を口にした。

「失礼を承知でお聞きします。貴方はどうやって生還を?」
「鼠が皆、同じ実験を受けるわけではない――では、答えになりませんね。生け捕りにされた後、花を接ぎ木されたのですよ」

 ロバート氏はミカに手伝って貰い、右半身を覆っている包帯の一部を解き始めた。
 右手の指先から肘までを隠す包帯が外された箇所は、植物の蔦と根がびっしりと張り巡らされている――まるで込み入った血管のようだ。
 包帯の下にある部分は、全て同じようになっているのだろう。
 さすがに息を呑んだ冒険者たちを責めるでもなく、彼は淡々と告げた。

「物理的に――魔術を掛け合わせ、生きたまま合成獣でも作るように。植物使いとしては、らしい末路ではありますがね。ミカさんにこんな事が起こらないよう、祈ってますよ」

 ロバート氏の深沈とした隻眼は、寂しげに細められた。
 請われるまま、丁寧に包帯を巻き直したミカは彼に尋ねる。

花盗人3

「……貴方はこれからどうするのです?」
「何とかやっていきます。あなたもご存知の通り、調剤の知識もありますし。ご心配、ありがとうございます」
「もう、搭に戻ることはできないんですか?だって……」
「それは無理、というものでしょう。合成獣を元の個体ずつに戻すすべは、失われて久しい。期待をするのは止めるべきです」

 ロバート氏は、すげなくミカの希望を退けた。

「搭を恨んでいないと言えば、嘘になりますが……まあ、研究対象として保存だの実験だのされるよりは、よほどマシな状態です。これ以上を望むのは贅沢過ぎます」

 重苦しい雰囲気が辺りを包む。
 物理的な質量すら持っていそうな空気を、ウィルバーの怜悧な声が切り裂いた。

「ストレートにお尋ねします。あのホムンクルスが、あなただけを生かしている今の状態を、どう判断されますか?」
「まあ……その。本音のところを言えば……私というのは、彼女にとって他者を呼ぶ生餌だとは、何となく気付いています。悔しいなあとは、思っていますよ。ですから、悔しいなりに一矢報いたいと思うのです。無力な駒なりに、ね」

 ロバート氏の言葉に含まれた感情に、ウィルバーは少なからず疑っていた可能性――氏がホムンクルスと裏で手を結んでいる、ないしホムンクルスを操っている――を否定した。
 彼は心底、仲間を殺され、これまでのコミュニティから放逐された恨みを果たさんと、たった独りで動いているのだろう。
 そう結論付けたウィルバーは、今度はホムンクルスの能力について知る限りのことを話して欲しいと頼むことにした。

「毒の類は一瞬しか効果がありませんでしたね。外見に惑わされてはいけません。麻痺毒は、逆に傷を癒します。おまけに頭の回る相手です。最初は塔で飼育されていましたが、管理者を殺して死体を持ち去っています」
「管理者……ホムンクルスの創造主ですね?」
「ええ。当初は、管理者がホムンクルスを連れて逃避行を行なったと思われていたのですよ。偽装工作だと判明した時には、すでに後手後手に回っていました」
「管理人の死体は見つかったのですか?」
「雨上がりの朝に、民家の軒先に首を吊るされて発見されています」

 ロバート氏の話に、アンジェは顔を歪めて嫌がった。

「まるで百舌鳥の速贄みたいだ。怖いなあ……」
「ですが――頭が回るにしては、ひどく大げさなネタばらしですね?」
「彼女のすることですから、何がしか意味があるとは思います」
「ふむ……意味ですか……」
「けれど、彼女の倫理は我々のものとは明らかにかけ離れている。話すことはできても、意思疎通を行うことは……。困難、だと思いますね」
「説得で花を返してもらう、という展開は諦めろってことか?」

 ロンドの的を射た質問に対し、ロバート氏は気の毒そうに頷く。
 少年は獰猛な獣が不快に感じた時のような唸り声を上げ、しばし眉根を寄せていたが、

「花について、あとはホムンクルスがしている実験について何か知っていないか?」

と尋ねた。
 自身の辛い体験を思い出したのだろう、ロバート氏は着ていたベストを皺が寄るほどぎゅっと握り締めたが、短く深呼吸して再び話し始めた。

「花については、精神の一部の具象化ということしか私も知識にはありません。……すみません。実験についても、それぞれ隔離されていましたから。けれど、自分にされたことはお話しすることができます」
「聞かせてくれ」
「はい……肉体を土壌に例え、花を咲かせる実験です。私の場合は、実物の花と魔術で行なわれました」
「実際の植物を植え付けられた――状況を見るに『それだけ』とは言い難いが、それによって貴方は辛うじて難を逃れた」
 
 ナイトは自分がかつて置かれていた環境を思い出し、淡々と事実を指摘する。
 合成獣にかけては、恐らく彼が一緒に居た(仕えていたとは言わない)魔術師・コランダムほど非道な実験を繰り返していた者はいないはずだ。
 人間を人としての意志を殺さず、まったくの”化け物”に変えてしまう技術を目の当たりにしていた経験からすると、かのホムンクルスの実験とやらは、妙に片手落ちのように思われた。

「ええ、その通りです。実験が終わったら終わったで捨て置かれたままでしたから。……何だか、毎度使い捨てですね」
「しかし、貴方は『貴方』のまま生き残っている。……この差は大きい」
「……はい……」

 詳しく語らずとも、ナイトが言外に含めた意味に気付いたのだろう。
 幾分かリラックスした頬の緩みが、冒険者たちには少し明るく見えた。

「……さて、本題ですね。私が受けた実験は、今の通り。そして彼女の性質を考えるに、行なっていることは予測できます」
「……土壌と種。花。精神に干渉する……」

 ウィルバーがぶつぶつと口にしている言葉の断片を拾い、ロンドがぼそりと呟いた。

「……。精神から抜き出した花を?」

 ロバート氏が我が意を得たとでも言うように首を縦に振った。

「……予測ですが。ただ、抜き取った花を戻したのでは、あの発狂に説明がつかないのです」
「そうですよね……」

 顎に繊細な指をかけたミカが、己の脳にある限りの魔術的知識を引き出して思考する。

「精神の欠けが戻るということは、精神が正常化するということ。……確かにおかしいです」
「あなたも気付きましたか。そう、かといって違う記憶を出し入れするのには、相当高度な手順や技術が必要です。……そこで、私は思ったのです。花は精神の一部の具象化」

 ロバート氏はすっと左手を伸ばし、天井からドライ処理のため吊り下げていたカモミールから、一輪だけ花を抜き取る。
 花の一部――花弁の端を、すでに底へ数センチしか残っていないハーブティーへ漬けた。
 当然、茶に浸された花弁は、じわじわと水分を含んでいく――。

「この『元ある要素』を歪めて戻そうとしているのではないかと。当然、奪われた要素は完全に切り離されてはいないので、歪められる時点で本来の持ち主に異常が起こる……」
「この花びらは、奪われた姉ちゃんの花と同じってこと?」
「はい。シシリーさんも、まさに今その事態に直面している……。私は、そう考えます」
「うーん。どう思う、おっちゃん」
「推論の域は出ませんね。上で寝かせているシシリーに話を聞くことができれば、それが一番ですけれども……」

 その時。
 ギイィ、と扉を開ける軋みが、まるで見慣れぬ怪物の現れる予兆のように響いた。
 びくりと肩を震わせたアンジェが、咄嗟に腕輪に手をかけるが――そこから現れた姿を見て、ほっと安堵の息をついた。
 ミカが嬉しそうに呼びかける。

「と、噂をすれば影が差しましたね。シシリーさん、大丈夫ですか?」
「……頭が、痛いの……」
「シリー、こっちへ。まずは座れ」

 頼りなげな足取りを気遣い、ロンドは家族へ手を差し伸べた。
 それに縋るようにして彼女は支えられ、ミカの手も借りてどうにか椅子に座り込んだ。

「推論と情報が色々出ましたね。ちょっとまとめてみましょうか」
「花については詳細不明。でも、精神の一部の具象化であり、無断で抜いていいものじゃない。……これだけあれば十分じゃん。姉ちゃんの花は取り戻すべきもの、だよ」
「ぶぶーっ。それでは不十分ですよ」
「何か足りなかった?」
「ええ。ホムンクルスの実験は花を加工するものらしい、と話をしたでしょう?ですから、正常な形で取り戻す必要があります。歪められたまま返すと、シシリーにどんな影響が及ぶか保証できませんからね」
「ですが、まだ肝心なことが分かってないのではないですか?」

 痛みにより頭を抱えているシシリーの負担を軽減しようと、そっと背中を摩っているミカが、薄毛の魔術師とホビットの娘のやり取りに口を挟んだ。

「ホムンクルスの名前と居場所は?」
「……――。――アタナシウス」

 摩られるままになっていた少女の口が動いていた。
 ウィルバーの黒い目が見開かれる。

「――ッ、シシリー?」

花盗人4

「アタナシウス。永遠を望む。彼女は集団を求めている。害意に晒されても抗える強い強い群れ――いや、やめて。私の中に入ってこないで……」
「シシリー、しっかりなさい!」
「北西の廃墟。庭園。会いに行く。アタナシウス、必ず」

 のっそりとした動作でロンドがウィルバーを押しのけ、シシリーの前に立った。

「……。アタナシウス。それが、花盗人の名だな?」
「私を、待ってる。名前、名前を呼ぶ声が、空洞に響いて、自分が、自分じゃ」
「ご主人様!」

 ロンドの肩から飛んだスピカが、身体を光らせてシシリーの目前を旋回する。
 フォウの眷属に許された柔らかで綺麗な光が、彼女の正気を無理矢理引き起こした。

「あ――み、みんな……?私、一体、何を――」

 ロンドが少女の肩を掴んで励ます。

「大丈夫。大丈夫だ、シリー。必ず元に戻してみせる。野郎……俺たちのリーダーをこのままにしておけるか」
「……行きましょう。その庭園とやらに。そこに全部、あるのでしょう?」

 ウィルバーの促しを契機に、冒険者たちは各々の荷物をまとめ始めた。
 深い息を吐いたロバート氏が、静かに目を閉じる。

「……行かれるのですね」
「ああ。花を取り戻すにしろ、もう一度会う必要はあるしな。……探す手間が省けた」
「……どうか、よろしくお願いします」

と言って、今回の依頼人は深々と頭を下げた。

2016/12/09 02:56 [edit]

category: 永遠なる花盗人

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