Fri.

永遠なる花盗人その1  

 ステンドグラス越しの月光を受けるシシリーの聖印は、真昼時のような影を彼女の胸に落としている。
 聖印の持ち主は、ようやく血色が元に復しつつある顔を仰いだ。
 春の海と同じ色の瞳に映るのは、リューンの郊外にある廃棄された聖北教会の内部である。
 ベルトポーチから開放されている光精の一種であるランプさんや、フォウの眷属であるスピカの照らす中の様子は、この教会が司祭の手から離れて久しいことを如実に示していた。
 鼻腔に侵入してくる黴臭さに、少女の傍らにいたアンジェが眉間に皺を寄せた。

「ひどく荒れてるね。……あんまり長居したくないな」
「そうね、私もよ。ミカ、平気?」
「ええ、私は大丈夫です……ひっ」

 ビクリと身を震わせた赤毛の女性の影法師を、小さな鼠が這い回っていた。

花盗人

 妖精のムルが小さな弓を構えて射ると、怯えた鼠は慌てて部屋の隅へ逃げていく。
 主たる女性の悲鳴に剣の柄へ手を掛けていたナイトは、悲鳴の対象となったものの正体を知ると、金属音を鳴らして再び待機の体勢を取った。

「逃げていくものを、追って討ち果たす必要はないだろう」
「それは鼠のことですか、それとも我々の目標のことですか?」
「無論、鼠のことだ。後者は仕事なのだから、達成せねばなるまい」

 己の従者となったリビングメイルと先輩格に当たる魔術師のやり取りに、身を固く強張らせていたミカははっきりと自分の意を示す。

「ハ、ハイ、別に鼠は構わなくていいです……私たちの目的は違うのですから」
「了解した」

 ちょっと変わった二人組みを見やり、シシリーは肩を小さく竦めた。

「賢者の塔から逃亡したホムンクルスの討伐、ねえ」

 この日、旗を掲げる爪が訪れたことの無い廃教会へわざわざやって来たのは、ミカに習得した術を教えてくれた賢者の搭を破門された青年からの依頼によるものだ。
 彼らの仲間となったナイトと同じ魔法生物に分類されるホムンクルスは、別名をフラスコの小人とも呼ばれている。
 錬金術を専門的に修めた者の中でも、ごく限られた一部だけに伝えられる製法により生み出される擬似生命体、心無き命を誕生させるそれは、生死を神の御手に委ねている教義を持つ聖北教会には、多分に睨まれてしまう類のものである。
 見かけがより人間に近いことが、そのいかがわしさに拍車をかけているのだろう。
 件のホムンクルスは精神に干渉する能力を持っており、それがここのところの連続変死事件の原因と断定されている。
 冒険者も一般人も被害にあっており、その危険性は極めて高い。
 ”捕獲”ではなく、”討伐”が目的となった理由であった。
 ≪海の呼び声≫を左手に握り締めているウィルバーが、そっと口を開いた。

花盗人1

「その被害者あまたと来れば、検証対象として持ち帰ることより、被害の重さを考えるのは当然です。依頼人のロバート氏の懸念は、正しいと思いますよ」

 彼の言うロバート氏こそが、賢者の搭で冒険者向けに販売されている術にあまり適性の高くないミカに、新たな道を示してくれた魔術師”だった”。
 ロバート・ライリー。
 まだ年若いながら、古今東西の植物の知識に通じている、学者に近い植物使い。
 草木自身が持つ魔力や、花言葉に含まれた意味から魔力を取り出す術などに長けている。
 慎重さよりもむしろ優しさや正直さという美徳に恵まれているミカは、どうやら花たちの秘めた力を開放することに向いていたらしく、賢者の搭にしばらく通い詰め、ロバート氏から様々な手ほどきを受けていたのである。
 こげ茶色の髪を三つ編みにした朴訥そうな氏との再会は、思いもかけない悲惨さを纏ったものであったのだが……。
 彼に不似合いな新たに加わってしまった「白」の要素を思い出しつつ、ミカはウィルバーの意見に首肯した。

「私もそう思います。植物操作の系統の術は、生物に対してより危険なものが多いのが実情です」
「接触は極力避けること。危険ならすぐ退くこと。……相手は精神に干渉する類だから、だっけ」
「はい。アンジェさん、よく覚えてましたね」
「そりゃね」

 得意げな笑顔を閃かせたアンジェの後ろで、今までずっと寡黙にしていた厳つい体躯の少年が、怪訝そうに仲間へ言う。

「でも、精神に干渉するとは……どういう風にだ?」
「そういえば、ロンドは作戦会議の時に寝ていたな。ちゃんと起きていろと言っただろうに」
「悪い――ならいっそ、本人に聞くか?」

 背負っていたスコップを何気なく下ろしたロンドは、やはり何気ない調子で仲間たちに問いかけたが、シシリーたちはそのセリフに含まれた意味に即座に気付いて、やぶ睨みの見据える先――教会のほぼ壊れかけた説教台の後ろへ視線を走らせた。
 ――そこから実体を持たぬもののように現れたのは、年端も行かぬ娘だった。
 目にも鮮やかな金色の髪と、柔らかいとろりとした桃色の瞳を持つ美しい少女――古さの窺える絹布で男心を溶かす裸体を隠し、布のうねりには、決められた装飾のように色とりどりの花をつけている姿は、古来の女神を演じる女優のようにも見える。
 ただ、髪がふた房、ドライアドの眷属のような本物の蔦でなければ――人間と何ら遜色ない。

「聞きたいなら話すわ。こんにちは、冒険者。わたしを殺処分しに来たのね?」
「……ええ。あなたを放置するのは、危険すぎる」

 かちゃり、と音が鳴る。
 シシリーの手は、すでに鞘から≪Beginning≫を3センチほど抜いている。
 警戒を容易に滲ませている彼女の様子に、つかの間、人ならざる娘は微笑んだようだった。

「あなたのことばを無意味とは言わない。でも……わたしがすることは変わらない」
「それを達成させるわけにはいかないの。……邪魔させて貰うわ」
「好きに思い、話せばいい。わたしはただ、『それ』が必要だから、奪うだけ」

 それがあまりにしなやかな動きだったからか。
 それとも、人に近すぎる言動をしたからか。
 攻撃する間も瞬く間もなく、旗を掲げる爪の視界をいくつもの花々が遮っていく。

「わっ!?」
「わぷっ」

 モロに顔に花がぶつかったスピカと妖精のムルが、それぞれ悲鳴を上げている。
 幸いにして彼らにダメージはないようだが、花にどんな仕掛けがあるか分からない。
 冒険者たちは各々の得物を構えた。
 ロンドがスコップの能力を解放し、燃え盛るそれを右へ左へ振るいながら呻いた。

「これは……この花吹雪は……!」

 ロンドの使うスコップの技にも、大勢の不死者を弔うための供花を周囲に降らせながら戦うものがある。
 それと似たような唐突さをもって降り注いでくる花弁は、間違いなく目の前のホムンクルスによるものだろう。
 咲き乱れる花の不穏さに警告を発しようとするも、すでに彼の視線の先で、一輪の花を斬り払ったシシリーの聖印を抱く胸に、ピタリと白い手が当てられていた。
 周囲に軽い死霊の力場を放って、降る花を散らしたウィルバーが叫ぶ。

「ッ、まずい!シシリー!今すぐそれから離れてください!」
「そう、あなたがいい。『それ』を、もらうわ?」

 娘の手に力が篭る。
 淡いかそけき光を湛え、境界線を呆気なく食い破った。
 たまらず悲鳴が上がる。

「う……あ、ああぁ……!」

 赤いブレストプレートに覆われているはずの胸部を、ぞぶりとたおやかな手が貫いた。
 シシリーの肌という肌が、総毛立った。
 痛みは無い――だが、温度は感じる。
 夜風に冷え切った、恐ろしく冷たい手が、遠慮なく自分の内部をまさぐる。
 抵抗しようと剣を握る腕を振り上げようとしたが、シシリーの意思は自由にならず、ぐるぐると世界が回転しているような感覚が、絶え間なく頭を冒していく。
 続いて、身体の奥底に眠る何かを掴まれ、ぐいと引き抜かれたような気がした。
 しっかりしなきゃ、と警鐘を鳴らす自我をねじ伏せるようにして、これまで聞いたことのない絶望に満ちた悲鳴が口から漏れる。

「あ……アアアァァァア」
「おのれ!!」

 ようやく花の妨害を踏み越えたナイトが、竜の息吹を宿す剣をホムンクルスの背中目掛けて振り下ろしたが、獲物から狙っていたものを掴み出した敵は、大量の百合の花弁で一撃の方向をそらし、ナイトの攻撃範囲内から逃げ出している。
 同時に、トサリと若木のような肢体が崩れ落ちた。

「シリーぃいぃいい!」

 ロンドの叫びと同時にアンジェがさらに追撃をかけるも、今度は桜と椿の花々が、複雑な曲線を描く鋼糸の軌道を変えてしまう。
 ホビットの娘がどんぐり眼を吊り上げ睨みつけると、少女の手には燃えるような真っ赤な薔薇が煌めいて在った。

花盗人2

 少女は花を慈しむように胸に抱えると、再び花の群れに包まれる。
 その姿が花びらで見えなくなる。

「待って、それを返しなさいっ!」

 ミカの叫びは、月光の及ばぬ暗闇に吸い込まれて消えた。
 力なく床に倒れている仲間の体を片手で抱え上げ、ロンドは必死に呼びかける。

「おい、シリー!返事をしろ!」
「姉ちゃん、姉ちゃん、しっかり!」
「………っ………う、っ……」
「2人とも落ち着いて。どれ、私に診せて下さい。……魘されてはいますが、ちゃんと生きてますね。脈はある。胸を貫かれたはずなのに怪我も無い。ですが、あれは……あの薔薇……」

 ウィルバーは、脳裏で敵の手に握られていた赤い花を思い描いた。
 彼の後ろに立ったミカが、鍵の発動体を握り締めて補足する。

「恐らく持ち去られた薔薇は、シシリーさんの精神の一部だと思います」
「つまり……あのホムンクルスは、精神の一部を具象化して取り出す能力を持つ、と?」
「はい。そして当然の話ですが……持っていかれた精神の花は、何に使われるか分かりません」
「あまり口にしたくはありませんが。被害者は皆、遅かれ早かれ発狂し、死亡しているという話でした。……もし全員、花を抜かれていたとしたら」
「……!」

 ロンドとミカの状況判断に、ロンドの厳つい顔がさらに険しく歪められる。
 無意識に殺気を漏らしている少年の手から、そっとパーティリーダーの身体を抱き取ったリビングメイルは、

「まずは、どうする?」

と主の女性に問うた。

「ロバートさんは、あのホムンクルスが冒険者や民衆相手に何か実験をしていると仰ってました。もしかしたら、シシリーさんの花について、私たちよりも詳しく知っていることがあるかもしれません。……もう一度、会ってみてはどうでしょう?」
「依頼人か……。郊外の森だったな?」

 ミカが小さく頷いた。
 ナイトはシシリーの右手に握られた長剣を鞘に収め直し、未だ意識を取り戻さぬ彼女を苦もなく背負った。
 移動をするのであれば、疲労を感じない造られた身である自分が運ぶ方が合理的だろうと判断してのことである。
 シシリーの荷物袋を引きずってきたアンジェから受け取った相手に、彼は短く尋ねた。

「ロンド。行ってみるか?」
「ホムンクルスの消息は不明、特にあてがないなら決まりだな。急ごう。アン――」
「分かってる。おいで、ムル、スピカ、ランプさん。姉ちゃんが寝てる間は、あたしに皆ついて来るんだよ?」
「はい」
「………」
「ご主人様……必ずお助けしますから、待っていて下さい」

 妖精と表情の変わらない精霊がホビットに付き従う中、三角帽子を被ったフォウが不安げに目を瞑ったままの契約者を見た。

2016/12/09 02:52 [edit]

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