締め切っていない雨戸から差し込む陽光のおかげで、薄暗がりになった部屋の隅に1人。
 人影の周りには、閉め切っているために掃除が行き届かず舞う埃が、ちらちらと光っている。
 ほっそりとした若木のような印象の体は、すっかり生気が抜けた幽鬼のようで、さすがにぎょっとした顔でそちらを見やったミカだったが、律動的な足取りで近づいてそっと屈み込んだ。

「シシリーさん」

 金髪の少女からの応えはない。

「あなたは、ここで仲間を見捨てるんですか?」

 細い手が、長剣を手放して数日経つ両手を握る。
 かつてこの手は力強くミカの手を握り返し、この少女は自分を叱咤しながら、タイムリミットの迫る列車の中をともに走り抜けた。
 その日に比べると、なんと頼りなくやせ細ってしまったことか――ミカは、ともすれば浮かびそうになる涙を必死に抑えた。
 触れると、ぴくりと少女の頬が動いたような気がした。
 ひんやりとした優美な悪魔の手とは違って、ミカの手は仄かに温かい。

「あなたは以前に、私の命を諦めるなんて出来ないと泣いてくれた。命懸けで異世界から来訪した術者に挑み、儀式に消えるはずだった私を現世へ繋ぎ止めてくれた。そんな強さを持ったあなたが――自分だけ殻に閉じこもってしまって、いいんですか?」

 瞬きもせずに前だけを見つめ続ける少女の沈黙に、業を煮やしたナイトも言葉を紡いだ。

「お前は、剣を天にかざして仲間を指揮し、あのコランダムを打ち破った。私の前の主が死したことを、どう伝えようかと一所懸命考えていたな。私は単なる動く鎧、魔法生物に過ぎないというのに――心ある者として扱ってくれた。だのに、お前と長い間を付き合ってきた仲間たちをがっかりさせるのは、お前の本意なのか?」
「ねえ、シシリーさん……」

 そっと、ミカは顔を近づける。

「悲しくて、悔しくないですか?」

 ここで初めて、虚ろな表情のシシリーがミカの常緑の双眸と視線を合わせた。
 ひび割れた唇が、微かに震えている。
 悲しい。悔しい。
 その言葉が、ぐるぐると痩せた体の中を巡っている。
 当たり前の話だ。
 リーダーである自分が迂闊な攻撃を仕掛けたせいで失ったのは、狡猾ながら常にパーティ全体を気遣ってくれた老婆であり、やっと想いを交わすことのできた大切な青年である。
 自分で自分が許せないからこそ――ここにずっと留まっているのだ。
 だのに、ミカの言葉は容赦なく金髪の少女の胸を射た。

「自分が頑張れば防げたかもしれない、自分がもっと気をつけていれば避けられたかもしれない。すでに起こってしまった事態を後悔して、ここに閉じこもっているだけだったら……その感情を、どこにも片付けられませんよ」

 ミカには痛いほどそれがよく分かった。
 何故なら、彼女もまたあの幽霊列車の中で、自分の起こしたミスのせいにより、同じ宿の仲間たちを命懸けの事件に巻き込んでしまったことがあるからだ。
 後悔した――依頼に関して怪しい点はないと思った自分の判断を。
 悲しかった――自分ひとりのせいで、世話になった人たちを危ない目に逢わせたことを。
 だが、その時は彼らが。
 旗を掲げる爪が、あるはずのなかった「生きる道」をくれた。

「ミ……カ……」
「すいません、結構嫌なことを言いますけど」

 彼女はぺこりと小さく会釈をしてから口を開く。

「こうしている間にも、≪狼の隠れ家≫に持ち込まれる依頼の主たちの多くは、それぞれの事情によって危機に晒されているでしょう。その無力な人たちにとって、私たち冒険者の手だけが救いなんです。あなたの、人を救うことの出来る手を、この宿の中でただ黙って遊ばせているのは……正しいことなんでしょうか?」
「わた……私に、まだ……ひとをすくうことが、許されるの……?」
「むしろ、これから人を救うことを選択しなければ、あなたの後悔は、ずっと蟠ったままあなたをいずれ殺すでしょう。立ち上がってください。そして動いてください。痛みがなくなることはなくても、それだけがあなたをこれから生かすことの出来る道だから」

 躊躇していたのは確かだった。
 だが、長く座り込んで弱りきった脚を強引に動かし、よろけながらも立ち上がったのは……間違いなくシシリー自身の意志である。
 仲間を失くしてしまった。
 二度と帰ってこないだろう道へと分かれた。
 しかし、それを嘆き続けたとて何も変えることは出来ないのだ。
 それならば、いつか――遠いいつか、命尽き果てる時に。
 真っ直ぐに彼や彼女の瞳を見つめて、微笑むことが出来るように。
 冒険者としての本分を尽くすことが、シシリーに残された最後の矜持だった。

「みんな――」

 シシリーは、旗を掲げる爪の仲間たちの顔を見渡した。
 彼らだってそうしようと思えば、シシリーを見捨てて別の仲間を探す事もできただろう。
 それでも自分たちの元へ戻ってきてくれることを信じて、待っていてくれた。
 まとめ役として命を預ける相手は――彼女だけだと思い定めて。
 それを思うと、自然と頭が下がった。

「ずっと待たせて、ごめんなさい」

 癖のない金の髪を、ぐしゃりと武骨な手が掻き回した。

「頼むぜ、シリー。こんなのは……もう、やりたくない」
「うん……。ごめんね、ロンド。ごめんね、アンジェ。ごめんなさい、ウィルバー……」
「姉ちゃあぁぁん」

 ホビットの娘が弱った相手の脚にすかさずしがみ付き、諸共に転げそうになるのを、慌ててロンドが支える。
 腕組みをしながらその光景を眺めていたウィルバーは、そっと深い息を吐き出した。
 それは安堵の吐息でもあり、これからの少女の長い道のりを思い遣るため息でもあった。
 意味に気づいたナイトが、

「お前もこれから大変になるな」

と囁き労わった。
 ウィルバーはその場で直接応えず、目配せして廊下に出るよう促した。
 がしゃん、と黒いつや消しの鎧で金属音を響かせながら彼が従うと、頭部の薄い魔術師は、≪海の呼び声≫と呼ばれる杖を所在投げに両手で抱えつつ、

「好きでやってる苦労だと思うことにしますよ。実際、あの子を冒険者稼業に担ぎ出したのは私ですからね」

と言う。
 ナイトはひとつ頷くと、腰に佩いた剣の柄へ手をやる。
 ≪息吹の剣≫と呼ばれるそれは、目の前の魔術師や部屋の中にいる冒険者たちが、同宿の下手なバイオリン弾きに頼まれて行なった護衛依頼の際に手に入れた品である。
 竜のブレスの力を宿した武器は、驚くほどしっくり彼の手に馴染んでいた。
 同時期に入手してきた竜の血液については、ミカの魔力を込めて鎧の内部へ魔方陣を描きエネルギー源としている。
 それらを手に入れるのがどれほど容易ではない仕事だったか、ミカと二人組みで数々の依頼をこなしてきたナイトだからこそ、よく分かっていた。

「旗を掲げる爪には、一方ならぬ世話になった。自分の力の及ぶ限り助けになろう」
「よろしくお願いしますよ……同じ冒険者として、ね」

 二人は固い握手を交わした。
 これから旗を掲げる爪は、新たな道を歩み始める――。

ミカ・ノーストリリア  ※キャラ画像はシナリオ作者の吹雪様に著作権があります。
ミカ
ミカ手札
癒優の法(ある小さなお店/Djinn様)
静寂の毒花(花咲姫/烏間鈴女様)
花嵐の宴・風舞う花刃(雪降る桜の樹の下で/烏間鈴女様)
微睡の桜(桜の下の幻/青闇様)
Kirschblute(明けの森の花筐/hisase様)

ナイト ※キャラ画像は白銀のはく様に著作権があります。
ナイト
ナイト手札
砕炎剣(霧を抱く…/イーグル様)
魔法陣剣(城館の街セレネフィア/焼きフォウ描いた人様)
天地魔境陣(傭兵都市ペリンスキー/RE様)
極光の斬撃(異端なる魔剣の入手法/SIG様)
雪馬召喚(冒険者の宿で/jim様)
闘炎印術(雪降る街の跡/島兎様)

2016/11/02 12:35 [edit]

category: 小話

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