Fri.

精霊の森に棲む魔性その4  

 テーゼンが”そこ”に踏み込んだ瞬間、翼の先に粘つく怖気が引っかかったような気がした。
 ぴりりと奔る緊張に、わずかに白い美貌が歪む。

「……サブナク本人じゃねえようだが……こりゃ、手強いなんてもんじゃねえな」

 捩じれて腐り果てた姿を晒す木々ばかりの、異様な場所である。
 大地は汚泥と腐葉に塗れ、空気は濁っていた。
 これまで何度か異次元の怪物等と対決したことはあるが、仮にも妖精と精霊が守る清浄な森を、見るも不快な空間に変えてしまうのは例がない。
 後ろに控えている仲間たちに前進を指示し、彼がまた歩き始めると――ほどなく、一際目につく楢の大樹が現れた。

 可愛らしいどんぐりの実を落としてくれるはずの古木は、幹の節々から黒く汚れた樹液を垂れ流しており、まるで毒を生み出すかのようである。
 そんな変わり果てた楢の前に――虚ろな目で佇む、美しい女性がいた。
 緑陰を写し取ったような長い髪が細かく蠢動しており、本来ならば華奢で女性らしいラインの身体は、かくかくと出来損ないの操り人形のようにぎこちない動きを見せている。
 整っているくせに死体のように青白いかんばせには、まったくと言っていいほど意志の力がない。

「…ドライアード」

 オレンジの羽根の妖精が、ぽつりと悲しげに呟いた。
 無論、それに対する相手の反応はない。
 すると、ごぼり、ごぼり、という音がして、太い幹から流れる樹液が噴水のように溢れ出し、不気味な泡を放ちながら、ドライアードの足元に着地した。
 ごぼり、ともう一度音がして――そこから立ち上がったのは、真っ白な山羊の頭蓋骨を持った、赤黒い外套姿である。

精霊の森7

 今回の元凶となった魔神であろう。
 その身体から発せられる魔素のおぞましさに、妖精が竦んだようになっている。
 彼女の様子を見守っていたテアが、絶妙のタイミングで声をかけた。

「知り合いと戦うのが嫌じゃったら、下がっててもかまわんよ」
「ば、ばかにするな!テメーらに同情されてたまるか!」
「そうかえ。ほれほれ、そこの若いの二人もきりきり働いておくれよ」

 老婆の言葉にぎょっとした顔になったユリウスが、慌てて口を動かす。

「わわわわわ、わ、わかっている!ガラハッド、俺を守れよ!」
「はいはい、冒険者殿の邪魔にならないよう気を付けてくださいよ」

 全員が、ゆっくりと得物を手にする。
 瑠璃色の蝶の形の羽根を動かしながら、ムルも得意の弓を構えた。

「妖精の森を――これ以上、荒らさせるわけにはいきません!」
「ごめんな、ドライアード。ホントにごめんな……私も全力を尽くす!」
「そうとも。―――くるぞ!」

 ロンドが注意を喚起した途端、魔神の禍々しい黒い手が、冒険者たちの近くの空間を割るようにしてにゅっとこちらへ伸ばされ、髪だけが蠢いていたドライアードの周囲を覆うように、オーロラのような不可思議な色彩の草が、腐った大地を割って現れた。
 人を花に変えるドライアードと、石化の魔神に届く道を作らねば――犬猿の仲のロンドとテーゼンが目を見交わし、2人はほぼ同時に自分たちの技を放った。
 【地霊咆雷陣】――稲妻のごとく激しい動きで怒涛の薙ぎ払いを行なう槍の技が、「当たるを幸い薙ぎ倒す」という言葉の通りに、こちらの動きを絡めとろうとしていた植物群や、激しく蠢くドライアードの髪などを切り裂いていく。
 ロンドは敵陣がたじろいだ一瞬を逃さぬうちに、腰から抜き放った曲刀の刃から閃光を半月状の形に飛ばす。
 獣の咆哮のような音が、命の死に絶えた森に響き渡り――実体なき相手すら断つ攻撃は、まだ残っていた樹精の守りを打ち砕いた。
 オレンジの羽根の妖精が、ごくりと喉を鳴らす。

「す、すげえ……これが、ボーケンシャなのか……」
「まだまだ、これからだよっ!」

 そう応えたアンジェは、腕輪から引き抜いていた鋼糸を、複雑な曲線を描きながらドライアード自身へ巻きつける。

「…………」

 しかし、ドライアードに相変わらず表情の変化は見られない。
 それどころか……。

「あぶねえっ!」

 魔神が今まで聞いたこともないスペルを呟き、空間を割って現れた手から、竜のブレスにおさおさ劣らぬほどの強烈な火炎を放つ。
 仲間に危機を知らせたテーゼンは、あらかじめ仲間たちに張っておいた抗魔の印に魔力を通し、そのダメージをできる限り軽減したが、その隙をドライアードがついたのである。
 その場に留まり抗魔のために集中した悪魔へ、ドライアードは口をすぼめて花粉を吹きつけたのだ。

「……!?」
「羽の兄ちゃん!」
「黒蝙蝠!?」

 先ほど、森の途中で彼ら自身が目撃した赤い大きな花――黄色い花粉の過ぎ去った後に残っていたのはそれだった。

精霊の森8

「おぬしら、慌てるでない。シシリー殿、ウィルバー殿!」
「はい!」
「お任せを!」

 ぐるぐる巻きにされているドライアード目掛けてシシリーが【十字斬り】で斬りつけ、ウィルバーは≪海の呼び声≫に魔力を集中する。
 その合間に、テアが呼び込んでおいた【影のパレード】による実体を持った幻影たちが、恐るべき炎を発する魔神の両手を引き千切った。
 これに激怒した魔神は、テアを石化の能力を秘めた瞳で睨み付けたのだが、彼女を守らんと攻撃を終えた幻影が盾となって視線から老婆を守る。

「あまり長丁場にはできんぞ。妖精が魔素を中和するのに、能力をかなり使っておる」

 老婆の忠告に頷いたロンドが、花をちらりと見やって言った。

「俺があの野郎を殴って戻したいところだが、それどころじゃないな。アン」
「いいよ。兄ちゃんはスコップで行っておいでよ」

 すでに抜き放った曲刀を地面に刺し、落ちていたスコップを拾い上げたロンドの目は、植物であるがゆえに炎に弱いドライアードを見ている。
 アンジェはそのまま赤い花を殴りつけようとしたが、控えていてくれた騎士ガラハッドが、鞘に収めたままの直剣で花を叩き、有翼の青年に変えてくれた。
 ホビットの娘の見守る中、ようやく魔力の集中と長い詠唱を終えたウィルバーが、得意の【凍て付いた月】による猛吹雪を発生させ、ガリガリと相手の体力を削り取る。

「今です、ロンド!」
「オオーッ!!!」

 獣性に満ちた雄叫びを上げて、ロンドの燃えるスコップがドライアードの胸を突き刺した。

「…………」

 ドライアードは僅かに目を見開いたが、何も言い残すことなく、胸から火を噴出して黒焦げに変わっていく。
 その塵が風に吹かれる前に、再びテアのバイオリンに操作された幻影が動く。
 彼らは、今度はシシリーの尖兵となって、魔神の襲いかかろうとする手を防いだ。

「ここで……終わりよ!!」

 宣言したシシリーが、素早く地面を蹴る。
 次の瞬間、彼女は城館の街で習い覚えた剣技【陽炎】の不可避の刃で、狼狽している魔神の額を力強く打ち砕いた。
 ぴしり、と山羊の髑髏の顔に蜘蛛の巣状のひびが入り、そこから魔素を含んだ黒い煙が、目に見えない何かに吸い込まれるように上空へ凄まじい勢いで昇っていく。
 煙が上がりきった後の魔神の体は、四肢の末端からドライアードがそうだったように、次々と塵になって滅びていった。
 ――――こうして、精霊の森に棲み付いた魔性は、自身が操り人形とした精霊と共に、塵となって消えた……。

「どうもありがとう、人間たち。おかげで森も私たちも救われた」
「さすが私が見込んだだけはあるな!悪くない働きだった!」

 妖精と精霊の長へ仕事の結果を報告(また他の妖精たちが煩かったが)すると、ちゃんとした礼を言われた。
 その横で威張るように胸と腹を膨らませる妖精に、またロンドがでこピンを放つ。

「いったー…、あ、でも今までよりは痛くない!私も強くなったからだな!!」
「ほら、さっさと報酬渡して元の場所に帰せよ」
「ちぇー!なんだよ、情緒もクソもねえなあ……まあいいや」

 オレンジの羽根の妖精が、ゆっくり妖精の言葉で転移の呪文を紡ぐ。

「ほい、約束の報酬だ!」

 空中からひゅんと落ちてきた、金の枝が絡み合ってできた弓をアンジェが受け取る。

「弓?」
「【妖精の魔弓】だ!妖精の力のおかげでよく当たるし、おまえらが使ってたような足が速くなったり力が強くなるような魔法も、矢が当たると打ち消したりされるぞ!」
「うわあ、それはすごいいいかも。ありがと!」

 兎に似た仕草で跳ね回るアンジェにしばし微笑んでいた妖精だったが、ふとその笑みを消すとぽつりと言った。

「じゃあ、元の場所に戻すぞ」

精霊の森9

「では、我々も貴方がたとここでお別れですね」

と騎士が告げるのに、シシリーが首肯する。

「ですね」
「貴方がたと元いた場所も違うでしょうし……ああ、少々お待ちを。こちらはお約束の謝礼金です。お納めください」

 銀貨1000枚が入りのずっしりした皮袋を、金髪の少女は苦もなく受け取った。
 その腕力にやや瞠目しつつ、ガラハッドは正式な一礼をしてみせる。

「奇妙な縁でしたが…、お世話になりました。ほら、坊ちゃんも挨拶してくださいよ」
「…まあ、下賤の輩にしては上々の働きだった」

 渋々といった様子で偉そうに評したのに、

「アァ?」
「今、なんつった、この兄ちゃんは。え?」

と言いながら、ロンドとテーゼンがぺちぺちと彼の頬を叩く。

「誉めたのになぜ!!」
「相手を尊重してないからだよ!」
「生意気だぞ、てめえ!!」

 ロンドとテーゼンがユリウス相手に追いかけっこを開始し、体力のない貴族の坊ちゃんがすぐ掴まったのは――言うまでもないことだろう。
 ついでに3、4回小突かれたりしたのだが、これに関して従者たるガラハッドは賢明にも沈黙を保ったままだった。

「…じゃあな、もう会うこともないだろーけど、せいぜいしぶとく生き残れよ」

 そう憎まれ口をたたくと、妖精はすっと森のような色の目を閉じて、人間では発音できない音を小さい口から紡ぎだす。

「――、―――― ――…」

 旗を掲げる爪の周囲が歪み、また白く発光しだす。
 見覚えのある術式に、ロンドや仲間たちは己の身を任せた。

「ありがとな、ロンド、ムル、みんな。バイバイ―――」

 精霊の森の景色が完全に消えた瞬間――別れを惜しんでくれた妖精の、最後の言葉が耳に届いた。

※収入:報酬1000sp、≪妖精の魔弓≫≪純白の布≫≪懐中時計≫≪だしまき卵≫×4≪石化解除薬≫×4≪焼き魚≫×6
※支出:
※98様作、精霊の森に棲む魔性クリア!
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■後書きまたは言い訳
57回目のお仕事は、98様の精霊の森に棲む魔性でした。
同作者さんの「誘いのうた」でもリプレイをやらせて頂いたのですが、今回は高レベルのこちらで。
98様の久々のシナリオという事で、某アウラさんみたいなウザいキャラを登場させました!とリードミーにあったりするのですが、うっかり1人だと思ってプレイしたら2人も出てきたという……意表をつかれました(笑)。
妖精や精霊の関わる森というと、どんな背景素材だろうとワクワクするのですが、このシナリオの森の写真はとても美しく、プレイしてて見惚れてしまいました。
本当はこちら、”もうすぐ夜が明ける時刻にリューンへの帰り道”で起きた出来事なのですが、この後に書く予定のリプレイのため、少々状況を変えております。
それ以外にも、所々シナリオ本来の反応と違っておりますし、作中で語っている「魔神はサブナクの眷属かも」というあたりは完全に私の勝手なオリジナルですので、ご了承ください。サブナクは有名なソロモンの72の悪魔の一人で、ライオンの頭をもつ獰猛な戦士の姿で、青白い馬に乗って現れるそうですよ。
冒険者たちの反応がシナリオ上とは違うことについては、元はと言えば、永続召喚獣ムルとのエピソードがあったからです。
秋月なる様の「紅き魔石」にて出会ったムルですが、彼女は守るべき宝物が隠された森の番人でした。
それが仲間達を全滅させられた挙句、自分もまた、宝を狙う盗賊によって殺されようとしていたところを、死に掛けの妖精から頼まれた冒険者たちに窮地を救われたことになっています。
そのため、本来のストーリーにある「無報酬じゃ冒険者は動かない」が成り立たなくなったので、その場面を外してあります。
また、妖精が人間を連れてきた事で依頼人を責め立てるシーンですが、例えば、なんと言われようとプロとして仕事をするだけのパーティや、悪党パーティが妖精たちを「売り飛ばしてやろうか」と思いつつ何も言わずにおくみたいな感じで、後から依頼人だけをこっそりフォローする形も素敵だし、好きなんですが…。
シシリーたちが彼らと対峙すると、どうしてもムルを助けた分だけ、一言言わずにいられまいと思い、ああいう反応を返しています。
決して、言い返さない冒険者たちが嫌で変えた、ということではございませんので、よろしくお願いします。
さて……今回の経験点で、ついにテアに続きウィルバーも10レベルに達しました(レベルはまだ上げてありませんが)。
順調に成長し続ける彼らですが、多分、そろそろ酷い出来事が起こります。
……やりたくないなあ、うーん。

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。

2016/09/23 12:36 [edit]

category: 精霊の森に棲む魔性

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