Fri.

精霊の森に棲む魔性その3  

 ずいぶんと精霊の気配が散らばっている、と教えてくれたのはフォウのスピカである。
 旗を掲げる爪は長との話し合いで勧められた精霊への協力の取次ぎのため、黒々とした枝や幹が視界を遮る不思議な雰囲気の森へと足を踏み入れていた。
 ここは妖精たちがいたゾーンと違い、見るからに油断のできない、尋常ではない気配が漂っている。
 ところどころに、炎を使ったらしい焦げ跡や、薙ぎ倒された様子の木々が見られる。

「私と同じ光の眷属はいないようですね。火や風はいたんですが」
「……なんでか、鏡もあったけどね」

 アンジェがスピカに応じる後ろで、”鏡”という言葉に反応したロンドとテーゼンがビクリと肩を震わせ、それを見たテアが笑いを押し殺そうと躍起になっている。
 この森の中を走破していくうちに、海底が映り込んだ空中に浮く鏡を見つけていたのである。
 中に成り代わりの化け物が潜んでいた鏡で酷い目にあったロンドや、凍える湖の城の奥で見つけた鏡に弱かった時代の自分を見せ付けられてトラウマを刺激されたテーゼンが、その一見無害なオブジェクトに顔を引きつらせ、後ずさったのも無理はないだろう。
 色々と調べた挙句、大丈夫だろうと結論付けたアンジェが鏡から魚を何匹も捕まえており、それを火の精霊によって加工してもらったり、可愛い鈴をつけた黒猫に渡してアイテムを貰ったりしていた。
 黒猫がくれた、白い貝殻の滑らかな感触を楽しみつつ、ウィルバーが言う。

「それにしても……ひとつ気になるんですけどね」
「なんじゃ?」
「長はドライアードを操る、と言っていたでしょう。もちろん、樹の精霊である以上は、蔦を操作してこっちを捕まえたり、毒花の花粉を飛ばしたりという攻撃パターンはあり得そうだと思うんですが……古木の精ならば、もっと違う能力を持ち合わせても不思議はないんじゃないですか?」
「……長殿も知らぬ奥の手を、魔神に憑かれた樹精が持ってしまったのではないかと?」

 テアはウィルバーの懸念を詳しく当てて見せた。
 魔術師が首を縦に振るとさらに何か言おうと口を開いたが、何かに気付いたらしいテーゼンとアンジェがほぼ同時に「シッ」と仲間たちに黙るよう合図を送った。
 そのまま2人は目を見交わし頷き合うと、テーゼンだけが先行する。
 黒い翼の青年が察知した森に似合わぬ金属製の音は勘違いなどではなかったらしく、揺らすことなく藪から見透かした向こうにいたのは、赤い大きな花の前で右往左往するごつい鎧であった。
 いかにも堅牢そうなスーツアーマーや、生成りの羊毛のマントを止めている金具に彫られた紋章などを見る限りは、きちんとした家に仕える騎士のように思われる。
 妙な魔力や、何かに憑かれている様子は見られない、と判断したテーゼンは、思い切って彼あるいは彼女の前に姿を現した。

「む。何者だ?」

 そうテーゼンに問いかけるバリトンは、どうも聞いても男のものだ。

「リューンから来た冒険者だ」
「リューンの……冒険者、だと?……もしや、妙な虫っぽい生き物に会わなかったか?」
「アンタが言ってるのがオレンジの羽根の妖精だってんなら、会ってるし、僕らをここに連れてきた原因だぜ。呼んでやろうか?」

 がしょこん、とやかましい音を立てて全身鎧が頷いたのを見て、テーゼンは仲間たちを呼んだ。
 たちまち、藪をがさごそ抜けてきた他の面子に、騎士らしき男はややたじろいた様子だったが、ロンドの肩の上に乗っている妖精を見つけて、

「やはり、あの時の」

と言った。
 アンジェが意外そうな顔になる。

「知り合いなの?」
「おまえら連れてくる前に連れてきたニンゲンだ!弱くてつかえなかったけどな!」
「ああ、なるほど…」

 アンジェは思わず同情の声を漏らした。もちろん、騎士のほうにである。
 そんなホビットの微妙な表情にも気付かず、≪草核の鎧甲≫からふわりと舞い上がった妖精は、

「よう、おまえ何してるんだ。あぶないから早くかえれよ」

と気軽な調子で声をかけた。
 たちまち、騎士が反論する。

「貴様のせいで帰れないんだろうが!どうにかしろ!」

 彼は思わず怒鳴ってしまったが、旗を掲げる爪の中にご婦人――それも1人は年若く聖北の印を携えており、1人は醜いとは言え労わるべき老婦人――がいるのを認めると、騎士の礼儀を急に思い出したのか、その場を取り繕うようにゴホンと空咳をして誤魔化した。

「…いや、今はそれよりもだ。お初にお目にかかる。私はガラハッドと申す者」
「あ、初めまして。私たちは、リューンの≪狼の隠れ家≫に所属する、旗を掲げる爪という冒険者のパーティです」
「≪狼の隠れ家≫……と言えば、確か竜殺しのいる……」
「はい。私はリーダーのシシリー、聖北の神に仕えています」

 シシリーに促され、他の仲間たちも次々と自己紹介をする。
 一人一人の顔をきちんと確認して名前を覚えた騎士は、横に生えている人の大きさほどもある真っ赤な花をちらりと見遣った。

「なにゆえここにいるかは察してもらえると思うが……ひとつ困ったことが起こってな」

 詳しい経緯を尋ねてみると、どうやら彼ら2人は魔神に操られるドライアードと遭遇したらしい。

「恥ずかしい話だが、我が主のご子息が、この先に居る妖魔の放つ花粉を吸ってこんな姿になった」
「え!……そのおっきい花、人間なの?」
「うむ」

 アンジェの驚きの声を肯定すると、騎士ガラハッドはシシリーや魔術師らしき風貌をしているウィルバーに向かって一礼した。

「この奇妙な症状を治す方法を知っていたら、教えていただけないだろうか」
「それは大変だと思うし、治してあげたいのも山々ですけど……そんな症状、初めて聞いたわ」
「右に同じく、です。というか、特殊能力があるんじゃないかと言う懸念事項が当たってしまいましたか……。ただ、私ではどうやって治すのか検討もつきませんね」

 冒険者たちからはかばかしい返事が貰えないのを見て、ガラハッドはがっくりと肩を落とす。

「そうか…。はあ、坊ちゃんは死んだことにして、お館様のところに帰ろうかなあ…」

 だが、彼がそう言うとまるで抗議するかのように、真っ赤な花がわさわさと動いた。
 なんと、意識は人間のままである上に、植物として無理ではない程度に体(?)を動かせるらしい。
 たちまち興味を引かれた目つきで、しげしげと花を観察し始めたウィルバーを他所に、アンジェの頭の上でホバリングしていた妖精が、可愛らしい声に不似合いな断言をした。

「なぐれ!」
「は?」

 何を言われたのか分からない、といった態でガラハッドが声をあげると、妖精は再びとんでもない解決策を口にする。

精霊の森5

「それ多分ドライアードの花粉だろ?強いショーゲキを与えればもとにもどるぞ!」
「なんと!よし、ならばさっそく」

 張り切った騎士が腕まくりをするのに、真っ赤な花は抵抗するようにわさわさ蠢いた。
 ―――が、その微妙すぎるニュアンスは騎士に伝わらない。

(もしかしたら、こやつ分かってやっておるのやも知れぬなあ……)

 テアの心中の呟きに応えるものはもちろんおらず、ガラハッドはすっと拳を腰だめに構えた。

「―――はあッッ!」

 気合声と共に真っ直ぐ突き出された拳は、”強い衝撃”どころか、酒場の酔っ払いを容赦なく殴り倒すような勢いで花にぶち当たった。
 元が主家の子息である、などという気遣いはどこにも、ひとかけらも見られない。
 ドコオッ!という、花に当たった音じゃない殴打音が聞こえた瞬間には、すでに赤い花は影も形もなくなっており、そこには頬を真っ赤に腫らした、繊弱そうというよりは締まりがない類の顔をした若い男が、ごろごろと勢いよく太い木の根元に転がっている。
 彼はしばし横たわっていたが、急に四つんばいになったかと思うと、

「いってええええええ!!!!!」

とその体勢のまま、片手で頬を押さえて、もう一方の手で地面をダンダン叩きだした。
 アンジェが驚きの声をあげる。

「わっ、本当に人間になった!」
「別にあそこまで強く殴らなくてもよかったんだけどなー」
「でも、叩けば元には戻る……んだね?」
「ああ、そうだ」

 妖精の同意を聞いた瞬間、きらりとロンドとテーゼンの目が光った。
 この2人、お互い、相手がもし花に変化させられてしまったら、これ幸いと思い切り殴り飛ばすつもりになったらしい。
 そんな冒険者たちの様々な思惑はさておき、どうにか痛みをこらえ終わった若者は、その場から立ち上がってつかつかと騎士に詰め寄った。

「おいこらガラハッド!テメエ仕える主人に手をあげるたあ、どういうことだ!」

 やたらと口は悪いが、確かに彼の身に付けている衣服は上等な品であり、純白の上下に金糸の縫い取りが芸術的に配置されている。
 ただ、それを纏っている体躯は、従者である騎士とは裏腹にひょろっとしたもので――正直、腰に身に付けている長剣に振り回されそうに見えるくらい、貧弱な印象が拭えない。
 そのせいだろうか、ガラハッドは詰め寄る若者に動揺することもなく言い返す。

「私がお仕えしてるのはお館様です。それに坊ちゃんには、世間の厳しさを叩きこむよう申し付かっておりますゆえ」
「ちっくしょー、あのクソ親父!」
「あ、坊ちゃん、こちら冒険者の皆様ですよ」

 騎士に言われて、先ほどまで花だった男は、不躾な視線で冒険者たちを上から下まで眺め回す。

「…ああ、何でも屋か。なるほど、いかにも品性のない薄汚い輩だ」
「助けてくれたお礼も言えねえのか、オイ」

 ボクッ、とテーゼンがその頭を≪ダリの愛槍≫の柄の部分で殴る。
 続けざまの衝撃に、さすがに涙目になってきた男がガラハッドに叫ぶ。

「いてえ!!おい、主の息子が殴られたんだぞ!おまえなんとか言え!」
「ご指導ありがとうございます」
「どーも。アンタも苦労するな……頑張れよ……」
「は、ありがとうございます」

 相互理解を深めている己の従者とリューンの冒険者の姿に、痛む頭部を押さえながら男が喚いた。

「くそー!早く親父を引退させて、おまえを解雇してやるからなー!」

 度胸がいいのか、解雇と言う単語すら頭から無視してガラハッドは言う。

「ところで冒険者殿。貴公らがここにいるということは、妖精の依頼を引き受けた、と?」
「そんなところじゃのう。早く帰りたいし、の」

 その言葉に、騎士は逡巡するような素振りを見せる。
 しかし、男らしくはっきりとこちらへ目線を向けて切り出した。

「図々しい頼みとは思うが、私たちも同行させてもらえないだろうか。貴公らと同じく、我々とてここを抜け出したいのは山々なのだが…」
「そうですね……」

 申し出を検討するシシリーやウィルバーに向かって、妖精が(すごく小さな)拳を振り上げる。

「よえーヤツはあしでまといだ!おとといきやがれ!」
「なんだとクソ妖精!このブルガンディア家の次期当主に向かって!!」
「……あ、この2人、同レベルなんだね」
「……さっきの私やスピカも、こんな風だったんでしょうか」
「こんな風だったよ」
「…………」

 アンジェにノータイムで肯定されてしまったムルは、前の自分を少し反省した。
 その一方で、若者と妖精は言い合いを続けていた。
 ヒョロヒョロニンゲンのくせに!だの、妖精の天ぷらにして食っちまうぞ!だの、やはり子どもの喧嘩である。

精霊の森6

 それを呆れたように――フルフェイスのヘルメットであるにもかかわらず、冒険者にはよく分かった――見やってから、騎士は我々では実力不足なのは否めないが、と改めて言い出した。

「かといってこのまま、ここに残ることもできない。私たちも出来得る限りの協力はする。謝礼も払う。…どうだろうか?」
「協力と謝礼の両方ですか。それなら……」

 同行してもいいんじゃないか、と魔術師は傍らの少女に首肯してみせる。
 内心で旗を掲げる爪をどう思っているにせよ、この騎士ガラハッドという人物、なかなか柔軟な思考と機知を持ち合わせているようである。
 騎士である以上、老人や若い女性のいるパーティを邪険にすることもないだろうし、それなりに自分たちの身を守るすべもあるだろう。
 聞けば、霊体などすら切り裂くリューンの剣技のほか、気功法や傷を癒す簡単な法術も修めたことがあるという。
 なるほど、若者の家の当主がガラハッドに息子を預けておくわけだ。
 おまけに傷の癒しの法術は若者の方も覚えているそうで、剣の技術はまったく期待を抱けないが、後方で巻き込まれないよういてくれれば、もしもの時の救急班として使えそうである。
 それだけのことを確認すると、シシリーは彼らの同行を許可することにした。
 ほっと胸を撫で下ろした騎士は、

「感謝する。謝礼は生きて帰れたら支払わせてもらおう」

と言った。
 花だった若者もユリウスという自分の名前を名乗り――名乗るまでの態度で、またひと悶着あったのだが――6人+2人と妖精やら精霊やらの大所帯になった一行は、さらに森の中を探索し尽くし、精霊のテリトリーで手に入れた道具などで出来得る限りの準備を終えてから、ユリウスの指し示した魔神のいる最奥へと向かった。

2016/09/23 12:30 [edit]

category: 精霊の森に棲む魔性

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