Fri.

精霊の森に棲む魔性その2  

「ここが精霊の森、のう……」

 テアはしげしげと辺りの様子を見渡した。
 旗を掲げる爪を誘拐してきた――相手側の同意なく強引に連れ去ったのだから、見た目はどうあれ誘拐で間違いないだろう――妖精が招いた”本当の森”は、空恐ろしくなるほど緑の濃い、光をたっぷりとたたえた場所であった。
 空間転移の魔法によって呼ばれてきたロンド以外の人員も、多少のいざこざはあったものの、妖精の語る”この森の古~~い樹へ憑いた変な魔物”とやらに興味を持ち、もし報酬が出るのであれば対決しても構わないと納得済みである。
 ただ、その妖精が案内した精霊と妖精の長、の周りが問題であり……。
 体長2メートルほどの、ふさふさとした尻尾を持った狼っぽい生き物の周囲を、濃いピンクの羽根を背に負った他の妖精たちが飛びまわり、

「この森に介入しないで!森を荒らさないで!」
「ニンゲンは乱暴!早く出て行って!」

と、冒険者たちへ罵声を浴びせてくるのである。
 旗を掲げる爪自身は、そういった声が上がることを予め招いた妖精から聞いており、交渉相手でもないため特に気にせず放っておいたのだが、これで治まらなかったのが彼らにくっついてきている方の存在であった。

「何をー!自分たちの大事な森を守る番もせず、こんな所で口だけ威勢良くしてる役立たずに、うちのご主人様たちを罵倒される謂れなんてないわ!!」
「そうですよ!私の正式な契約者が率いるパーティが、森を荒らしたりするはずがないんですー!」
「……!…………!!!」

 上から、妖精であるムル・フォウのスピカ・光精のランプさんである。
 ランプさんにいたっては、はっきりと知覚できる声を発しているわけではないのだが、いつもの茫洋とした笑い顔も、どこか抗議の雰囲気を漂わせているように思われる。
 先ほどから、シシリーのベルトポーチの中でハンカチに包まれている鉱精が宿った石も、何やら言いたいことがあるらしく、激しく発光していたりした。
 それを傍らで見ていたロンドは、ひょっとしたら、精霊同士であればユークレースの言いたいことも分かるのかも知れないな、と呑気に思った。
 とにかくうるさい。
 この時ならぬ妖精と精霊の大喧嘩勃発に、げんなりした表情になった長が口を開いた。

「その……申し訳ない。我らの多くは人間に恐れを抱いていて……無礼な者が多いが、どうか勘弁願いたい」
「いえ、何というか……こちらの連れも、口が回って気が強いのが多くてすいません……」

 シシリーも微かに頬を赤らめて謝罪する。
 人に慣れない妖精や精霊が自分たちを嫌う覚悟はしていたつもりだが、まさか連れの方が同レベルの言い合いを開始するとは思ってもみなかったのである。
 さながら気分は、己の主張の方が正しいと場所柄も弁えず大声で言い張る子どもたちの、躾が行き届かないことに恥を感じる親たちのようなものだ。
 このままでは話が進められないと、いがみ合いの終わらない集団からちょっと距離を取り、改めてウィルバーが長へと切り出した。

「ともあれ、件の魔物について何かご存知ならば、詳しいことを教えていただけますか?」
「魔物…というより、正しくは魔神の類かね」
「魔神……」

 眉をひそめて呟いたテーゼンの美貌をちらりと見やり、白い毛並みを乱さぬよう座りなおして長が話を続ける。

「精霊に憑りつき、思うままに操ったり、精気を吸い取り魔素を吐き散らす…そうやって一帯の森や精霊を壊滅に追い込む、恐ろしい魔神だ。ご存知だろうか?」
「魔神か…。魔神はその存在自体が稀じゃからのう。わしが知っておる伝承にはないようじゃが、テーゼン、おぬしは知っておるか?」

 悪魔と契約を交わした老婆は、そんな事をおくびにも出さずぬけぬけと言ってのけた。
 聞かれた青年の方も、特に警戒することもなく肩を竦めて応える。

「さあ、貰った情報だけではなんとも言えないな。魔神てぇのは、大抵のヤツが相手を誑かして操るだけのことはしてのけるだろうし……古木に憑依するってのは珍しいけどな」
「あの、長老」

 ウィルバーは俯き加減であった顔をあげて尋ねる。

「ちなみに、憑りつかれた精霊はどうなってしまうのですか?」
「魔神に精気を吸われ尽くした時に消滅する。一度憑りつかれたら、二度と正気には戻れないだろう」
「今は樹木の精霊、ドライアードに憑りついてる!」

 長の後から声をあげたのは、共に暮らしてきた仲間たちと新たに出会った同類が未だに繰り広げている舌戦から逃げてきた、冒険者たちを招いた妖精である。
 長は彼女の言葉に深く頷くと、ドライアードはあえて魔神にとり憑かれたのだと説明した。

「他の精霊たちを逃すため、この森でもとりわけ古い樹の彼女が魔神の気を引いてくれた」
「そりゃまた、立派な自己犠牲精神だねぇ……」
「レンドルで霧の魔物から仲間逃がしたお前に言われたくないぞ」

 こつり、と軽くアンジェの頭をロンドが小突く。
 魔神に関する情報で思い出したことがあったらしく、長老は「ああ、そうだ」と声をあげた。

精霊の森3

「更にかのものの瞳を見た者は、例外なく石になってしまう」
「石化能力か…!」

 呻くように呟いたテーゼンが、長に質問した。

「もしかして、そいつ炎を操るために火の耐性を持っているか?」
「我らは自分で火を操らないので、しかとは分からないが……そういえば、火蜥蜴が火球を当てた時もあまり反応した様子はなかったな」
「石化に炎の使い手……サブナクか、彼の眷属かもしれないな。サブナク自身は、青銅色の肌と獅子の頭部が特徴の魔神なんだが……」
「強いのか?」

 犬猿の仲の相手がワクワクしながら尋ねてくるのに、テーゼンは半眼となって教えてやった。

「眷属は分からないが、サブナク自身は相当強い。竜と同じくらい」

 強敵の予感にワクワクして思わず眉を上げたロンドは、口に出してはただこう言っただけである。

「どうする、シリー」
「これはちょっと対策が必要ね」

 石化は言わずもがな、魔素は人間にとって毒も一緒である。
 空気に混じったただの毒なら、排除される間だけ息を止めるという手段も使えるだろうが、魔素は皮膚を通して身体へ染み込んでくるものである。
 石化・魔素の両方に策を講じなければならないだろう、というリーダー役の少女の意見に、他の者たちも素直に同意した。
 ウィルバーが、以前にコカトリス退治の依頼を宿の亭主から受けた時に提供された、石化を解除するための薬の成分を思い出しながら思案する。

「石化ですか……。通常ならばヘンルーダ草などで予防ができるんですが、ここには見当たりませんからね。どうしたものか……」
「おい、ボーケンシャ!!」

 ≪海の呼び声≫を片手に思案をこねくり回している面持ちの薄毛の魔術師へ、妖精が思い立ったようにぴょこぴょこ跳ねながら近づいてきた。

「魔素なら私に任せろ!100秒くらいなら私の力で魔素を中和してやる!」
「えっ、そんな能力持ってるの?すっごーい」
「あの、でも……それって、戦場について来るってことよね?結構危ないんじゃ……」

 おろおろと金髪の少女が口を挟んだが、意気軒昂となった妖精が思い止まる様子はない。
 長も改めて妖精に向き直って問い質す。

「…小さき妖精よ。覚悟はあるんだね?」
「あったりまえだ!何もかも失くしたはずの私たちの同族が、一丁前にボーケンシャの仲間として働いているんだ!ここで動かなきゃ、森の妖精として恥ずかしいだろ!」

 オレンジの羽根の妖精の小さな指が、瑠璃色の羽根を持つ同族を指し示す。
 かつて森が盗賊団によって攻め立てられ妖精仲間が壊滅し、守護する目標も失ってしまったというムルの身の上話を聞いた彼女は、今や己が生きてきた場所を守り抜きたいという正義感と、戦いの意欲に燃え盛っている。

「かかっているのは私たちの命だ!この力があのヤローを倒すのに役に立つなら、私も戦うぞ!」

 長老の澄んだ瞳がじっと妖精を見つめていたが、やがてその視線はシシリーたちへと向けられた。

「冒険者殿、彼女は癒しの力を持っているゆえ、魔素をある程度は防いでくれる。どうか、同行させてやってくれ」
「…まあ、魔素を中和してくれるっつーなら是が非でもないけど」

 がりがりと後頭部を掻いたロンドを、微笑ましそうに眺めた長は、石化について助言をする。
 曰く、精霊に協力を得るのが良いだろうと。
 そのために森を回って見るといい、と彼は勧めてくれた。
 精霊の連れが多い冒険者たちであれば、あるいは他の人間よりも協力を取り付けやすいかもしれない、と長は考えていたのである。

「…すまないね。こちらの事情に巻き込んで」

精霊の森4

「慣れてっから。それに一応、依頼という形は取ってあるしな」
「ほう」

 物問いたげな長の促しに耐え切れず、妖精は報酬として彼らにアイテムを与えることを許したと告白した。
 たちまち、それを聞きつけた他の妖精たちが飛んできて騒ぎ立てる。

「ニンゲンに妖精の力を与えるだと!妖精の力が暴力に使われるぞ!」
「おまえはニンゲンに飼われたのか!この面汚しものめ!」
「――日常に飼い慣らされたのは、お前たちのほうだろう」

 庇うようにオレンジの羽根の妖精を分厚い掌に乗せ、口を出したのはロンドであった。
 やぶ睨みの目で妖精たちを睥睨し、怯んだところで再び口を開く。

「こうやって悪い変化が訪れても、それを打破するための勇気も持たない。命を賭けるつもりもない。つまりダメな飼い犬と一緒だ。こいつは違う。だから依頼を引き受けた――これ以上、何もする気がないなら黙ってろ」
「…………!」

 殺気立った目でピンクの羽根の妖精たちがロンドを睨みつけるも、彼の≪草核の鎧甲≫の肩パーツへ舞い降りたムルが、それに倍する激しさで睨み返し始める。
 いっそ火花が飛び散らないのが不思議なほど険悪な雰囲気の中、長老はため息混じりに今回の件を引き起こした相手へ言った。

「…まあ、今回は事情が事情だしね。不問にしておくよ。ただし、人間と過ぎた交流はしないように。我らには我らの、彼らには彼らの領分がある。それを無闇に侵してはならない」
「……」

 無言のままの妖精に、長はさらに念を押した。

「今回のことが終わったら、二度とこの森に他種族を連れてきてはいけないよ」
「…わかってる」
「冒険者殿。どうぞこの森と、その子をよろしく頼むね」
「ああ。というか、部外者を狩り出さずに済むよう、手立てを講じておけばいいだろう。そんなに他種族が嫌だったらな。できなきゃただの怠慢だ」
「なかなか手厳しいな……」

 苦笑する長にそれ以上の言葉は掛けず、ロンドが踵を返す。
 ただ、彼自身も長に対して悪感情を抱いているわけではない。
 一方的に責めたてられる妖精の姿に、何となく小さい頃の自分を重ねただけである。
 それが例えようもなく気持ち悪く――口を出さずにいられぬほど、不快だったのだ。

「あ、う、ロンド……」
「行こう、妖精さん。兄ちゃんのポケットにでも入っておくといいよ」

 そうアンジェから促されて、妖精はロンドに慌てて追いつき、彼のポケットへ入り込んだ。
 巌のようにごつい面相の男だが、その体温はつかの間、傷ついた彼女の心を温めてくれた。

2016/09/23 12:28 [edit]

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