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精霊の森に棲む魔性その1  

 ある地方で暗躍し始めた、吸血鬼と思われる魔物の討伐。
 旗を掲げる爪が今回引き受けた依頼書には、そう書かれていた。
 リューンから野宿を含み片道4日の行程に、さすがのテアも「あまり長い道のりは、そろそろ腰が適わんのう」と愚痴めいたものを漏らしたが、死に損ない――俗にアンデッドと呼ばれる怪物たち――の中でも特に知名度の高い相手に、生半な冒険者を派遣することはできない、という宿の亭主の言葉に反発する面子はいない。
 ただ、吸血鬼と一口に言っても、その能力はピンからキリまであるのだが……村人の証言にある蝙蝠などの生き物へ変身する能力を持っている辺り、少なくとも下級の吸血鬼ではなさそうである。

「油断は禁物ね。教会でも、吸血鬼は年を経るごとに強い能力を持つと聞いているわ」
「危ない相手なのですね……。皆さん、気をつけて下さいね」

 蝶のような羽根を羽ばたかせた妖精のムルが、ひらりとアンジェの頭上を飛ぶ。

精霊の森

 その下でホビットの娘が、訳知り顔で頷きながら言った。

「あたしたち、アンデッド相手に戦ったことは何度かあるけど、こういうメジャーで強いやつは初めてかもしれないね」
「……いや、今まで遭ったリッチとかレイスも、相当強いし危ないんですけどね」
「うむ。ま、油断が禁物なのはシシリー殿の言うとおりじゃ」
「いいじゃねえか、どっちでもぶっ飛ばしたら仕事成功だろ?」
「白髪頭は単純だよな……安心しろ、汗臭い上に野蛮なお前の血を吸いたいなんて吸血鬼は、滅多にいねえと思うぜ」
「アァ?何つった、黒蝙蝠!」
「汗臭いが気になるのか、それとも野蛮が気になるのかよ、えぇ?」
「2人とも、そろそろやめないと、またウィルバーから吹雪が飛ぶわよ…?」

 いがみ合う白と黒がピタリと口論を止めたのを機に、シシリーは辺りを見回して、そろそろ野宿の用意をしようと仲間に提案した。
 まだ日が落ちる時刻には間があるが、焚火のための枯れ木や保存食以外の食料、水場などについては明るいうちから探さなければ意味がない。
 明かりを灯すというだけならシシリー自身についてきている光の精霊たちに頼めばいいが、火がなければろくに調理もできないのである。
 リーダー役の少女の意を察したか、アンジェはロンドと連れ立って水場を探しがてら枯れ枝の収集に行き始める。ピョンピョンと嬉しそうに跳ねるその様子は、まるで小鹿のようである。
 テーゼンは肉を求めて猟に出て、ウィルバーは近場で手ごろな石を集め始めた。
 ふう、と息をついたテアが切り株に座り込む。
 よく歩いたそれこそ枯れ木のごとき老婆の脚を、シシリーが優しく揉み解した。
 ほどなく、椅子代わりや焚火を囲むための石を、ごろごろこちらに転がしてきたウィルバーが彼女に代わる。
 脚を摩りながら、ウィルバーはしばし躊躇うような仕草を見せていたものの、何か意を決したようにシシリーへ向けて口を開いた。

「あの……ですね、シシリー?」
「何かしら?」
「テーゼンと、その……何か、ありましたか?」

 何となく、だが。
 小さな子どもの頃から彼女を知っているウィルバーの目には、ここ最近、どことなくシシリーのテーゼンへ対する態度が違うように思われたのである。
 彼は、というか他の仲間たちも、テーゼンが故買屋に罠を仕掛けられたシシリーのため仕事をこなした事実を知らなかった。
 当然、それに先立ってシシリーが嵌められた事件についても、知る由もなかったのである。
 しかし、これだけ一緒に過ごしてきた相手であれば、ちょっとした目線や表情の違いが目につく。
 特に、若木のような印象しか与えることのなかった、実直で生真面目と言ってもいいシシリーだからこそ、固く結んでいた蕾がパッと開いたような、そんな匂やかで女らしい笑顔などがことさら目立つのである。
 恋愛沙汰に物慣れた娘であれば、この場合は笑って誤魔化すなり何なりしただろうが……。

「あの、えっと、ない、わけじゃ、ないんだけど……」

と、まったくもってこういった問いかけをされたことのない少女は、顔を赤らめて口篭った。
 摩る手を止めたウィルバーと、切り株で人心地がやっとついたテアの視線が交差した。

(……あのガキ、ついに手を出したんじゃないでしょうね……ちょっと、冗談じゃないですよ!)
(いや、早計は禁物じゃ。もっとちゃんと真実を聞いてから判断すべきじゃ)

 2人とも、目だけでこれだけの会話をなしたのだから大したものである。
 言いづらそうにしているシシリーから、巧みにテアが質問を重ねて、少女と黒い翼の悪魔がお互いの思いを告げただけに留まっていることが分かるまで、ウィルバーは生きた心地もしなかった。
 何しろ、シシリーは――それを言えばロンドもアンジェもだが――兄が営む孤児院から預かった、自分の甥っ子姪っ子に等しい子どもたちである。
 妙な相手とくっつくことになりました、などと言えば、ウィルバーこそが兄に、

(頭頂部から股間までを真っ直ぐ真っ二つにスライスされてしまいます……シシリーの剣の師匠はあの人なんですから)

という最期を迎えかねない。
 やがて、預かった全員分の皮袋に清水を入れて抱えたロンドと、枯れ枝をロンドの背中に括りつけた後に自分でも一山運んできたアンジェが戻り、即席の竃作りが始まった。
 空気を送り込むためのスペースを確保し、石を丁寧に積み上げていく。
 油分が多く燃えやすい枝を下に、焼けば香ばしい煙を発する枝を上に上手く組み合わせて配置し、アンジェが器用な手つきで火打石から藁とおがくずへ火種を起こす頃には、一頭の猪を愛槍にぶら下げてきたテーゼンも戻ってきた。 

「皆、待たせて悪ぃな。ばあ様、こいつ頼むよ」
「これまた、ずいぶんと大きいのを仕留めたモンじゃの」
「だってさ、向こうから襲い掛かってきたんだよ」

 彼が地に下ろしたのは、ワイルドボアと巷で言われている野生の大猪だ。
 草原や森、山など広範囲で姿が目撃されており、人里近くに出没することもままある。
 発達した牙で人を襲うこともあるため、駆け出し冒険者が村に雇われる原因ともなる。
 だが、当然ながらテーゼンは、この手の猛獣なら1人で狩ることも可能なのだった。

「返り討ちはいいけど、さっさと処理しないと肉が臭くなっちまうから、急いで持ってきたんだ」
「そうだの。この肉なら、オーソドックスに塩味で焼こうかね」
「まずは皮を剥いで、血抜きしないとね。手伝うわ、テア」

 手際よく作業を開始した女性陣(1人除く)を見て、テーゼンがウズウズし始めた。

「……なあ、今日くらいは僕が味付けを担当しても……」
「ダメです止めて下さいこっちを殺すつもりですか」
「大袈裟だぜ、ウィル。いくら僕だって塩だけでそんな不味く作れるわけが……」
「羽の兄ちゃんの場合、絶対大袈裟じゃないよ。スープがスライムになるなら、塩握っただけできっと化学変化が起きるよ」
「俺もそんな気がする」

 なんとも賑やか(そして一部スリリング)な調理風景である。
 それでも彼らは力を合わせて猪を解体した。
 肉の一部は鍋を使って燻製にし、残りをさっさと切り分けて、塩やウィルバーがその辺で見つけた野性のハーブをよく擦り込み、味付けを行なう。
 あらかじめ熱してあった平べったい石の上に携帯してきたバターと猪の脂身を滑らせ、その後で肉を並べる。
 ごそごそと荷物袋を漁っていたアンジェが、いつだかの冒険で手に入れていた南瓜や人参を取り出してきたため、それも適当な大きさに切り、肉と一緒に焼いて塩をまぶす。

「南瓜は分かるんですが……この人参、いつのですっけ?」
「えっとね、確か兄ちゃんが、リューンの広場ですんごく大きい馬に乗った時のだよ」

 すかさず疑問に答えたアンジェの言葉に、ロンドは不思議そうに白髪の頭部を傾げる。

「……そんなこと、あったっけ……?」

 じゅう、と肉の焼ける美味しそうな音が上がるも、呆れたような仲間たちの視線は変わらず発言者に注がれていた。
 視線をあえて意訳するなら、「こいつマジで言ってるのか」である。

「ちょっと、大丈夫なのロンド。今年の夏、途轍もなく暑かったでしょ。その時に来たヴァイキングの起こした事件があったじゃない。……本当に覚えてないの?」
「あ、いや、そこまで言われれば思い出した……多分」
「誰が【賛美の法】かけてあげたと思ってるのよ!」
「こいつ……落馬したら回収しようって待機してた僕が、馬鹿みたいじゃねえか……」
「馬だけにのう」
「上手くねえよ、ばあ様!」
「いや、上手いと思う。さすがだ、テア婆さん」
「てめえは黙ってろ!」

 喧々囂々と言葉を交わしながら、焼きあがった肉や野菜を石から奪う速度は一向に衰えない。
 ロンドの懐から飛び出してきたムルも、温かい内にご相伴に預かろうと伸ばされるフォークを避け、端にある南瓜を健気にも確保する。
 とうとう、一番最後まで食事を取っていたロンドも満足して一息つく時分には、辺りはすっかりと暗くなっており、森を渡る夜風もそれなりに涼しくなっていた。
 手近にあった草を6本引き抜き、一本の根を片結びにしたテーゼンが、

「ほら。これで見張り番を決めようぜ」

と声をかける。
 めいめいが手を伸ばして草を摘み上げると、果たして最初の見張り番になったのはロンドであった。

「俺か。分かった」
「次は、と……あたしだね。ちゃんと起こしてよ、兄ちゃん」
「ああ。赤い竜の星があの木の梢に差し掛かったら、交代しよう」

 太くてごつい少年の指が、立派な白樺を指し示す。
 話が纏まって、焚火の周囲の青毛氈に厚い毛織物の毛布を敷き、マントともう一枚余分に持ってきた毛布を被って、他の者たちは眠りについた。
 ポイ、とたまに虫除けのハーブを焚火に放り込み、枝で適宜突付いて火が消えないよう管理する。
 沸かした白湯を鍋から木のカップに淹れたロンドは、ゆったりと空を仰いだ。
 すでに星の散らばる天蓋は夏から秋へと様相を変えており、遮るもののないまま冷たい明かりで地上を照らしている。
 森のどこかで、梟が鳴いた。
 その鳴き声に呼応するように焚火がパチリと小さく爆ぜ、揺らめく。
 それを眺めていると、つい大きな欠伸が漏れた。

(三時間ほど歩けば森を抜けて街道に出るだろうが、テア婆さんの足の具合が心配だ。もう少しペースを落とした方がいいかもしれない……)

 頭の中でこれからの予定をのろのろと反芻しながら、また木の枝で焚火を適当にかき回す。

精霊の森1

「……、ふわあ~あ」

 周囲にこちらへ向けられた殺気の類はない。
 ロンドはあまりの退屈さに、堪らず再び大口を開けて欠伸した。
 その時、である。
 視界のかなり端のほうから、淡い光がふわりふわりと頼りなげに漂うのを見つけて、ロンドはやぶ睨みの目をしばたいた。

「……ん?」

 そして彼が見守っているうち、光は力尽きたようにへろへろと地面に落ちてしまう。

「………なんだ、一体」

 一瞬の後、光は輝きを失って、その跡には小さな何か――いや、ちょうどロンドの懐で眠るムルと同じ大きさの生き物が残された。
 いや、大きさだけが同じなのではない。
 怪物知識に詳しくないロンドにも分かる――ほぼ間違いなく、ムルと同じ妖精だ。
 懐の例外はあるにしろ、滅多に人前へ姿を現さないとされている妖精族が眼前に落ちてきた事実に、ロンドはどうしたものかと後頭部を掻いて思案した。
 清浄な森の奥深くに住まう存在であるはずの彼らが、何でまた人が野営している空間までまろび出てきたのかは不明だが、一応生死は確かめておこうと思ったロンドは、倒れ伏して動かない妖精の羽根を摘んでみた。

「……、ら」
「ん?」
「こらー!何をするニンゲン!はなせコノヤロー!」
「うわっ」

 暴れ始めた妖精の羽根が千切れるとまずいと思い、ロンドは咄嗟に指を離した。
 たちまちへろへろとまたもや地面に落っこちた妖精は、

「ば、ばかやろー!いきなりはなすヤツがあるか!いたいけな妖精を殺す気か!」 

と猛抗議を始めている。
 彼が途中で危惧したよりも丈夫にできているらしい。
 さて、コイツをどうしてやろうかとロンドが思っていると、さらに妖精は言い募った。

「ったくこれだからニンゲンは、ガサツでオーボーでヤバンだ!さっさとカナンに滅ぼされろ!」 
「あん?なんだって?」

 少年の太い指が、でこピンの要領で妖精を弾き飛ばす。

「ぎゃー!」

 でこピンといえども相対的に見れば大した衝撃だったようで、ごろごろと気持ちよく転がっていった妖精は、今度こそ自らの羽根を広げて飛んで戻ってきた。
 ちなみに、彼女の羽根はムルのものと違い、トンボのような形でオレンジ色をしている。

「妖精ギャクタイ!訴えてやる!」
「虐待だと?たわけ、こうやってきちんとムルを保護してる俺たちに何言ってるんだ」

 ロンドがそっと懐から取り出したムルはまだ眠りの淵にいたが、外気と身近にある同族の気配に晒されて、ふと目を覚ました。

「………あ!私の仲間!」
「やっぱりそうか。こいつ、面倒くさいからさっさとここからお引取り願いたいんだが、ムルに説得を頼めるか?」
「ちょ、ちょっと待て!おい、おまえニンゲンなんかについていってるのか!?」

 新たに現れた妖精は、まさかそんなところにいるとは思わなかった同族に向かって質問をした。
 こくり、とムルが首肯する。

「この方々は、生きる目的も多くの同胞も失くしてしまった私を保護してくれたのです。私は森から出て、彼らの冒険のお手伝いをすることに決めました」
「ぼうけん……そうか、こいつらボーケンシャか!」
「ああ?確かに俺たちは冒険者だけれど……」

 ムルとロンドの言葉を聞いた途端、妖精はぱっと顔を輝かせた。

「そうか!なら話がはやい!そこでアホな顔して寝てる奴らは仲間か!なら一緒にいくぞ!」
「は?行くってどこへ?」

精霊の森2

「さっきのニンゲンは見かけ倒しのデクノボーだったからな!ボーケンシャなら大丈夫だろ!」 
「いや、だから何の話を…」
「あ、もしかして……」

 ムルは新たに現れた妖精の魔力が、その身体を通して”ある一定の波動”に変わるのを感知した。
 それが何であるかに思い当たりはしたが、ロンドたちへ警告を発するは一歩遅かったようである。
 ぐにゃり。
 視界が、渦を巻いて歪んだ。

「げ……」
「妖精の空間転移魔法です!」

 ムルがそう口にした時には、もはや渦は白い閃光へと移り変わり、彼ら旗を掲げる爪の面子は空中にあった。

「やっべ……!」

 辛うじて受身の態勢を取って難を逃れたロンドだったが、ぐっすり眠っていた他の仲間たちはそうはいかない。
 いきなり地べたに放り出され、何事かと慌てて得物を手にする。

「いたっ!な、なに!?なんなの??」
「って、ここどこさ!」

 シシリーやアンジェが口々に疑問を飛ばしている。
 ……ちなみに、同族のやらかしたこの事態へ、ムルは既に頭を抱えていた。

2016/09/23 12:26 [edit]

category: 精霊の森に棲む魔性

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