Wed.

Through the holeその3  

 辺りには無数のねずみの死骸が転がっている。
 幾つかは下水の流れに乗って、上下に揺られながら遠ざかっていったようだ。
 ぴとん、ぴとんと雫の垂れる音が響く。
 鋼糸についたねずみの血を丁寧に襤褸切れで拭き取り、腕輪に武器を収めるとアンジェは言った。

「まったくさぁ……兄ちゃんを連れて行くに事欠いて、下水はないよね」
「だよな。暗いところは今までも出入りしてたが…臭いがな」

 テーゼンの嗅覚には、この冷たく湿気た迷宮に独特の臭気が届いている。
 仲間のもっともな愚痴を、ウィルバーは軽く受け流した。

「しばらくこの中にいたら、臭いのにも慣れるでしょう。こいつが身体に染み付いてしまう前に、ロンドを見つけるのがベストではありますがね」
「それは嫌じゃのう。……おっと、こいつではないかえ?」
「……ええ、そうね。これみたい」

 テアとシシリーが指し示したのは、ふざけたような手紙で指定されていた場所にある、固く口を閉じた鉄扉であった。

「……行くわよ」

 片手に鍵を握りしめたシシリーは、春の海と同じ色をした目を煌めかせ、小さな穴に鉄の小塊を差し込んで捻った。
 仲間を攫われた怒りと、助けられるだろうかという焦りと、そしてまた、何が待ち受けているのだろうかというほんの少しの好奇心を携え、ロンドを欠いた旗を掲げる爪のメンバーは大きく開いた鉄扉を潜り抜けた。
 さすが大昔の地下迷宮を下水道として使用している、というべきだろうか。
 一本道ではなく、あちらこちらに自分たちが潜ってきたのと似たような鉄扉が見られる。
 けれども、そういった鉄扉は鍵穴も見られず、卓越したアンジェの開錠技術をもってしても開けられる代物ではなかった。

「これ……カラクリ扉だね。ここじゃなく、別の仕掛けで開くタイプだ」
「とすると、今はここを開けることを考えない方が良いかの?」
「うん、これから通るどこかに仕掛けがあるのかもしれないけど……反響音がね」

 軽く眉をしかめたアンジェが、壁に耳をつけた体勢でナイフの柄で自分の横を叩く。
 壁の向こうに造られた見えない空洞で、いくつかの音の重なりが響いた。

「かなり複雑なんだよ。大掛かりに作ってあるから、一朝一夕で弄れるものじゃないのかも」
「…今考えても判断はつかないわ、通れる道を通ってからにしましょう」

 リーダーの意見に同意した一行は、まだ続く暗い道のりを、ほえほえしたいつもの表情ながら心配そうなランプさんや、黙々と自分の仕事をこなそうとするフォウのスピカに照らされながら進む。
 妖精のムルも、油断なく辺りに目を配っていた。
 しばらく行くと、石壁に剣が深々と刺さっているのが見えた。
 アンジェが半眼で剣を睨む。

「なにこれ」
「剣……に見えるがのぅ。まだ触ってはならんぞ。それにしても、こやつどう石壁に嵌め込んだんじゃろうな」
「そもそも高さが足りないよ、婆ちゃん」
「オイ、ここに何か書いてるぞ」

 どこかのんびりしたやり取りの子どもと老婆のやり取りに、黒い翼の青年が横槍を入れる。
 テーゼンがくいと指を向けたのは、剣の横に打たれている鉄のプレートだった。

地下水道5

 そこには、「わたしの望みはただ一つ。どうか自由にしてください。」という文言が書かれている。
 顎を撫でるようにしたウィルバーがぼそりと言った。

「抜け、ということですか?」
「さっきの開かなかった扉に対応してるんじゃねえのか?」
「ちょっと待っててね」

 テーゼンの意見に、アンジェがまた手近な壁に耳をつけて反響音を聞き取る。
 だが、はたして彼女の顔は晴れなかった。

「ううん……ここに繋がってるような、繋がってないような……音が絡まり過ぎて、よく分かんない」
「ちょっと待って。あなたが”分からない”?」

 シシリーの声が我知らず尖った。
 しかし、それはアンジェの報告を咎めるものでないことは、他の者たちにもよく分かっていた。
 今のアンジェは、生来の器用さと冒険者になる前に仕込まれた経験、今までの冒険で得た知識を掛け合わせて、かなりの盗賊の技術を会得している。
 恐らく技だけなら、盗賊ギルドの幹部クラスに匹敵するはずである。
 そのアンジェが「分からない」のだ。

「もしかしてここって……相当入り組んだ仕掛けがあるってことかしら」
「言ったでしょう、手紙の主は人間じゃないかもと。……この地下水道に、新たにカラクリを施したのか、元々ここにあることを承知して利用したのかは知りませんが、舐めてかかれる相手ではないし、あちらの示す手順を無視して進めるとは思わないほうが良いのではないでしょうか?」
「それは結局、この剣を抜けってことかい?」

 黒い翼を微かに動かした青年の言葉に、彼らの頭脳役の魔術師は肯定の意を返した。

「まったく…こんなんなぁ、本来ならあの白髪頭の役目だろ、力仕事なんだからよ」
「頑張ってくださいよ、テーゼンさん。応援しますから!」

 正体のよく分からないものに触れる嫌悪感を殺しながら、妖精の応援を受けた彼は柄を握り締め、一気に引き抜こうとしたが…石壁に刺さったままの剣は、少し揺れたかと思うと、また不動の飾りのように動かなくなってしまった。
 柄を握り締めて満身の力を込めていたテーゼンが、掌を真っ赤にしながら唸る。

「なん、だっ、コレ…。硬い!!」
「そりゃまあ、簡単には抜けないだろうとは思いましたが、そこまでですか」
「くっそ、シシリー!今すぐ僕に【賛美の法】を掛けろ!」
「あの……私がチャレンジしようか?」
「いやだ、ぜってーこの手で引き抜いてやる!」
「言うとおりにしておやり、シシリー…。男のプライドと言う奴じゃ」
「おっちゃん。こういうの、武士の情けとは言わないの?」
「………ちょっと違います。多分」

 外野の野次にもめげず、シシリーから望みどおり【賛美の法】の加護を受けたテーゼンは、四苦八苦しながらどうにか剣を引き抜いてみせた。
 法術の助けがあったにしろ、体力を消耗したことに変わりはないようだが、

「自分でやると言ったんじゃ、自分で治療せい」

というもっともな老婆の言葉に、反論する余地はなかった。
 一方、引き抜かれた剣はウィルバーが鑑定していた。
 柄と刀身に薔薇と茨が巻きついており、特に茨は刀身の半分以上を覆っている。
 美術品のごとく凝った装飾は美しいが、真っ当な剣技で扱うような代物には見えない。
 それを証明する様に、淡々としたウィルバーの声が鑑定結果を伝えた。

「……ある一定の条件下で、使い手の血も啜る剣ですね。ただ、魔法生物に対しても強い力を発揮するように思います」
「あー…ろくなモンじゃなかったね、おっちゃん」
「はあ。ですが、一応剣の所有者に、魔法へ抗する力を分け与える作用もあるようですよ」
「つまり……売ると、高い、ですか?」
「そうですね、ムル。まあ、我々を雇う報酬に値するのは確かです」

 ただですね、と彼は続ける。

「コレが地下水道の仕掛けに一口噛んでるなら、一般の市場に回していいのかどうか…。手紙の主がどんな思惑を隠してるか分かりませんからね」
「迂闊に売り払うのは勧められない、と。うーん」

 頭を掻いて腰に手を当てたアンジェだったが、ふと手から自分のベルトポーチに違和感を感じ、ぺらりと蓋を開けた。
 細々とした冒険に必要な品々のほかに、見慣れない金色の輝きが見える。
 観察に邪魔になっていた楔を掻き分けると、それが鍵であることが分かった。
 持ち手の部分に赤い石が嵌まっており、その奥に何かの模様のようなものが刻まれている。

「……なんだろ、これ。入れた覚えないんだけど」

 ポーチから鍵を取り出そうとしたアンジェだったが、他の仲間たちから先に行くぞと声を掛けられ、結局蓋を閉めるに留まった。
 冒険者たちが元の道へと戻ると、どこからかゴゴゴ…という、重い石を引きずるかのような音が辺りに響いた。
 音の発生源は、どうやら先ほど一行が開錠を諦めた鉄扉のあたりかららしい。
 慌てて駆け戻ると、取り付く島もないという風情でいたはずの扉は消え失せ、ぽっかりと新たな通路が開いている。

「さっきの薔薇の剣を回収したから…かしら?」
「どうじゃろうの……。それにしては少々タイムラグがあったように思うんじゃが」

 シシリーの問いに肯定を返しきれず、テアは慎重に辺りを見回したが、周囲に怪しいものは一向に見当たらない。
 通る途中で扉が下がってきて分断される罠を警戒したものの、アンジェの調べる限りではそういったこともなさそうである。
 それでも一応、扉が閉まりきらないように≪氷砂糖の杖≫を立てかけ、用心深く未知の通路へと移動する。

「ね、羽の兄ちゃん。この杖で大丈夫かな?割れちゃうんじゃない?」
「いやー、大丈夫じゃねえ?一応、希代の魔法使いが生み出したマジックアイテムであることに変わりはないし…」
「奇態な魔術師でもあったわけですが、それはさておいて。全員潜れるんじゃないですか?」

 ウィルバーの言葉どおり、彼らの警戒は杞憂であったようで、懸念を口にしながら動いている間に冒険者たちは全員問題の箇所を通り過ぎていた。
 進んだほうの地下通路も、見る限りは同じ石材を使った造りである。
 最初に訪れた時にしきりと気になってしまっていた臭気も、大分感じなくなってきていた。
 途中で落ちていた淡い水色とも若草色ともつかぬ美しい宝石を拾い、いくつか閉じられた鉄扉の前を通り過ぎながら通れる道を進む。
 黙っていると陰気になってしまうと思ったのか、ぼそりとテーゼンが呟く。

「まったくよ…一番ごついくせに、騎士の助けを待つお姫様かっつーの」
「姫とか。マジやめてドレス着た兄ちゃん想像した」

 自分の想像力を恨んだアンジェが、若干青褪めて抗議する。
 何度目かの角を曲がった時、そこに現れたものを発見し、一同は足を止めた。
 ランプさんの光に照らされたのは複数のぬいぐるみ――とはいっても、宿でウィルバーが切り裂いたものとは大きさも素材も違う、兎のぬいぐるみである。動く様子はない。
 尻の下に羊皮紙が敷かれているのを発見し、アンジェはそれをさっと取り上げた。

「『あたしはぬいこ。うそつきないじめっこに、大切なもの盗られちゃった!』」
「………は?何ですって?」
「いやいやおっちゃん、そう書いてあるんだってば。『おねがい、取り返して!他の子たちを傷つけちゃヤダよ!』だって」
「良かった…僕はてっきり、緊張に耐えかねてアンジェがプッツンしたのかと…」

 胸を撫で下ろしたテーゼンとは別に、シシリーが呻く。

「もしかして……ここ、こういうクイズみたいなのがいくつも置いてある場所なの?」
「かもしれん。ロンド殿が確保されている場所も、こういった謎かけを施してあるのやもな」
「面倒なことを…!そんなことしたら、ロンドが自力で出られるわけないじゃない!」
「……シシリー殿も、結構遠慮なく言いたいこと言うのう……。ま、この兎の出題はあれじゃ。典型的な、『1人だけがついておる嘘を、証言を参考に見抜く』やつじゃろ。この手の謎かけは、以前にも解いたことがあるな」

 聖北教会の知り合いの修道女を介した仕事で、死霊術師の討伐が目的のものだった。
 敵の術師によって掛けられた結界を解くために、似たような設問が設定されており、テアはそれを解いたことがあるのだ。
 老婆が正解のぬいぐるみを指差すと、シシリーはそれを愛剣で引き裂いて赤いリボンを取り出した。
 そして、リボンのほかに……。

「何でしょう、これ。ロンドの部屋のものでしょうか」

 ウィルバーが掌に載せたのは、アンジェのベルトポーチの中にいつの間にか納まっていたのと同質の鍵であった。

地下水道6

 ただし、こちらは赤い石の中にハートらしき模様が刻まれている。
 それに驚いたアンジェは、先ほどの鍵を取り出して、早口で自分の荷物に入っていたのを見つけた経緯を説明した。
 まずウィルバーが顎を撫でつつ応じる。

「気配に聡い盗賊に気付かれずに…ですか。ますます、尋常な話じゃないですね」
「でも、それならいっそう、これが大事なアイテムであるという信憑性は増したと思うわ。どうでもいいのなら、そんな驚かせるようなやり方で与えなくてもいいものね」
「鍵が二つもある時点で、素直に白髪頭を返してくれるとも思えねえんだがよ」
「それはもとより、想定範囲内じゃろ」

 第一こちらは、一戦交える覚悟をして来ておるんじゃしな、というなんとも物騒な老いた吟遊詩人の指摘に、異論を唱えるものはいなかった。

2016/09/07 11:42 [edit]

category: Through the hole

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