Tue.

カリオペの音楽祭その3  

「どうして……こうなっちゃったんだろう」
「さて……どうしてじゃろうのう」

 呆然としたように呟いたアンジェに応えたのは、同じく呆然とした様子のテアであった。
 彼女たち2人の視線の先には、さる大きな存在と交渉を始めた仲間たちの姿がある。
 物理的にも存在感的にも大きなそれ――蒼く磨きぬかれたかのような鱗を持つドラゴン――は、竜族の
中では比較的小柄であるはずなのだが、この洞窟にある施設内ではまったくそれを感じさせない。
 もっとも、ブルードラゴンは体長15~20メートルほどもあるのだから、一番背の高いロンドで193センチの冒険者たちでは、”竜族の中でも小柄”という幻獣図鑑に記載された文章は何の慰めにもなっていないだろう。
 石段の向こうにあった施設は、テーゼンの予想通り旧文明期のもので、目の前のブルードラゴンに言わせると「ドラゴン研究所」なのだそうだ。
 日夜、兵器として利用する為のドラゴンの養殖方法を研究していたそうなのだが、ブルードラゴンを育てていた研究員はよほどのお人よしだったらしく、竜へのスペシャルドリンクの味を改良したり、成長につれて手狭になった部屋から移すために奔走してくれたり、とにかく世話になった、親切にしてくれたという思い出しかないらしい。
 そういった経緯もあって、政治情勢の混乱や寿命により研究員が施設からいなくなった後も、ブルードラゴンは人間にさしたる敵意を持たずに今日に至ったのだろう。
 旗を掲げる爪が求める”伝説の楽譜”については何も知らなかったものの、あの閂のあった部屋に閉じ込められていた男が思想的政治犯として囚われた者であり、それを逃がしたのもこのドラゴンであると話は続いた。
 最初に旗を掲げる爪が見つけた生活の痕跡は、やはりその政治犯を見張る看守のものなのだろう。

カリオペ5

「まあ、ワシには人間の世界の理など分からんし…とにかく気の毒だったから、背に乗せて安全な場所まで連れて行ったんじゃ」
「じゃ、あんなにたくさんあった絵は、その人の手慰みか。素人にしちゃ綺麗だった」
「そうじゃろう、そうじゃろう。ワシも一枚だけ描いてもろうたよ」

 ブルードラゴンの鼻先が、ずいぶんと高いところにある絵画を示した。
 きすげやつりがねにんじんなどの夏の野の花が描かれた、気持ちの良さそうな原っぱである。
 魔法で結界を作って保護しているのだと誇らしげに語る竜へ、シシリーがそういえばと口を開いた。

「この階層のほかの場所にも立ち入ったけど、その結界みたいなのが張られた所があったわ。あの結界の内に封じられているのは、多分、私たちが求める楽譜の為のキーパーツだと思うんだけど…」

 富裕層が娯楽として楽しむジグゾーパズルに似たその破片は、青く輝く柱の中に浮いていた。
 だが、それを不思議に思ったシシリーが手を出すと、何かに阻まれるように弾き返されてしまったのである。
 痛みこそなかったものの、これではどうあっても中の破片を回収できない。

「あの結界を解く手段は分からないかしら?」
「結界の解除?ふぅむ、それなら、ワシのブレスには炎の力と魔法を解除する力が宿っておる」

 ブルードラゴンは誇らしげに胸を張った――大きすぎて冒険者にはよく分からなかったが。
 だが、この体長の竜を冒険者たちが潜ってきた入り口から出すのは、サイズが合わないから不可能だ。
 竜のブレスの力を、持ち運べるような形にできれば……とウィルバーが悩んでいると、

「そうよのぉ、適当な媒体があれば、それにブレスを纏わせることができそうじゃが…」

とブルードラゴンから言い出してくれた。

「こいつじゃ駄目か?」

 ロンドが差し出したのは、月の装飾が施された鍵であった。
 竜は残念そうに首を左右に振る。

「媒体としては、ちと小さいのう…」
「もっと大きなヤツか。何かあったかな…」
「……あっ、シシリー。それは?」

 テーゼンはシシリーの腰に吊るされた、この遺跡で発見した剣を指差していた。
 竜に問うてみると、ちょうど良いサイズだと返事がかえってくる。

「おまけに物もいい。ブレスの力を宿す媒体としては最適じゃろう」
「本当?では、これに力を写してもらっていいかしら?」
「うむ、ではワシに向けて剣を掲げよ。…では、行くぞ」

 ひゅううううう………と、洞穴の中へ風が吹き抜けるのを何倍も強烈にしたような吸引が、ドラゴンの口により行なわれる。
 慌てて互いにしがみ付いた老婆とホビットが転がってくるのを、ロンドががっちりとキャッチして自分の背中に庇った。
 テーゼンもウィルバーの腕を掴んで、バランスを崩すのを辛うじて防いでいる。
 強い風は唐突に止み――ブルードラゴンの口から、青から緑、黄色のグラデーションを帯びたぎらぎらしい炎の塊が、剣の刀身へと向けて放たれた。
 くねるような刀身はその形に添うように火を宿し、剣を手にしたシシリーの眼前で熱を放っている。

「これで結界解除もできるはずじゃ」
「ありがとう、ブルードラゴン。こんなに親切にしてもらえたのに、お礼もできないわ」
「かまわんよ。人の子等と話すのは久々だからの。いい退屈しのぎになった」
「――ブルードラゴン。ここまでして頂いてなんですが、もう一つだけ、相談に乗って貰えませんか?」

 シシリーとブルードラゴンの会話を遮ったのは、ウィルバーであった。
 用事が済んでしまえば冒険者たちも立ち去るだろうと思い、さっそくまた休眠の姿勢に入ろうとしてた竜が頭をもたげる。
 そのまま、まるでリスがそうするように首を傾げてみせた。

「うちの宿には動く鎧という魔法生物の仲間がおりまして…。彼の長期稼動のために、あなたのような幻獣の生き血を機会があれば求めておこうと約束したのです。あなたの調子が悪くならない程度に、どうか血を分けていただけないでしょうか?」
「……竜の生き血って、何か凄いのか?」

 ロンドの呟きに、はたと他の仲間たちの動きがストップした。
 卑しくも冒険者を名乗る身にとって、竜の血というものがどういった働きをするものなのか――真実もデタラメも含めて、知らない人物がいるとは想像の外だったからである。
 呆れて物も言えない一同を横に、竜はしばらく目を瞬かせていたものの、やがて心地良さげにクックックと笑い始めた。

「そうかえ。おぬしは知らんのか」
「知らない。何かいいことがあるのか?」
「そうさのう……それは貰ってからのお楽しみというやつじゃ。じゃが、一応は竜族である身。誰にでも気軽に血を分けてやることはできん。どうだ、人の子等よ」

 ブルードラゴンは、生ける宝石のような目をそれぞれに向けてから言った。

「ワシもここに閉じこもってかなり長いゆえ、少々身体を動かしておきたい。ワシと腕試しをやってみんかね?おぬしらが勝ったら、そちらの魔術師の言うとおり生き血を分けてやろう」
「竜とバトル……こないだのニージュ公爵の領地に出たヤツも大変だったのに……」

 がっくりと項垂れて四つんばいになったのはアンジェである。
 以前にサセルカの領主の頼みにより退治した黒竜の仕事で、ロンドが「次はもっと精進しなきゃ」と言っていた時は、こんな疲れる戦いは二度とやりたくないと思っていたのだが、この分だと現実になりそうなことにいち早く気付いたのだった。
 その肩をポン、と叩いたのはテーゼンであった。

「反対しても無駄だろ、これじゃ。見ろ、白髪男を」

 白く優美な指が示す向こう、さっそく戦闘意欲に燃えているロンドがぐるぐると肩を回している。
 本来は争いごとを好んで行なわないシシリーも、宿の仲間のためとあって、いつもの装備を確認してからテアへ援護を頼み始めていた。
 どうやら逆らう余地もないと判断したアンジェは、深いため息をついてから腕輪の鋼糸に異常がないかを確かめた。

「そうだね、反対しても無駄だね…」
「よし、竜の爺さん!こっちの準備は出来たぜ!」
「ふぉふぉふぉ。威勢のいい若者じゃて!お手柔らかに頼むのう」

 魔法や呪曲による援護を纏った冒険者たちの身体は、おおよそ尋常な人間からは程遠い速さをもって四方に散った。
 テア目掛けた竜の左の翼による打ち払いを体当たりで防いだロンドが、お返しとばかりに拳を無数に突き出してその巨躯へとダメージを与える。
 侮れない相手だと判断した竜は、咄嗟に尻尾を振り回して冒険者たちを薙ぎ倒そうと試みたが、それは直前に悪魔の襟元から飛び立った妖精の矢によって、僅かながら軌道を乱された。
 それでもシシリーやロンド、テアが避けきれずに傷を受ける。

「がっ……なるほど、効くのう…」
「ばあ様!」
「囀るな、テーゼン。ウィルバー殿の魔法のおかげで、かすり傷じゃよ」

 それよりさっさと攻撃するよう促され、有翼の青年は不規則な軌道を空中に描きながら、槍を雷電のごとく突き出して鱗に覆われた身体を貫いた。
 続けざまにシシリーの長剣が、先ほど己を倒した尾を退ける。
 これはまずいと思った竜は、息を吸い込んで己の体内に潜む魔法の炎を燃え盛らせた。
 竜族に伝わる独特の攻撃方法――竜の焔の予備動作である。

「アンジェ!」
「はーい!」

 高熱のブレスが放たれる寸前、シシリーの合図で、アンジェが幾重にも鋼糸を辺り一帯に張る――【漂う糸】の技による繭である。
 俊敏に張られたそれは、どのような兵をも焼き焦がすと伝えられる炎を、つかの間ではあったが防ぎきってみせた。

「――ほほう!?」

 驚いたブルードラゴンが歓声を上げたのへ、ニヤリとアンジェが笑う。

「悪いね、竜さん。こういう時のために習得しておいたんだ」
「一度張られた繭はあっという間に焼き切れますからね……【魔法の鎧】!」

 すかさず、ウィルバーが防護魔法を唱える。
 再度、不可視のフィールドに包まれたシシリーやロンドは、各々の得物を手近な竜の巨躯へと突き立てた。
 鱗越しに硬い手ごたえが伝わるも、それにたじろぐ暇はない。
 攻撃した後に噛みつかれるのを警戒して、二人は素早く後退した。
 竜はアンジェの防御がそうそうできる技ではないと見切り、また焔を放とうと息を吸い込んだものの、

「そうはいかねえぜ!」

という言葉と共に、力強く振るわれたテーゼンの≪ダリの愛槍≫により、放つ寸前のブレスを打ち消されてしまう。

カリオペ6

「なんと……こんな真似をする者がいるとは……」
「竜族のブレスは、予備動作の時に拍子を乱してやれば、放出することはできねえからな」
「よく考えておる。これが冒険者の知恵ということかえ?」
「そんなとこさ。そして……」
「『暗き地下より、いでよ毒を含む小さき者たちよ!』」

 呪文の詠唱により宙の魔法陣から飛び出してきた鼠の群れが、竜の鼻先へと齧りついた。
 あまりに意表をつく攻撃に、しばし虚をつかれたブルードラゴンの眼前へ、今度は緑色の鎧に身を包んだ大柄な体が飛びかかる。

「おりゃあああああ!」
「うおおおおお!?」

 シシリーの助けを得て飛び上がったロンドが、なんとブルードラゴンの眉間に、自分の体重を充分に乗せた肘打ちを叩き込んだのである。
 眉間は、生きている限りどんな相手にも急所だと言える――例えそれが、古代から続く幻獣であったとしても。
 くらり、と眩暈を感じた竜は、そのまま重々しい音を立ててその場に巨躯を沈めた。
 その様を眺めていたテアが、呆れたように首を横に振った。

「だから、どうして、竜に肉弾戦を決行するのか……。こんな馬鹿な話、聞いたことないわい」
「盗賊ギルドでこの話をしても、誰も信じてくれないだろうなあ」

 アンジェはやれやれと肩を竦めて、倒れた竜の傷へ薬草を当てるテーゼンの手伝いを開始した。
 ヒヨス草を中心に、5種類以上のハーブを組み合わせて精製した薬効が良かったのか、程なく気絶から回復した竜は、長く息を吐いて感歎を表した。

「ふ~~~~~……おぬしら強いのう。老体には堪えるわい。……さて、約束の生き血じゃったな」
「ええ。お手数ですが、これにお願いできますか?」

 ウィルバーの差し出してきた水筒の口を目掛け、ブルードラゴンはまだ傷の塞ぎきっていない尾の先っぽから赤い雫を垂らす。

「竜の生き血の効果は、本来なら戦士が戦いの中で自ずと分かるものじゃが…」
「すいません。これはちょっと、別のことに用いさせていただきます」
「なあに、生き血をやると約束したのはこっちじゃ。かまわんさ」

 求める分だけ血を分け終わったドラゴンは、また休眠期へ入るつもりなのか、ゆっくりと大きな身体を横たえた。

「なかなか楽しめたよ、人の子等。おぬしらの目的が、無事果たされることを祈っておる」
「ありがとう、心優しき青の竜よ」

 生き血の入った水筒を荷物袋に収め、ブレスの力を持った剣を鞘に収められるよう魔法を施した冒険者たちは、ブルードラゴンへ別れを告げて部屋を出て行った。

2016/07/05 12:39 [edit]

category: カリオペの音楽祭

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