Tue.

カリオペの音楽祭その2  

 吹き抜けのある場所から月光が注ぐとは言えども、さすがに洞窟全体が明晰に見渡せるわけではない。
 一行はランプさんとスピカに照らしてもらいながら、洞窟内をあちらこちらと歩き回り、下の階層へと移動してみた。
 すると、途中で生活の痕跡を見つけた。
 簡易的な寝台に大きな机、書類をまとめるための棚、もはや干からびた食料品の入った袋など……それらが使われていたということは、ここで誰かが日常を送っていたのは間違いない。
 そこから鍵や、くねった刀身という変わった形だが魔法の力は持たない剣、そしてここにいたのであろう人物の手記などを発掘する。
カリオペ3

 寝台のマットレスの隙間から見つけた手記の中身を、どんぐり眼でじっと眺めていたアンジェが、ううんと唸る。

「手記にある『逃げた男』って何なんだろうね?」
「気になるわね、確かに」
「それもですが、ここです。『職務怠慢で怒られる』とあるのは、つまりここにいたのは……看守ということでしょうか」

 ウィルバーの長く節くれだった指が、つつっと手記のある行をなぞった。
 手記の記載者は責任を問われることを恐れ、逃げた様子である。

「この遺跡を知っていて、檻として使っていた人がいるってこと…か?」
「かもしれねえが、何か変だぜ。ここ」

 辺りに視線を走らせたテーゼンが、腰に手を当てたまま左足をダンダンと踏み鳴らす。

「なあに、モンスターがいないこと?それなら、あのソフィアって姉ちゃんが言ってた通りじゃん」
「そうじゃねえよ。下に潜ると、何となくだが様子が違う。なんてーか、その…時代が合わない。ここ作ったやつ、一人じゃねえんじゃねえの?」
「時代が?」

 鸚鵡返しに言ったウィルバーが、その言葉に眉根を寄せてしげしげと周辺を見始めた。
 テーゼンの言がなければ気づかなかったが、確かに彼の言うとおり、入ったばかりのエリアと少しばかり様子が違うようだ。

「これは迂闊でしたね…さっぱり気付きませんでした」
「どういうことだ?」
「下の階の方が、他よりも古い洞穴のように思われるんですよ。これは地層を観察するとよく分かることなんですが…。明かりを近づけて見てみるまで、私も気づきませんでした。よく分かりましたね?」

 セリフの前半は疑問を呈してきたロンドに対してだが、後半はテーゼンに対するものである。
 黒髪を揺らした青年は、二度翼をはためかせて――多分、これは照れ隠しのようなものなのだろう――から言った。

「空気の匂いが違うんだ。古代遺跡は色々あるけどよ、やっぱり時代ごとにちょっとずつ違うぜ」
「……それだけ嗅覚が鋭いのに、なぜ味覚だけああなのか……」
「言うてやるな、ウィルバー殿。それは種族の特性というやつなんじゃろ……」

 湖城の街であるサセルカでの冒険で、魔界に住むものの味覚というのがどれだけぶっ壊れているか、やっと理解できた彼らである。
 悪魔であるテーゼンが味音痴であっても、それは仕方のないことなのだと納得していた。
 剣に何の仕掛けも無い事を確認し終えたシシリーが、とりあえずそれを≪Beginning≫とは反対の側のベルトへ差し込んで仲間達を促した。

「ソフィアが言っていたほど呑気な場所じゃないことは分かったわ。油断しないで先へ行きましょ」
「あ……ちょっと待って、姉ちゃん」
「ご主人さま、キラキラ綺麗です」

 アンジェとスピカが、前進を始めた一行の足を再び止める。
 一人と一羽が指し示したのは、またもや月光を照らす吹き抜け近くに設置された鏡であった。
 もはやトラウマと化したのか、何の魔力も持っていない鏡だというのに、それを視界に認めたロンドとテーゼンの顔色が一気に悪くなる。
 苦笑いを浮かべたウィルバーが、

「大丈夫ですよ」

と一声かけてから近づいた。
 邪悪なものが潜んでいたりする様子はなく、ただ一心に満月の光を撥ね返す鏡面をしげしげと眺める。

「魔力の篭っている様子ではないんですがね。……どうも場所から類推すると、月光を利用したいように思われるのですが」
「そうなの、おっちゃん?」
「ええ、多分」
「だとしても、今考えて分かることでもなかろう。材料が少なすぎる。触らずに進まんか?」

 一番の年長者の言葉に、全員が頷いた。
 旗を掲げる爪は鏡に触れることなく、そのまま次の区画へと歩を進めた。
 かすかに吹き抜けからの光がちらちら覗く中、また丈夫そうな縄梯子が下に伸びている。
 縄を掴んで強度を確かめたテーゼンが、仲間たちに首肯した。

「このまま使えるぜ」
「じゃ、俺から行くか」

 見かけの鈍重さからはおよびもつかない様子で、さっさとロンドが下層へ降りていく。
 一人だけ暗闇に放り出されるのは困るだろうと、スピカが急いで彼についていった。

「――ん?スピカか」
「はい。もうすぐ他の皆さんも降りられます」
「ああ、そっちは心配してないんだが……お前、あっちの方、照らせるか?」
「はい?」

 ロンドの太い指が示した方へとスピカが飛ぶと、そこには屋敷に使われていそうな、磨きぬかれた栗材の扉がそびえていた。
 ロンドの次に降り立ったシシリーが、スピカの旋回している先を見て目を丸くする。

「何、どうしたの?」
「俺には扉に見える」
「私の目にも扉に見えるわよ。……そうじゃなくて」
「暗がりでちらっと見えたから、照らしてもらったんだよ。おーい、アン。お前の領分の仕事だぞ」
「なになになに!?宝箱!?」
「……凄い前向きな意見だけど、違うわよ」

 身が軽いことを利用して、地面から1メートルほどは跳ねるようにして降り立ったアンジェが、相変わらず戻って来いという指令の来ないために旋回し続けているスピカの光に、照らされた扉を見つけた。

「わあ、やった!皆、早くおいでよー」

 その発破が効いたのかどうかは分からないが、他の3名もスムーズに下層へとやって来た。
 扉にはこちら側から閂が掛けてあり、簡単に開けられそうである。
 ぽつりとウィルバーが言った。

「先ほどの手記の文章を覚えていますか、テアさん」
「脱走したヤツがおるんじゃったのう。”逃げた男”とやらを内側から開けられない部屋に閉じ込めた、のであれば…」
「ここがその部屋なんでしょうね、恐らく」
「……んー。でも罠が仕掛けられてる様子はないよ。ただ単純に、閂あれば逃げられないって判断してたってことじゃない?」
「とりあえず、こいつは邪魔だな」

 接着剤などが塗りつけられてる様子もない、とアンジェから報告されていたロンドは、立派な閂を片手で引っこ抜いてそこらに放り投げた。

「ちょっと、あんまり乱暴にしないでよ」
「ああ、すまない。人を閉じ込めるなんてのが、好かないもんで」
「まったくもう……。ランプさん、アンジェについていって」

 冒険者たちがアンジェを先頭に押し入ると、そこはリューンの冒険者の宿もかくやという家具の揃った部屋であった。
 前に見たのよりも立派な寝台、机、椅子などの一通りの家具の他に、特筆すべきは、壁にぎっしりと掛けられている複数の油絵である。
 ここに閉じ込められた人間は絵描きだったのだろうかと思えるほど、風景画から人物画まで多岐に及ぶ絵だった。
 それでも同一人物が描いたと判断できるのは、独特の筆使いと、どこか激しさを感じさせるタッチのせいである。

「絵がたくさんだねえ……」
「まるで、あのアポクリファの迷宮に飾ってたやつみたいだわ」
「だけどあそこになかったのもあるぜ。ほら、そこの真っ赤な花とか」

カリオペ4

「………兄ちゃん、それ薔薇ね」

 盗賊として宝を見分ける目を持っているアンジェには、ここに置かれている絵が持ち帰るほどの価値があるとは判断できなかったが、それでも赤い絵具の鮮やかな薔薇の静物画などは、鑑賞するだけの時間を取ってもいいと思わせる美しさだった。
 その絵を中心に、彼女は他の絵画を順繰りに眺めていく。

「あれ?」

 アンジェの背丈にちょうどいい位置にあった白いドレスの貴婦人の絵は、一枚だけ上下がさかさまになっている。
 彼女はひょい、とそれを元に戻した。
 ゴゴゴッ、と音が響く。

「うわっ、なんです!?」

 たちまち、絵と反対側の壁に設置されていた本棚に向き合っていたウィルバーから悲鳴が上がる。
 彼は、本棚の本のラインナップの貧しさに文句を言っていたのだが、ちょうど植物図鑑の間に挟まっていた一枚の白紙を引っ張りだしたところだったのである。
 ところがそれを出した途端、目の前の棚が動き出し新たな出入り口が開いたのだから、悲鳴の一つや二つ上がろうというものだ。
 すわ、モンスターかとスコップを構えたロンドなどは、

「何だ。仕掛けか」

と言って愛用の武器を下ろした。
 テアが彼の腰の辺りを無遠慮に叩く。

「何だではないじゃろう。これで、閉じ込められた人が脱走出来た訳が分かったんじゃが…」
「問題は、コイツがどこに通じてるかってこったろ、ばあ様」
「その通りじゃ」

 首を縦に振ったテアは、ぽっかり開いた本棚の出入り口に頭を突っ込んでみた。
 中は下りの石段が続いており、長らく閉じていたらしい独特の埃っぽさが鼻につく。

「テーゼン。おぬし、この先をなんと見る?」
「……今まで通り過ぎたのより、ずっと古い遺跡がある気がする。そんな匂いがするぜ」
「ってことはさ、もしかしてお宝があるかもしれないの?」
「おちびちゃんの言うとおりかもしれんし、違うかもしれん。リーダー、ここの階層にはまだ行けそうな場所もあったようじゃが……どうする?」
「この本棚がまた閉じてしまう心配はないの?」
「開けっ放しにしたいってことだよね。任せて」

 シシリーの意を汲んだアンジェは、荷物袋から楔と小型のトンカチを取り出した。
 その道具で、昔、盗賊団の≪赤い一夜≫の雑魚を部屋に閉じ込めたように、本棚が再度動き出しても閉じないよう、手早く固定する。
 作業を終えたアンジェがピースサインを送る。
 それに首肯したシシリーは、他の仲間達を振り返った。

「先にこっちを探ってみましょう。楽譜の場所を探すのなら、古い遺跡の方が手がかりがあるかもしれないもの」

 その言葉に各々が納得すると、また隊列を整理して一行は石段を下り始めた。

2016/07/05 12:37 [edit]

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