Tue.

カリオペの音楽祭その1  

 抒情的で賑やかな弦楽器や管楽器の調べが、夜になってから明かりの灯り始めたあちこちの建物から聞こえてくる。
 ふと視線を近くにある家の脇へ転じると、路地に並ぶ屋台から買ってきたと思しき揚げ物を、子どもたちが分け合いながら食べていた。
油のこってりしたいい匂いが漂ってくる。

「あー、いいなあ。あたしも食べたい」
「後にしろ、後に。まだ宿も取ってないんだから」
「ロンドの言うとおりですよ、アンジェ。宿泊手続きを終えたら、屋台で買い物しましょうね」
「それにしても…流石に賑わってるわね」

 リューンとは違う浮き立った辺りの様子を眺めていたシシリーが、ふわりと笑って言った。

カリオペ
 そろそろ秋の声も聞こうかというこの時期に、なぜ音楽の街と言われているカリオペにやって来たかといえば、

カリオペ1

「何せ旧文明期から続くと言われる、伝統ある音楽祭だからね。音楽の愛好家から著名人まで、色んな人が全国から集まるって聞いたよ」

と彼女に語っている傍らの護衛対象……同じ≪狼の隠れ家≫の宿泊客であり、冴えないバイオリン弾きであるルージュ・ポワゾンたっての要望によるものだった。
 カリオペは、噂によると旧文明時代に端を発するという最古の音楽学校がある街で、この時期にはあちこちから高名な音楽家や、新たな音楽の才能を求める貴族なども集まる。
 首尾よく目に留まれば、何の伝手も持たない一介の吟遊詩人が宮廷詩人という雲の上の身分になるのも夢ではないのだ。
 旗を掲げる爪の仲間であるテアも、結婚する前からこの街の祭りについては聞き及んでいたという。
 今回の依頼主となったポワゾンは、作曲の才能はちっともないくせに、音楽への興味は尽きないと言うか人一倍あるらしく、「一度でいいから、噂の音楽祭を見たい!」という彼の頼みに乗った形で、遠路はるばるやって来たわけだ。
 念願叶ってどうにも興奮気味であるポワゾンに、テーゼンが落ち着かせようと声を掛けた。

「そう、はしゃぐなよ。今日はまだ前夜祭。祭は明日なんだろう?」
「それはそうだけど……とっ!?」

 ドン!とポワゾンの男性にしては華奢な肩が、近くに居た人物の背中にぶつかったようだ。
 よそ見をして歩いているからだろう、とテアはため息をついた。

「あ…ごめん。大丈夫だった…?」

 ポワゾンは赤い髪を背中の半ばまで伸ばし、女性のように結い上げている線の細い青年である。
 相手がもし筋骨逞しい男性だったら、たちまち一撃で伸されてしまうだろうと、シシリーとテーゼンが急いで対象の人物を見やったのだが……。
 そこに立っていたのは、今までの仕事で色んな美男美女を見てきた冒険者たちにとっても、五指に入るほどの美形であった。
 優美極まりない顔を覆う不可思議な青味を帯びた銀の髪は、癖なく背に流れている。
 憂いを帯びたようなヒヤシンス色の瞳を長いまつげが縁取っており、形の良い小さな唇には、珍しい青主体のルージュを塗ってあった。
 滑らかな肌に、初雪で作ったかのような白いシンプルな衣装を纏っていて、唯一、装飾らしいものと言えば造花の薔薇がついたチョーカーくらいなものなのに、貴族の令嬢もかくやといった淑やかさを彼女に添えている。
 冒険者たちが思わず瞠目していると、ポワゾンにぶつかられた美女はその唇を開き――。

「ごめんで済めば自警団は要らねぇんだよ、クソが」
「えええええ」

 ……という何とも迫力のある罵声を発し、辺りは凍りついたようになった。

「え……えー……」

 あまりの意外性に、呆然とシシリーが成り行きを見守っているうちに、同性ながら見惚れてしまうような美しい腕が伸び、ギリギリとポワゾンの襟元を掴んで吊り上げている。
 見た目に反して、かなり荒事にも長けているらしい。

「この痴漢野郎。自警団詰所まで来てもらおうか」
「きゃーーー!!それだけは…」
「……あ、いや、その、すまんが。一応連れではあるので、下ろしてやってもらえんか…?」

 いち早く自分を取り戻したテアが声をかけると、美女は難なくポワゾンを吊り上げたまま、くるりと首だけ動かしてこちらを見た。
 切れ長の瞳で旗を掲げる爪をしげしげと観察した彼女は、ロンドの腰に佩いた曲刀や、ウィルバーの握っている青い杖を眺めて問う。

「…そういえばアンタら、その風体は冒険者か?」
「…その男は違うがな」
「ふぅん。………なぁ、冒険者ってのは、言ってみりゃ何でも屋だろ?俺の頼みも聞いてくれねぇか?そうしたら、この赤毛を自警団に突きだすのは止めてやるよ」

 必死に目線でお願いしますと訴えかけてくるポワゾンを尻目に、テアに小突かれてハッとなったシシリーが、

「…じゃあ、まずは話を聞くところから。こっちも出来ることと出来ないことがあるわ」

と言って、話の続きを促した。
 心中密かに、「こんなに綺麗なのに、一人称は『俺』でいいの!?」と絶叫しているが。
 美女は心の呟きに気付くことなく、さっぱりした調子で頷いた。

「分かった。じゃあ、さっそく本題に入るけどよ。明日の本祭で、コンテストが行われるのは知ってるか?」
「うむ。一年かけて練習した楽曲を披露して競うのじゃろう?」
「ああ。俺は歌い手としてエントリーしてるんだが、明日歌う曲をまだ決めかねてるんだ。厳密には、準備はしてるんだが、イマイチピンと来ないというか…」
「もう時間が無いのに、どうするんだ?」

 ロンドの指摘に、美女は少々苦い顔になった。
 ずば抜けた容姿は恐ろしいことに、そんな表情すら憂いを帯びて美しい。

「本祭じゃあ、技量だけじゃなく、選曲や創意工夫も評価される。珍しい楽器で珍しい曲を披露すれば、それだけで評点も上がる」

 彼女の言わんとしていることが分かり、思わずと言った態でウィルバーが質問する。

「…評点が上がりやすい曲に変更したいということでしょうか?アテはあるのですか?」
「ある」

 いっそ雄々しいとでも評したくなるような口調で、彼女は断言した。
 数センチ上がっていたポワゾンのつま先が地に着く――美女が片手を襟元から外したのである――と、夜闇にも白々と浮かび上がるような細い腕が、ある一方向を指差す。

「この街の外れに凄い高さの滝があるんだが、滝裏の洞窟に、誰をも魅了する曲が記された伝説の楽譜があると言われているのさ」
「伝説の楽譜……?ばあ様、知ってるか?」
「いいや、初耳だの。そんなものがカリオペにあるとは、寡聞にして知らんかったわい」
「ま、この街に縁深い人間しか知らない噂だからな。遠い他都市の出身者じゃ、そうそう知ってるヤツはいないと思うぜ」
「それにしても、滝の裏の洞窟か……面白そうだな」
「うーん。そんなに近所なら取ってくればいいじゃない、と言いたいところだけど、さ」

 こてりと小動物のように首を傾げたアンジェが、美女を見上げて尋ねた。
 どうやら冒険の匂いを嗅ぎつけたらしく、ぱっと見はそこらの路地で遊んでいる子供と変わらないどんぐり眼が、これから頼まれるだろう仕事の予感にキラキラ輝いている。

「誰もそうしないところを見ると、難所なの?」
「まあ、そうだな。楽譜そのものは、洞窟の最下層にある台座のパズルを完成させれば、手に入ると言われている…が。普通の身体能力じゃ、初っ端から躓くからな。プロの手を拝借したいってわけだよ」
「洞窟内部に危険はあるの?」
「洞窟の成り立ちは旧文明期と言われてるが」

 彼女はここで言葉を切り、今まで自分が調べてきた事実に思い当たる事項がないことを確認して、それを口に出した。

「…洞窟の近くの街の住人が誰も襲われてねぇし、危険はないんじゃねぇか?」
「…で、そこの赤毛野郎を解放すること以外に、何か報酬はあるのか?」

 ロンドの太い指が示す「そこの赤毛野郎」は、すでに涙目になって彼らのやり取りを見守っている。
 さすがに、旧文明期の洞窟にチャレンジするのに(依頼主の解放以外)何の報酬も得られないというのは、冒険者としてのプライドが許せないらしい。
 見るからに猛者と知れる少年の言に、しばし考え込んでいた美女は、おもむろに金額を提示した。

「銀貨800枚でどうだ?…こっちもコンテストって大勝負が掛かってっからな」

 シシリーが仲間達を見回すと、彼らの目は一様に思わぬ冒険の予感に煌めいていた。
 特にテアにいたっては、求める宝が珍しい楽譜とあって、やる気に満ちているようである。
 旗を掲げる爪は彼女の依頼を受けることにした。
 どうやら話が纏まったらしいと察したポワゾンが、額に汗をかいたまま、片手をしゅばっと挙げて発言する。

「あの~…僕のせいでこんなことになってしまったようなので、僕も洞窟に同行しましょうか…?」
「アァ?」

 たちまち、どすの利いた声が美女の喉から発せられる。
 容赦なく襟を掴んだまま、細腕が「赤毛野郎」を左右に打ち振った。

「てめぇ、何逃げようとしてんだよ。お前は人質としてここに残れ」
「…ですよねー」

カリオペ2

「てゆーか、足手纏いはここに残れ」
「ですよねー!」

 あれ、僕って護衛対象なんじゃないの?という疑問を表に出すこともせず(だって怖いから)、ただひたすら相槌を打つに徹していたポワゾンの体が、ずるずると引きずられていく。
 まるで料理屋から捨てられる生ごみのような有様である。

「じゃあ、俺は色々準備があるから、また後でな。おら、さっさと付いて来い、赤毛野郎」

 ソフィアと名乗ってくれた一人称「俺」の美女は、そのまま何処かへポワゾンを連れて行く。
 それをしばし見送っていた一行だったが、ポワゾンのボロボロのブーツの端が見えなくなると、さてと気分を切り替えて、ソフィアの言う滝へと向かうことにした。
 前夜祭とあってますます人出の増してきた路地を、人々が集うのと反対方向へ歩んでいく。

「ポワゾン、大丈夫かなぁ?」
「何とかなるわよ。それよりも、その楽譜って言うのが気になるわね…どんなものなのかしら?」
「わしも気になるのぅ。カリオペの音楽祭については聞き及んでおったが、伝説の楽譜とやらはさっぱり知らんかったし」

 口々に言いながら街外れまで来ると小さいながらも森が広がっており、夜の闇に浮かぶ木々のシルエットは、ややおどろおどろしい雰囲気を漂わせているものの、それでも辺りに満ちた瑞々しい空気は決して不快なものではなかった。
 一際濃い茂みを掻き分けて音のするほうへ進めば、確かにそこには50メートルほどの高さを持った滝が、瀑布といった勢いで白い飛沫をあげつつ流れている。
 一人で先行してあちこちを飛びまわり、観察してきたテーゼンによると、滝の裏手にあるという洞窟はどうやら、滝の中腹当たりにあるらしいことが分かった。
 パーティいち背の高いロンドが、冷たい飛沫を火傷の痕が残るがっちりした顎に受けつつ、のんびりと滝を見上げる。

「しかし、水勢が意外とあるな。このままでは滝の裏側に回れそうにないんじゃないか?」
「そりゃそうですよ。ですから、これから滝を止めるんです」

 平然と応じたウィルバーが、マリナーという他種族の宝物たる杖の魔力回路を開いた。
 杖の先端にある紫色の宝玉へ、己の調整された魔力を溜め込んでいく。
 深く響く声が紡ぐ呪文は、音楽祭で披露する妙なる調べの如く辺りに流れた。

「『凍える魔力よ、蒼き光に満ちた満月よ…!』」

 宝玉に蓄えられた魔力が全て冷気へと変換され、そこから放水のように迸った青い閃光が、たちまち轟く滝の流れを氷の塊へと変えていった。
 やがて断崖の中腹に、洞窟の入り口が現れる――この状態なら洞窟に侵入できそうだ。

「僕が飛ぶぜ。一人ずつなら、何とか…」
「いや、あなた一人で今の装備のロンドを運ぶのは、なかなか大変でしょう。彼に術を掛けますから、自分で飛んでもらうことにしませんか?」
「……その方がいいか。白髪男、重いんだもんなぁ」
「俺は太ったわけじゃないぞ!」
「分かってるよ。お前の身につけてるモンが重いって話をしてんだよ!」

 お互いに怒鳴りあいながら、羽を得たロンドと元々飛べるテーゼンが、仲間を一人ずつ抱え上げては50メートル上の洞窟へと運び込んでいく。
 一番に乗り込んだアンジェは、周辺が妙に明るいことに気付いて上を見上げた。

「あー…天然の吹き抜けなんだ。綺麗だなぁ」

 彼女の視線の先ではぽっかりと空いた天井から、星空が広がっている。
 月のさやけき光も差し込んでおり、それで夜の洞窟内にも関わらず、うっすらと自分の姿や仲間たちのぼんやりした輪郭が捉えられるのであった。
 そんな中、月光を白く撥ねかえす物がある。

「……?」

 不審に思ったアンジェが岩の陰を覗き込むと、そこには金の縁に覆われた鏡が設置されていた。
 錆びている様子もなく、ただ映り込むものをどんぐり眼へ見せている。

「鏡……か。いつかの魔術師の本体みたいなヤツとか、兄ちゃんが閉じ込められた魔物の道具じゃないみたいだね」

 アンジェは、同宿の仲間となったリビングメイルを得た仕事や、ロンドがさる魔物に取って代わられたかつての事件を思い起こしながら、それをちょいと突付いた。
 月の反射光が下の階へと伸びていくが、戻すこともしないまま、アンジェは後から洞窟へ運ばれてきたウィルバーが呼ぶのに、「はぁい」と応えて駆け寄る。

「奥にかなり長く通路が伸びているようですね。用心して行くとしましょう」
「そうね。…ランプさん、スピカ!」

 シシリーのベルトポーチから飛び出した光の精霊たちは、ひらひらと舞い踊る蝶のようにして一行の頭上を漂った。
 いつもと変わりのなさそうな精霊の様子を見て、シシリーが微笑む。

「明かりはこれで確保できるとして…。周辺の調査は頼んだわよ、アンジェ」
「お任せあれってね!」

 ニヤリと笑ったアンジェは、さっそくスピカを連れて斥候としての役目を果たさんと足を踏み出した。

2016/07/05 12:33 [edit]

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