霧に覆われた商業都市レンドルにおける事件を解決し、リューンへと戻ってきた旗を掲げる爪を出迎えたのは、≪狼の隠れ家≫の亭主でも給仕のリジーでもなく、後輩冒険者に当たるミカ・ノーストリリアとナイトであった。
 ミカは赤毛に覆われた顔を喜色で満面にし、まるで主人の帰りを待っていた子犬のような純朴さを声に込めて、

「おかえりなさい!」

と呼びかけた。
 術式で構成された幽霊列車で助けた頃の彼女は、まだ自身のお人よしや要領の悪さに引きずられ、駆け出しを卒業しているはずなのに、見るからに頼りなげな風情を漂わせていたものだが、今のミカは経験による自信に裏打ちされた輝きに満ちている。
 傍らに従者のように立つリビングメイルのナイトも、表情が読めない顔ながらも、その佇まいにはこれまでになかった落ち着きが見られるようだ。
 宿の亭主から、この2人がコンビを組んで依頼をするようになったことは聞いていて、リアリストであるアンジェからは、

「お人よしと世間知らずのコンビとか、報酬交渉も出来ないんじゃ…大丈夫なのかなぁ?」

などと弄え交じりの心配をかけられていたのだが、そこは亭主が依頼を厳選し、主に護衛などの仕事を回していたおかげで、それなりの経験を得ることができたらしい。
 最近では多人数の中堅どころ用の妖魔退治なども引き受けていて、宿の亭主曰く、

「この層の依頼はちょっと人手不足だったんだ。二人で受けてくれて、助かってるよ」

ということだそうだ。
 よく金を騙し取られるミカや、そもそも貨幣を生きる上で必要としないナイトのことである。
 資金やアイテムなどについては旗を掲げる爪や他の冒険者たちも心配していたのだが、リューンの魔術師――旗を掲げる爪も世話になったかのバンディッシュ――からの依頼を受けて特殊な本の中にある塔を登っているパーティが手助けをし、今ではなかなかちゃんとした装備を整えていた。
 そんな装備の一つである可愛らしい花冠を被ったまま、ミカは「それで」と冒険者たちに切り出した。

「実は、ウィルバーさんにお願いがあるのですが…」
「私に……ですか」

 教師から思いがけない指名を受けた子どものようにきょとんとした表情で、魔術師でもあり死霊術も操る男は言った。
 他の仲間達を二階に行くよう促し、ウィルバーは近くのテーブルについて2人を呼び寄せた。
 ミカが大人しく示された椅子に座り、隣に佇む(座ると椅子が壊れるらしい)ナイトを振り返る。

「彼の中にある魔力を蓄積した石についてなんですが…。そこに、私の魔力も蓄えることは可能でしょうか?」
「おや。もしかして、もう魔力が無くなり始めているのですか?」
「いいえ、そういうことではないんです。ただ、私とナイトはその…ある種の、主従と言うか、契約関係を結びまして……」
「ほほう。ナイト、あなた『護るべき者』ができたということですか」

 ウィルバーが見やると、黒いつや消しの鎧はがしゃりと音を鳴らしながら首肯した。
 かつて見事な戦いで本懐を遂げた筈の身を、こちらの我が侭で現世に留めてしまったナイトだったが、
ようやく自らの意思で辿るべき道を定めたものらしい。
 彼のバックパックに入っている、かつての主人の遺灰も、その決定を喜んでいるのかもしれない。

「それはおめでとうございます。お祝いを述べさせていただきますよ。……なるほど、そうなってくると彼の『核』に魔力を注ぐのは、ミカにやってもらうようにした方がいいでしょうね」
「俺もそれを望んでいる」
「ただ、心配なのは…私の魔力総量で、彼の稼動可能域までエネルギーを蓄積できるかという…」
「ううむ……」

 ウィルバーは唸って顎を撫でた。
 ミカは魔術師としての適性がないわけではないのだが、その魔力はリビングメイルやキメラなどを操る方面の才能に向いているとは言いがたい。
 そういった術者の魔力だと、魔法生物のためのエネルギーに変換して注入するのに、時間がかなり掛かる上に莫大な量が必要となるのだ。
 はっきり言えば、非効率的なことは間違いない。

「出来れば、彼の『核』を覆うような形で、何かの魔術媒体を介してミカの魔力を注ぎ込む方が、より効率的に長くナイトの活動を支えられるでしょう。今のままでは、あまりにも無謀すぎます」
「やっぱり、そう思われますか…」
「残念ながら。私自身はゴーレムなどを操るのに向いた魔力をしていたおかげで、一週間ほど寝込むくらいで済みましたがね。ミカでしたらもっと時間も体力も掛かるし、”あの”事件の後遺症がどんな形で出てくるか分かりませんから、お勧めは出来ません」

 一度死んだ身を、死霊術の完成に使うはずだった魔力を流用して、この世に留めたミカである。
 下手に全魔力を放出したら、どんな副作用が待っているかは誰にも分からなかった。
 ミカは少しだけ首を傾けて尋ねた。

「どんな魔術媒体を使うのがいいでしょう?」
「そうですね、まず思いつくのは【賢者の杖】に使われる宝玉の粉末とか…。それから古い歴史を持つ幻獣の生き血や臓器などですか。ヒュドラとかドラゴンあたりの」
「どちらもあんまり現実的じゃないですよね…」

 【賢者の杖】自体が、レアアイテムとして各パーティ垂涎の的なのである。
 それに使われる宝玉の粉末となれば、まず真っ当な市場では取り扱っていまい。
 そうなってくると、盗品や曰くつきの品ばかりを売買している闇市での取引となるが、ミカとナイトの2人では全く向いていない場所である。
 一方の幻獣の生き血や臓器となると、これはもはや英雄クラスの仕事となる。
 ”ドラゴンの生き血でパワーアップした戦士”の話などはよく子どもの好む英雄譚にも出てくるが、これがどれだけの代償を払って手に入れた力かを考えれば、おいそれと進んで入手しようという輩がいないのは当たり前の話だ。

「まあ、この≪狼の隠れ家≫にも、そういった人が居ないわけじゃないんですが」

 現在リューンを留守にしている金狼の牙などは、黒い竜の鱗を加工したアイテムを持っているという。
 だが、そんな偉業を成し遂げられる冒険者はほんの一握りなのだ。
 まあ気を落とさずに、とフォローを入れたウィルバーは続けて言った。

「積極的に幻獣を狩りにいくとまではいきませんが、もし手に入れられる機会があれば、あなた方に差し上げるよう仲間を説得しましょう。魔力注入の際には、立ち会ってアドバイスもします。…それでどうでしょうか?」
「あ、はい、ありがとうございます!そこまで仰っていただけてありがたいです!」
「苦労をかけるが、頼む」

 高低の違いはかなりあるにしろ、同じ期待を込めた返事を返されて、ウィルバーは平凡な容姿に微笑みを浮かべた。
 これまでの冒険の経過を聞かされはしなかったが、この分なら上手くお互いを支えあってこれたのだろうと容易に察せられる。
 やがて着替え終わったシシリーが二階から降りてきて、ミカと積極的に互いの近況を報告し始めた。
 ロンドとテーゼンも、もはや親しい知己と言えるナイトを自分たちのテーブルに呼び寄せて、トランプを広げ始めた。どうやらポーカーを教えるつもりらしい。
 テアとアンジェが、リクエストのあったレンドル土産のアクセサリー――ブルージルコンのついた可愛らしい指輪――を給仕娘に見せて、きゃいきゃいと騒がしい声を上げている。
 こうしたちょっとした喧騒を耳にして、ウィルバーは「ああ、やっと宿に帰ってきたんだな」と実感が湧きあがり、亭主相手にエールと揚げじゃがを注文した。

2016/07/01 11:50 [edit]

category: 小話

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