Thu.

霧を抱く…その10  

 目の前の男――茫洋とした瞳を持つ、旅装束の身についた古城で邂逅した「ヴェディ」と名乗った彼は、もし視線が実体を持つものならば、今この瞬間にハリネズミと化していただろう。
 ≪水晶亭≫の暖炉前の椅子に座ったヴェディとは、司教との相談後に聖北教会の入り口で会ったのだが、リリアの連れ去られた先や奴らの能力について教えると言い出したのである。
 教会で立ち話にするには重要過ぎる話だからと、場所を宿に移して聞く事にしたのだが…。
 まじまじと旗を掲げる爪の面子とハウザーから、ついでに店の端にいるアンナからも「どんな人なんだろう?」という意味で視線を集めている。
 そんな中、まずテーゼンが口火を切る。

「アンタ……。人間じゃねえよな?」
「お前もだろう」

と彼はふっと笑いに似た表情を閃かせて、返事を返した。
 それはテーゼンの指摘が間違いではないことを示している。

「俺もお前達が太古の悪霊と呼ぶ存在……軍師と呼ばれている奴が、300年前に打った戦いに敗れた時のための策の一つだ……」
「だが、その肉体は…」
「ああ」

 人のものだ、とヴェディは首肯した。

「俺の能力は肉体を持つこと。太古の悪霊の中で唯一、この世界での存在を許されることのできる能力……だから300年前、軍師は俺を戦いの中で鉱山から逃がし、人の中に紛れ込ませた。戦いに敗れ、封印された時にその封印を解かせるために……」
「今ひとつ分からんのう」

 テアがゆっくりと傍らのテーブルに肘を置く。
 手を顎にやり、目を細めて尋ねた。

「おぬし、なぜ今頃現れた?この期に及んで、封印を解除しに来たというわけではあるまい?」
「違う。奴を、軍師を殺すために来た」
「自分を逃がしてくれた恩人をかえ?」

霧25

「300年、俺は人の間を彷徨い様々なものを得た……。だが、軍師はそれを恐れ、俺に“呪い”をかけた」
「呪い、ですか?」

 ウィルバーがかねてよりテーゼンと共に予測していた軍師の能力は、やはり呪いであったらしい。
 当たった事を誇るでもなく、ウィルバーはただ、どのような種類の呪いだったのかを質問する。
 その瞬間、凪いだ湖面のように静かだったヴェディが、表情は変わらないのに内なる圧力を増して殺気を撒き散らした。
 それに反応したシシリーやロンド、アンジェが思わず自分の得物へ手を伸ばそうとする。
 止めたのは、悠然とした老婆の声であった。

「まあ待て。わしらに向けられたものでは無かろう」

 さすが年の功と言うか、それとも吟遊詩人というべきか。
 こちらの逆撫でされた闘志を、あっという間に落ち着かせてくれる。
 ヴェディはそんな反応にもかまわず、話を続けた。

「俺がある存在を非常に大切に感じたとき、その存在を壊してしまうように……という呪いだ。俺は、俺に彼女を殺させた奴を許すことはできない!!」
「……軍師の『呪い』とは、具体的にどのように行なうのです?」
「魂に命令を直接書き込むことだ…」
「魂に命令を書き込む?」
「そうだ。例えば、『女性を愛したら、その女性を殺す』と魂に書き込む……もしも、本当に女性を愛したら、知らないうちに彼女を殺しているというわけだ」
「………くっそ性格悪い呪いだぜ」

 整った顔を険しく変えたテーゼンが、吐き捨てるように言う。
 同時に、目の前の4人目の太古の悪霊もまた、人の中に愛を見出した存在であることに、ある種の親近感を抱いた。

「ですが、おかげでこれまでの生きた人間のアンデッド化にも、説明がつくようになりました。生きている間に、そういった命令を書き込んだと考えれば……」
「ええ。辻褄が合うわね」
「ねえ、ヴェディの兄ちゃん。軍師は、本当にただ帰りたいだけなの?」
「そうだ。彼らの世界にな」
「彼ら、の?」
「すでに俺の世界ではない。俺は、人の世界を知ってしまったから」

 よほどに愛した女性だったのだろう――己の生まれた世界を捨てさせるほどに。
 だからこそ、彼女を軍師の策謀で失った事に、燃え立つほどの怒りと憎しみを抱き続けてきたのだ。
 シシリーは最も重要な質問をした。

「軍師はどこにいるの?」
「鉱山の奥だ。彼らはあそこに呼び出された……帰路も、同じルートを通るためにあそこから”扉”を開かねば元の場所に帰れない……」
「十分考えられることだ。あの鉱山はかなり広く、坑道もかなり入り組んでいる。下手な迷路よりも複雑にな」
「軍師の潜った先は分かる。俺が案内する」
「……あなたが裏切らないと言う保証は?」
「ない……。正直、俺も軍師の能力で『軍師と敵対しない』命令を書き込まれている可能性はある。お前達を裏切らないか自信がない……」
「…………」

 黙りこんでしまった冒険者たちを遮り、ハウザーは手を振って沈黙を打ち破った。

「お前達の心配も分かるが、しかし、他に手はないだろう?」
「ええ……そうですね」

 頷いたシシリーは、ヴェディの案内で鉱山に向かうことを決意した。
 ハウザーはと言えば、これまでのことを司教に報告し、戦いの準備をすることにしたらしい。

「ついでに……墓参りもな」

 聖北教会の礼拝堂の西側に広がる墓地には、ジーアの愛した男の墓があることを冒険者たちは知っている。
 余人を寄せ付けない雰囲気であったが、シシリーたちはあえて墓参に同行することにした。
 墓地には他に人影はなく、ただ静かに墓石が立ち並び、その間を埋めるように白い霧が漂っている。
 そのよそよそしく冷たい静謐の中に、冒険者たちはラックスと名前の刻まれた墓を見た。

「……ラックスはな。グードが表通りに侵攻をしようとした際、聖騎士隊の動きをとめるためジーアが人質に取られそうになったのを防ごうと、あいつと一足先に対決したのさ」
「本当に……愛していたんですね」
「姉ちゃん、これ。水仙摘んできた」

 アンジェがテアと手分けして摘んだ、白と黄色の可愛らしい花の束を、シシリーはそっと受け取って墓へと添えた。
 全員がラックスの墓に手を合わせる。
 ぽつりぽつりと、ハウザーが呟く。

「俺もジーアも幼馴染だというのに、剣でも頭脳でも、何一つあいつに勝てなかったな。10年前、俺があいつの代わりに死ねなかった事を、どれほど悔やんだことか……」
「………」
「あいつは俺の親友で、俺のことを俺以上に分かっていた。だが、俺はあいつの気持ちを分かってやれなかった。だから、あいつを死なせてしまった」
「ハウザーさん…」
「そして、俺はこれから、あいつとの最後の約束を破る」

 それを黙って見守っていたハウザーは、気合の篭った声を発する。

「……聖妖精!最後に、確認する。ジーアから憑依を剥がす方法はあるのか?」

 ロンドのマントから発生した青い光がバールの姿を取ったものの、彼はハウザーの質問に答える様子を一向に見せない。
 バイオリンケースより浮遊したルーラは、姿を現すなり首を左右に振った。

「申し訳ございませんが、彼の者が自らの意思で離れる以外は、ジーア様の死、以外に方法はございません……」
「そうか……」

 ハウザーは大きく息を吐き、もう一度ラックスの墓に手を合わせた。

霧26

「許せ、ラックス。俺は、ジーアを殺す」
「ハウザーさん!?」
「……」

 ハウザーはそれ以上何も言わなかったが、彼が並々ならぬ決意を込めて宣言したことは、その広い背中が雄弁すぎるほどに語っていた。

「付き合わせて済まなかったな。そろそろ、奴等と決着をつけるか」

 ハウザーの揺ぎ無い双眸を見たシシリーは、彼の決意を思い止まらせることは自分たちでは出来ないと察した――多分、これに割って入ることが出来るのは、彼とラックス、ジーアの絆をよく知るものでなければ無理だ。
 それでも何か言葉を掛けようとしたのだが、それをウィルバーが止める。

「彼には彼の背負うべきものがあります。……たとえ神の徒と言えども、それへ勝手に手を出すことは許されませんよ」
「でもウィルバー……きっと、ジーアさんだってハウザーさんのこと……」

 好きなはずなのに。
 飲み込んだ言葉は、薄く鋭い切片となってシシリーの内側をさくさく切り刻んだ。
 辛い――と思った。自分ではなく、目の前で苦しむ依頼主と、その思い人のために。
 そんなシシリーを、ふわりと黒い片翼が包み込んだ。

「自分で選んだ道から目をそむけないのが、アンタの誇りだろう。……辛くて倒れたくなった時は、僕らが支える。だから、アンタは最後まで足掻いて、見届けてやれよ」
「………うん」

 蝙蝠のような皮膜の翼のうちは、意外なほど暖かかった。
 ≪水晶亭≫で待機していたヴェディと再び合流した一同は、ついに鉱山へと向かう――。

2016/06/16 13:42 [edit]

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