Thu.

霧を抱く…その4  

 ウィルバーの危惧したとおり、以前に”霊剣・空牙”を取りに鉱山へ向かった聖騎士の小部隊は全滅していたらしく、スラム街のチンピラ達のように出来損ないの人形のような動きで、かつての上司であるジーアやハウザー、彼らと一緒にいる冒険者たちへと襲い掛かってきた。

「リンダ……ルード……」
「悲しむお主の気持ちは分かるがの、ジーア殿」

 バイオリンの弦に弓を滑らせ、【影のパレード】を呼び出していたテアが話しかけた。
 かつて人々を震え上がらせた凶悪な子供たちの影が、黒い陽炎のように彼女を取り巻いている。
 老婆の怪異な容貌と相まって、まるでそれは不吉なサーカスのようにも見えた。

「聖騎士ともあろう者たちが、このまま現世に迷う姿を晒すよりは、今のうちに天へ還してやるのがおぬしら聖北教会の徒の仕事ではないか?」
「!!……ああ……そう、だな」

 敵となった部下の攻撃を受け止めたジーアの刃が、たちまち魔力を纏って炎を噴き上げた。
 そのまま気合の声を上げて切り下ろす。
 攻撃を躊躇っていたジーアの加勢もあり、たちまち彼らはアンデッドの小隊を駆逐した。
 最後の一人が倒れると、穂先についた肉片を振り落としたテーゼンが、闇を見透かして奥をじっと見つめていた。

霧8

「何だろう、この感じ……。不思議な感じがする……」
「ふむ。霊剣の気配かの?」
「そうだと思うんだが、なんだろう、それだけじゃない気が…?」

 言い淀む青年の姿に何を感じたか、テアは用心するようリーダーへ進言した。
 それに首肯すると、シシリーは剣を抜いた状態のまま、鉱山の奥へと歩む。
 仲間たちもそれに倣うよう、それぞれの得物を引っ提げて従った。
 この鉱山は魔法のランプによって、動作に支障のないよう明かりがついていたのだが、ある程度まで進むとそれらが壊れているのか、すっかり闇に包まれてしまった。

「ランプさん。スピカ」

 契約者の呼び声に応えて、ベルトポーチから二体の光の精霊が現れる。
 ハウザーとジーアが目を丸くする中、精霊たちはさらなる奥へ進もうとする冒険者たちのために、前方を照らし始めた。
 やがて、全員が小さな広間――石筍や鍾乳石の突き出た10メートル四方の空間――に出た。

「!?あれは…」

 ロンドが指で示したほうへ、全員の視線が集中する。
 そこには自ら淡い蒼い光を放つ、一振りの細身の剣が台座に突き刺さっていた。
 呆然とテーゼンが呟く。

「霊剣・空牙……」
「太古の悪霊に対抗する唯一の手段、か」

 ジーアはそう言うと、蒼く輝く霊剣に魅入られた様に近付いていったが、彼女の手を掴んだハウザーが引き止める。
 百戦錬磨の戦士であることを自負する瞳は、ひたと台座の方を睨みつけていた。

「そのムナクソ悪い気配は忘れたくても忘れられん。出てこいよ、グード!」
「クックック……ハアッハッハ!」

 ハウザーの声へ応じるように、低い笑い声が闇の中から響いてくる。
 台座の後ろから危険な笑みを浮かべた男が滲み出るかのように現れ、彼らが求める”霊剣・空牙”の前に立ちはだかった。
 年の頃なら20代の後半くらいだろうその人物は、異性をひきつけて止まない男らしい野性味と、絵画の題材にでもなりそうな甘いマスクという相反するはずの両方を備えていたが、その切れ長の青い瞳は、彼の冷酷残忍な資質をよく表していた。
 よく日に焼けた腕が上がり、長い褐色の髪をかき上げる。

「久しぶりじゃねぇか、ハウザー」
「俺に話しかけるな、グード」

 ハウザーはグードに対する嫌悪感と憎悪を隠そうとはしない。

「そちらの美人がジーアか。お初にお目にかかる。俺が“スラム街の王”グードだ」
「お前が……っ!」

 長剣を握り締めるジーアの腕が震える。
 常ならば理性を宿したジーアの双眸が、赤い復讐心に燃え上がっていた。

「お前がラックスの仇か。ハウザーが貴様を殺したと聞いた時は悔しかったが、これで私自身の手で貴様を殺せる」

 ラックス。
 かつてハウザーの親友であった、彼と互角に戦うことの出来た男。
 そして、何より――ジーアを愛し、彼女の恋人となったはずの男。
 ハウザーとジーアの絆に、死してなお刻み付けられて消えることのない名前であった。
 旗を掲げる爪は改めて、ハウザーがグードの話をした際に見せた激しい感情が、無二の親友を奪った相手に対する途方もない憎しみであったことを知った。
 グードが目を細めて笑う。

「ククク。俺も嫌われたもんだ。俺はお前みたいな気の強い美人は、大好きだぜ」
「私に話し掛けるな」
「ふん。あれから10年か。変わったな、ハウザー。似合わねぇ髭なんぞ生やしやがって」
「お前は変わらんな。その趣味の悪い長髪も何もかも、10年前と同じだ。まるでお前の上にだけ、時が訪れなかったかのようにな」

 ハウザーの声は静かであったが、一皮剥けば活火山の火口よりも危険で熱いものに満ちていることは容易に理解できた。
 グード自身もひしひしとそれを感じたのだろう。
 だが、彼が動揺する気配は皆無である。

「当然だ。てめぇに殺されて、10年間死んでいたんだからな」

 ぴくり、とアンジェの眉間に皺が寄った。

「10年間死んでいた…?」
「話はここまでだ。俺もさっさと仕事を終わらせて、こんなところから帰りてぇからな。おお!!我が麗しの故郷レンドルよ!」
「その言い方…さしずめあなたの後ろに、まだ誰かいるようですね。あなたがこの太古の悪霊の復活を企んでいたのではない。あなたもまた、黒幕の持ち駒の一つだったわけですか」
「腹立つ言い方をしてくれる薄毛男だ。協力者と言ってくれねぇか?」
「グード、グードよぉ……」

 ぐるりと肩を回したハウザーは、ひゅんと剣で空気を切って正眼に構えた。

「俺はお前にまた会えて嬉しいぜ。もう一度、お前を殺せる!」
「やってみろや、ハウザー!!」

 2人の怒鳴りあいの直後に現れた死霊たちが、グードを王と慕うように取り囲む。
 正体を看破したウィルバーが、鋭い舌打ちをした。

「ワイトにバンシー……レイスまで出てきましたか…!」
「兄ちゃん、レイス近寄ったらダメだよ」
「お前、俺を年下と勘違いしてないか?」

 憮然として言い返したロンドだったが、彼も好んで苦手とする敵に相対するつもりはない。
 炎を噴き上げたスコップを片手に、真っ直ぐグードへと突っ込んでいこうとするのを、まずテーゼンが振り回した槍による攻撃で補助する。
 それでもレイスが腕を振り上げて襲おうとしたのには、シシリーが≪Beginning≫をかざして防いでやった。

「行きなさい、ロンド!」
「ありがとよ、シリー!」

 魔法使いたちに近寄ってきたワイトの身体は、たちまち糸を奔らせたアンジェの犠牲となった。
 目には捉えにくい細い鋼糸の網が、四方からアンデッドを包んで歩行不可能なまでに切り裂く。
 かつてスラムの王であった男が、ニヤリと笑った。

「面白い奴らを連れてきたな、ハウザーァァァ!!」

 魔法回路を備える杖に魔力を集中したウィルバーへ、グードが横一線にふり抜いた剣から迸った黒い光がぶち当たり、その身体を傷つける。
 苦痛の声を漏らし、詠唱が途絶えてしまった魔術師の傷を、テアが押さえ声をかけた。

「しっかりせんか、まだ傷は浅いぞ!」
「お手数をおかけしますね……」
「傷の手当てが終わるまで、わしの近くにおれ。影が守るから、他より安心じゃろ」
「なるほど、便利な……呪曲ですね……【梁上の君子】!」

 痛みをこらえながらウィルバーが再び呪文を紡ぎ、空中に描かれた魔法陣から≪狼の隠れ家≫の地下に巣食っている毒を持った鼠達がなだれ込んで、残っているバンシーの実なき身体へと食らいついた。
 邪魔な取り巻きが減ったところで、アンジェの短剣とロンドのスコップがまたグードに新たな傷を刻む。
 踊るような足取りで槍を突き込んだテーゼンは、グードの黒い魔力を宿した刃を、斜め上方に飛び去ることで回避した。
 目に見えて焦りを帯びるグードへ、【影のパレード】を纏っていたテアが突撃をかけた。
 非実体には何の効果も及ばない影だが、今のグードは実体をもってそこに立っている。
 ひとたまりもなかった。
 残酷な伝承を引き継いだ黒い子どもたちの形をしたそれは、剣を振り回すそばからグードに群がり、その身体を手で砕き、裂き、打っていく。

「またか…また俺は死ぬのか?いや、死なねぇ。俺は“スラム街の王”グード様だ!」

 素早く動いたハウザーの剣先が、武器を持ったままだったグードの右手首を斬り飛ばした。
 すかさず後退して返り血を避けると、彼はもう一人の復讐の徒に話し掛けた。

「ジーア、今度はお前にラックスの仇を討たせてやる」
「感謝する、レン」

 ジーアは渾身の力を込めて、剣をグードの身体に突き込んだ。
 断末魔の悲鳴を上げてグードが倒れる。
 ハウザーが酷く冷めた瞳でそれを見下ろした。

「これで、グードが甦ることは二度とないだろう」
「……ラックス、仇は討った」

 ジーアの双眸から涙が零れ落ちる。
 ハウザーが優しく、その肩を抱いた。

「!?見て、姉ちゃん!」

 アンジェがグードの死体の異変に気が付いて、甲高く驚きの声をあげる。

「これ、グードじゃない!別人の顔だよ!?」
「これは……!」

 さっと屈みこんで死体を確認したハウザーが、じっと死の刻みついた顔を見つめたまま言った。

「見覚えがある。グードの死後にスラム街を支配下に置いた、新たな後継者の男だ。グードに殺されたと治安隊隊長は言っていたが…」
「どういうことだ? 私達は別人を殺してしまったのか?」

 怪訝そうにジーアが訊ねるのへ、ウィルバーが≪海の呼び声≫の先端に付いた宝玉を顎に当ててしばし考え込んだ後、

「これは予測ですが…今度の事件の黒幕が、その新たなまとめ役の男にグードの魂を憑依させたのではないでしょうか?グードの魂は男の身体を乗っ取り、彼がそのまま甦ったかのように見せた…」
「ネクロマンシーというやつか?」

 自身もまた冒険の中で発見した死霊術をいくつか操る男は、ハウザーの疑問にゆるゆると首を左右に振った。

霧9

「違うと思います。どちらかというと、召喚の術に近い。つまり、その男の身体そのものに、恨みを持って彷徨っていたグードの魂を召喚した」

 ユークレースと一緒ですね、もっともこちらの彼女は石ですが、と彼は続けた。
 冒険者たちの視線が、シシリーのベルトポーチに注がれる。
 ハンカチに包まれた状態で中に入ってるだろう鉱石は、≪召喚石≫と呼ばれる精霊自身を宿す石だったりするのだが、そこまで細かいことはハウザーたちには分からなかった。

「……よく分からんが、相手は死人を蘇らせることができるような力を持つ、とんでもない奴だということだな?」
「そうですね。いまだに、その黒幕が太古の悪霊を蘇らせて何を企んでいるか、見えてきませんし……一筋縄ではいきそうもないようですね」
「だが、霊剣・空牙は手に入れることができた。この力で奴等に対抗することができる」
「ジーアの言う通りだな。とりあえず一つは希望があるわけだ。さっさと教会に空牙を持ち帰るぞ」
「でもなあ」

 テーゼンは無遠慮な視線で細剣を見つめた。

「教会の秘宝中の秘宝と言うわりには、あまり魔力を感じないような気がするぜ」

 確かにな、と頷くハウザーをジーアが嗜めている。
 細剣の柄の部分をそっと指で撫でたウィルバーは、

「なぜ、太古の悪霊が復活したか…黒幕が何をやったか分かりませんけど、空牙の力が弱まったのも要因の一つでしょう」

と推測を口にした。
 小首を傾げたアンジェが疑問を発する。

「それって、もうあの悪霊に対抗する力は残っていないってこと?」
「さあ…私にはなんとも」
「とりあえず、教会に持って帰る。ファリス様に見せれば、何か分かるだろう」

 ジーアの言葉に全員が首肯した。
 2人の聖騎士と6人の冒険者たちは、揃ってまた商業都市レンドルへと戻った。

2016/06/16 13:24 [edit]

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