Thu.

霧を抱く…その3  

 シシリーは目の前で燃え落ちていく屋敷を見守っている。
 誰かが魔法などで火を放ったわけではない。
 アフリーズと名乗ったグードの留守番役の女と戦い、これを無事に打ち倒した旗を掲げる爪であったが、なんと死体から炎が上がったのだ。
 彼女の隣ではハウザーが毒づいている。

「クソ!いい加減にしやがれ!また不可解な事が起きやがった!どうして死体が自然発火しやがるんだ!」

 慌てて屋敷の外に飛び出した冒険者たちだったが、彼らの目の前で、おりからの強風に煽られた炎がぐるりと破壊的な舌を伸ばし、瞬く間にグードの屋敷を包んでしまう。

霧5

「この火勢にこの強風。下手したら、このスラム街自体が火の海になりおるぞ!」
「とんだ置き土産だ。すまぬが誰か一人、治安隊と聖騎士隊に応援を要請に行ってくれ…」
「僕が行こう。すぐに戻るからな」

 テーゼンが駆け出す。
 残った者達とハウザーで、スラムの住民達の避難誘導と、消火作業の指示を行なうことにする。
 黒い煙が白い霧と混ざり合う中を駆けて来たのは、総員を連れてきた治安隊隊長と聖騎士隊を率いているジーアだった。
 ジーアは自分の連れてきた人員を小隊ごとに分けて消火の手順を決めて実行させると、今度は遅れて集まってきた表通りの有志の人々へ、迅速かつ的確な指示を与え、スラム住民の避難誘導の手助けをさせ始めた。
 旗を掲げる爪、スラム街に住む人達、治安隊、聖騎士隊、そして表通りに住む人達の有志――数多く
の人々の努力と協力のおかげで、スラム街の火事はその被害を最小限におさえる事ができた……。

「………あ、れ?」
「姉ちゃん、起きたぁ?」

 可愛らしい茶色のどんぐり眼が、じっとこちらの顔を覗きこんでいる。
 どうやらシシリーは、昨日の出来事を夢で追体験していたものらしい。
 盥にぬるま湯を貰ってきたテアが、そっとテーブルにそれを置くとシシリーへ話し掛けた。

「顔と、出来れば髪ももう一度洗っておくがええ。火事場の匂いは染み付きやすいからの」
「あらやだ、まだ臭いかしら?」

 すんすんと鼻を鳴らしたアンジェが、

「もう大分薄くはなったんだけどね。もうちょいかな」

と結果を告げた。
 テアは盥の湯を使い終わった頃を見計い、シシリーに話しかけた。

「ハウザー殿も言っていたが、表通りの人たちの中には、焼け出された人達のために住居や食料を自発的に提供する者もおったそうじゃ。これが少しでも友好のきっかけになってくれると良いのう」
「グードの行方は……?」
「まだ分かってないんだってさ。ハウザーさんもジーアさんも、忙しくてそれどころじゃないって言うのが正しいんだろうけど」
「ジーアさん、責任感強い人なんだろうけど、抱え込み過ぎなきゃいいわね…」

 昨日、リリアに気遣って貰って分かったが、ガス抜きも多少は必要なのだ。
 ハウザーの長年の友だという黒髪の女性の、凛とした顔を思い浮かべる。
 的確な指揮能力を持ち人望も厚く、剣を取っては一流の魔法剣技を使いこなすと言う女聖騎士隊長と最初に対面したとき、シシリーの心に一番強く残ったのは、ハウザーを「レン」と親しげに大事そうに名前で呼ぶ彼女が、

「2人は付き合っているの?」

という冒険者の一人の質問で、真っ赤に頬を染めた姿であった。
 20年来のただの腐れ縁だと、そう言って笑ってみせたハウザーに対して、切なげな赤い瞳が揺れたのを見ている。

(きっと、彼女は………)

 そこまで考えたシシリーだったが、部屋をノックしたウィルバーが依頼主の到着を告げたのを機に、頭を切り替えて≪水晶亭≫の酒場へと移動することにした。
 こちらの顔を見たハウザーは、

「ハッハッハッ!その様子ではよく眠れたようだな」

と豪快に笑い飛ばした。
 ウィルバーがたまらず苦笑する。

「朝まで夢すら見なかったのは久しぶりですよ」
「今日はあたしたち、どうすんの?」
「グードの行方も気になるが、まずは太古の悪霊から片付ける。ヤツらに対抗する手段を見つけんとな」
「それなんですがね…かつてあの太古の悪霊達を封印した時は、どのようにしたのですか?」
「……俺は知らんが、伝承が残っているかも知れん。よし、その方向で調査を進めるか」

 一度、聖北教会の関係者に話を聞こうということになり、旗を掲げる爪とハウザーがすっかり見慣れてきた尖塔のある教会へと足を踏み入れた。
 こちらを見た若き聖騎士――昨日のスラム街の火事で、火勢の激しい箇所の消火へ積極的に当たっていた――が、焦ったように走り寄ってきた。

「バクターか。昨日はご苦労だったな。おかげで被害は最小限に抑えられた」
「何言ってるんスか! あれが俺達の仕事です。当たり前の事をしただけですよ。そんなことより!!」
「何か…あったのか?」

 ハウザーは彼の深刻な表情に気が付き、眉をひそめた。

「ハウザー様。グラスのヤツが意識を取り戻したんですが……あいつ……悪霊にとりつかれて客人のリリア様を傷付けた事を非常に気にしてましてね、一人で調査するって飛び出しちゃったんですよ!まだ完全に傷が治っていないっていうのに」
「――ッ馬鹿が!あれは俺とジーアのミスだ。あいつが気にすることじゃない!おい、手の空いてるやつ2、3人使ってもかまわん。グラスの馬鹿野郎を探して、無事に連れ戻せ!」
「はい!」

 彼は勇躍して、3人の同僚と共に飛び出していく。
 それを見送っていたロンドがぼそりと感想を言った。

「部下想いなんだな」
「俺が?そうか?」
「あなたと、そしてジーアさんが人望の高い理由が分かりますよ」
「おだてても、何も出んぞ」

 ハウザーは照れたように顎鬚をしごくと、冒険者たちを引き連れ上司であるファリス司教の部屋へと案内した。
 際立って立派というほどでもなく、他の部屋のドアとそう変わらない一枚を丁寧にノックする。
 出てきた助祭らしき女性は、司教は体調を崩していると面会を断ろうとしたが、奥から聞こえてきた威厳ある声がそれを制した。

「どなた?」
「ハウザーです」
「そう、お入りなさい」

 助祭は彼を押し留めようとしていた手を下ろし、渋々立っていた位置からずれて、約束のない訪問者たちを通した。
 部屋の中のベッドの上に、一人の老女が寝ている。
 その老女は神々しい雰囲気を纏っているが、決して近寄りがたい感じではない。
 彼女が司教ファリスだと、ハウザーが旗を掲げる爪へに紹介する。

「ハウザー、色々とあったみたいですね」
「お見通しですか…」
「昨日はご苦労様でした。スラム街の被害も最小限におさえることができたようですね」
「ええ。多数の善意の人の協力のおかげです。それよりも、ファリス様。お聞きしたいことが…」
「分かっていますよ」

 頷いた司教は、クレアという名前らしい助祭から水を貰い、それを飲み干した後に言った。

霧6

「太古の悪霊に対抗する術のことでしょう?…それは秘中の秘として、この教会の司教を勤める者のみに口伝で伝えられてきました」
「つまり、確かに対抗する術は存在するということですな?」
「はい」

 年の近いであろう老女たちは、互いの目を見交わした。
 何か通じるものがあったのだろう――ファリス司教はふっと微笑みを浮かべ、話の続きを口にすることにした。

「300年前、数多くの犠牲の末に太古の悪霊が封印されたことはご存知でしょう。その戦いの際、彼らに対抗する強力な武器として切り札となり、そして最終的には彼らを封印する結界を張る媒体となった一振りの”剣”があります」
「……口伝として伝えてきた、ということは相当危険な力を持っているのですね?」
「ええ。その”剣”の名は”霊剣・空牙”。レンドルの聖北教会に伝わる秘宝中の秘宝。空間ごと、魔を滅殺する聖なる青き剣。……伝承では太古の悪霊と共に、鉱山の奥底に眠っていることになっていましたが……」
「まさか……持ち去られたのですか?」

 語尾を濁した司教が気になり、シシリーが追究するとハウザーが首を左右に振った。

「いや、聖北教会の秘宝中の秘宝とまで呼ばれた霊剣だ。邪悪なものはおろか、普通の人間が手を触れられる代物ではないはずだ」
「ハウザーの言う通りです。恐らく、“空牙”はまだ鉱山の中にあるはずです。そう思って僧侶達に聖騎士と共に探索に向かわせたのですが…」
「まだ見つからないの?」
「いえ、アンジェ。そうではないでしょう……それどころか誰一人帰って来ない。そうではありませんか、ファリス司教?」
「その通りです。どうして、お分かりに?」

 簡単なことです、とウィルバーは人差し指をピッと立てて振り立てる。

「霊剣を手に入れる人材が来られては、太古の悪霊も困るでしょう。恐らくは、剣を目当てにやって来た聖北教会の人材を捕らえるか…最悪、殺している筈です。剣を使う者を妨げ、教会の勢力を削れるのですから、彼らにとっては一石二鳥というわけです」
「…これ以上の犠牲はかけられねえな。それなら僕らが行けばいい」
「そうだな、テーゼンの言うとおりだ。さっそく我々で鉱山に向かい、”空牙”を入手しよう」
「ハウザー、頼みます。冒険者の皆さんも、どうかよろしくお願いします」

 ハウザーは任せて欲しいと胸を叩いてみせた。
 明晰な頭脳を持つ司教だが、体調が思わしくないのは一目瞭然である。
 多少なりと自信のある姿を見せておくことで、司教の心に掛かる負担をちょっとでも減らしたいという、ハウザーなリの配慮であった。
 彼らが暇を告げて司教の部屋を出ると、純白の僧衣に身を包んだ中年の男性から声を掛けられた。

「これはハウザー殿。昨日は色々大変だったようですな」
「まったくです」
「これも神が我々に与えたもうた試練なのでしょうか?」
「さあ。それは司祭様の分野で、私に応えられる疑問ではありませんよ」

霧7

「私は思うのですが、神の御心を知るということは、その御心がいかに理解しがたいか知ることではないでしょうか?人のような卑小な存在が、大いなる神の御心を推し量れるはずはないのですからね」
「つまり、『卑小な人間どもよ、身の程を知れ!』ということですかな?」
「相変わらず、表現が過激でいらっしゃる…」
「口の悪さは生まれつきですから。さて、そろそろ調査の方に戻らせていただきます」
「頑張ってください」

 ハウザーと冒険者たちへ、人の良さそうな笑みを見せ会釈をした司祭は、そのまま教会の裏口から抜けていった。

「今のが司祭のテュルク。ああ見えても、この教会ではファリス司教の次に偉いことになっている。ただなあ…普段はいるのかいないのか、よく分からない人だ。ずいぶん久しぶりに顔を見たよ」
「どうしてそんなおじさんが司祭なの?」
「人柄、だろうな。いかにも人の良さそうな顔をしていただろう?」
「うーん……うちのリーダーも相当だけどね」

 ちらりと姉同然の少女を見上げたアンジェは、聖騎士隊長の執務室から出てきた人影にいち早く気付いて、くいくいとハウザーの袖を引っ張った。
 彼も相手に気付き、目を軽く瞠る。

「どうした、ジーア?」
「鉱山に行くつもりなのか?」
「ああ」

 ハウザーの返事を聞いたジーアは、ぴくりと柳眉を動かして同行を申し出た。
 それでは聖騎士団の命令系統が上手く機能しないだろう、とハウザーは反対したのだが、ファリス司教が以前に”空牙”を求めて出した調査隊は、ジーアが選出して送り出した人員だったらしい。

「ルード、リンダ、カリン、ロッド……。皆、才能のある若者たちだ。もし、何らかのトラブルに巻き込まれて帰ってこられないのなら、私が救う義務がある。お前は10年前、親友ラックスの仇であるグードとの決着に私を連れて行かなかった。今度は置いていかれるつもりはないぞ!」
「……ラックスとの約束だったからな。お前を危険な目に合わせないと」

 彼女の両の瞳から、不意に涙が零れ落ち、ハウザーを狼狽させる。

「私はそのようなこと、望んでなどいない!私は危険な時ほどお前の側にいたい。ただ守られるだけなどごめんだ!」

 ジーアとハウザーはどちらも譲らず、しばらく睨み合うかのようにお互いの目を見詰め合う。
 すると、ロンドが両者のちょうど中間に立ち、ちろりとハウザーを見やって口を開いた。

「10年前、あなたたちに何があったんだ?」
「…俺とラックス、そしてジーアはいわゆる幼馴染というやつでな。ずっと兄弟のように育ってきた。
成人した時、俺は治安隊に、ジーアとラックスは聖騎士隊に入ることを決めた。ラックスはジーアを愛していたんだ」
「……」
「しばらくして、スラム街を支配下に置いたグードが、本格的に表通りへの侵攻を始めようとし…ラックスがグードと戦って殺された。俺は、あいつの加勢に間に合わなかったんだ…」

 ジーアの濡れた赤い瞳が伏せられ、彼女は辛い事実を口にした。

「その日は、私がラックスにプロポーズの返事をするはずの日だったんだ」
「……後のことは知ってるな?俺は怒りに我を忘れ、スラム街に単身突撃しグードを殺害した。そして治安隊を辞めて、聖騎士隊に入隊した……」
「そう、だったんですか…」
「辛い話ね……」
「……全てを伺った後でなんですが。ハウザーさん、私からもお願いします」

 残酷な過去の話を聞き終わり、誰も動けずにいたその時。
 全員のこう着状態を解いたのは、ウィルバーであった。

「ここは戦力を分散させるよりも、集中させて成功率を高めるほうが得策です。ジーアさんもつれていってあげてください」
「だが!」
「どちらにしろ、街に残る聖騎士たちも、今は出奔したグラスさんを探しに東奔西走しています。ここにジーアさんが残ってもハウザーさんが残っても、グラスさん発見の報告を待つ以外にやることはないはずですよ」

 実にもっともな説明である。
 かなり難しい顔をしていたハウザーだったが、結局は折れ、ジーアの同行に同意することにした。

2016/06/16 13:21 [edit]

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