Thu.

霧を抱く…その2  

 年長者組+テーゼンは、被害者の遺族たちへ残念な知らせを届けた後、ハウザーが旗を掲げる爪に用意した≪水晶亭≫という宿に宿泊していた。
 シシリーは聖北教会の寮に残り、家族同然の仲間の看護を続けている。
 キィ、と扉の開く音がして振り返ると、そこにはこの街に来てから見知った顔があった。
 一人は自身と同じ金髪碧眼でありながら、儚げで清楚な印象を与える少女。
 もう一人は、穏やかな笑みを浮かべた表情がよく似合う、中背中肉の黒い髪の若者。

「まあ、あなたたち…」

 この両者は≪水晶亭≫で出会った、近郊の村出身の一般市民である。
 降り出した雨によって身体を冷やしたせいで、宿に着いた途端に倒れてしまったリリアの面倒を冒険者たちが診たことから面識を得た。

霧3

 また、この聖北教会にロンドとアンジェを担ぎこんだ時に、急に悪霊にとり憑かれた聖騎士の一人が少女――リリアを抱えて教会を出ようとした所を捕まえた事もあり、すっかり彼らはお互いに親しみを感じていた。
 そもそも、リリアが悪夢をずっと見続けるため、兄であるオードが聖職者に相談しようとレンドルへやって来たそうで、悪夢を解呪するまではずっとこの教会にいるらしい。

「あ、あの、シシリーさんたちが来ていると聞いて…お怪我をなさったんですか?」

 気遣わしげにリリアが言うのへ、シシリーは愁眉を完全に開くことが出来ないまま首肯した。

「私ではなくて、ロンドとアンジェがね…。もう傷口は塞いであるから、もう少ししたら目を覚ますとは思うんだけど」
「根を詰めると身体に悪いです。軽食を貰ってきましたよ」

 オードが差し出してきた小さな盆の上には、マグカップに入ったコーンの濃スープと、バケットにハムと野菜を挟んだサンドイッチが乗っている。
 オードは柔らかく微笑んだ。

「傍らで見ているだけの辛さは、僕もよく知っています。ですが、体力だけは残しておかないと」
「お食事の間は、兄さんと私でお2人を見ていますから、どうか召し上がってください」
「……そうね、倒れては元も子もないわ。いただきます、どうもありがとう」

 盆を受け取ると、それをサイドテーブルに置いてシシリーは食べ始めた。
 よく思い返せば、確かに今日は朝食をとって以来、ろくに食べ物を胃に入れていない。
 シシリーは舌先にマスタードの辛味とハムの旨み、野菜の滋味を感じつつ、咀嚼していたサンドイッチを頑張って飲み込んだ。
 ある程度まで胃の腑に食物を収めると、リリアの細い手がそっとアンジェの額をかき上げていた。

「こんなに小さいのに…凄い頑張ってるんですね」
「……他に、生きていく道がなかったっていうか。私たち3人が一緒に生きていこうと思ったら、冒険者になるのが一番良かったの」

 どこか苦い感情を残した答えであったが、リリアがそれに気付いた様子はない。

「知らない土地とか、モンスターとの戦いとか…怖い、と思ったことはないんですか?」
「何度もあるわ」
「え?」
「でも……自分で選んだ道だもの。そこから目をそむけることはできないのよ。目をそむけてしまったら、きっと私は信仰を失う。だから怖くても、立ち向かわないといけないわ」
「強い、んですね……」

 これは強さなのだろうか?
 シシリーにはよく分からなかった――ただ、彼女に語ったことは正直な今の気持ちだった。
 リリアは少し躊躇った後、「あの…」と言いかけたが、

「ただいまっ」

と言う声と共に部屋へ飛び込んできたテーゼンの姿に、口を噤んだ。

「ずいぶん、勢いよく飛び込んできたのね」
「おっ、飯食ってるのか。ちょうど良かった」

 サイドテーブルに置かれた食事を目聡く見つけ、青年はウンウンと頷く。

「それ終わったらちょっと僕らと一緒に治安隊へ合流な」
「何かあったの?」
「スラム街でちょっとな。冒険者の手を借りたいらしい」
「でも…アンジェとロンドが……」
「………大丈夫、だよ、姉ちゃん」

 ハッと視線を声の方向へ向けると、ベッドの上に半身を起こしたアンジェが、こちらを見て笑いかけていた。
 その横の寝床では、憮然とした表情のままロンドが腹筋だけ使って起き上がろうとしている。

「チッ、俺としたことが情けない。おい、黒蝙蝠。さっさと行くぞ」
「そのまま寝てても良かったんだぜ、白髪男。忘れ物したら、指差して笑ってやるからな」
「お腹空いたから、荷物袋の中のご飯を食べながら行こうよ。はい、兄ちゃん」

 なんとも元気なことだ、と彼らの束ね役は嘆息した。
 昨日は死亡の二歩か三歩手前くらいまで行っていたはずなのだが、法術と薬による治療が施されていたとは言え、よくここまでいつもの調子を取り戻せるものである。
 シシリーは少し呆れたような顔になったオードと、どうしたらいいか分からずおろおろした様子のリリアに、肩を竦めてみせるしかなかった。
 装備を整え終わり、テーゼンの案内で治安隊本部へと急ぐ。
 相変わらず霧に覆われた街中を、いつ襲われるか分からないためにピリピリとした雰囲気になりながら、歴史ある商業都市らしい佇まいを見せる建物の一つへと入った。
 慌しく行き交う治安隊隊員の多い中、依頼主であるハウザーと、鋭い目つきをした50歳がらみの痩せぎすの男――治安隊の隊長で、元ハウザーの上司――が、ぼそぼそと何かを話し合っていた。
 こちらを振り返り、待ち人の到着に気付いた隊長が、手で己の方へと差し招く。
 隊長は近くの椅子へ思い思いに腰掛けた冒険者たちに、事情説明をし始めた。

「ハウザーが昔、北東区のスラム街の王を討ち果たしたのは、前に君たちが失踪者の捜索中に話をしたと思うんだが…」
「ええ、覚えているわ。当時はまだ二十歳だった彼が、グードというその男を討伐したのでしょう?」
「……グードの死後の後継者争いも、平和主義で治安隊との友好関係を結ぼうとしていたある男へまとめ役が引き継がれていた、はずだったんだがな」

 隊長は重々しいため息を吐いた後、何か決意した様子で再び口を開いた。

「“スラム街の王”グードは生きていた!!」
「ええっ!?」
「殺したはずの男が……生きてただと?」
「ああ。新たなまとめ役の男もグードに殺された。奴はあっという間に、“スラム街の王”に返り咲いたよ」
「それだけではないらしい」

 ぼそりと、この上なく物騒な目をしたハウザーが付け加える。
 組まれている両手から、ギリギリと引き絞るような音が聴こえるのは――彼も必死に、激情を爆発させないよう抑えているのだろう。
 しかし、いくら自分が討ち果たしたと思った相手が生きていたからといって、ここまで彼に強い思いを引き起こすものだろうか。
 シシリーが訝しげに見守る中、彼は言葉を続けた。

「グードはまたもスラム街を出て、平和な街に戦火をもたらそうとしているそうだ」
「本来、聖騎士にとって人を殺すことはご法度。ハウザーに手を出させないようにと説いたのだが…全く聞いてくれなくてな」
「自分が聖騎士だろうと、治安隊だろうと関係ありません。10年前に言いましたよね。奴は俺が殺す、と」
「……こんなわけだ。どうしても止まらないのなら、コイツを一人で行かせるより冒険者についていて貰った方がマシだと判断し、ここに揃って貰った。ハウザーを…守ってやってくれないだろうか」

 犬猿の仲のはずのテーゼンとロンドが、ニヤリと同質の笑みを見せた。

「新しい仕事くれた依頼人を、みすみす死なせるわけにゃいかねえな。僕らの評判が下がっちまう」
「何だ、戦えってことか?なら任せろ」
「……隊長殿。ご覧の通り、わしらはスラム街に赴くことになる。案ずるな」

 老婆のセリフから察すると、恐らく若者たちがハウザーへの同行を一も二もなく賛同するであろう事を予測して、話してあったものらしい。
 得心がいったような顔をした隊長は、キッと顔を引き締めて告げた。

「わしが率いる治安隊総員は、君たちがスラム街に突入して1時間経ってから動き出す」
「それだけあれば十分ですよ」

 ハウザーが頷き、建物の出入り口へと歩き始める。
 それを合図に、バラバラと冒険者たちも立ち上がり、各々の獲物をしっかりと握ってハウザーと同じ方向へ移動した。
 白くぼやける景色の中、ポツリとシシリーは問うた。

「ところで、10年前に何があったんですか?」
「今と同じさ。当時、完全にスラム街を支配下に置いたグードと言うクソ野郎が、尽きる事の無い支配欲を満足させるために、表通りに戦争を吹っかけてきたんだ」
「いえ、彼女の言うのはそういうことではないでしょう」

 言葉を添えたのはウィルバーである。

「正確には…10年前の事件、『ハウザーさんには』何があったのですか?」
「俺に?何も無いさ。ただ、あのクソ野郎が許せなかっただけだ」

霧4

「嘘ですね。あなたは冷静な人です。よほどの理由が無い限り、一人で特攻するような無茶はやらないはずです」
「……。当時は俺も若かったてことだな」

 ふと足を止めたハウザーだったが、再びスラム街を内包するレンドル北東地区へと歩を進める。

「話し合いの通じる奴らばかりではない。気を付けろ」

 彼がそう囁いた時だった。
 奥を見透かすようにしていたテーゼンが、鋭く仲間たちへ注意を促す。

「向こうから誰か来る…」

 奥から駆けつけてきたのは、リューンでもよく見られる数人のチンピラであった。
 無駄な戦いを避けようと、シシリーは彼らに声を掛けようとした。

「待って!私たちは…」

 ところが、彼らは一向に耳を貸そうとする気配すらせず、あろうことか武器をかざして走り寄ってくる――まるで理性や感情のない、こちらを殺すことのみが目的で作られたゴーレムのような動きだ。

「言っただろ!話し合いの通じる人間ばかりじゃないと」
「いや、そういった事情ではないようじゃよ、ハウザー殿」

 ピクリと片眉を上げてからバイオリンを構えたテアが、例えようのない違和感を感じて仲間たちへ油断をしないよう忠告した。

「チンピラと侮ってはならん。ロンド殿とハウザー殿を見て顔色も変えない辺り、何かに操られておるのやもしれんぞ」

 確かに、ごつい体躯に獲物を構えて殺伐とした気配を発しているこの2人を見ても、全く反応らしきものは見えない。
 それどころか、チンピラ達は一切表情を浮かべておらず、雄叫びや気合の声すら上げていない。
 一気に距離を詰めた一人が、ナイフをかざして斬りかかってくるのへ蹴りを放ち、ロンドはスコップを振り回した。
 顔面を殴られた男は、塀に勢いよくぶち当たって倒れたものの、出来損ないの操り人形のようなぎこちなさで起き上がろうともがいている。

「テア婆さんの言う通りかもしれない。こいつら動き方がおかしい!」
「兄ちゃん!こいつ……!」

 麻痺毒を塗った短剣で相手を刺したはずのアンジェが、目前の敵から飛び退って距離を取った。
 目の前で動けなくしたチンピラが、たちまちどす黒い顔色に変じていき、ぼたぼたと皮膚が崩れ落ちていったのだ。

「嘘でしょ、これ……ゾンビじゃん!」
「ヴヴヴ……アアアアヴッ」

 さらにアンジェへと腕を伸ばそうとするゾンビを叩き斬り、ハウザーが叫んだ。

「アンデット化しやがった!クソ!? この街に何が起こってやがる!」
「チッ! こいつも!!」

 テーゼンが槍で貫いた男も、たちまちアンデッド――死に損ないの怪物へと成り果てる。

「何ですかこれは……死んだ瞬間にアンデット化……?考えられません。そんな秘術は今のネクロマンシーには無いはずですよ」
「気をつけて、ウィルバー!」

 魔術師へ襲い掛かってきたゾンビを退けて、シシリーも眉をしかめた。

「これも……太古の悪霊の関わっている出来事だというの……!?」

2016/06/16 13:18 [edit]

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