Thu.

旗を掲げる爪~ある悪魔の夢  

 ここはどこだろう。
 テーゼンはゆるりと視線を動かした。
 どことなく、見覚えがある。
 独特の建築様式に、真っ白な大理石を用いて造られた天使の像。
 信者たちのために一定の間隔を置いて置かれた、座り心地の悪そうな木の椅子。
 そして、祈りのための祭壇と、聖北の使徒が崇める十字のシンボル。
 明らかに聖北教に属する教会であろう事は検討がついたが、なぜ悪魔である自分がこんな所に来た覚えがあるのかを彼は訝しんだ。

(僕は……ここに、前に来たことがある?)

 今まで冒険者として結構な数の依頼をこなしてきたが、こんな暗い教会に入った仕事などあっただろうか。

(いや……仕事じゃない。だが来たことはある。確か……アポクリファの事件の後で……ッ!?)

 そう、パーティを離脱して、犬猿の仲であるロンドにひたすら追いかけられていた時。
 悪魔を悪魔とも思っていない、ただの喧嘩相手として見ていた視線を不快に思い、宿で不貞寝していた時に見た夢であった光景だった。
 ただ、今回は本当に一人であるようだ。

(そうだ…僕、あの時から何でか、”彼女”に生まれ自体を拒まれたのが悲しかった)

 同じ景色の中で、そのことを心に掛けながら椅子に腰掛けていた。
 彼女を……シシリーを好きになったのは最近だと思っていたが、案外と前から気になっていたのかもしれない。
 変に聖人ぶらず、自分の信仰心の及ぶ限りでしか救えない人間がいることを知っている、それでも真面目に生きていこうと足掻いているシシリーを見て、支えてやりたいと。
 叶うことならば、ずっと傍にいたいと、そう思ったのだ――己が”何”であるかも弁えず。

(寿命、か。全然、考えてなかったぜ、そんなこと)
 
 初めての感情に浮かれすぎていたが、落ち着いてみれば当然、出てくるはずの障害だった。
 もっとも彼の場合、聖北教徒と悪魔という相反した存在であること自体が最大の障害なのだから、寿命のことまで頭が回ってなかったのだが――。
 トサリ、といつかのように椅子に座った。
 しばし、人形のように整ったかんばせを俯かせてため息をつく。
 この、悪魔としては異例で、人間としては当たり前の感情の揺らめきこそが、かつての魔軍の中で彼の地位が低かったことの原因なのである。
 テーゼンはそれを、まざまざと湖城の鏡で見せ付けられていた。

(そうだ、僕は悪魔として未完成過ぎる。だが、コントロールできる感情ならとうの昔にやってる)

 手に入れたい――だが、手に入れればシシリーは、今のシシリーではなくなるだろう。
 それは、ごめんだった。

『無理だよ。彼女を手に入れようなんて』
「……誰だ、テメェ」

 椅子に座り込んでいる彼の上方に、白い羽を背負った人影が見える。
 気配に聡いはずのテーゼンに、全くそれを悟らせなかった辺り、只者ではないのだろう。

『俺はシシリーと共にあるもの。彼女の血を貰うことで、初めて身体を完成させた天使』
「そんな天使があるものかよ」
『だが、事実だ。俺は歌いながら、励ましながら、ずっと彼女の守護をしてきた。今さら、悪魔の手を借りる必要は彼女にない』
「ふざけんな!パーティを組んでからこっち、ずっと一緒にいたのは僕のほうだ!」
『いいや、君が好き勝手に依頼を一人で受けていた時、危地に陥った彼女を助けたのは俺だ』

 薄紅色の花の化身に魅入られたときのこと、確かにシシリーが危うい目にあった時に呼んだのは、彼の名前であった。
 亜麻色の髪を揺らした華奢な面立ちをした天使――。
 黄金色のラッパを手にした美しい人は、嘲るように言った。

『君じゃシシリーを困らせるだけだろう。俺なら、彼女の教義を曲げることなく傍にいれる。仲間たちに情報操作を依頼させることも、妙な輩から目をつけられることもない』
「くっ……!」

 テーゼンは悔しげに唇を噛んだ。

「だが、お前は表に出て来れないじゃないか!こんな風に、僕の夢に介入してくるくらいしか、誰かに姿を見せることもできない!天使だというのに、これじゃサキュバスじゃないか!」
『失礼な…俺は、天使さ。彼女の呼びかけに応えるための』

 そうしてまた、教会の鐘が鳴り響く。
 リーン…ゴーン…リーン……ゴーン……。
 お互いの言うことも聞き取れなくなってしまった中、テーゼンはただひたすらに、微笑みの形に唇を動かしている天使を睨み付けた。
 意識が浮上していくのが分かるものの、その視線は、最後まで逸らしたくなかった。

2016/06/09 11:59 [edit]

category: 小話

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