Tue.

鉱床の遺跡その5  

 アンジェが星の飾りを振りかざすと、錠の開かれる音があたりに響く。
 ロンドがぽりぽりと頬を掻きながら言った。

「……開いたな」
「気をつけて。この先に何かの気配がするよ」
「大丈夫、準備はできているわ。……行くわよ」

 シシリーが開けた扉の向こうには、細長い道が続いていた。
 岩肌が剥き出しになった壁には人の手が入っておらず、遺跡というより洞窟と言った方が近い。
 今までに何度も見かけた青い鉱物が岩肌に埋まり、通路に無造作に落ちている。
 量が明らかに増えている。
 なるべく鉱石に触れないように、一同はそっと足を動かした。
 ロンドがへの口に結んだ口をおずおずと開いた。

「……意外とでかい、な」
「そうですね…。遺跡自体が、この洞窟を利用して作ったものなんでしょう」
「シッ。……もうすぐ、ここ抜けるみたいだよ」

 ホビットの娘の言葉どおり、彼らは開けた空間へ辿り着いていた。
 地下とは思えないほど、広く高い、青白い空間。
 うっすらと輝いている岩肌は全て、あのお馴染みになった鉱物だった。

「……すごい……」

 思わず感想を零したシシリーが、壁から天井へと視線を走らせ、そのまま部屋の最奥を碧眼に映す。
 広間の中央にはひときわ巨大な青い鉱石があり、その傍らに半透明の女性――精霊が佇んでいた。
 思わず身構えそうになったリーダーを制して、静かにウィルバーが問う。

「……あなたが、鉱精ユークレースですか?」
「はい。……あなた方は?」

 冒険者たちはそれぞれの名と、ここまでやって来た目的を告げた。
 シシリーが懇願する。

「妖魔を作っているのがあなたなら、止めて頂けるとありがたいのだけど」
「…………」

 ユークレースはしばらく押し黙っていたが、やがて首を左右に振った。

鉱床の遺跡10

「妖魔を作っているのは私です。しかし、それを止める訳には参りません。あの人が私のことを思い出して、帰ってきてくれるまで」
「……っ!?」

 気配に聡いテーゼンが槍を構える。
 途端にざわざわとあたりの空気が騒がしくなり、ユークレースの足元に例の妖魔が現れた。

「私の邪魔をするものは、誰であっても許しません」
「待って、話を……!」
「無理だわ、アンジェ。来るわよ!」

 ぞわりと粘性の身体を蠢かせた使い魔に気付き、シシリーは≪Beginning≫を鞘走らせた。
 知られざる聖遺物であるその刀身には、すでに法術を応用した炎が宿っている。
 悔しげに下唇を噛んでいたアンジェだったが、これ以上のやり取りは今は無理と断じて、腕輪から鋼糸を引き出す。

「繭糸傀儡を使うよ。姉ちゃん、兄ちゃん、ザコはこっちに任せて、ユークレースを!」
「だな。妖魔は僕やアンジェに任せろ」
「お願いね、2人とも」

 依頼主を危険な目に遭わせぬよう、すでに彼女はテアと一緒に後方へ下がっている。
 テアの援護や攻撃は、あまり距離を気にする必要がないからだ。
 ウィルバーも死霊術の独特な詠唱を開始したのを確認して、アンジェは糸をことさら繊細な動きで操ってみせた。
 常ならば相手の血肉を裂くはずの糸が、たちまち妖艶な女の横顔を作り出す。
 鋼糸で作られた女は、男女の別なく虜にしてしまいそうな微笑みを浮かべ――魔力の篭った哄笑を鉱石の精霊たちへと放った。

「うっ!?」

 今までに受けたことのない攻撃に、ユークレースの思考が混乱する。
 その隙にテーゼンの槍が片方の妖魔の核を貫き、残った方をウィルバーの死霊たちが破壊した。
 鉱石の精霊――妖魔たちにとって守るべき女王への道は、これで開かれた。

「うおおおおおお!」
「てえええい!!」

 シシリーとロンドはほぼ同時に彼女の眼前へと躍り出て、二つの高熱を宿した刃が青灰色を基調とした精霊のほっそりした肢体を、深く斬りつける。
 ユークレースは己の身体に刻まれた傷に頓着せず、自分の手駒を癒してまた盾にしようとしたが、最後に演奏を終えていた老婆に、精霊へそれ以上抵抗の時間を与えるつもりはなかった。

「さて――暗き淵より現れるは、お揃いの真っ赤な靴を履いた子どもたち。壊れたように笑いながら、いざ進め影のパレードよ!!」

 テアの演奏した【影のパレード】は、かつて人々を震え上がらせた凶悪な子供たちの恐ろしさを奏でる曲である。
 彼女の素早い弓の動きで、高く低く吠えるように鳴ったバイオリンの音から、かつての伝承の姿をとった子どもの影たちが精霊とその使い魔を物理的に吹き飛ばした。
 パレードの一番殿にいた子供の影が、思い切り拳を振りかぶって巨大な鉱物を打ち砕く。
 その瞬間、今まで凛然とした立ち姿を見せていたユークレースが、がっくりと膝をついた。
 彼女から発せられていた敵意は消え失せ、同時に身体の輪郭がぼんやりとあやふやになる。

「……っ、う……」
「ユークレース、話を聞いて下さい。あなたには知っておくべきことがあります」

 ウィルバーは鉱石の精霊が落ち着き、耳を傾ける姿勢になったのを確認すると、一歩退いた。
 つかの間、シシリーは迷った。
 真実を全て――精霊の愛した人が嘘を付いてまで、自分を愛させようとしていたことまでを語るべきなのか。
 それとも、精霊の愛した人が死んだことだけを伝えるべきか。
 模範的な聖北教徒ならば、前者を選ぶべきだったろう。
 嘘や偽りは、一般的な聖北教徒の忌避するところであり、真実を明らかにすることこそが貴ぶべき美徳とされているからだ。
 だが、シシリーはこれまでの冒険者としての経験から、必ずしも真実だけが最善とは限らないことを学んでいた。
 きゅ、と金色の聖印を握る。

「……あなたが心待ちにしている人は、死にました」
「……え?」
「事故か病気か寿命かは分かりません。ただ、どれだけ健康であっても、人間は80年程度しか生きられないの」

 シシリーはそっと瞼を伏せた。

鉱床の遺跡11

「人間の命は、あなたよりもずっとずっと、短い」
「…………」

 そのリーダーの説得の様子を、人形のように整っているはずの美貌をやや歪ませるようにして、テーゼンは聞いていた。
 精霊だけの話ではない。
 悪魔である自分と、人間であるシシリー。
 今まで見ないようにしていた、異種間による寿命の違い。
 好意を持つまではいい――団体行動を取る以上、ある程度のコミュニケーションはするのだし、共に動く以上は好意の方がその逆よりも動きやすい。
 だが、それ以上の情を抱くのならば――。
 暗い光を湛えた瞳が見守る中、鉱石の精霊は唇をわななかせてから深い息を吐いた。

「……そう、だったんですか……。あの人は、肝心なことを教えてくれなかったんですね……」

 深い、思慕と悲しみに彩られた声。
 滑らかな宝石のような頬を、透明な涙が伝う。
 人の流す涙とは違うそれは、床に滴り落ちる前に氷のように固まり、霧散して空気へ溶けていった。
 数分間のことだったが、その涙の美しさは一生忘れないだろうと冒険者たちは思った。

「ありがとうございます」

 ユークレースは伏せていたかんばせを上げて、しっかりと礼を述べた。
 すでに、そこに狂気の影や、逝った人を求める苦しみは見られない。

「彼のことを誤解したまま死なずに済みました」
「誤解?」
「ええ、シシリーさん。彼が、外の世界に心奪われて私のことなどどうでも良くなったのではないか。忘れられてしまったのではないか。それが嫌で、私のことを思い出してほしくて、地表のあちこちにこの石を送り出し、妖魔も作り出しました」

 精霊の視線が、砕けた妖魔の核を捉える。
 続けて、ついと視線が動き――旗を掲げる爪を真っ直ぐに見つめた。

「そうしたら、あなた達が来た。あなた達が、彼の死を教えてくれた。彼は、道半ばで非業の死を遂げてしまったのですね……」

 ユークレースは自らが宿る鉱物を砕かれ、精霊としての生命は風前の灯となっている。
 誰の目にも明らかな様子に、ある閃きを得たのは他ならぬ依頼主だった。
 粗雑な仕草で腕を組んで成り行きを見守っていたルチルは、それを解いて冒険者たちのリーダーである少女へ小声で話し掛けた。

「……あのさあ、シシリー。こいつ、このままだと死ぬだろ」
「ええ。……もう、現出している時間がないと思う」
「それでいいのかよ」
「何か……考えがあるの?」

鉱床の遺跡12

「アタシなら火晶石と同じ要領で、こいつを生きたまま鉱石に住まわせることができる」
「あっ……」

 まさに盲点であった。
 ルチルの商う≪召喚石≫――精霊を召喚する術式を全て備えた石は、精霊自身を宿す。
 必要な依り代を用意さえしてやれば、ユークレースはこの世界に生き続けることができる。
 ただし、とルチルは釘を刺した。

「本当に『生きてる』だけで、今と同じように姿を見せたり、話したりは出来なくなる。他人から見たらちょっと不思議な石ころだ。……でも、外の世界を感じることは出来るし、力を蓄えて、いつかまた復活できるかもしれねえ」

 フッと彼女は口元を緩めた。

「なんつうかさ、このままここで死んじまうのは勿体ねえ気がすんだよ」
「……私も、同意見よ」

 ルチルにつられたような微笑みを浮かべたシシリーが、ユークレースの方へと向き直った。

「……鉱精ユークレース、ここを出てみませんか?」
「…えっ?」

 そんな事、と言いかけた精霊の言葉を遮って、先ほどのルチルの提案を伝える。
 今より不自由な身体になること。
 しかし、この世界に生き続けることはできるし、今の姿に戻れる可能性もあること。
 石の状態で外の世界を感じることは出来ること。
 シシリーが、ぎゅ、と消えかかっているユークレースの手を握る。

「だから……あなたが知らない世界の欠片を、一緒に体験していきましょう」
「……あの人と、同じようなことを、言うんですね……」
「同じようなこと?」
「何でもありません」

 女性らしい繊細な容貌に、笑みが浮かんだ。
 それは前向きな、希望に満ちた笑顔である。

「あの人が見聞きした世界に興味があります。お願いです、私を連れて行って下さい」
「よしきた」

 ルチルが腕まくりをして言った。

「じゃあ、あんたが死んじまう前にさっさとやっちまうぞ。覚悟はいいな?」
「はい。お願いします」

 ルチルは手ごろな鉱物を選び出し、それをユークレースの前に置く。
 大層な準備は要らないらしい。
 それだけでルチルはぶつぶつと呪文の詠唱に入った。
 魔法の反応を示す音が響き、鉱物がひときわ鮮やかな青に輝いた。
 ユークレースの身体が、霧のように揺れて薄らいでいく。

「ユークレース!」

 術の進行と共に明るく白い光が満ちる中、己の名を呼ばれ振り返った精霊に、シシリーは万感の思いを込めて最後の言葉を伝えた。

「一緒に喜び、泣き、怒り、仲間として生きていきましょう!」
「……!」

 ユークレースがそれにどう答えたのか、聴こえた者はおらず……眩しすぎる白い光が収まると、そこにあのほっそりとした姿はなく、代わりに鉱物が不可思議な光を宿していた。

「……成功だ。壊れやすい石だから、取り扱いには気をつけろよ」

 夜空の群青から海の青、或いは菫の紫や雪の白までを封じ込めた、美しい石。
 それをそっと包み込むようにして持ち上げたシシリーは、鉱石の中にきらりと瞬く星のような光を見たように思った。

※収入:報酬800sp、≪鉱精石≫→シシリー所有
※支出:城館の街セレネフィア(焼きフォウ描いた人様作)にて【陽炎】購入。
※ミナカミ様作、鉱床の遺跡クリア!
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■後書きまたは言い訳
51回目のお仕事は、ミナカミ様の鉱床の遺跡です。
最初にこのシナリオをプレイさせていただいた時は、上手くユークレースを助けることが出来ずに大分悔しい思いをしました。
何度かやってみて、「ああ、この条件が必要なのか!」と分かった時はかなり嬉しかったです。
依頼主との信頼関係、大事ですね……。
最後の方のセリフとか、シナリオ本編にはないのをちょくちょく入れてあったり、本編のエンディングでは初めて自分が真実を語らなかったことに色々葛藤したりあるんですが、今までの経験からすると、もう旗を掲げる爪はそこを乗り越えてきてしまったパーティのように思われるので、ちょっと変えさせていただきました。ミナカミ様、ご不快でしたらすいませんでした。
今回こちらのシナリオを選んだ理由は、ちょっとひどい話ですが、前回から引っ張っているテーゼンの片思いに水を差すためです。
うっかり相手のいい所を見つけて異性として好きになるのはともかく、異種族によくありがちな寿命の違いとかを突きつけられれば、少し現実が見えてくるかと。
……ついでにアンジェが現状に気付いたりもしていますが。
シシリーの場合は元芋虫男にある意味言い寄られている(それを示すためにも、シシリーの手札に【最後の審判】を入れてある)ので、テーゼンにライバルがいないわけではありません。
それを含めて、これからこの人が恋愛だと思っている感情をどうしたものか…。
そもそも、天使と悪魔と両方に好かれるって、この子意外と大物なのかもしれないですね。

オープニングでシシリーがビキニアーマーを嫌がってますが、データ的には私、これオススメです。
コストパフォーマンスが良い上に、魅了キーコード付。
ま、さすがに裸の上からこれ着るのは、TRPGで色々と鎧のことを調べた経験からとても現実的じゃないのでシシリーにもさせませんでしたが…似合わないわけじゃないと思う。

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。

2016/06/07 11:59 [edit]

category: 鉱床の遺跡

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