Tue.

鉱床の遺跡その4  

 ぎっしりと本棚に詰め込まれた本の数々は、どれも厚い埃を被っている。
 上の段に置かれている背表紙をチェックすると、そこには当時の建築様式や技術について書かれた本が多いようだ。どれも今では使い古されたものだが、昔は最先端の技術だったのだろう。
 
「これらを参考にしながら、この遺跡を作ったのか……?」

 物珍しげにテーゼンがさらに視線を下へと移すと、そちらは、精霊をはじめとした超自然的な生物について書かれた本も並んでいた。
 スピカが属するフォウや、ノーム・ウンディーネ等の四大精霊の名前が表題につけられている。
 一番下の段は雑多な生活用品が無造作に詰め込まれており、その中に紐綴じされた紙束が一冊だけ端に置かれていた。

「……ウィル、これ……」

 不審に思ったテーゼンがウィルバーへ手渡すと、彼は慎重に紙束を開いた。
 ウィルバーの鼻先に古い紙独特の臭いが漂う。

「……ここに住む精霊について調べた結果と、交流の記録のようです」
「交流の記録?この人と、精霊の?」

 まるまっちい指が「この人」のところで白骨死体を示すと、ウィルバーは静かに頷いた。

「ここに住むのはユークレースと名乗る精霊で、巨大な鉱物……あちこちで見かけた青い鉱物の大きいものに宿っているようです」
「鉱物の精霊か……ノームの偉いやつって考えりゃいいのか?」
「いえ、鉱物全体を統べるとか、青い鉱物全てに宿るとか、そんな大層なものでもありません。一際大きい鉱物に宿っているというだけで、決して格は高くないようです」

 シシリーが話を把握して口を挟む。

「……つまり、この遺跡の奥にその巨大鉱物があって、精霊がいるのね」
「別の精霊が悪さをしている可能性もあるので、そうとも言い切れません。で、交流の記録の方は……
私情混じりだからその辺は省きましょうか」
「ええ、お願いするわ」
「まず精霊ユークレースの性格は、世間知らずだが純粋で心優しく、人間にも友好的。…悪く言えばお人好しで騙されやすいタイプ、ですね」
「お前のようだな、シリー」
「冗談じゃないわ、あなたの方でしょ」

 兄と姉の言い争いを聞いて、アンジェは密かに、

(どっちもどっちだよね…お人よしで優しいせいでトラブルに首を突っ込む姉ちゃんと、騙されやすくて厄介ごとに好かれる兄ちゃんだもん)

と思った。
 白骨死体の人物の記録によると、ユークレースの姿かたちは女性的であり、初めて会話をした人間が彼――死体の人であり、この手記を遺した当人――であるそうだ。
 交流の中身そのものは大したものじゃない、とウィルバーは断言した。

「ただ、この方は精霊に惚れていたようです。言葉の端々から窺えます……それ以上は、何も読み取れませんね。九割近くがそういった私情で占められています」

鉱床の遺跡8

「巨大鉱物に宿る精霊と、彼女に惚れていた男、か……」

 シシリーが呟くのに、びくりとテーゼンが反応した。
 どことなく、今の自分の現状と重ねて見てしまい――落ち着かない気分にさせられたのだろう。
 そんな事とは知らないシシリーが、せめてもと故人の冥福を祈るために白骨死体の体勢を整えてやろうとすると、彼女は右手に握りこまれている物に気付いた。

「何かしら、これ」
「どれ?」

 するりと手を伸ばして回収したのはアンジェである。
 彼女の手には、石の鍵が握られていた。

「鍵、だね。これでどこかの扉が開くんじゃないかな?一階にまだ行ってない所あったもんね」
「そうかもしれないわね。じゃあ、それはアンジェが預かっていてくれる?」

 私はこの人のために祈るから、と言われたホビットの娘は、肩をそびやかして石の鍵を隠しポケットへ突っ込んだ。
 姉同然の少女は、再び死体の体勢を出来得る限りに整えて、すでに天に召されているであろう彼の魂の平安を祈ってやっている。
 その慈悲深いと言える姿に見蕩れているらしい青年に目をやり、あ、とアンジェは声に出さず口を小さく開いた。
 熱を帯びた黒い双眸が、ひたむきにシシリーに注がれている。

(あたしに恋愛なんて分かんない、っていうの前言撤回かも。傍らから見るだけなら分かるもん。これがまさに恋心ってヤツなんだわ…。姉ちゃん、全然気付いてないけれど)

 自分と同じく少女と家族同然の関係であるロンドに目をやるが、彼が喧嘩相手の異変に気付いている様子は微塵も見られない。
 何となく、アンジェは安心した。

(そうだよね。兄ちゃんがそれに気付く筈ないよね。それにしても……2人とも、恋愛に疎いって意味じゃ本当にそっくりだわ)

 血の繋がりはなくとも、確かにこの2人は双子みたいなもんだと思った。
 そんな思惑を棚に放り上げたまま、旗を掲げる爪は一度地下1階のエリアまで戻った。
 石の鍵で開かなかったドアを開くと、そこは死体のあった部屋よりも多数の本棚と、大きな机や長椅子が置かれている。
 ここは書斎ではないだろうか――と、書物に親しむウィルバーやシシリーは思った。
 さっそくパーティ全員であちらこちらを探し始める。

「……これは……」

 そんな中、一番に声を上げたのはロンドだった。

「なあ、こっちの棚にある本を引っ張ったら、奥に手紙を見つけたんだが」
「どれどれ、見せてごらんなさい」

 魔法的な仕掛けがないことを確認してから、彼は慎重に封を切った。
 何枚かの便箋と、するりと星をあしらった飾りが落ちてきたのをキャッチする。

「この内容……遺書、のようですね。飾りは後回しにして、まずはこちらでしょうか」
「ウィルバー殿、聞かせてもらえんかの」
「ちょっと端折っていきますよ……『あなたがこれを読んでいると言う事は、私はこの建物のどこかで死んでいるのだろう。私の遺体は弔わずそのままにしておいて欲しい。私は彼女の”一番”であり続ける為に、この地で死んだ。ここで静かに風化していく事が私の望みなのだ』」
「一番であり続けるぅ?」

 妙な顔になったのはロンドで、同じような表情で横に並んでいるのはアンジェである。
 彼らからの質問の嵐を避けるため、ウィルバーは早口に続きを読んでいった。

鉱床の遺跡9

「『私は彼女の”最も大切な人”でありたかった。彼女は人間とは異なる価値観を持ち、恋愛と言う概念自体、彼女の中には存在しなかった』」
「それはそうじゃろうの。精霊は自然そのもの、自然が人間に恋心を抱いたら大変なことになる」
「『加えて人間よりはるかに長い寿命。どれだけ彼女と親しくなろうとも、私が死に、彼女がそれを受け入れて時が経てば私は過去の人となる』」

 ここでビクリと羽を震わせたのがテーゼンである。
 どうやら、今まで目の前の思いを駆ける相手がいるということに浮かれ、寿命のことを忘れていたのか――あえて、辛いことから目を逸らして考えないようにしていたのか。
 寿命が人より長いのは、何も精霊だけではない。悪魔や妖精族も同じである。
 この遺書をざっと流し読みした際に、これの朗読はテーゼンにとって辛いかもしれませんね、とウィルバーは思っていたのだが、これも仕事に関する資料のひとつである。
 情報を妙に隠すよりはと、感情を拝して続けた。

「『それは、嫌だった。彼女の長い生において、私と言う人間が一番であり続けて欲しかった。……幸いにも彼女は、人間の寿命が精霊よりはるかに短い事も知らない世間知らずだった。私は”長い旅に出る”と嘘をつき、そして”いつか必ず帰る”と彼女と約束を交わした』」
「く、暗い。こいつの考え方、暗い。俺はついていけない」
「……寿命差あるの分かってるなら、打ち明けておいた方が良かったんじゃないかなあ。あたしには恋愛なんてよく分かんないけど」
「茶々入れないで下さいよ。えーと、『私が死んでも約束は彼女の中で生き続ける。彼女の中で私は生き続け、一番であり続ける。宝が目当てなら、好きなものを持って行ってくれて構わない。ただ一つ、私と彼女の邪魔はしないでくれ』……だそうです」
「………命を賭けて恋してたのね。たとえ、両思いとは言えなくても」
「邪魔はしないでっつってもなあ。じゃああの妖魔は何なんだって話だよ」

 しみじみとしたシシリーのセリフを吹き飛ばすように、鼻から勢いよく息を吹いて依頼人が言った。

「あ、そっか。妖魔は精霊に繋がってるんだから、あたしたち自身は精霊と会わないわけにはいかないよね。邪魔も何も、話し合うくらいはさせてもらわないと」
「そうだぜ。依頼は取り下げねえからな。妖魔が出てくる原因がわかるまで調べ尽くすぞ。遺書を書いたのがただの自己中野郎だったら気兼ねする必要はねえ、きっちり精霊との片をつけよう」

 口は悪いもののちゃんと自身の見解を持っており、それが一応ちゃんとした判断基準からきてる事が分かっているので、旗を掲げる爪は彼女に異論を挟まなかった。
 その時、じっと遺書に同封されていた星の飾りを見ていたテーゼンが、

「なあ。それ……鍵じゃないか?」

と言い出した。
 言われていることが分からず、アンジェが首を傾げる。

「ん?」
「いや、だからさ。そのペンダントトップみたいな星のヤツ、遺書と一緒に封筒に入ってたろ?」
「うん、そうだったね」
「ユークレースのいる場所の鍵じゃないのか?この遺跡の中にいるんだろ?」

 一同は何となく黙り込んだ。
 シシリーがちょっと変わったフォウに呼びかける。

「スピカ。どうかしら、精霊はこの遺跡にいると思う?」
「それは間違いないと思います。ただ……ひどく、感じづらいです」
「感じづらいって?どういうことかしら」
「ひどく存在が希薄なんです。どこにいるぞーって特定作業まではできかねます」
「……ということは」

 契約を結んだ精霊からの回答を貰ったシシリーが、仮説を立てていたウィルバーを見やる。
 彼は平凡な顔にある種の諦念に似た感情を滲ませて、首を縦に振った。

「ほぼ間違いなく、精霊は弱っているんだと思います。己が身を削ってまで使い魔を生み出しているせいなのか、この遺跡から出ないよう何らかの措置を受けているからなのか…」
「……それって、退路確保しなくてもいいって知らせじゃないのか?何でそんな怖い顔してるんだ、ウィルバーさん?」
「弱りすぎた精霊が狂っている可能性があるからですよ」

 ”在り方”の歪んだ精霊は、容易く理性を忘れてしまう。
 正式な精霊術師であれば、召喚と送還の手順をきちんと踏んでいるために、この世に精霊を”在り方”が歪んだまま現出し続けることはないのだが……。

「とりあえずは対面してみなければ、これ以上は分かるまいよ、お若いの」
「テアさん…」
「話が通じればそれでよし、ダメなら向こうから何かしらアクションがあろう。シシリー殿、精々戦闘になってしまった時に備えておく以外にやることはあるかね?」
「……現状、ないわね」

 最年長者の忠告に、無意識に入っていた肩の力を抜いたシシリーは、とりあえず仲間達を促して、地下二階へとまた移動することにした。

2016/06/07 11:55 [edit]

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