Tue.

鉱床の遺跡その2  

 ルチルの先導で連れて来られた森の中は、ずいぶんと静謐な印象であった。
 妖精のムルがひらりひらりと空中を飛んで、脅威がないことを確認してから定位置――テーゼンの襟元――へと帰ってきた。
 かさりと足元の腐葉土を踏んだテーゼンは、整った顔を微妙にしかめている。

「動物がいないわけじゃねえらしいが…妙に静まり返ってるな」

 彼のつま先には、鹿が通ったらしい足跡が残されている。
 そのくせ、鳥の鳴き声や動物の動く音などが耳に届いてこない。
 まるで森の生き物たちが何かに怯えて、なるべく静かに過ごしているかのようだった。
 テーゼンの報告にシシリーは頷いた。
 つまり、その怯えている対象が依頼主の見た妖魔だと言うのなら――辻褄は合っている。

「じゃあ、まずは妖魔を探しましょ。調査は任せるわ」

 背にそっと手を当てられたアンジェは、ニヤッと笑って親指を立てた。

「了解」

 ベージュの外套に身を包んだ小さな身体は、あまり木々を揺らすこともせず、森に紛れるようにして辺りの気配やおかしな箇所がないかを確認していく。
 本来なら森はテーゼンの領分なので彼に任せるべきなのだろうが、妖魔の出てくる原因の究明も依頼に含んでいるだけに、もし妖魔が人為的な要因で出てくるのであれば、盗賊の方が先に対応できるだろうという狙いである。
 堂に入った忍び足で進みながら探索を続けるうち、ふと視界に入った石ころをアンジェが拾った。

「こんなの落ちてたよ」
「ああ、そりゃ召喚石の原石だ」

 ルチルがホビットの小さな掌の上の青い石を指差し、他の冒険者へも分かるよう説明した。

「アタシはそれが目当てでこの辺をうろついて、妖魔を見つけたって訳だ。原石はよく探せばその辺にゴロゴロ転がってるぜ。最近特に量が増えたしな」
「ほほう……最近、量が増えたのですか……」

 ≪海の呼び声≫の宝玉の部分を肩に当てたウィルバーは、ふむと言って首を傾けた。
 特に思いついたことがあるわけではないのだが、何となく気になるらしい。
 とりあえず原石だけでは何の役にも立たないと教えられたアンジェは、あっさりと石を地面に戻して調査を再開した。
 進むごとに、ちょっと先ほどの原石が多く見られるようになってきたかもしれない、と思うようになった頃――。
 アンジェは不意に指を口に当て、空いた手で茂みの奥を指差した。
 彼らの視線を向けた辺りに、ゴーレムの”核”等に使われていそうな石が、粘性を伴った液体に囲まれるようにして浮いている。

鉱床の遺跡3

(あれが例の妖魔ですか?)

 シシリーはそっとルチルに囁きかけた。
 妖魔の出現に対してあからさまに顔をしかめた依頼人は、

(そうだ。ああいうのが森のそこら中にいやがる)

と返事を返す。
 それを聞いたシシリーは、無言で装備を整えるよう仲間たちに指示を出した。
 どこに目があるのかすら判断できない――こんなモンスターを相手にするなら、正面切って戦う方が油断がなくていいと彼女は決断した。
 準備を整えた一行は、武器を手に妖魔の前に踊り出る。
 戦い自体は、そう長く続くこともなかった。
 アンジェが依頼人とテアを護衛して下がっていたが、まず飛び出したムルの弓とテーゼンの槍が妖魔に軽く傷を負わせると、すかさずロンドが熱を持つ曲刀を横一文字に動かして深手を追加する。
 スライム状の妖魔に物理攻撃が効くだろうか、と思っていたものの、案外と手ごたえがある。
 どろりと粘性の身体の一部が溶けた。
 己の危機を察知した妖魔が、どうにか触手を伸ばして反撃をしようとしたものの――。

「これで終わりよ!」

と叫びながら振るわれたシシリーの長剣が、青い光を放つ丸い中心部に突き刺さった。
 パリン。
 軽い音がして妖魔の体の中心にあった石は砕け散った。
 スライムの様な粘液も跡形もなく消え去っている。
 結局、使うことのなかったバイオリンをケースに収めて、老婆が彼女へ近寄った。

「この石……さっき見つけた鉱物と似ておるの?」

 まじまじと砕けた石の欠片を見つめたテアが言うのに、追いついたアンジェも同意する。

「……似てる、と言うか同じだね」

 ウィルバーは紫水晶のような宝玉の付いた杖の先で、ちょいちょいと欠片を突付いた。

「同じですか…アンジェ。……次、鉱物の分布の範囲と、一定の範囲毎の量の多寡を軽くで良いから調べて下さい」
「?うん、わかったよ。ムル、ちょっと協力してくれる?あたしが地図に書き込みをするから…」
「上空から位置を確認して、ずれがないよう修正していくんですね。分かりました、やりましょう」

 冒険者たちはホビットと妖精の先導により、森の探索を再開した。
 相変わらず、最初に指摘があったとおり、鳥の囀りも動物の足音も聞こえない。
 ちらちらと身体に落ちてくる森の木漏れ日の平穏具合が、いっそ違和感で気持ち悪くなる程だった。
 一行の5メートルくらい先を歩いていたアンジェが、不意にしゃがみ込む。

「またこの石だ。……しかも大量に」

 拾い上げた鉱石を右手に握ったまま見渡すと、彼女のどんぐり眼の視界に、茂みに隠れるようにして、青い鉱石がいくつも落ちているのが分かった。
 アンジェの促しに気付いた仲間たちが、あちらこちらに散らばっている鉱石を見つめる。
 無遠慮なまでの視線で青い石を観察したウィルバーは、

「ああ…なんとなく、原因が見えてきました」

と仲間に報告した。
 軽く目を見開いたシシリーが、本当かと思わず訊ねると、魔術師である薄毛の男は小さく首肯して推論を口にした。

「ええ。結論を先に言うと、精霊が絡んでいる可能性が高いです」
「精霊が?どういう事だ、ウィル」
「ここからは順を追って話しましょう」

 彼は、最年少の仲間が握りこんでいる青い石を指差す。

「まず、この森にこの類の鉱物がゴロゴロ転がってる事。これがまずおかしいんですよ。植生から推測しても、この辺の土壌からは発生するはずのない鉱物です」
「と言う事は、誰かが鉱物をばら撒いてるのかしら?」
「その可能性は低いですね。と言うのもですね…これが人為的なものなら、あの妖魔の説明がつきません。少しは人の術でも作れるでしょうが、ルチルさんの話からすれば妖魔の数は、ほんの数体で終わる話ではない」
「そうじゃろうの。冒険者を雇わねばならんほどだというのだからな」

 ウィルバーはここで言葉を切り、仲間たちの各々の反応を確かめてから再び口を開いた。

鉱床の遺跡4

「そう、人間業じゃないんですよ。だから、この鉱物に近しい存在……土や石に関する精霊が関わっている。その可能性が高いんじゃないかと私は思います」

 精霊という言葉を聞いて、ウィルバーと事情を知らないルチル以外の全員が、シシリーの腰にあるベルトポーチへと視線をやった。
 ポーチを身に付けている当人が呼びかける。

「スピカ。何か感じ取れることとか、気付いたことはあって?」

 ひょこっとベルトポーチの蓋の隙間から顔を覗かせた、帽子を被っている金色の小鳥――光の精霊フォウに属するスピカが、赤い目を瞬かせながら人語を喋った。

「すいません、ご主人様。同族でもないし、近くにはいないようなのでさっぱりです」
「と、鳥が喋ってる!?えっ、ていうかこれフォウ!?」
「はい、まあ、その…私と契約してくれてる精霊です。私は聖職者であって、精霊術師ではないんですけれどね。スピカ、ありがとう。休んでいてくれて構わないわ」

 自身も精霊の召喚術を操るという依頼主は、ぎょっとした顔で再びポーチの中に引っ込んだスピカを見つめている。
 精霊術師は辺りに存在する精霊とのコンタクトを、術者の力量と才能により多かれ少なかれ取れるものだが、精霊界ではなくこちらの世界に顕現し続け、あまつさえ他の者にも分かる言葉を話すというのはなかなか見られる事態ではない。
 実はスピカ以外にもポーチには精霊がもう1体いるのだが、シシリーはそれを口にすることなく続けて言った。

「スピカには精霊の存在が感じ取れないようだけど……あなたの事ですからどこを探すべきかの目安も、とっくについてるんでしょう?」
「ご明察。流石は我らがリーダー」
「……ウィンク上手いよな、ウィルバーさん」
「兄ちゃん、注目すべきはそこじゃないからね。おっちゃん、どこ探したらいいの?」
「さっきの探索で分布を調べましたが、鉱物はある地点を中心とした円形の範囲に落ちています。しかも中心に近づく程鉱物の数は増える」
「なるほどな。中心に何かがあるって事か。だろ?」
「その通りです、テーゼン。恐らくそれほど大規模な範囲ではありませんから、中心にはすぐに辿り着くと思います」
「OK。じゃあ早速探してみましょう」

 冒険者たちは、今まで割り出した鉱物の散らばっている範囲の中心へと足を向けた。
 周りが淡い色から濃い色までの緑ばかりの風景から、柔らかな薄紅色の花弁が広がっている茂みへと
変わっていくと、微かに甘い匂いが混ざる。
 すん、と長い垂れた鼻を鳴らしてテアが言った。

「こんなに繁っていては、人の出入りしている様子はなかったようじゃの」
「或いは、ムルや僕みたいに飛ぶやつなら、気にしないのかもしれねえな」
「うええっ、背の高い草ばっかりで歩きづらいよー」
「――おや、みなさん。探しモノが見つかったようです」

 目聡いウィルバーが、ある方角を指差して仲間たちに声をかけた。
 彼が示すのは、草に紛れるように隠されている、地面に設置された金属製のハッチである。
 ハッチはずいぶんと古い物のようで、錆付いている上に細い蔦が絡んでおり、周囲と同化するように色を塗られていたので非常に気付きづらい。

「こんな所に……」

 ロンドは足元のハッチに視線を向け、よく見つけたものだ、とでも言うように首を横に振った。
 それを受けて、シシリーも言葉を繋ぐ。

「この下に何かがあるのね。……いる、と言った方が正しいのかしら?」

 彼女はロンドに声をかけ、力を合わせてハッチを引き開けた。
 ズズズ……という音が響いて中が露になると、梯子が深い闇の底まで伸びているのが分かる。
 その闇をずっと見つめていると、シシリーはかつて自分が命を投げ出そうとした水葬の湖をふと思い出し、背筋が震えてしまう。
 気を取り直し、ベルトポーチから飛び出したランプさんとスピカに、これから下りる先を照らしてくれるように頼むと、リーダーを担っている少女は仲間達と依頼主へ降りようと促した。

2016/06/07 11:49 [edit]

category: 鉱床の遺跡

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