Tue.

鉱床の遺跡その1  

 ひと月と数日ほど湖城の街サルセカに赴き、リューンを留守にしていた旗を掲げる爪は、現在……。

「いやあああ!何で私にこの鎧なの!?」
「我がまま言うな、シリー。こいつが買える範囲内で、一番お手ごろで頑丈なんだから」
「第一姉ちゃん、竜との戦いで≪カイトシールド≫がベッコベコにへこんじゃったじゃない。新しい防具がないと、冒険にだって出れないよ」

 かなりの大騒ぎを自室で繰り広げていた。

鉱床の遺跡

 今しがたアンジェの言ったとおり、前の依頼である黒龍退治において、黒龍の凶悪な鉤爪の攻撃を何度も味方に届かせまいと必死になって前線で戦っていたシシリーだったが、彼女愛用の≪カイトシールド≫――夕日の鉄撃という武具屋の逸品――が、修復不可能なまでにへこんでしまったのである。
 新たに得た収入があることも鑑みて、今までお世話になった盾を下取りに出し、シシリーや、ついでにアンジェとテアにも新たな防具を買い求めようということになったのだが…。
 顔馴染みである見習いの錬金術師や魔術師の集う搭で、自分たちが冒険に使わない武器防具を売っているという相手の所に行った際、ロンドとアンジェで買ってきた鎧がどう見ても身体を護る事に適していない形……早い話が、水着のように胸と臀部を覆うパーツに、マントをおまけしたような鎧だったわけである。

鉱床の遺跡1

 売った側は古代遺跡から発掘したと説明したが、古代人がなにを考えてこれを作ったのかは、元魔術師学連所属のウィルバーにもよく分からない。
 ロンドは、まあ落ち着けとでも言うようにパタパタと手を動かした。

「こいつを肌の上から直接着ろとは言わないし、俺もお前の露出なんて別に見たくない。チュニックとスパッツの上から着れば十分じゃないか?マントも付いてるから隠せるだろ」
「宥められてるのか、貶されてるのか、非常に微妙な線で嫌になるんだけど…ううっ」
「ちゃんとね、防御性能は高いんだよ。それこそ今までの盾より頑丈だし…これと、桜の木の下にあった露店で買ってきた指輪で、かなり怪我をし辛くなると思う」

 一応、性能的な吟味を真剣にしてくれたらしいアンジェのセリフに、泣く泣くシシリーは降参するしかなかった。
 シシリーが四苦八苦しながら胸部を強調するようなブレストプレートを付けている様子を見て、テーゼンは滑らかな頬を赤らめている。
 それをちらりと見上げて、

「うん。魅了の効果もばっちり」

とアンジェは呟いた。
 その後ろではウィルバーが胃の辺りを押さえている。

「……何ていうか余計なことを…」

 彼はあからさまに当人へ言ってはいないものの、自分の兄から預かったという意識の強いシシリーが、悪魔と恋仲になるのを反対している。
 全くの無意識とはいえ、ホビットの娘が持ち込んだアイテムが、ますます悪魔の気を惹いてしまいそうな代物だったことに過剰反応してしまう。
 傍らで老婆が呆れたように首を横に振った。

「おぬしもまあ、悩み事の尽きぬ男よの」
「テアさんは、優雅な扇子を入手できて良かったですね……」
「うむ。この美しさは、若いモンにいいかと思って購入してあったんじゃがの。こいつを渡すことで、わしがあっちの水着みたいな鎧を着る羽目になるのは拙いから、黙って自分の物にした」

 テアが腰に手挟んでいるのは、薄紅や桃色の淡いグラデーションが女性に大人気だという、≪姫桜の扇子≫という品である。
 所有している相手への攻撃を逸らしてくれるというので、お守りとして持つ者もいるそうだ。
 醜怪とでもいうべき容貌の老婆には、いささか不似合いな品かもしれないが、どう考えてもビキニスタイルの鎧を着る事になるよりは、扇子のお守りの方が遥かに周りへの影響は少ない。
 シシリーが新たな防具を身に付けているのを手伝っているアンジェ自身も、すでに≪抗魔の外套≫と呼ばれている魔法の品を纏っている。
 そちらは深緑都市ロスウェルで買えるアイテムなのだが、一見したところは本当にただの皮の外套であり、これが【魔法の矢】のような凶悪な攻撃魔法の効果を減じるのだとは、ちょっと信じがたい。
 だが外套の裏側に施されている術式の見事さは、ウィルバーをして唸らせるに十分だったのだから、全くどこで掘り出し物が売っているかは分からないものだ。
 ロスウェルにはやはり魔術師学連の関連施設があるので、恐らくはそこが関与しているのだろうとウィルバーは推測していた。
 そんな外套姿のアンジェを指差して、老婆が問う。

「ところで、おちびちゃんの≪早足の靴≫は買取せんで良かったのか?」
「ああ、あの品はどういうわけか金銭的価値がゼロなので、宿の親父さんが無料で持っていって良いよと言ってくださいましたから。引き続きアンジェが使うということで、アレを宿置きにしていたパーティからも合意を得ました」
「そうか、それは良いことじゃの。……さて、シシリー殿の武装も終わったかの。見た目は革鎧の方が重装備に見える感じに変わったが」
「お願いだからそれは言わないで……」

 武装しただけでぐったりした様子のシシリーである。
 さすがに可愛らしいピンクの宝石が嵌まった指輪をつける際は、本人もウキウキ喜んでいたものの、
ふと自分の姿を見下ろして大きなため息が零れた。

「依頼人に引かれないかしら、これ」
「大丈夫だ、どこもおかしくねえよ」

 テーゼンがかくんかくんと、糸がどこか絡まった人形のような動きで首肯している。
 動きもぎこちないがセリフもかなりぎこちない(うっとりしていたせいだが)感じで、シシリーはとてもじゃないが彼の断言を信用しなかった。

「ううう、テーゼンもちょっと引き気味じゃない!この鎧、やっぱりイヤ!」
「嫌でも何でも着てろ。もう、依頼人と待ち合わせの時間だ」

 教会の鐘の音を確認したロンドが、慌てて自分の荷物袋を背負って言う。
 今日の旗を掲げる爪は、見慣れない妖魔の討伐依頼について依頼人の話を聞くため、≪狼の隠れ家≫ではなく一般の旅人が使う宿屋に向かう予定であった。

「えと、≪浮かれ一角獣亭≫でいいんだっけ?」
「そうじゃのう。どれ、向かうとするか」
「ちょっと!本当に私、このまま行かなきゃならないの!?」
「もう着替える時間はありませんよ。変じゃないですから、ほら行った行った」
「背中押さないでえええ」
「諦めろ、色々と」
「ほ、本当に大丈夫だから!似合ってるから!」
「お前もとっとと行けよ、黒蝙蝠!!」

 出発するだけでこの始末である。
 ルチル・シトリンという名前の行商人が、自分の泊まる安宿で冒険者たちと顔合わせをした時も、彼らがかなり派手に登場したために面食らっていた。

「頼もしいっちゃ、頼もしい感じはするんだけど…ずいぶんと賑やかだね」

 女性としてはかなり短く切られた髪を揺らして、ルチルはそう彼らを評した。
 一階の酒場から狭苦しい客室に居を移した旗を掲げる爪は、反省した様子で黙り込む。
 ルチルは年の頃はテーゼンよりも少し上くらいだろうが、健康的な肌色や、ドワーフ製の”眼鏡”の向こうで生き生きと輝く瞳を見ていると、もっと若いようにも思える。
 わざとらしい咳払いの後、テアが依頼人に仕事の話を進めたいと切り出した。

「ああ、いいよ。何が聞きたい?」
「妖魔討伐ということだったと思うが、少し詳しく教えて貰えるかの?」
「うん。アタシが商品の仕入れに行く場所に妖魔が出没するようになってね。原因究明も含むから、正確に言えば退治プラス探索になるな」
「妖魔の種類は?ゴブリンとか、コボルトとかあるでしょう」
「分かんねえ。見た事も無い種類だった」

 ルチルは首を横に振った後に、手を顎に当てて唸った。

鉱床の遺跡2

「うーん…スライムっぽいんだけど、こう……真ん中に石っぽいのが浮いてんだ。アンタら何か知ってっか?」
「……聞いた事も無いですね」
「わしも聞いたことがないのう」

 知識の多いパーティの年長者組が、揃って依頼主の説明に首を傾げている。
 ルチルはそうだろうな、と言いたげな顔で微かに首肯した。

「そういう未知の危険性もあるから、手練れの冒険者を探したわけよ」
「ははあ…失礼ですが、ルチルさんは行商人とのことですが、どんなものを商っているので?」
「召喚石さ」
「召喚石?」

 初めて聞いたというロンドの反応に、依頼人はニヤリと笑って足元にある帆布製の袋から、青と紫のグラデーションに彩られた水晶の塊のような物を取り出した。
 宿の小さな窓から差し込む光を受けた召喚石は、床や光の当たっている冒険者の体に、ステンドグラスよりも鮮やかな色彩を投げかけている。
 ルチルは得意げに胸を張って説明をした。

「こいつの中には精霊を召喚するのに必要な呪文やら何やらが入ってて、こいつを割ると誰でも召喚できるってわけよ。魔法の書ってのがあるだろ?あれの鉱物版みたいなもんだ」
「ああ、スクロールですか。印象としては、火晶石と似た感じですね」

 スクロール(呪文書)は、巻物に書かれている魔法語を読み上げることで、スクロールに封じられている呪文を発動させる魔法の道具の一つである。
 その汎用性は広く、呪縛を解除するものから、魔法の矢を放ったり魔法の力を感知したり、物によっては味方全員を回復するようなものも見つかっているらしい。
 一方、火晶石は今までの旗を掲げる爪の冒険でも使っているが、秘術により、炎の精霊を封印した水晶のことである。
 衝撃を与えると激しい爆炎と共に周囲に破片を撒き散らすため、広範囲への武器として使われることが多い物騒な代物だ。
 しかし、ルチルは手を振ってウィルバーの判断を否定した。

「火晶石は火の精霊を閉じ込めて、1回使ったらそれきりだろ。アタシの召喚石はちょっと違う」
「おや、違うのですか?」
「召喚士が精霊を召喚する手順をそのまま再現するから、1回暴れてハイ終わりって事はねえ。普通の召喚獣みたく場に留まるぜ」
「なるほど、確かに魔法の書の鉱物版ですね」
「依頼の報酬を教えて貰えるかしら?」
「経費は全部こちらが持つ。で、無事に妖魔退治が成功した時の基本報酬は銀貨500枚」
「……ずいぶんと低く見積もられてるのう」
「いやまあ、これは妖魔の巣穴が簡単に見つかって、サックリ退治できた時の報酬な。巣穴が複雑な場所にあったとか、あんたらでも苦戦するレベルの妖魔だったら、見合った額を上乗せするのさ」
「おっ」

 いい条件じゃねえか――そう続けようとしたテーゼンの機先を制するように、びしっとルチルが人差し指を立てる。

「ただし、あんたらがヘマをしたらその都度報酬は減額」
「つまり、こちらの努力次第、状況次第で報酬は増えもするし減りもするんだね」

 飲み込みの早い現実主義者であるアンジェがそう断ずると、依頼人は満足そうに笑った。

「そういう事。あと、その辺を見極める為にアタシもついて行くからよろしくな」
「もし、何度も減額を繰り返した時に、最低限保証される報酬っていくらになるかな?」
「ゼロだ。つうか、アタシが報酬をゼロにするほど何回もヘマするとしたら、あんたら今生きてねえだろ」
「そりゃまあ…そうだけどね」

 雇用の報酬条件が案外と厳しいことに、アンジェは眉根を寄せた。
 なかなか高い実力をつけてきたパーティとして、盗賊役を担う彼女自身もそう簡単にヘマをするつもりはないのだが、最低限の保証が得られないというのはきつい。
 おまけに働きを確認するために付いて来る依頼人を護りながら、というのでは、なかなかいい条件だとは言いがたいだろう。
 冒険者側の乗り気でない態度に気付いたのか、行商人は場を取り繕うように付け加えた。

「無事生還出来たら、多少なりとも金は入ると思ってくれていい。ケチるつもりはないんだ。ただ、真面目に仕事して貰わないとこっちも今後の商売が掛かってるからね」
「なるほどね」

 厳しい条件も、できるだけいい結果を冒険者に出して欲しいという彼女の希望なのだろう。
 自分の仕事に真剣に向き合っている人間は、シシリーにとって好ましい。
 それに、討伐相手が今まで見たことも聞いたこともない妖魔ということで、ウィルバーやテアの好奇心も多少なりと刺激されているのが分かる。
 結局、旗を掲げる爪はルチルの依頼を引き受けることにした。
 その後、一行とルチルは具体的な計画を話し合い、妖魔の探索と退治の手筈を整えてから、リューンから歩いて一週間ほどの片田舎へと出発した。

2016/06/07 11:47 [edit]

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