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 旗を掲げる爪は念の為に街の魔術師とも面会したのだが、三角帽子を被っている老爺は、薄暗い部屋の隅で五弦の楽器――テアによると、カンテレという撥弦楽器の一種――を爪弾いて歌っているだけで、てんで冒険者たちへ注意を払おうとしなかった。
 一応、正気に戻ったのではないかと思える瞬間もあったのだが、

「さあいつも通り、そのツボの中に素材をお入れ。お前の望むものと交換してくれるじゃろう。それで………ロヴィーサや。飯はまだかのう?」
「何で俺を見て女名を連想するんだ、爺さん」
 サク、と湖城へ続く雪道を踏みしめながらアンジェが言った。

「あの魔法使いの爺ちゃん、ヘンテコな唄を歌ってたね。おばあちゃん、お馬さんが何とかってどんなのだっけ?」
という、まったく不毛な会話が繰り広げられるに留まったので、彼に期待するのは止めたのである。

凍える湖城3

「ええと…『ぱから ぱから お馬が通る 上に乗っかる 立派な騎士様 実は一人じゃ 何にもできない』かえ?」
「あ、そうそう。何か面白いよね」
「……この地方の魔術師はですね、確か呪文を唱える代わりに唄を歌うんです」

 数年前に覚えた民俗知識を引き出したウィルバーが、ポツリと呟いた。

「唄を?ふーん…それじゃ、ひょっとしてあの奇妙な唄にも、何か意味があるのかもね」
「術の発動こそしていなかったのですが…案外、そうかもしれません」

 積もった雪を掻き分けるようにして進んでいたロンドが、ピタリと足を止めた。
 やぶにらみとも言われることのある双眸を、上方へと向けて言う。

「さて、ここが問題の湖上の城か」

 薄い氷棺に覆われた城の入り口を空けるのは困難としか思えなかったが、燃えるスコップを担いだロンドと、ロンドから≪サンブレード≫と呼ばれる砂漠の曲刀を構えたシシリーにとって、扉の氷を溶かす作業はさほどの重労働とも言えなかった。
 ただ、無計画に溶かしていくと崩れた氷の塊に打たれてしまう危険があるため、後ろからウィルバーの指示を受けながらの作業である。
 すっかり表に顔を出したドアノブをアンジェが調べ、罠や鍵のないことを確認する。

「大丈夫、すぐ開くよ。氷で覆っとけば、鍵閉めなくても誰も入ってこないと思ってたんじゃない?」
「あー…そうかもしれねぇ。少なくとも、人間がこんな力技で悪魔の住処に来るとか、予想してねえだろうよ」

 うんうんと腕組みをしながら、テーゼンが同族について語る。
 氷を溶かそうと思ったら、≪火晶石≫や【炎の玉】……いずれにしろ、ひどく派手で大きな音を立てる手段を用いることが前提である。
 また、そうであれば侵入されたことを察するのは容易い。
 しかしよもや、古代遺跡から掘り出された特殊能力を持つ武器で溶かされる、など湖城の悪魔にとっては思ってもみない事態だろう。

「人を身体ごと持っていったくせに憑依せずに作り変えてるってこたぁ、少なくとも魔神クラスみたいなヤバイ奴じゃねえ」
「私たちの手に負えそうかしら?」
「多分な。魂を抜き取ることもできねえんだし、実体化してるんだと思うぜ。つまり、殴れば死ぬ」
「そうか、殴ればいいんだな?」

 シシリーから曲刀を返してもらった男は、テーゼンの言葉にニヤリと笑った。
 それに嫌な予感を覚えたウィルバーが、慌てて付け加える。

「ちょっと待ってください、中には街の住民もいるんでしょう!?」
「それは心配しても仕方ねえよ。というか、そっちも殴るしかねえだろう」
「……いいんですか、それで」
「そうだな、誰にでもっつうか……白髪男にも分かりやすく説明するとすれば、アーモンドが一粒、中に入ったチョコレートを思い浮かべてくれよ。アーモンドが人間で、チョコレートが悪魔の作った”魔の体”だ」

 突然、妙なことを言い出した悪魔を、皆が目を丸くして見ている。

「日が経つにつれて、アーモンドは小さく砕けてチョコレートと混ざっちまう。そうなったら、チョコをどう割ってみても完全な形のアーモンドは取り出せない。だが、アーモンドが砕ける前に外側のチョコを割ってやれば、中からちゃんと取り出せるだろ?」
「ははあ…では、今の街の住民は、アーモンド入りチョコレートというわけで…?」
「そ。それで、僕らがなるべく早く”魔の体”を割らなきゃ、人の体の部分が砕けるってこと」
「美味しそうな話だけど、助けるつもりがあるなら早くしろってことだよね」
「アンジェは理解が早くて助かる」

 軽く笑ったテーゼンが、視線を扉の向こうに広がる空間へと向けた。
 彼の視界の中で城内は全てが凍り付いており、壊れた調度品や麗しい白壁、優雅な細工の施された手すりや扉の装飾などが、廃墟とは思えないほど美しい状態で氷の中に閉じ込められている。
 まさしく氷棺の中に囚われた城。
 まるでトトゥーリア遺跡がそうだったように、時の流れを忘れたかのごとく、気高く静謐なまま眠りについている。
 一歩を踏み出すも、冒険者たちの押し殺した足音や身じろぎする音以外には、聴覚情報がない。
 それは冒険者達に、絵画の中へと入り込んだような不思議な印象を抱かせた。
 しかしその静寂は、決して清らかではない。

「いやがるな……確かに……」

 奥には邪悪な意志を持つ何かが蠢いていることが、悪魔である彼の第六感に感じられる。
 恐るべき侵入者達の動向を息を潜めて窺っているのだろう。
 場所がはっきりと分からないのは、この城が広いというだけではなく、恐らく城内の空間位相をずらして黒幕が姿を現さないようにしているのだとテーゼンは考えた。
 ひゅう、とどこからか風が流れてくる。
 コツ、と床の氷片を蹴飛ばしたアンジェは、床をも覆っている氷に映る自身を見つめ――その斜め上で微かに動いた何者かを誰よりも早く知覚した。
 友好的な気配など一片も見られない――アンジェは短剣を隠し場所から引き抜きつつ、仲間たちにすかさず叫んだ。

「さっそくお客さんみたいだよ!」

 その声につられて、冒険者たちは各々の武器を構える。
 泥濘のようなそれは、ビチャリと飛沫をあげながら彼らの眼前に落ちた。
 むくり、むくりと、入道雲が湧き上がるように膨らみ、四足の獣のような形を作っていく。

「うえっ、何だこれ」
「使い魔の類だろうよ。いけ、白髪男。チョコレートを割ってやれ!」
「チッ、人に仕事を押し付けやがって…」

 舌打ちは残しながらも、ロンドは熟練の戦士らしく、全く無駄のない踏み込みから、腕をそのまま振り下ろすかのような滑らかさで愛用の武器を敵に叩きつけた。
 パリン、と硝子の割れるような音が響き、動きを止めた魔物から小さな人影が転がり出る。
 我が意を得たといわんばかりの表情で、ロンドが頷く。

「さすが≪マスタースコップ≫、やっぱり買取しといて正解だな」
「魔物の姿が……人間に変わった!半信半疑だったけど、本当に変えられていたんだね」

 驚愕の声を発したアンジェが、魔物から出てきた子どもに駆け寄る。

「うーん…あれ、ここは…?」

 目を覚まし、きょろきょろと不安そうな顔になった子どもは、似たような年齢の女の子が近づいてきたのに目を丸くした。

「……うん、怪我はしてないね。頭痛かったりとか、する?」
「ううん、平気。ただちょっと、寒いだけ…」
「どれ、坊や。これを被っておくといいだろう」

 子どもは毛糸で作られたショールを被せてくる老婆にぺこりと頭を下げ、

「あんたたち、だれ?」

と問う。
 やれやれと肩から力を抜いたウィルバーが、町長から雇われた冒険者である旨を告げた。
 元気そうだし、聡明そうな少年ではあるが、こんな子どもを一人で街に帰すわけにはいかない。
 ウィルバーはリーダーである少女へ、彼を街まで送ることを提言した。

「そうね。一度、サルセカまで戻りましょう」

 なんと町長の孫であったイラリ少年を送り届けた冒険者たちは、喜びはしゃぐ町長を宥め、再び凍りついた城の中へと入っていった。
 ずんずん進んでいくと、イラリ少年の仮の姿が現れた時のように、城の片隅から出てきた泥濘から、色々な形をした魔物たちが出現しては冒険者たちへ襲い掛かってくる。
 しかし、一度前例のできたパーティは狼狽えることもなく、落ち着いて魔物たちを駆逐していった。
 おまけにちょっとコツを掴んだアンジェが、魔物たちの身体の合間から見えている物体をスリとってみると、蒼く煌めく美しい石や銀灰色に輝く実、東方の『桜餅』というお菓子にそっくりの物が手に入った。
 どんぐり眼が甘味に対する嬉しさに輝き、彼女は歓喜の声をあげる。

「わあ、お菓子だ!」
「あ、ちょっと待て、アンジェ!」

 テーゼンが一度止めたもののすでに時は遅く、ホビットの娘はよく冷えたそれを口に含んでいた。
 一口齧りとった時にはニコニコしていた顔が、たちまち青ざめ歪んで、口の中の餅を吐き出す。

「ぶえええっ!何だこれ、まずっ!!食べ物じゃないでしょ、これ!」
「いや、食べるものではあるんだが…。≪魔界の桜餅≫だから、人間の味覚にゃ合わねえんだよ。毒が入ってるわけじゃねえから、そこは安心してくれ」
「魔界にも桜餅があるんじゃな」

 感心したように言ったテアだったが、ふとそこで眉根を寄せた。
 テーゼンはパーティ1の味覚音痴である上に、殺人料理を作らせたら右に出る者のいない料理下手でもある。
 これまでは、普通に味覚がおかしいから作る料理もヘンテコなのだと思っていたのだが…。

(なるほど、悪魔の住む世界のお菓子がこれなら、悪魔が味覚音痴なのは仕方ないのかもしれん)

と老婆は思った。
 怒りに任せたアンジェが桜餅(っぽい何か)を床に叩き付けると、今度はそこからじわじわと黒い泥濘が溢れ出して来た。

「……これは、不味い菓子を叩きつけられたから怒ったのでしょうか。たまたまそこにいたのを、感づかれたと判断して出てきたのでしょうか」
「そんな事、のんびり考察している暇はないわよ、ウィルバー!」

 蝙蝠のような形になった魔物がシシリーへ向けて超音波を発してくるのを、フォウに属するスピカが力を発揮して無効化する。
 蜘蛛のごとき姿でカサカサと動き回り始めた魔物は、ビュッと鋭い音を立てて爪を振り上げ、毒を含んだそれをテアに突き刺そうとした。
 槍でそれを弾いたテーゼンが、返す穂先で複眼の辺りを突き刺す。

「ギィイィィイイイ!」
「ばあ様、僕が防ぐうちに演奏の準備を!」
「そらよっ、お前らは俺が相手だ!」

 最初に見たイラリ少年のような四足の獣らしき魔物が複数襲い掛かってくるのには、ロンドが腰溜めに拳を構えた体勢から、無数の掌打を絶え間ない波のように放って打ち据える。
 その動きから逃れた何匹かも、あらかじめウィルバーが詠唱を終えていた【死の呪言】でバタバタと倒れていった。
 テアの勢いよく弾き始めたバイオリンの演奏が、仲間たちの士気を向上し、敵の物理攻撃をものともしない身のこなしを与える。
 以前に訪れた砂漠の遺跡探索の経験から作った、【愛の手管】の呪曲である。
 それによって力を得た冒険者たちが負ける気遣いは、すでになかった。

「よいしょっと…これで、最後かな?」

 アンジェが小首を傾げた先には、泥濘から生まれた魔物たちが消え去ろうとしている。
 その幾つかは街の住民で、威勢のいい道具屋だったり、ちょっととぼけた感じの聖北教会の神父だったり、可愛らしい制服と話し方が自慢の喫茶店のウェイトレスだったりした。

「また街へ戻るとしましょう。今日はもう、これ以上の探索で無理をすることはありません。我々も一度、ゆっくり休むべきです」

というウィルバーの提言を受け、旗を掲げる爪は彼らと共にサルセカへ戻ることにした。

「随分人が戻って来たわ。街の施設も、使える場所が増えてきたみたい」
「本当に誰もいない街だったからな。こんな風に民家へ明りが灯ってると、ちっとばかり気が緩むぜ」

 彼らを街へ送り届けることで、段々と人気の戻ってきたサルセカを嬉しげに見つめ顔を綻ばせたシシリーの傍らで、テーゼンも嬉しげに相槌を打っている。
 年長者2人は、喫茶店――救出により食事が半額になった――の窓からその様子を確認し、どちらからともなくため息をついた。

「今さら過ぎるじゃろ……好意が恋情に変わることは、そう珍しくもない、が……」
「告白するつもりがあるのかないのか…どちらにしても、ハッピーエンドにならない気しかしません」
「わしゃもう責任も持てんが、もし成就してしまったらその時は……。おぬしの場合は、孤児院の院長である兄上にどう伝えるかも考えねばならんの」
「あああああ、止めて下さいっ。今から頭が痛いです…」

 残り少ない頭髪を抱えるようにして、魔術師は現実から目をそむけようとしたが、胃の痛みはしくしくと容赦なく彼を襲っているのであった。
 まったく、城に巣食う悪魔よりも、身近にいる悪魔の方が問題なのである。
 鈍いというか欲に負けているというか、ロンドとアンジェは次々と解放される街の店でウィンドウショッピングするのに夢中であり、テーゼンの様子が変わったことに気付いてはいない。
 どうかこのまま気付かずにいてくれと、不心得者であるウィルバーは祈らずにいられなかった。

2016/05/31 11:51 [edit]

category: 凍える湖城後の20の命を持つ黒龍

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