元御堂騎士団の老雄が指名してきたとんでもない依頼の結末は既に述べたとおりだが、少々の情報操作とほとぼりの冷める時間を必要とした旗を掲げる爪は、北の果てにある湖城の街を訪れていた。
 ≪狼の隠れ家≫の亭主と古い知り合いだという町長から出された救援は、湖の城に現れた悪魔を退治して欲しい、というものだったのである。

「……悪魔が悪魔を殺せって、けっこう皮肉な仕事だな」

 人形のような美貌を皮肉げに歪めたのは、”森閑の悪魔”テーゼンである。

凍える湖城
 余談ながら、彼の端整な顔は、ともすれば他者に近寄りがたい印象を与えると思いがちだが、彼の場合は感情が割と表に出やすく、その奇妙な人間味が硬質さを和らげていた。
 その横で静かに首を横方向に振ったのは、リーダーであるシシリーである。

「仕事は仕事よ。人間が黒幕だった時だってあったでしょ、この間のように。…別に、悪魔が糸を引いてるから、私たちで片付けてくれなんて話じゃないと思うわ」
「そりゃ、ま、親父がそんな陰険で回りくどい真似するとは思ってねぇけどよ。……僕も被害妄想っぽくなってるのかね」

 小粋な様子で肩を竦めたテーゼンに、うっすらと笑いを浮かべた男が、

「とにかく、この依頼のおかげで私たちはリューンを出られるわけですから、文句など言ってはいけませんよ。後のことは、エキスパートに任せましょう」

と宥めた。
 頭髪がやや寂しげなこの魔術師は、殺人狂で引退したとは言え、元御堂騎士団の者を殺害した件について、リーダーである少女が困った立場に立たされることを懸念していたのである。
 聖北教会に対する情報の働きかけがないと、シシリーが教会の過激派などから意に沿わぬ審問にかけられる可能性などがあるので、そちらの工作が終了するまでは様子を見たかった。

「そうそう。それにしても…サルセカってずいぶんと人が少ないよね」
「前に行った常夜の街みたいだな」
「凍えるように寒いのは、兄ちゃんを助けに行った鏡の中みたいだけどね」
「……それは言わないでくれ、アン」

 アンジェとロンドが他愛無いやり取りをしつつ、似たような仕草で周囲を見渡している。
 テーゼンも彼らに同調して、今まで歩いてきた街中を振り返った。

凍える湖城1

「辺り一面、雪が積もってる。こんな景色をきっと銀世界っていうんだろーな」

 サルセカ――雪の舞う湖城を臨む街。
 常であれば、ちらつく白の合間に見える民家の灯りが、見る者の心に温かさをもたらすのだが、今彼らが歩いている通りには人影がなかった。

「なんだか、暗くて寂しい街だね」
「どれどれ。試してみるかのう」

 テアは降り積もった雪道を毛織のスカートと厚い皮のブーツでかき分けながら、試しに近くにある民家へ近寄り、今にも埋もれんとしている分厚い扉を数度ノックした。
 しかし、中から返事はなく、ただ冷え切った廃墟の空気が僅かに漏れ出てくるだけであった。
 老婆は仲間たちの方へ向き直り、首を横に振る。

「まるでゴーストタウンじゃ」
「ハックション!」

 両手を口に当てて唾が散るの堪えたのは、シシリーであった。
 テーゼンが気遣わしげに彼女に話しかける。

「シシリー、風邪か?」
「いいえ、なんでもないわ」
「そんなでけぇクシャミして、何でもないって?早く温けーとこ行くぞ」
「そうね。心配してくれてありがとう、テーゼン」

 シシリーはちょっとはにかんだように微笑んで礼を言った。

「へっ?お、おう。風邪ひくといけねぇしな、うん」

 心なしか、白磁のような彼の頬がうっすらと薄紅色を帯びている。
 テアとウィルバーが珍しいものを見たとでも言うように凝視していたが、テーゼン当人がその視線に気付く前に、慌てて目を逸らし…素早く年長者同士のアイコンタクトをした。

(まさか…まさかとは思うんじゃが…)
(ええ、そんなはずはないですよ。だって、今さら……ねえ?)
(その傾向がなかったとは言わぬが…)
(え、気付きませんでしたよ!?!?い、いつです!?)

 こんな細かい会話を目だけでできるのかと言われれば、できる人はできるのである。
 今まで何度もお互いに命を預ける局面が多かったからこその技だろうが…今回はあいにくと、その内容は殺伐の二文字からから遠い。
 だが、いつまでもストリートでグズグズしているわけにはいかない――亭主の古い知り合いだという依頼主は、冒険者たちの到着を待ちかねているのだから。
 ロンドが高い身長を生かして、白い雪片に埋もれていく似たような家屋の中でも、ひときわ凝った造りをした一軒の家を見つけ出し、仲間たちに指し示した。

「あれじゃないのか、町長の家は」
「どうやらそのようですね。これじゃ、家へお邪魔する前に除雪する必要がありますが」
「……おっちゃん。その前に、町長さんとこ、ドアが凍り付いちゃってるよ」

 茶色いどんぐり眼の見守る先、さすがに分厚い扉の下方が氷に侵蝕され始めている。
 ロンドは腕で合図をし仲間達を下がらせると、担いできたスコップの能力を解放し、高熱を放つ愛用の武器でがつがつと除雪をし始めた。
 底なしの体力と使い慣れた道具であること、さらにそれ自体が熱いこともあり、あっという間に町長の家と目される建物の周りが通りやすくなっていく。
 ある程度のところで除雪を終わると、ロンドはスコップの熱を収縮し、ふうと一息ついた。

「こんなものでいいだろう。ほら、行こうぜ」
「あたし、兄ちゃんの武器がスコップで良かったと初めて思ったよ」
「わしもじゃ。便利じゃの」

 ホビットに同意した老婆は再びノックをしてみる。
 初老らしき男の声が応じ、鍵は開いているので入って欲しいというので、テアは手袋をしたままの手でドアノブを掴んだ。
 寒冷地において素手で金属部分に触れると、皮膚がくっついてしまうことを彼女は知っている。
 ぐいとドアを引くと、たちまち室内へ寒風が吹き荒ぶ――まるで氷の巨人の息吹のようだ。
 テアは慌てて仲間達を中へ招き入れ、ロンドと力を合わせて扉を閉めた。
 彼らが足を踏み入れた居間には、藁や毛布を広げ、ここで寝起きしていた形跡がある。
 そんな中で、白髪混じりの鉄灰色の髪を短く刈った男が、照れたように笑った。

「何しろ、寒さに耐えられませんのでな。暖炉の近くにいたいのです」

 町長は、誰にともなく言い訳をするように頭を掻き、ふと冒険者たちの装備に目を留めた。

凍える湖城2

「おお、その身なり…もしや≪狼の隠れ家≫の冒険者の方々ですかな?」
「ええ。私たち、≪狼の隠れ家≫の旗を掲げる爪と申します」

 自己紹介したシシリーが、宿から持ってきた紹介状を見せて身分証明をした。
 大いに安堵したように町長が顔を緩める。

「ああ、ありがたい。遠路遥々来てくださりありがとうございます…。私はここで町長を務めております」
「うちの宿の亭主とは、古いお知り合いだとか…?」
「はい、はい。それで彼がサセルカの異変を知り、冒険者を斡旋してくださると…」

 ちょうど、彼ら旗を掲げる爪がクドラ教の一派である”死の女神”キュベルを祀る神殿へ出発した頃に、亭主がサルセカの町長と多少のやり取りをしていたらしい。
 1週間かけてラゲル村から戻ってきた冒険者たちが、しばらくリューンを留守にしたいと亭主に切り出した時にすかさずこの話が出たのは、まさに神がかったタイミングだったわけである。
 雪をなるべく玄関先で払い、暖炉を囲うようにしたパーティへ、町長はこの地方特産のグリューワイン――赤ワインにオレンジの皮やクローブ、シナモンなどを入れて温めた飲み物――を振る舞った。
 独特の香りがするそれを啜ると、たちまち体が内側から温まってくる。
 旗を掲げる爪が一息ついたのを見届けると、町長は堰を切るように話し始めた。

「皆さんも、街の様子にはさぞ驚かれたでしょう?今この街は、大変な危機に陥っているのです」
「うむ、町長殿。現在の状況について、詳しく教えてもらえるかの?」
「はい…街外れの湖に建つ城をもうご覧になりましたか?あれは古くからある城で、街の者は湖城と呼んでいます」
「ああ、あの大きな城か」

 ロンドは、湖に偉容を見せていた建築物を思い浮かべて頷いた。
 町長は組んだ両手の親指をくるくると回しながら、話を続ける。

「実はその昔…あそこには邪悪な魔術師が住んでおりましてね。多くの悪魔を従えていたのです」
「悪魔召喚師でしょうか?」
「魔法のことは詳しく存じませんが、恐らくそんなところかと。ですがそれでも、魔術師が死に絶えてからは長く平和だったのですが……ある日突如として、城全体が氷に覆われまして…」

 薄青い氷に覆われた城からは、時折悪魔の姿が見られるようになり、さらには街の住民たちを徐々に攫い始めたのだという。

「命からがら逃げ帰った者によると、奴らは人々を殺すでも食うでもなく、魔物に変えてしまうのだと…」
「ほほう。魔物とな……」
「恐ろしい仕業です。ですが、街に棲む魔術師曰く、姿を変えられて日の浅い今ならまだ魔の体を滅ぼすことで人間の姿に戻れるのだそうです」
「おや、魔術師がいるのですか?」

 ウィルバーはやや明るい声をあげた。
 もし町の伝承に詳しい魔術師が街に残っているのであれば、そうでなくとも書き残した何らかの資料でもあれば……この街を救うきっかけなりと掴めるかもしれない。
 少なくとも、魔物に変えられた人間が元に戻ることを判断できる程度には、知性は確かなのだろう。
 だが、町長はちょっと困ったような顔をして言った。

「まあ…最近は痴呆が進んでいて、どこまで本当か分かりませんが…」
「おやおや。困りましたね…」
「あの、町長さん」

 シシリーはこれだけは確認させて欲しいと、軽く手を挙げて口を開いた。

「私たちへの依頼は、そうなると悪魔を倒すことと、サルセカの人々を元に戻すこと。この二点ということなのでしょうか?」
「はい、その通りです」

 鉄灰色の頭部を大きく縦に振って、町長は頷いた。

「もちろん、一息に為せる仕事ではないでしょう。宿屋の方も人が攫われておりますので、店が再開するまではうちの家で寝泊りしてください。滞在中の経費は、全てこちらで持ちますので」
「やったね」

 パチン、と指を鳴らしたのはアンジェである。
 それを不謹慎ですよと窘めてから、ウィルバーは報酬について訊ねてみた。

「悪魔共は一体ごとに報奨金を出すつもりです。全部で、銀貨3000枚ほどならご用意できます」
「銀貨3000枚ですか。税収もあるでしょうに、ずいぶんと思い切りましたね。そういえば、ここら辺は……」

 ふと彼は言葉を切った。
 ウィルバーの知る限り、ここサルセカを含む土地一帯の領主は、ニージュという名前の公爵だったはずである。
 公爵位ともなれば王族の近親者であり、かなりの大騎士団を持っているはずだが、それに頼るつもりはないのかと訝しく思い、彼はそれを口にした。
 町長の言によると、既に領主には今回の顛末について書状を出してあるそうなのだが、何やら公爵のお膝元でも何かの事件が起こったらしく、書状が領主の手元に届くまでに、かなりの時間を要するだろうというのだ。

「ですが、腰の重い騎士団や教会を待ってはいられないのです。何より、私の孫もあの城の中に……どうかよろしくお願いいたします」
「なるほど、そういうご事情でしたか…分かりました。私たち旗を掲げる爪がお引き受けします」

 シシリーが革鎧に覆われた胸を叩いて首肯すると、町長はくしゃりと泣きそうな顔になって頭をぺこぺこと下げた。

2016/05/31 11:47 [edit]

category: 凍える湖城後の20の命を持つ黒龍

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