Sat.

死こそ我が喜びその6  

 マグヌス率いる”死の祝福教団”との死闘に見事勝利を収め、ラゲル村を出てから1週間。
 ようやくモーゼル卿の館に到着した冒険者たちは、入口で用件を告げ、一度通されたことのある応接間へと案内してもらう。
 待っていると、ほんの数分で少々興奮気味のモーゼル卿が部屋に入ってきた。
 相変わらず上等の衣服を違和感なく身に纏っているが、リューンの情報通による彼の正体――常軌を逸した残虐行為の数々によって、御堂騎士団を追放されていた男であるということを、パーティは全員承知している。
 手に入れた”絶命の刃”を本当にこの老人に渡してしまっていいものか…旗を掲げる爪の中では色々と意見が割れ、どうすべきか迷いもしたが、結局は出たとこ勝負ということになった。
 彼が素直に金を払ってくれるならともかくとして、もしこのままとんでもない依頼を重ねて頼んできたり、誰か1人を別の個室へ案内して閉じ込めるようなことがあれば――その時に”絶命の刃”をどうするか、腹も決まるというものだ。

死こそ喜び11

「おお、旗を掲げる爪の諸君!無事で何よりじゃ。ところで、『絶命の刃』は無事に手に入ったのか?」
「ええ、もちろんです。どうぞ、御所望の品をお受け取り下さい」

 シシリーが白布に包んだ儀式用の長剣を、ことさら恭しく差し出すと、モーゼル卿の色褪せた青い瞳が鋭い光を放った。

「ク、ククク…これが噂の『絶命の刃』か。見た目の禍々しさもさることながら、飲み込まれそうになる程の妖気よの…」

 モーゼル卿はかねてより狙っていた果実が程よく熟したのをもぎ取るように、『絶命の刃』を布ごと素早く掴み取ると、しげしげと不気味な笑みを浮かべながら眺めている。
 やがて剣をテーブルの上に置くと、使用人を呼んで何事かを伝え、冒険者たちの方に向き直った。

「…ご苦労じゃったの。今、報酬の準備をさせておる。それまで、祝杯を挙げて待とうではないか!」

 そう言うと、モーゼル卿は応接室の奥の棚から1本の葡萄酒を取り、全員のグラスに深紅の酒を注いで回った。

「これは、東方より取り寄せた珍しい酒じゃ。さあ、勝利の美酒を共に味わおうぞ!」

 シシリーがそっと貴重な黒硝子で作られた瓶を鑑定すると、普通の葡萄酒とは違う、東方からの輸入品というだけでは納得できないような強い香りを感じる。
 この状況で乾杯を断ることは難しいが、飲み下さず口に含む程度に留めた方が良いと判断したシシリーは、目で素早く他のメンバーに合図を送ると、1人だけ先に葡萄酒を口に含んだ。

「…ッ!?」
「シリー!?」

 口に含んだ途端、若木のようなほっそりした肢体が崩れ落ちるのを、慌ててロンドが支える。
 その途端、己の目論見が崩壊したことに気付いた老人は、奴隷へ対する鞭のように鋭い舌打ちを放った。

「フン、勘の良い奴め…せっかく東方産マンドラゴラ入り葡萄酒を振る舞ってやったというのに、1人しか口にせんとはな」
「マン…ド…ラゴラ!?」
「そう、猛毒として悪名高いマンドラゴラよ。ワシも昔、一服盛られた事があっての…まあ、一命を取り留めて耐性ができてからは、逆に利用する事の方が多いんじゃがな」

 植物モンスターであるマンドラゴラは、使いようによっては毒薬にも、精力剤ともなり得る。
 土から這い出て辺りを徘徊する成体のマンドレイクとは違い、土に植わった状態のままではあるのだが、それを引き抜く際は人を狂気に追いやるような悲鳴を上げることでも知られる。
 非常に高価であり、そうそう手に入る代物でないのは確かなのだが…どうやら、既に人としての一線を越えた老人には、尋常ならざる伝手がいくつもあるらしい。
 悦に入った様子で”絶命の刃”に頬をすり寄せたモーゼル卿は、もはや彼らにとっての依頼人ではあり得なかった。

「ククク…“死の女神”を召喚するには、数多の命を奪った戦士を『絶命の刃』で殺す必要があるそうじゃ。お主らほど生贄に相応しい者は他におらんわい。悪魔を仲間にしたパーティなどな」
「!?」
「……素性を知られていたとはな…。前に聖北教会の連中に追いかけられたが、アンタの差し金か?」

 驚愕を顔に貼り付けたシシリーを庇うように立ったテーゼンが、かつて夜の森の中を逃げた時のことを思い出しながら問う。
 はたして老人は嬉しげに頷いた。
 御堂騎士団にいた頃に可愛がっていた手下に情報を流したは良いものの、必ず捕まると思っていたはずの獲物に逃げられたことを知り、モーゼル卿は虎視眈々と今回の機会を伺っていたのである。

「案ずるな、悪魔とそれに魅入られた者たちよ。邪神の力で若返った暁には、このワシが悪魔も邪神も異教徒共も、全て血祭りにしてくれる」
「ハッ、邪神降臨させて願うのが若返り?馬鹿馬鹿しくて、キュベルも帰っちゃうんじゃない?そもそも、爺ちゃんが若返ろうがどうしようが、あたしたちに適うと思ってるところが甘いっての!」

 嘲りを多分に含んだアンジェの面罵は、思ったよりも痛烈にモーゼル卿のプライドに突き刺さったらしい。
 或いは、老いた己の体を、自分でも必要以上に歯がゆく思い、毒を使わなければ旗を掲げる爪に勝てる要素がないと認めるのを嫌がっているのか。
 真っ赤な顔で憤慨したモーゼル卿は、

「さあ、大人しく生贄となるが良い!」

と、”絶命の刃”をかざして切りかかってきた。
 その隙にテーゼンはラゲル村で安く購入できた解毒剤をシシリーに飲ませ、ロンドとアンジェが襲い掛かるモーゼル卿を遮るように攻撃を仕掛ける。
 アンジェの短剣は白髪を宙に数本舞わせるに留まったが、ロンドのスコップが腹を打ち据えた。

『我が体に流れる魔力よ、目に見えぬ防壁となりて我らが身を護りたまえ…【魔法の鎧】!』

 不可視のフィールドに覆われた冒険者たちの体が、モーゼル卿が羨むほどの軽やかさで駆ける。
 テーゼンの穂先が卿の腿を突き刺し、隙の出来た一瞬にロンドがスコップの鋭く尖った先で、老いてもなお厚い胸板を引き裂いた。

「モーゼル卿…あなたもかつては、崇高な理想を抱いて教会にいた時期もあったでしょうに…」

 解毒されたシシリーが、愛剣の刀身に法力を集中させ、一気に燃え上がらせる。
 真っ向から斬りつけたのは――聖北の教えを信ずる後輩としての、最後の礼儀だった。

「馬鹿な……このワシが、若造相手に後れを取るとは…」

 信じられないという表情をしながら、モーゼル卿はフラフラと部屋の奥へ後ずさって行く。

「…私たち、”旗を掲げる爪”を甘く見た罰です。精々、あの世で後悔なさると良いでしょう」
「かくなる上は…貴様らも道連れにして…!」

 壁際まで下がったモーゼル卿は、”絶命の刃”を勢いよく腹に突き刺し、自らを串刺しにした。
 すると、”絶命の刃”から真っ黒な煙がモクモクと湧き出てきて、急速に何かの形を取り始める。
 わだかまる黒が形作る、ある意味見慣れたそれは――。

「こ、これはまさか…!?」

 豊満な乳房。
 くびれた腰。
 臀部から太ももへ続く悩ましい曲線。
 それら、『女性らしい』象徴を示しながらもなお禍々しさを感じさせるのは、両目に包帯を巻いた背の高い女性が漂わせる圧倒的な威圧感と――右手の”絶命の刃”の放つ妖気の故であった。
 紫色にてらてらと光る唇が動く。

「…我が名はキュベル。”大いなる母”クドラの下僕にして”等しく死を与える者”なり。久々の贄、確かに頂戴したぞ」
「しまった、あの老人にしてやられました…っ」
「どういうことだ、ウィルバーさん!」

 スコップを構え直したロンドが横目でウィルバーを見やると、彼は残り少ない頭髪を掻き毟るようにして、後悔の念を吐き続けていた。

「モーゼル卿ですっ。キュベル降臨の生贄に最適なのは、多数の人間を殺した者、つまり歴戦の老戦士などですよ。自分の命で邪神降臨を成立させたんです!」
「本当、ロクでもないジジイだぜ…」

 かつて下した評価を再度口にすると、ロンドは包帯で塞がれた邪神の目の辺りを睨み付けた。
 武器の異能と等しく燃え盛るような戦士の闘志に、うっすらとキュベルの口の端が持ち上がる。
 彼女の正体を知っている者ですら、優美と思わざるを得ない動きであった。

「だが、あの程度の命ではまるで足らぬ…衰えた力を取り戻すには、力強き命がもっと必要じゃ…数え切れぬほどの死の上に育つ、力強き命じゃ」
「……おーい、白髪男。呼ばれてんぞ」
「ふざけんな。俺じゃねえよ、お前のことだろ」

 口先は軽いものの、彼らの目は全く油断していない。
 つうとテーゼンの額から汗が流れた直後、心地良さげにキュベルは首を傾いだ。

「我が真に欲するのは、お前たちが持つような命よ…喜ぶが良い、お前たちのその命、遠慮なく貰い受けようぞ!」
「俺ら食ったら腹壊すぜ、邪神の姉さんよ!」
「死の女神…数え切れぬ死の作り手の生贄…死を退けるには……?」

 ぶつぶつと何かを言っていたテアの脳裏に、ふと“大地の使いを生命の水に浸さば、汝、死をも退けん。”という文言が浮かぶ。
 これはどこで聞いた言葉だったか――元々せっかちなテアのこと、すんなり思い出せない自分にイライラとし始めた矢先に、シシリーの胸に下がっている十字が目に入った。

「教会じゃ!ウィルバー、蛇酒を出せ!『使いの蛇』がいるんじゃ!」

 恐ろしいほど迅速に自分へ迫ってきたテーゼンにわざと左手を触れさせ、生きた体を腐敗に侵したキュベルは、続けて襲い掛かるロンドやシシリーの攻撃をひらりと避けて余裕の笑みを浮かべていたが、ウィルバーの投げつけた酒瓶からあふれ出した酒を浴び、たちまち狼狽した。

死こそ喜び12

「お、おのれ…小癪な!」

 明らかに動きの鈍くなった邪神に、ウィルバーがアンジェから継承した呪文書【梁上の君子】を放ち鼠をたからせる。
 たかが人間――”死の女神”たるキュベルにとって、命を吸い取る存在でしかない者たちが、キュベルの体を傷つけ、あまつさえ退治しようとしている!
 僅かな身体の傷よりも、神としての尊厳に深い傷を受けた女神は、忌々しさに悲鳴を上げた。

「ア……アアアアァァァ!!!」
「叫ぶばかりじゃ、俺たちは倒せないぞ!」

 ロンドの燃え盛るスコップが、神速の連続突きを放つテーゼンの槍に続けて、キュベルの乳房の間を勢いよく突き刺す――致命傷だ。
 古代に恐れられた死を司る女神は、絶叫を上げながら煙へと姿を変えてゆき、やがて完全に姿を消した。
 シシリーが深く息を吐いてから言った。

「や、やったわね……」

 不気味な静けさの中、旗を掲げる爪が肩で息をする音だけが響く。
 戦闘によって荒れ果てた応接間に残されたのは、惨めな老人の死体だけだ。

「やれやれ。これの後始末をどうしたらいいんでしょう」
「私から聖北教会に事情を話しておくべきですか?ああ、でも……なにはともあれ、≪狼の隠れ家≫の親父さんには今回の顛末を先に知らせておかないと」
「わし等の報酬は…期待せん方が良いじゃろうの」
「依頼主があからさまに、あたしたちの依頼料を踏み倒しにきたからねー……あ、さっきの案内してくれた使用人さん、話しておかなくていいの?」

 アンジェの指摘に顔を見合わせた大人たちは、手分けをして徹底的に館の捜索をし始めた。
 だが、いた筈の使用人を見つけることはとうとう出来なかった。
 テーゼンが宿への使い走りをして宿の亭主を呼び、シシリーが治安隊の知り合いに事情を話して事件の後始末を頼んだおかげで、旗を掲げる爪がかつての老雄の屋敷で強盗殺人などという汚名を負う事はなく、何とか無事に事は収まったようである。
 ただ……。

「情報操作が終わるまで、ちょっとばかりリューンを離れた方が良さそうですね」
「モーゼル卿がどこでテーゼンのことを知ったのか、まるで分からんからのう。館には手がかりもなかったし」
「あの組織の情報屋さんなら、的確に仕事をしてくれるとは思うけど…。ま、あたしたちがいない方が捗るだろうし」

 テーゼンが悪魔である――この事実を、モーゼル卿がどこで知り、どこまで情報漏洩したのか。
 今回の件について世話になった盗賊ギルドの情報屋に、幾ばくかの金銭と引き換えにそれを突き止め、同時にもみ消しを頼んだのである。
 ほとぼりが冷めるまでは、リューン以外の地域で冒険を続けるのが良いだろうと、宿の亭主からも勧められた。

「どこに行ったもんかな。オイ、黒蝙蝠。いじけてないで返事しろよ」
「いじけてんじゃねえよ、反省してんだよ!」
「なんだと?明日は雪が降るな……」
「雪……雪?」

 聞きとがめたシシリーの碧眼が、大人たちが吟味している地図の一点を見つめる。

「そうだ、ここはどう?北の湖城。悪魔退治の依頼が来てるわ」
「……おぬし、なかなかサディストじゃのう。悪魔に悪魔を倒せと?」

※収入:報酬3000sp、木箱から300sp、≪竜の骨≫≪古代の金貨≫≪クドラ経典≫
※支出:盗賊ギルドの情報料600sp、≪特殊入館証≫1000sp、≪自白剤≫300sp、≪解呪の粉薬≫800sp、エール一杯2sp、≪蛇酒≫400sp、≪解毒剤≫250sp
※大地の子様作、死こそ我が喜びクリア!
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■後書きまたは言い訳
49回目のお仕事は大地の子様の死こそ我が喜びです。
このシナリオ始める前に、クーポンマガジンCW号(しろねこ様作)で、クドラ象形文字をテア婆ちゃんに習得しておきましたが、”解読”のキーコード付いている技能やアイテムをお持ちのパーティでしたら、別にクーポンをつけずとも古代遺跡内で苦労することはないと思います…私としては、お婆ちゃん同士でくっちゃべってる光景が簡単に脳裏に浮かんだので、あのクドラ教の店主相手に教えて貰う設定にしてクーポンつけた方が楽しかっただけなんですが。
今回のシナリオは何度かあったクドラ教との戦いの中でも、特に勝手の違う、一瞬たりとも気の抜けない依頼であったかと思います。
少しでも有利な戦況を作るため、あるいは法外な報酬を得る機会を作るため、請けた依頼の裏を暴くためなど…出来る限りの情報収集の上に、高レベル冒険者の依頼は成り立っているんだな、というのがひしひし分かりました。
ひーっ、リスキー!でも、このドキドキがくせになるのだと思います。
元御堂騎士団(しかも教会から追放されるほどの殺人狂)である依頼人ということで、旗を掲げる爪を指名してきた原因をテーゼンのせいということにしましたが、もちろんこれはオリジナルです。
ついでに、逃走経路(ユメピリカ様作)の遠因をモーゼル卿のせいにしたり、山中で蛇を食べてたりもしますが、そっちもオリジナルですのでクロスオーバーや悪食してるわけではないです。
まるでアル○ラーン戦記のルシタニ○教を髣髴とさせる依頼主でしたが、初めてこのシナリオをプレイした時には、最後のワインの選択肢とかうっかり相手を先にしちゃったせいで、後々の戦闘がとんでもなく不利なことになった思い出が……こ、このジジイ……。
ゾンビと部下連れて正面切って戦いに来たマグヌスさんが、まだ可愛らしく思えるほどでした。
あ、余談ですがこのシナリオで探索する時は、魔力感知のアイテムなり技能なりに、他キーコード付いていない方が良いかもしれません。
鑑定がついてると、そっちが先に反応するところがあり、あるアイテムを手に入れるのに支障はなかったのですが、魔力感知してないのにどうやってPCがこの秘密について知ったか、はたして辻褄合わせられるだろうかとしばし迷いました(笑)。

さすがにリスキーな依頼だけあって高額の報酬を得ることができ、ロンドの愛用するスコップをやっと買取できましたが、諸々の事情によりリューンを離れることになりそうです。
ちょうどまだやってない街(城?)シナリオがあるので、そちらで生活費稼ぎながら戻る機会を窺おうと考えています。
いよいよ残る3名も無事9レベルに達しましたので、買い足す技能はもちろん、入れ替える技能も色々と考えていかなければなりませんね。

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。

2016/05/28 11:42 [edit]

category: 死こそ我が喜び

tb: --   cm: 2

コメント

リプレイ掲載ありがとうございます。

お久しぶりです。作者の大地の子です。死人の宴に引き続き、拙作を掲載していただきありがとうございます。
CWからしばらく離れてしまっていますが、作りかけの新作を完成させられるよう、頑張りたいと思います!

URL | 大地の子 #- | 2016/05/29 09:51 | edit

コメントありがとうございます

>大地の子様
お久しぶりです!
新リプレイもご覧いただき、まことにありがとうございました。
大地の子様のシナリオは一瞬たりとも気を抜けないというか、必要なポイントをしっかり絞ってあるので、無駄な要素のないスタイリッシュな冒険が楽しめて好きです。
また新作があるのですね!
きっとお忙しいのだろうとは思いますが、無理のないペースで完成がされるよう、子供のようにわくわくしながらお待しております。

URL | Leeffes #zVt1N9oU | 2016/05/30 12:31 | edit

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