Sat.

死こそ我が喜びその4  

 地下への階段を下りて進むと、通路が二つに分かれる小部屋に辿り着いた。
 調べてみると、最近の物と思われる多数の足跡が床に残っているのを、アンジェが確認した。
 少なくとも10名以上が、階段側の通路と、階段側から見て右側の通路を行き来したようだ。

「右か?」
「右だよ。こっち」
「ならそっちから行ってみようぜ、シリー」
「ええ」

 十数名の足跡ということは、先ほど死んだ司祭の言っていた、最初のクドラ教徒たちの探索時についたものだと考えて差し支えないだろう。
 相変わらず湿った石造りの小部屋を通り過ぎ、怪しげな場所を調べながら進むと、今度は床に人骨らしき破片が大量に散乱してる部屋に出た。

「姉ちゃん、これ…」
「……今のところ、亡者の気配はここにはないけれど、はっきりとは分からないわ」

 彼女の感知出来得る限りでは、これが組みあがってスケルトンになる様子はない。

「でもこれ」

 進み出たシシリーが、大腿骨と思われる大きな骨を拾う。
 骨に刻まれた傷口をなぞるようにして、仲間たちへ示した。

「自然に崩れたものじゃない。誰かが打ち砕いたのよ…しかも、かなり徹底的に」
「クドラ教徒たちは、ここでスケルトンと戦ったのでしょうか…?」
「クドラ同士で争い?」

 ワケが分からない、という顔になったロンドのために、ウィルバーは自分の脳内の考えを整理しながら説明した。

「死んだ司祭が言ってた”司祭長の亡霊”の存在があるでしょう?クドラ教の中でも、”死の女神”キュベルというのはマイナーな分派らしいですから、マグヌスたちのことを違う分派の敵だと判断したのなら、ここで戦った可能性はあると思います」
「竜に遭遇したって言ってたし、目的遂げてないんだよね。多分」
「奴を倒さねば、と言い残したんなら、倒してないってこったな」
「はー。クドラ教ってのも、中でごたごたしてるものだな…っと。あれは、なんだ?」

 感心したように腕を組んでいたロンドが、ハッとなってスコップをすかさず構えたのを見て、他の仲間たちもそちらへ視線を走らせる。
 彼が過剰に反応したのは、壁際に置かれた女性の石像で――失笑しようとしたテーゼンが、石像の正体に気付きそのまま美貌を凍らせた。
 両目に包帯を巻き、ナイフを手に持った全長2メートルほどの姿で、台座の上に立っている。
 これこそが、死を司り、命を奪うナイフを握る右手と腐敗させる左手を持つ、死の女神ではないのか――?
 妙な仕掛けのないことを確認したアンジェが頷くと、進み出たテアが女性像の台座にある金属プレートを覗き込んだ。
 そこに刻まれた不思議な記号を、すらすらと老婆が読み上げる。

死こそ喜び8

「これは古代クドラ教徒が使っておった象形文字じゃの。プレートには、『死は生の礎なり』と書いてある」
「ばあ様、いつの間にクドラの象形文字なんて習ったんだい?」
「マグヌスについて教えてくれた御仁がおったじゃろ?ものはついでと思い、ちょっと教えて貰ったんじゃ」

 呪いを解く粉薬の他に老婆が手に入れたと言ったのは、この知識のことであった。
 相手がクドラ教徒であるだけでなく、クドラの古代神殿に行くのだという依頼であったため、テアは文字を読む必要があるかもしれないと、年代物の酒を報酬にして習ってきたのである。
 ほとほと感心した声音でウィルバーが言う。

「いやあ、私はそこまで思い及びませんでした。脱帽しますよ」
「ん。ところでさ」

 テーゼンが石像を指差した。

「これ、罠がないなら壊していいか?」
「私としても、クドラの従神…しかも”死の女神”なんて、そのままにしたくはありませんが…」

 シシリーは濁した語尾で、「何であなたが?」と言うつもりだろう。
 女神の石像のナイフの辺りを睨みつけていたテーゼンが、

「何か気に入らない。このままにしたら、後々良くない気がする」

と言った。
 仲間たちが静まり返る。
 悪魔であり、野伏でもあるテーゼンの第六感は、たまに人智の及ばぬレベルまで研ぎ澄まされることがある。
 曖昧な表現ではあるが、彼がここまで言うからには笑って捨て置くことはやめた方がいいと、旗を掲げる爪は経験上悟っていた。

「まあ、確かに罠はないよ。壊したからって酸が飛んできたりすることはないと思う」
「じゃ、決まりだな」

 やると決まれば、グズグズしていないのが彼の長所でもある。
 テーゼンは槍を振るって石像を木っ端微塵に破壊した。
 他に調べるものもないようなので次の部屋に進むと、今度は壁際に棚と机の残骸のような物が残っている、小さな部屋に出た。
 アンジェがしげしげと残骸を見つめ、ブーツから抜き出した短剣で、その一部を引っ掛けるようにして腕を動かす。

「みっけ。引き出しだ」

 彼女がそのまま短剣をそっと動かすと、中には一枚の羊皮紙が良好な保存状態で入っている。
 表面には、何か記号のようなものが書き連ねられている。
 見覚えのあるそれに、アンジェはすっと羊皮紙をテアの眼前にかざそうとして――背が足りないため、渋々役目をシシリーに譲った。

「『お布施は左の部屋、重要書類は右の部屋に収納すること』とあるぞ」
「お布施…ってことはおばあちゃん」
「うむ。現金か、金に変えられるものじゃろうの」
「やったっ」
「お宝ってことか!」

 たちまち目がキラキラし始めたアンジェとロンドに、ウィルバーが乾いた笑いを浮かべる。

「ハハハ…どう考えても、その前に危ない罠か敵がいると思うんですけどねえ…」
「…まあ、お布施と重要書類置いてる所に、番人がいないわけないわよね」
「そんなもの俺が破壊すればいい。よし、やる気出てきたから行くぞ!」
「……一応、【魔法の鎧】くらいは掛けておきましょうね」
「というか、支援は全て使っておくべきじゃろう」

 老婆の一言で、パーティは呪文や呪歌などによる支援を施し、戦いの予感と金銭欲につられて、続く通路へと走り出した。
 当然というか、部屋に足を踏み入れた瞬間に、不気味な姿の亡霊が闖入者たちへ向けて心の凍るような視線で睨みつけていたのだが…。

「女神の神域を犯す異教徒共よ…その命をもって、罪を償うが良い!」
「阿呆、そこをとっととどけ!」
「本当にどいた方がいいよ。兄ちゃん、容赦ないからね」

 部屋中に散乱していた人骨が組み上がり、眼前にスケルトンの軍団が現れても、彼の猛々しさが治まることはなかった。
 数分後、予想通りというか、一度だけまたロンドが【死の接触】で倒れはしたものの、即座に掛けられた【癒身の法】により立ち上がり、結局レイスをあの世へと送り届けた。

「よし、アンジェ頼む!」
「任せて兄ちゃん!」
「前にも【死の接触】について、あんなに喧嘩したのに……全然懲りてません、この人……」
「懲りる人だったら、そもそも喧嘩になることもなかったのよ」

 あの世を垣間見たはずの人間が、一番元気に応援してるのを見ながら、シシリーは肩を竦めた。
 この部屋は左右の壁際に本棚のような家具を置いているが、その脇の壁にそれぞれ隠し扉の入り口が設けられている。
 楔で固定しておけば、自由に通行できるだろうと見抜いたアンジェは、ロンドを助手にしてひたすら荷物袋から取り出した道具で隠し扉を開けっぱなしにした。
 そして当たり前のように左の隠し扉を潜った2人に、もはや他の仲間たちも掛ける言葉は持たなかった。

「おや…?」

 喜び勇んで木箱を調べ始めた2人を余所に、ウィルバーが怪訝な顔となって辺りを見回す。
 神殿のお布施の部屋――つまり、有体に言えば宝物庫と目されるこの部屋に、微かな魔力の残滓を感じたのである。
 首から提げた竜の牙の焦点具に力を込めてみても魔力の焦点がはっきりしないので、ウィルバーはテアに【破魔の歌】を使ってくれるよう頼んだ。

「そりゃ、構わんがの。良いのかえ?」
「ええ、お願いします」

 たった銀貨300枚しか見つからず、がっかりした顔になったホビットの娘とスコップを抱えた戦士を下がらせ、老婆はバイオリンをゆっくりと弾き始めた。
 すると、部屋の奥――入り口の対面の方角にある壁が、一瞬だけ揺らぐ。

「えっ!?今の何かしら?」
「もしかして…遮蔽魔術かよ?」

 驚きの声を発した若者たちに軽くウィンクをすると、テアはそのまま演奏を続けた。
 一瞬だけの揺らぎだったそれが、徐々に風の吹く海面のように変わり――バイオリンの弓が止まる頃には、魔法の打ち消された場所に宝箱が現れていた。

「うわあ、すごい。魔法みたい!」
「…いや、魔法で隠れてたんだけどな」
「あ、そっか。ごめん、今すぐ開けるね」

 アンジェがさっと調べられるだけ調べたが、やはり遮蔽だけで十分だと思っていたのか、鍵は掛かっていても罠のある様子はない。
 そっと針金を鍵穴に差し込み、繊細な作業を続けていると、かちりと鍵の開く音がした。
 そのまま蓋を開けると、中には古い金貨の詰まった袋が入っている。

「ふわあ!やったよ、みんな!」
「おや、これは…ずいぶんと大昔の金貨のようですよ。骨董品として貴重な品ではないでしょうか」
「ウィルバーさん、これって立派なお宝なんだよな!?」
「ええ、間違いありません。しかもかなり高価なお宝です」
「あの……言っておくけれど、これが私たちの主目的じゃないからね?」

 念のため釘を刺したものの、やはりこのような成果があると嬉しいのは冒険者の性である。
 金貨の入った袋を大事にしまい込むと、反対側にあった『重要書類が収納された部屋』で、クドラの経典まで見つけた。

「こちらはわしに処分を任せてくれるかの?どちらにしろ、聖北教会だろうがモーゼル卿だろうが、焚書する以外のことはせんじゃろ?」
「それは構わないけれど…こんなもの、どうするつもりなの?」
「決してクドラ教徒の手に渡らんようにはするし、パーティにとって不利益になることはせんよ」
「テアがそこまで言うのなら、私は構わないわ」

 シシリーはクドラ経典をテアに一任すると、この階層をもう少し調査してみようと仲間たちに提案した。

「さっきの石像があれ一体だったとは思わないの。できれば、他にあるならそちらも破壊しておきたいわ。テーゼンの勘に引っかかったのも気になるし…」
「他の魔物に出くわす可能性もありますよ?」
「それは承知の上よ。さっきみたいなスケルトンの群れとか、バンシーなどが出るかもしれない。でも、それなら余計に彼らを天に還してあげたいの」
「そこまで覚悟ができているのなら、私からこれ以上申し上げることはありませんね。…他の人も、構いませんね?」

 他の者たちの同意を得ると、彼らは再び探索を開始し、違う通路でまたもや”死の女神”キュベルの像を見つけて破壊した。
 そこには、『死を喜び迎え入れよ』と書かれていた。

「なんだか好かない文言だよね。クドラだと仕方ないのかもだけどさ」
「ええ、確かに。ですが…ただのお祈りの言葉とも思えませんね」

 ウィルバーはロンドとテーゼンが石像相手に破壊活動に勤しむ姿を眺めながら、ポツリと呟いた。

2016/05/28 11:34 [edit]

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