Sat.

死こそ我が喜びその3  

 山中では所々、竜骨の採掘を取り仕切っているラゲルの村人に出会うこともある。
 あまり採掘場でうろつくなと言われながらも、灰色の服を着た妙な集団に関しては全員が胡散臭さを感じ取っているらしく、山の麓や奥山でよく見かけると教えてくれた。
 採掘という言葉の印象どおり、木々を剥いだような岩肌の続くエリアが奥では続くが、ここへ来るまでの過程は、今まで歩いたことのある山道とあまり変わらなかった。
 数名が証言したとおり、毒蛇が現れることもあるが、倒したら溶けて消えるようなことはない。

「普通の蛇だよな、これ」

 腰から抜いた曲刀で刺し殺した蛇の死骸を、毒がある辺りに見当をつけ、丁寧に取り除きながらロンドは言った。
 アンジェから借りた短刀で、蒲焼にできるよう下ごしらえしている。
 リューンから持ってきた調味料を合わせていたアンジェが、こっくりと首肯した。

「どう見ても、だね。…羽の兄ちゃん、串できた?」
「できたできた。これでいいだろ?」

 枝を削って串に加工したテーゼンは、手近にある大きな葉っぱを一枚引き千切ってそれを並べた。
 火を熾して竈を作っていたシシリーとウィルバーが、生活力の高い彼らの様子に呆れたような笑いを漏らす。

「…まさか、蛇食べることになるとは思いませんでした」
「段々、自然に適応してきたと言えばいいのか、野生化してると言えばいいのか…」
「厳しい戦いがあると思われる山中じゃ。休憩は挟んだ方がええ」

 食用茸と幾つかの木の実を幾重にも葉に包み、灰へと手際よく埋めた老婆は、荷物袋から皮でできた水筒を取り出して口に含んだ。

「水場も近くにあるようじゃ。毒が放り込まれているようではないし、これを飲み終わったら少し水を足しておこう」
「毒が放り込まれていないって、どうして判断できたの?」
「辺りに生えている水草に変質した様子はないし、鳥が口を付けておったからの」
「蛇の肉は、じゃぼって漬けちゃってよ。で、こっちの平らな石に並べてね、兄ちゃん」
「ああ、分かってる…やめろ、黒蝙蝠!料理が変質するだろ、お前が手を出すな!」
「え、これくらい僕だってできるだろ。……あれ?」
「タレがこぼれちゃうよー!」

 ……クドラ教徒が潜んでいるかもという前情報を無視した、賑やか具合である。
 奇襲を受けても仕方ないんじゃないかと思われるが、シシリーが信仰している聖北の神による加護があったのか、テーゼンが事前に声の響きにくい場所を選んでキャンプを張ったせいか、幸いにも彼らが襲われることはなかった。
 腹ごしらえを済ませると、テーゼンが羊皮紙に自分で描き込みをした地図を広げて、まだ探索の終わっていない場所を割り出す。
 何しろ一口に竜骨の採掘場と言っても、複数の山にまたがった場所なので、健脚を誇る冒険者たちでも早々と踏破するというわけにはいかないのだ。

「そういえば、こっちの頂上から見た時に、橋の掛かっていた箇所があったよね?」
「ええ、奥山の方角にありましたね。位置的には…この辺りにあったでしょうか」

 ウィルバーの指が、地図のある地点にくるりと丸を描く。
 覗きこんでいたテーゼンが同意した。

「ああ、間違いないだろうぜ。ここは北へ向かって走る山道と、西へ向かう山道の交差点だったはずだ」
「……ああ、あの寝てた蛇がいた所じゃの?」
「あれって、やっぱり『使いの蛇』だったんじゃないかしら…」

 実は山中を彷徨っている際に、道のど真ん中で堂々と寝そべっている蛇がいたことがあったのだ。
 周囲を調査するには邪魔なことこの上なかったのだが、その蛇は冒険者たちが胃の中に収めた種類と違って襲ってくることがなかったため、慎重に距離を取り、避けて通ったのである。

「多分、あの蛇は何か決まった合図かなんかで、避けてくれそうな予感がするんだけどなぁ」
「でも、それはあたし達にはわかんないよ。村の人たちだって言ってなかったし」
「教会の司祭に教えていただいた話とは、関係ないようでしたしね…」
「分からないことを考えていても仕方ないわね。…どうしても調査しなければいけないのなら、蛇には悪いけど戦いましょう」

 リーダーの決定に頷くと、パーティはテーゼンの案内で寝そべる蛇のいた地点へと移動した。
 坂道の多い歩きづらい場所もある道なのだが、テアはロンドに背負われており、体力の比較的少ないウィルバーは、魔道具である≪海の呼び声≫を杖代わりにしている。
 野伏の技術に長けたテーゼンの目に、記憶通りの光景と――相変わらず、道の真ん中を占領している蛇の姿が映った。
 冒険者たちの姿を見つけた蛇が、

「シャーッ!」

と威嚇音を上げる――蛇に声はないが、敵への警戒する音は出せる。
 鎌首をもたげたその様子は、これ以上の接近を許さんと言っているようだった。
 腰間から剣を抜き放ったシシリーは、正眼に構えて蛇の攻撃するタイミングを窺った。
 しかし、心配は杞憂だったようで――妖精のムルが飛ばした矢が尻尾に突き刺さり、蛇の気を逸らすと、舞うように槍を薙いだテーゼンの一撃が蛇の喉元を刺し、同じ箇所をロンドの高熱を放つ曲刀が断ち割る。

死こそ喜び5

 止めを刺された蛇の体は急速にとけてしまい、ついには地面の染みを残して完全に消滅した。

「位置的にはこの辺だと思うのですが……」

 ウィルバーが辺りをきょろきょろと見回すのと同時に、アンジェとテーゼンが地面の動物の足跡や枝の重なり具合などを観察し始めると、やがて細い獣道が南の方角へ続いているのを発見した。
 ここから橋の方へ行けるかもしれないと、藪をかき分けて進む。
 すると程なく、谷に掛かる小さな橋の前へと出た。

「ああ、ここが前山と奥山の間にある小山に繋がってるわけね」
「そうだな。よし、行こう」

 橋は古いが、見たところかなり頑丈な作りをしているようだ。
 渡る途中で崩落する恐れは低いと見て、ロンドが足を出しかけた時――。

「ちょい待ち、兄ちゃん。ダメっ!」

 とっさにベルトを両手で掴み、全体重をかけてロンドを引き戻したアンジェは、橋の中央の部分に微かに光を反射する物体に1人だけ気付いていたのだ。
 その物体とは細長く、彼女自身もよく攻撃の手段として用いている――鋼糸、だ。
 嫌な予感を胸に、慎重に糸を目で辿っていく…。

「見つけた」

 橋の脇に生えている木の枝に、火晶石が吊り下げられている。
 冒険者たちが気付かないうちに橋を渡っていれば、爆風で谷底まで突き落とされていたであろうことは間違いない。
 アンジェはそこを動くなと仲間に合図を送ると、慎重に問題の木の枝へと近づき、火晶石をそっと糸から取り外して荷物袋へと収めた。
 危険極まりないトラップだが、気付いてしまえば解除自体は簡単である。

「あぶねえ、あぶねえ。僕も気付いてなかった…。よくアンジェ、この罠が分かったな」
「何しろ、仕掛けに使ってるのがあたしの愛用の武器だもん。…でも、これでいい情報が手に入ったってことじゃない?」
「どういうことだ、アンジェ?」

 きょとんとした様子のロンドに、アンジェは仕掛けを外すのに用いた短剣を、くるりと回してからブーツの隠し場所にしまった。
 そしてニヤリと人の悪い笑いを浮かべる。

「つまりさ、こっちの方角にあたしたちの敵と、遺跡があるのは確実だろうってこと」
「狙いは確かだったということじゃ。…どうでもいい場所に、銀貨1000枚もするトラップなんぞ作る馬鹿はおるまいよ」
「あ、なるほどな」

 一同は気を引き締めて前進することにした。
 十数分ほど歩いただろうか――黒っぽい岩肌と崩れた石垣があちらこちらに残る、広場のような所に彼らは足を踏み入れた。
 酒場でエールを奢った老人が、口の端に泡をつけたまま説明していた場所のようである。
 どうやらここが、クドラ教の古代神殿跡なのだろう。
 冒険者たちが手分けをして付近を捜索すると、苦もなく入り口らしきものが口を開けているのを探し当てた。
 ここから地下へ潜った先が、目当ての古代神殿らしい。

「でも、あんなトラップがあるということは…向こうだって待ち構えているかもしれないわね」
「姉ちゃんの言うとおりだね。裏口も探してみようか」

死こそ喜び6

 アンジェが崩れた石垣の間を丹念に捜索すると、隠されていた入り口を発見した。

「皆で見つけた方は人の出入りがあるようだけど、こっちの入り口は誰も見つけてないみたい。あたしの分かる限りじゃ、足跡ももちろん、誰かが手をついた跡とかも見つからないよ」
「なら、こちらから行きましょう」

 アンジェと、シシリーがベルトポーチから出した光の精霊たちの先導により、パーティは隠された入り口の方から古代神殿へと侵入した。
 苔むした階段を注意深く下りると、そこは小さな部屋に繋がっている。
 他の部屋に繋がっているらしい通路以外は、家具もなければ隠し部屋も見当たらない。
 冒険者たちは通路の先に人がいないことを確かめると、湿った石の通路や殺風景な小部屋を通り越して、静かに移動を繰り返した。
 やがて、縦長の広い部屋に出る。
 自分たちが通ってきた他に3本の通路が続いており、かなり距離があるため、精霊を先行させない限りは灯火の届かない区域は見通せそうにない――普通の生き物なら。

「こっちは地下の階段に続いてんぜ。そっちは小部屋っぽい…盗賊的な仕掛けは分かんねえけど、何かが潜んでる様子はないぜ」

とあっさり言ったのは、暗視の能力を備えているテーゼンだった。
 ロンドがごつい顎を撫でながら言う。

「下りていっても構わないが…1階の探索をせずにいたら、後で隠れていたクドラの奴らが出て来て攻めてきましたーってなっても、それはそれで面倒だな」
「そうね。1階の探索を終えてからにしましょうか。ランプさん、そっちに先行してくれる?」

 ふよふよと漂うランプさんに照らされながら、一同は通路をひたすら真っ直ぐ突き進んだ。 
 神殿の正面入り口に当たる部分の小部屋には、5~6人の人影が見える。
 どうやら裏から入ってきた旗を掲げる爪たちの存在に気付いていなかったらしく、ランプさんの仄かな光源に気付いて、慌てて武器を手に取っている。
 気が急いている様で、号令をかける間も有らばこそ、そのままバラバラに襲い掛かってきた。
 それでも後ろの方で指示を出そうとしている、顔に傷のある男――恐らくは彼がこの小団体の頭なのだろう。

「はいはい、団体様ご案内っと!」

 稲妻のような苛烈さで刺突を繰り返したテーゼンの槍が、たちまちクドラ教徒の喉笛を掻き切り、司祭らしき意匠の入った灰色のローブを纏う男を庇うゾンビたちに、それぞれ深手を与えた。
 ロンドのスコップとシシリーの剣が、各々一体ずつ止めを刺す。

「く、くそっ。なんだこいつら!?」
「ただの冒険者ですよ…そらっ!」

 戸惑いながら不死者賦活の呪文を唱え、何とかゾンビたちを起き上がらせた司祭だったが、タイミングをわざとずらして放たれたウィルバーの【凍て付く月】が、腐肉の固まりも生きている人間も関係なく、無慈悲な氷片を突き刺してその活動を止めた。
 クドラ司祭の鎖骨に深く刺さった氷柱が、彼の息の根がもうすぐ止まる事を示している。

「クソ…さっさと殺せ…」
「それはいいけど、ちょっと役に立ってね」

 ホビットの娘がポケットから出した小瓶を、無理矢理に死の淵に立つ司祭の口に突っ込む。
 粘性を帯びた液体が喉を通過した後、驚くほどの熱さが彼の脳を支配した。
 思わず激しく咳き込んで悶えるが、その熱は彼の頭から去ることなく、前にも増してじわじわと広がり――意識を朦朧とさせていく。

「アンジェ、それって…!?」
「自白剤。銀貨300枚もしたんだから、これ」
「やりますね、アンジェ…さて、お兄さん。神殿について知ってることを吐いて貰えますか?」
「我々は…神殿の最下層で…“竜”と遭遇した…」

 目の焦点の合わない司祭が漏らした言葉に、冒険者たちがぎょっと目を剥いた。

「りゅ、竜ですって!?」
「シッ、姉ちゃん。それで、竜と会ってどうしたの?」
「神殿の司祭長の亡霊から…警告を受けてはいたが…まさかあれ程とは…だが奴を倒さねば…最下層の奥の祭壇には辿り着けない…」
「あー、くっそ。亡霊がいんのかよ。宿の親父に聖水貰っておくべきだったな」
「そもそも、お前らなんなんだ?」

死こそ喜び7

「わ、我々は…“死の祝福教団”という…女神クドラを崇める宗教結社…以前はリューンで…活動していたが…追われて…ここまで逃げてきた…リューンを離れた時は…30名の同志達がいたが…今や10数名しか…無念だ…」
「あ、減ってるんだ」

 とても今さらなロンドの質問であったが、相手の戦力の情報が聞けたのは僥倖だった。
 30名全員と戦うとなれば容易ならざる事態だが、いくらかでも減っているのであれば、対抗のしようもあろうというものである。
 その情報を吐いた後に、司祭は目を大きく見開いたまま、ピクリとも動かなくなった。
 どうやら、死んでしまったらしい。

「…これ以上、ここにいても仕方ないわ。彼らの体を整えてから先へ進みましょう」

 シシリーは聖北の神に、罪深いクドラ教徒たちが操っていた死者達の魂の安息を願い、その体を壁際に並べて横たえた。
 呆れたようにため息をついてから、テーゼンもそれを手伝う。

「アンタ、お人よしも過ぎるってもんだぜ」
「そうでもないわ。クドラ司祭までは手が回ってないもの」
「さすがにそこまでやっちゃ、聖人の類になるぜ。僕じゃ傍にいれねえよ」
「そうやって手を貸してくれるテーゼンもお人よしだと思うわ。私はね…ただ、自分に嘘をつきたくないだけの臆病者なのよ」

 最後の1人を横たえると、ロンドの差し出してきた手ぬぐいで付着した腐肉を拭い、シシリーはランプさんに先行する方角を指示した。自分を卑下することも自嘲しているわけでもない、淡々とした微笑が浮かんでいる。
 その背中を、奇妙な顔をしたテーゼンが見つめた。

2016/05/28 11:30 [edit]

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