Sat.

死こそ我が喜びその2  

 北東、ラゲル村――北側には黒々とした山の稜線が広がっており、切妻屋根の立ち並ぶ集落の合間を縫うように、黄色や紫の花々が咲き乱れている。
 広場と思しき場所には、酒場と雑貨屋、それに教会が隣接している。

「思ったより広いところだね、おばあちゃん」
「そうさのう。竜骨の採掘をしているというから、もう少し荒涼とした感じを想像しておったが。この分だと、かなり過ごしやすい村のようじゃ」

 広場の規模や住居の数から考えて、村と呼称しているが、それなりに大きな集落のようだ。
 探索の途中でトラブルが起きても、ここに戻れば態勢を整え直す事ができるだろう。
「取り敢えず酒場で一休みしましょう」
「いいですね。ついでに、クドラ教徒の消息について村人に尋ねましょう。彼らの動向次第で、我々の行動方針も変わってきますからね」

 シシリーとウィルバーの先導により、一同は村の社交場になっているだろう、赤い屋根の酒場へと入っていった。
 扉に取り付けたカウベルが軽やかに鳴り響き、客に気付いた店主――黒く縮れた髪のふくよかな女性――が、いらっしゃいと愛想良く微笑みかけてきた。
 旗を掲げる爪以外の客は、カウンターに男性が2人だけ。
 明るく居心地の良さそうな店内からすると意外だが、訪れた時間がたまたま悪かった、というだけかもしれない。
 棚に並べられている手作りのジャムの瓶や、薬草茶が入っているらしい箱を見る限り、きっと家事がひと段落ついたら、村の主婦たちもここへやってくるのだろう。
 試しにアンジェとテーゼンがこの辺りに出没する怪しい集団を知らないかと尋ねると、果たして彼女はああと思い当たったように首を縦に振った。

「ここ最近、採掘場の近くで妙な服装をした奴等を見かける事が多いらしいんだ」
「近くで挨拶した奴とかはいねぇのかい?反対に、喧嘩になるとかさ」
「村の男が声をかけると、すぐに逃げ出して姿を隠しちまうみたいだから、今のところ大きな問題にはなってないけれど…何だか気味が悪いね」
「採掘場…ってなあに、おばちゃん?」

死こそ喜び3

「採掘場ってのは、竜骨って呼ばれるこの村の特産品を掘り出している場所のことさ。確か今は、山奥の3ヶ所で掘ってるんじゃなかったかねぇ?」

 店主は、相手が年端も行かない子どもと見て(間違いではないのだが)、村の北側に山道の入口があることまで教えてくれた。
 看板があるというから、部外者でも迷うことは恐らくないだろう。
 一方、テアはカウンターの2人を観察していた。
 昔取った杵柄というか、若い頃に酒場の吟遊詩人として歌っていた時分に、酔っ払っている相手、見知らぬ相手にいい所を見せようと気が大きくなっている相手などを判断する観察力は、今でも健在である。
 両者のうち、老人の方は雰囲気からして、この村の生え抜きの住人だろう。
 一杯奢ってでもやれば古い話を聞かせてもらえるかもしれない。
 中年の男の方は、旅装に身を包んでいるが殺伐とした雰囲気は見られない。
 恐らくは旅の行商人あたりだろう…だとすれば、ラゲル村に来るまでに発見したことなどを知っている可能性がある。
 テアはウィルバーに合図をして、中年の男のほうから何かを聞き出せと促す。
 自分はエールを一杯注いでもらい、それを老人の前に置いてから話しかけてみた。

「すまんの、少々時間をもらえるか?」
「おや、見ない顔じゃの。ワシに何か用かね?」
「わしらは冒険者というやつでの。ほれ、こやつを見れば分かるじゃろ?」

と、傍らに無言で立つロンドの太い腕を、ぺしぺしと叩いてみせた。
 無遠慮な打撃が彼にダメージを及ぼすことはないものの、ロンドは微かに眉をひそめる。
 そんな若者の様子にも気付かず、老人はホッホッホと笑い声をあげた。

「道理で、えらく逞しい若者じゃと思ったよ。しかし、こんな辺鄙な所へ何をしに?」
「この辺の山に、遺跡があると聞いて噂を確かめにきたんじゃが」

 まあどうぞ、と差し出されたエールを恭しく受け取った老人は、ちびりとそれに口を付けてから話し始めた。

「昔、採掘所で働いておった頃、山の中で帰り道に迷っての。気が付くと見た事のない橋の前に出たんじゃ。恐る恐るそいつを渡ってみると先に開けた場所があって……良く見ると、周りに崩れた石垣のような物があったんじゃよ」
「崩れた石垣とな?」
「うむ。しばし石垣の辺りをウロウロしとったんじゃが、どうも嫌な予感がしてのぉ。結局、橋を渡って引き返してしもうたわ」
「同じ所に行けば、橋のあった場所とやらは思い出せるかね?」
「いや、どうやってあの場所に行ったのか、ワシにも良く分からん。じゃが、採掘所がある山のどこかに、あの遺跡の様な物が残る場所があるはずじゃよ」
「そうか…ところで、この村の近くに変な輩がおるようじゃが」
「採掘所のほうでな。まあ、この辺りは昔から密輸や亡命のルートになってきた場所じゃから、見慣れぬ者がおっても、別に珍しくもないといえば言えるんじゃが」

 ちょうど、ウィルバーとシシリーの方も、行商人らしき男から何事かを聞き取り終わったところだったらしい。
 話を聞いた相手に礼を言うと、彼らは一つのテーブルを占領させて貰い、情報を共有した。
 中年の男が語った話は、この辺りに出没しているらしい団体の正体を、もう少し裏打ちしてくれる内容で――北方の田舎町でクドラ教徒を見たことのある彼によると、あの灰色の服を着た奴らはクドラ信仰で間違いないと主張したそうである。
 彼は竜骨の買い付けで来ているだけなので、巻き込まれる前にさっさと逃げるつもりであると明かし、山歩きをする予定があるなら、毒を持った種類も含む蛇が出てくるから気をつけろと忠告してくれた。

「さて、この情報だけで動いていいもんか…。どう思う、白髪男?」
「あー…教会でもうちょっと話を聞いてもらってもいいかもな。怪しい奴らに村人が気付いているのなら、教会の方で有志を募っていたり、何か対策を練ってるかもしれないだろ?」
「その可能性はあるわね。なら話を聞いてきましょう」
「雑貨屋も行った方がいいでしょう。村の生活に密着したこの手の商店の主は、大抵の場合、村中の住民達についてよく知っているものですからね」
「さすが民俗知識豊富だね、おっちゃん」

 冒険者たちは方針をまとめると、まず聖北教会に向かった。
 さほど大きくない礼拝堂の中には司祭がいるだけで、他には誰もいない。
 建物自体は田舎の教会らしい素朴なものだが、礼拝堂の造りそのものはかなり立派だ。
 これだけの寄進を受けているところを見ると、採掘場からの利益はかなりあるのだろう――ラゲル村の住民は決して貧しくはないのかもしれない。
 祭壇への祈りを終えた司祭がこちらを振り返り、一礼した。

「旅の方でしょうか。当教会にどのようなご用件でしょうか?」
「旅の途中で立ち寄った冒険者なのですが、村の付近に妙な輩がいると噂があるそうですね?」
「ああ、採掘場の方に現れるという不審な者達の事ですね?残念ながら、私にも彼らが何者なのか分かりません。村人達とのトラブルが起きないよう、神に祈るだけです…」

 行商人はクドラだと判別したが、司祭はそちら方面の知識はあまりないらしい――あるいは、その方が良いのかもしれない。
 田舎の教会に赴任している割には、少しばかりひ弱な印象を与える司祭で、荒事には全く無縁のようである。
 しかし、だからこそ野良仕事より古い写本を手に取る姿が似合っている彼なら、代々伝わる伝承なども心得ているかもしれないと、シシリーは質問を重ねることにした。

「その村人の方から伺ったのですが、ラゲル村近くの山中に遺跡があると…本当ですか?」
「…断言はできませんが、この村の近くの山中に、異教時代の遺跡があるのは確かだと思われます。教会の書庫にある古い書物の中に、その様な記録が幾つも残されていますので」
「では、遺跡調査の記録については?」
「それが……その遺跡が開かれたという記録は残っていませんし、正確な場所についての記録もありません」
「遺跡の存在自体は間違いないのに?」
「ええ、遺跡の存在自体を示す記録が幾つも残されているにも関わらず、です。…私は、この事自体が後世への警告だと考えています。あなた方が、なぜ遺跡についてお尋ねになったかは分かりませんが、決してお探しにならない方がよろしいでしょう」

 緩やかに首を横に振る司祭の言葉に、アンジェは心中で呟いた。

(どっこい、こっちは仕事で来てるからそうもいかないんだけどね)

 話を終えたシシリーは、丁寧に礼をして言った。

「ご忠告、胸に刻んでおきます。…もし宜しければ、私も礼拝をしても?」
「ああ、どうぞどうぞ。主もお喜びになられるでしょう」

 シシリーが祭壇に向かって礼拝を行なう間に、ウィルバーが山に出る蛇について訊ねている。
 年齢が近い同性というせいだろうか、それとも読書好きという辺りが共感を呼んでいるのか――若い女性であるシシリーを前にするより、司祭の様子はいくぶん気楽そうである。

「ああ、あの変わった蛇の事ですね?村ではあれを『使いの蛇』という名前で呼んでいますが、実は土着の伝承に由来する呼び名なのです」
「土着の伝承…そんなものがあるのですか?」

死こそ喜び4

「はい。その伝承の中の“大地の使いを生命の水に浸さば、汝、死をも退けん。”という一節が、その由来です。まあ、強壮薬の材料と効果を後世に伝えた話なのでしょうね」
「面白そうな酒ですね。雑貨屋で購入できますか?」
「できますよ。是非、買っていって試してみて下さい」

 司祭に別れを告げ、隣の雑貨屋で彼の勧める蛇酒や、安くなっている解毒剤を購入した冒険者たちは、ついでに土着の伝承に基づき『使いの蛇』と名付けられたものについても情報を得た。
 見た目は普通の蛇と余り変わらないんですが、死ぬと溶けて消えてしまうために、酒の原料にする時は生け捕りが決まりなのだという。
 毒もかなり強いようで、山で会ったら手を出さずに引き返すのが最善だと教えられた。

「とは言ってもよぉ…遺跡の守り手だったら、僕らが倒さずに行くわけにはいかねえだろ?」
「どう聞いても、普通の生き物じゃないっぽいからな」
「二人の言うことももちろんだけど…まあ、私たちとしては出たとこ勝負になるしかないわね」

 深いため息をついたシシリーが、山へ続く道を指し示した。

「山で何かのトラブルに遭っても、引き返して女将さんのいる酒場で休むことは可能だわ。村で質問できそうなことは大体答えを貰ったし、そろそろ行くべきでしょうね」
「そうさな。竜骨の採掘場には逞しい工夫がいるとは言え、戦いの素人であることに変わりはない。彼らがクドラの連中とかち合う前に、わしらで奴らの目的を挫いてしまえば、クドラ教徒たちもこっちを目印に動くだろうよ」
「……それって、かなり危ない橋を渡るのが私たち限定になるだけなんですけどね…」
「仕方ないよ、おっちゃん。足手まといになる人たちを守れって言われるよりは、その方がかえって、あたしたちには楽なんだし」
「確かに一理あります」

 かくして旗を掲げる爪は、蛇とクドラ教徒の潜む山中へと足を向けることにした。

2016/05/28 11:28 [edit]

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