Sat.

死こそ我が喜びその1  

 どんぐり眼がちらりと天井際や置いてある調度品に施された細工を見て、なかなか金を持っている人だとホビットは判断した。
 彼女の目の前では、前金に銀貨3000枚、報酬自体は8000枚を用意しようとえらく景気のいい金額を提示している老人がいる。
 襟の高い黒い服は質素に見えて、実は上等の生地で作られている。
 それを気負うことなく普段着として着こなしているということは、彼にとってこの程度は贅沢の範疇にすら入っていないということだろう。
 長く伸びた白髪もよく手入れされており、もつれや汚れとは無縁であることが分かる。
 ただ、80歳の声を聞こうかという年齢でありながら、なおかつその佇まいに隙はない。

死こそ喜び
 元御堂騎士のモーゼル卿……聖北教会の宗教騎士団で英雄として名を馳せた老いた男の目が、アンジェは何となく気に入らなかった。

(そもそもさあ…クドラ教の古代神殿に眠る祭具を探せとか、何で聖北教会からの依頼じゃなくて、引退した元御堂騎士が冒険者に頼むワケ?)

 落ち着かない彼女の気分を体現するように、つま先が深い絨毯でステップを踏んでいる。

(そこまで確かな情報掴んでるなら、むしろ依頼人が教会へ通報するとこじゃないのかな)

 モーゼル卿の話によると、竜骨山地と呼ばれる場所に古いクドラ教の神殿があったそうで、ここ数ヶ月ほどは、付近にクドラ教徒らしき者たちが出入りしているという。
 依頼の目的そのものはクドラ教の祭具を持ち帰ることだが、そんな目撃証言がある以上は、クドラ教徒たちとの一戦は避けられそうにないだろう。

(最初に奴らが目撃されたのが3ヶ月前、最も新しい目撃情報が10日前、ね。しかも30人くらいとか…一人一人がどれだけクドラの術を心得てるか分からないのに、『斬り捨ててやるがいい』とか、この爺ちゃん気軽に言ってくれちゃうよね。ま、この人自身が行く年齢じゃないってのは、同意してもいいんだけど)

 ただ、旗を掲げる爪の立場としては、この依頼を無碍に断るわけにはいかなかった。
 約50年前の第1次聖墳墓戦役で知られた英雄・モーゼル卿は、異教徒の殲滅にかなりの闘志を燃やし続けているという。
 ということは、何かで機嫌を損ねてパーティ内にいるテーゼンのこと――森閑の悪魔という存在であり、テアとある種の契約をしているという事実――を詳しく調べられたら、かなり面倒なことになってしまうのは間違いない。

「仕方ありません。今は従順に言うことを聞いておいて、報酬を貰ったらさっさと縁を切るのが一番いいでしょうね」

と、あっさり非道にも聞こえることを言ってのけたのはウィルバーだった。
 そもそも最初から彼らを指名してきた依頼である。
 端から断りづらい雰囲気に加えて、只者ではない老人の様子が、こちらに嫌と言わせないだけの威厳を伴っているのは確かであった。

「クドラ教の祭具というのは、どんなものなのですか?」

死こそ喜び1

「”絶命の刃”と呼ばれる長剣じゃ。古文書によれば、峰に複雑な文様が刻まれた、刃渡り1m程の両刃の剣だそうじゃ」
「へえ、長剣ですか…」

 質問したシシリーは、無意識に腰に佩いた剣の存在を確かめるように、足をそっと鞘に当てた。
 彼女の腰にある長剣は、実は聖北教会における”13の聖遺物”の一つであり、尋常ならざる力を持っているのだが、詳しいことを知っている者は――所有者含め――皆無である。

「見ようによっては、巨大なナイフと言えなくもない形状だったとの記述もあるがの…これが、どの様な形で神殿に置かれているかは分からぬが、可能な限り無傷で持ち帰るんじゃぞ」

 破片の状態で持ってこられても本物かどうかは判断がつけられない、という老人の主張に、ゆっくりシシリーは首肯した。
 彼女の知る限り竜骨山地自体は、西方諸国と北方諸国を隔てる山岳地帯で、リューンから馬を飛ばして大体1週間ほど離れた場所にある。
 もしその地にクドラの古い神殿があるというのなら、以前の討伐の記録などがどこかに残っているかもしれないとシシリーは思った。
 依頼主の様子は少々高圧的といえなくもないが、我慢のできる範疇にあるものだし、何より銀貨8000枚の条件は断るには魅力的過ぎた。

(それだけあれば、ウィルバーやテアに新しい技を覚えてもらえるかも…)

 このところ、自分の仲間たちがぐんぐん実力を上げてきている事には気付いている。
 金銭的余裕をちょっとでも作れるのなら、それに越したことはないとシシリーは思っていた。
 仲間たちを窺ったところ、とりあえず受けてもいいというサインが垣間見える。
 ならばと決心をつけ、シシリーはやや緊張しながら依頼承諾の返事をした。
 何しろ、相手は自分の70年以上年上の先輩であり、教会も認める英雄の1人である。
 そんな人物を前に、リラックスしていろなどというほうが無理だった。
 老人から貰った前金の袋を荷物袋に入れ、何となく難しい顔をしながら≪狼の隠れ家≫へ戻ってきた冒険者たちを見て、宿の亭主が眉をしかめた。

「どうしたんだ、お前ら。どんな依頼を受けてきたんだ?依頼書には、詳しい事は書いてなかったが…」
「依頼は、遺跡を探索してアイテムを持ち帰るっていう、お決まりの奴よ。でも、肝心の遺跡の場所が分からないのと、同じものを狙ってるクドラ教徒がいるらしいのが厄介ね」
「ほう…遺跡の場所が分からない事には話にならんが、ライバルがいるなら余りのんびりはできんな。いつ、出発するつもりだ?」

 今日一日を情報収集に費やし、明日の朝には行くという返事を得た亭主は、1週間分の保存食の準備と馬の手配をやっておこうと申し出た。
 ついでにと思い、色々と亭主から竜骨山地やクドラの祭具について知っていることはないか訊ねたが、あいにくと彼らが喜ぶような報告はない。
 ただ、リューン市内におけるクドラ教徒の動きが一時期に比べると大人しくなってきた、ということは教えてくれた。

「治安隊の副隊長をされている、ベルナドット殿なら詳しいだろう。治安隊ならお前たちもまんざら知り合いがいないわけじゃないし、理由を話せばきっと協力してもらえるさ」
「そう、なら後でちょっと行ってみるわ。ありがとう、親父さん」

 旗を掲げる爪は、これまでの共同戦線を張った”終末の空色”教団退治や”赤い一夜”と名乗る盗賊退治などで、治安隊とは顔見知りが何名かできているくらいである。
 一般の冒険者なら実力の割に態度だけは大きいと不平を漏らす組織なのだが、彼らとしては忌避するような理由は何もなかった。
 ウィルバーがふむと顎を撫でた。

「裏通りの情報通のところに行くのは、できれば他の情報が出尽くしてからにしときたいですね。有料のところが多いですから、同じ情報に無駄金を投資するのは避けたいです」
「そりゃ金取られるよ、おっちゃん。あそこはそれが商売だもん」

 したり顔でアンジェが頷いたのは、盗賊ギルドに所属している情報屋のことである。
 先輩冒険者(の盗賊)からの紹介で顔見知りとなった情報のエキスパートは、ギルドの幹部の1人であり、情報の正確性も折り紙付きと言って良かったが、当然ながら銀色の代価も必要となるのだった。

「さもありなん。他に行くなら酒場の≪酔いどれキメラ亭≫かの。あそこは色んな人種が出入りしておるから、少しは情報を持った者がおるかもしれん」
「後はさっき教えて貰った治安隊のベルナドットさんと…」
「できれば、魔術師学連の図書館でも覗きに行きたいところですけどねえ。昔に事件のあった場所なら、少しは資料が残っているはずですし」

 ウィルバーは”元”魔術師学連所属なので、図書館に出入りするための資格を既に失っている。
 そういう外部の人員には、身元をちゃんと確認した上で発行される、高額の特殊入館証を示してもらわない限りは、本の閲覧すら許されない。
 ところがここで、仲間の一人がかくんと首を傾げながら言ったのだ。

「特殊入館証?図書館の?闇市のおっさんのこと?」
「……ちょっと待ってください、アンジェ。あなた何て…?」
「だーかーらー、魔術師学連の図書館に入る証明書でしょ?闇市で売ってるってば。ただのお客さん相手じゃ、そんなもん売ってることすら匂わせないけど、あたし相手なら話は別だと思うよ」

 その闇市とは、盗品、横流し品、表の市場では決して捌くことの出来ない怪しげな物から、可愛らしいヒヨコ…と見せかけたコカトリスの雛(石化の魔物参照)まで取り扱っている、無節操な販売物の集まりである。
 裏では盗賊ギルドが手を引いているのではないか、という専らの噂であったが、彼女のこの反応からすると間違いないらしい。

「栄誉ある賢者の搭の知識の宝庫に、そんな抜け道が裏で用意してあるなんて……今は辞めた職場でも、何となくショックです……」

 自分が出入りしていた組織の他にない蔵書量だと誇る場所が、案外と裏で簡単に突破される現実がよほどに衝撃だったらしい。
 肩を落としてがっくりきているウィルバーの肩を、慰めるようにロンドが軽く叩いた。

「まあ、その、ウィルバーさん。俺たちにとっては情報収集の選択肢が広がったんだから、そう気を落とさずに…」
「あなたに慰めを貰うと、ますますショックが深くなるというか…いえ、何でもないです」
「――もう一つ、裏を取っておきたい情報もあるだろ。依頼人だ」

 形の良い黒瞳に油断のない光を湛えた男は、人形のような美貌を順繰りに仲間へ向けて続けた。

「あの爺さん、只者じゃねえぞ。教会じゃなく冒険者に話を持ってきた辺り、何か作為があってもおかしくない気がする。調べたほうがいいんじゃねえのか?」
「え、でも、教会と繋がってる私がリーダーを務めているパーティだから、それで名前を知ってるって言われたのだけど…」

 躊躇いがちに、暗に依頼人を疑うのはどうだろうという反感を込めたシシリーのセリフだったが、テーゼンは首を静かに横に振った。
 それをやや見上げた格好になっていたアンジェも、そうだねと呟く。

「ちょっとアンジェまで…!」
「だって、どう考えてもおかしいよ。モーゼル卿って、引退してからもう結構経つんでしょ?何だって今さら、そんな人がクドラ教の動向を見張らせているの?変じゃない?」
「それは私も、偏執的ではあると思うけど……」
「ふうむ。シシリー殿、ここはテーゼンやおちびちゃんの言う通りかもしれんよ」

 バイオリンケースを手際よく背に負った老婆が口を挟んだ。
 彼女は思慮深げに、最初見つけたこの依頼の羊皮紙を見つめている。

「何も裏がないのなら、それで結構。依頼に邁進すればいい話じゃ。自分たちのできることで、ちょっとでも悪いほうの可能性を減らすのが、冒険者の流儀じゃないかえ?」
「……分かった、分かりました。調べましょう、あの人のことも」

 降参といった態で両手を上げたシシリーの、春の海と同じ色をした目がきらっと光った。
 確かに彼女自身も、あまり得心のいかない依頼である。
 こっちに引き受けざるを得ないだけの条件が揃っていたからこそ請けたが、そうでなければ色々と問いただすべき事項があったのも確かだ。
 旗を掲げる爪がリューン市内を走り回り、分担して収集した情報をすり合わせるのに、≪狼の隠れ家≫に帰ってきた時――テーゼンの懸念がけして故のないものでなかったことは、一層はっきりとしたのだった。

死こそ喜び2

「モーゼル卿は、第1次聖墳墓戦役で勲功を挙げた聖北教会の勇士…というのは表向きの顔。異教徒の集落を襲った時は女子供まで皆殺しにして木に吊るし、それを満足そうに眺めながら、異教徒の生血を混ぜた葡萄酒を飲んでたってさ」
「ロクでもねえジジイだな…」

 唸るようにロンドが評価を下す。
 同意するように手の中のミルクが入ったカップを左右に揺らし、アンジェは報告を続けた。

「戦争に一区切りがついた頃に聖北教会が卿を逮捕したのは、そんな事が何度かあったからなんだってさ。命と名誉を保障する代わりに、強制的に引退させたってのが事の真相。殺人狂の慰み者にならないようにしろよって忠告貰ったよ」
「やれやれ、まいったねえ。かといって、今さら仕事を放棄するわけにもいかんじゃろう」
「そうね。それにクドラの連中が、竜骨山地に出没していること自体は真実のようよ」
「お、シリー。治安隊行って来たのか?」

 ロンドの言葉に頷くと、彼女は仲間たちに向かって教えて貰ったことを話し始める。

「リューン市内から脱出を図ったクドラ教徒の一部は、竜骨山地に行ったことがアジトに残った資料から分かったって。マグヌスという老人率いる“死の祝福教団”と呼ばれるグループで、クドラ教徒にとって重要な何かがそこにあるんだと考えていたそうよ」
「ってこたぁ、クドラの祭具の話もほぼ間違いねえな。そうだろ、ウィル?」
「でしょうね。学連の図書館にあった本によれば、”絶命の刃”とやらはクドラの従神に祝福を願う際に、高位の司祭が生贄の首を断つのに使用してたそうです。”死の祝福教団”が狙ってるのはこれでしょう」
「それってさ、どんな効果があるわけ?凄い魔法が使えたりするの?」
「読み取れる限りは、邪神を降臨させるためのアイテムじゃないかと…有史以来、従神とは言えそんな事を成し遂げた記録はまずないんですけどね。条件に合致するような生贄がいるでしょうし」
「わしとテーゼンが集めた情報じゃ、その従神とは”死の女神”キュベルって名前らしいぞ。キュベルを崇めるクドラの分派…とでも言えばいいのか、とにかくそういった一団がいるのは確かだと。ただ、その宗派は500年以上も前に廃れちまったと鼻で笑われたがね」
「廃れたから儀式をしても出てこない、なんてこたぁないと思うぜ。一度神と崇められた存在は、信仰が弱まることで力が減少することはあっても、存在自体がなくなることはねぇはずだ。ま、クドラ教徒プラス神が相手ってンじゃ、僕らが貰う報酬じゃ不足してる気がするな」

 かつての冒険で、旗を掲げる爪は邪神――禍神と呼ばれる存在と、一戦を交えた経験がある。
 邪神降臨の記録がないということと、可能性がゼロであるということはイコールではないことを、彼らはよく弁えていた。

「あ、そうだ。それでね、情報屋さんがもし竜骨山地で竜の頭蓋骨とか見つけたら、買取してくれるって話もしてくれた。銀貨数万枚で」
「すう、まん、まい………!?」
「そりゃまた……すごい豪気な話ですね……」

 自分たちの生活にでてこない金額に、目を白黒させたロンドやウィルバーに微笑むと、アンジェはテアが腰のベルトポーチに仕舞おうとしている皮袋に目をやった。
 魔法陣の焼印が入っている袋で、皮紐で厳重に封をしている。
 見慣れないそれを――しかも、音楽や何かに全く関係のなさそうなアイテムを、どうして手に入れたのかとアンジェは問うた。

「相手はクドラ教、それも高位の司祭クラスが来ると分かっているからの。変な呪いを掛けられたらこいつの出番というわけじゃ。わしが聞き込んだ限りでは、実力は本物だという話だからの」
「そっか、なるほど…色々用意しとけば、憂いはないって言うもんね」

 そんな事を言うアンジェのポケットの中にも、実は密かに買い求めた品が入っている。
 これを使う必要がないといいな、と小さな瓶の存在を感じながらアンジェは他に買ったものがないのかを老婆に尋ねた。

「まあ、それ以外にもあの姉さまには色々と役に立つものを貰ったよ。役に立てる前に、依頼を完遂させることができるのがベストなんじゃがな…」

 テアは肩をそびやかした後、そろそろ前準備はいいだろうとシシリーを促した。

「ええ、そうね。竜骨山地はリューンの北東…今夜はゆっくり休んで、英気を養っておきましょう」

 その言葉どおり、旅の準備を終えてゆっくり自室で休んだパーティは、翌朝に亭主の手配した馬車に乗って竜骨山地目指し出発した。

2016/05/28 11:23 [edit]

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