Wed.

常夜の街その5  

 一日中、太陽の昇らない街――。
 そんな寒々しさの中でずっと暮らしてきたその人にとって、”陽の光”などと言うものは、もはや物語の中のものに過ぎなかった。
 今まで夢見てきた、あの城での生活のように――いや、それも、ローザがヴァルプスギス伯爵家に嫁ぐまでのことだった。
 雲の上のことだと思っていた。
 自分には手の届かないものだと、てっきりそう思っていたというのに、同じような場所で同じような境遇で暮らしてきた娘が、あっさりとそれを手に入れた。
 もちろん、それと引き換えになるものだってあったはずだ。
 何より伯爵は吸血鬼――いくら美貌の男性といえど、化け物の仲間である相手を夫として暮らすなど想像もつかない。
 それなのに、彼女は目にしてしまったのだ。
 あの日、あの場所で、ローザの手に入れた新たな生活の様を――。

「ただいま…」

 囁くように零した挨拶に、おかえりと返ってくる筈の声はなかった。
 肥えた体は出不精であることも原因だから、きっといると思ったのに。
 厨房や物置など、思い当たる場所を探してみるが全く姿がない。

「あら…?おかみさん、居ないのかしら。珍しいわ…」

 幾度も暗い道を歩かされて、慣れない場所に緊張状態を強いられていたので、身も心もすっかり疲れ切っている。
 幸いにして、あの冒険者たちは既に部屋へ引きこもったようだ。
 ならば、自分が少し休んでも叱られることはないだろう…他の泊り客はいないのだから。
 そうやって自分を納得させると、彼女は――下働きのマリアは、自分の部屋のドアを開いた。
 疲労している彼女の視界に、先ほど別れたはずの冒険者たちがしゃがんで、何か白いものをためつすがめつ眺めている。

「冒険者さん…!私の部屋で何してるんですか?!」
「うむ、マリア殿。勝手ながら、部屋を荒らさせてもらった。そうでもせねば、これは出てこんかったろうしの」

 平然とマリアに答えてみせた老婆は、今まで仲間たちに見せていた、自分の握っている白いティーカップを示した。

常夜10

「そ…それは…!!」
「これは、ローザが亡くなった日の昼食から夕食時の間に、城から無くなったとされる磁器のティーカップじゃ。これをおぬしが持っているということは、あの日の該当する時間帯に、ローザの部屋に居たということになる」
「ちょ、ちょっと待ってください!私はそんなティーカップは知りません。それは、あなたたちが仕組んだ物なのでしょう?」
「へえ?」

 余裕を含んだ笑みに気圧されるように、ややたじろいだマリアだったが、自分の言葉を信じ込もうとするかのようにさらに言い募る。

「私は無実です。あなたたちが私の部屋にカップを置いて、犯人にしようとしているのではありませんか?そもそも、ローザと私は幼馴染で親友です。親友を殺すなんて……」
「残念じゃが、第三者がいてはおぬしの言い分は通るまいよ」
「え?」

 怪訝な顔になったマリアの右斜め前方……栗製の古いクローゼットの中から、ずいぶんと顔色の悪い老いた男が扉を開けて出てきた。
 見覚えのある姿だ。
 そう、今日だけで2回、彼とは顔をつき合わせている。

「先ほどもお会いしましたね。エメリッヒ様にお仕えする家臣、オズヴァルトと申します。私は、彼らが部屋を改めていた時からつぶさに見ておりましたが、確かにティーカップはこの部屋から見つかりましたよ」

 未婚の女性の部屋に潜むという非礼は、どうぞお許しくださいと彼は律儀に頭を下げた。
 さすがに貴族に仕えているとそういった礼儀作法も気になるのだろうが、冒険者たちにそんな事は通用しない。
 アンジェが夜空を眺めることの出来る窓の付近にさり気なく位置を変え、マリアの入ってきた扉の方へはロンドが仁王立ちしている。
 憎々しげにそれを睨んだマリアは、やがてふっと口元を緩めて喋りだした。

「…証人がいては、言い逃れはできませんね。そのティーカップは、確かにローザが亡くなった日に、私が城から持ち帰った物です」

 城の規則では、街の住民が城へ無闇に立ち入ってはいけないことになっている。
 だから、ローザからお茶会に招待されたマリアは、窓からローザの手引きで部屋に入り、お茶を手ずから彼女に準備して貰ったのだ。
 その日にお茶会をしようとローザがマリアを誘ったのは、城主である伯爵の留守を狙ったからだったのだろう。

「けれど、お茶会で見た時のローザは元気そうでした。ティーカップは、私が欲しいと言ったら、ローザが内緒でくれたものです。紛失騒ぎになったのは申し訳ないけど、ローザの死に私は関係ありません」
「では、ティーカップを持ち去ったことは認めるが、ローザを殺害していないと主張するのじゃな?」

 老婆の眇められた目が、マリアの顔を観察している。

「もちろんです」
「悪いが、わしはおぬしが毒殺したと思っておるよ」
「毒だなんて…そんな大それたもの、私が持ってるはずは」
「別に持っていく必要などなかろう?部屋の花瓶に活けてあった鈴蘭で充分じゃ。あれは見た目こそ可憐だが、紛れもない心毒性。しかも水に溶ける性質じゃ」

 皺の寄った手が、磁器の取っ手をゆっくりと撫でた。
 マリアの顔色は変わらないが――かすかに、目の焦点が動いている。

「おぬしが鈴蘭を活けていた花瓶の水をお茶に盛れば、目的は達成する」
「ひどい話だわ。お言葉ですけど、ローザの部屋に偶々毒性のある植物があっただけで、私がそれを使ってローザを殺したことにはならないんじゃないですか?」
「その毒物が検出されたらどうじゃろうの?」

 ひゅっ、とマリアの喉が鳴った。
 それに気付いていながら、老婆はさらに話を続ける。

「先ほどウィルバー殿に確認したが、彼が昔所属していた賢者の搭で、残留物を確認して毒を検出する技術は確立しておるそうじゃ。このティーカップから発見できれば、立派な証拠じゃろ?だって、これはおぬしが貰った方ではなく、ローザに飲んだ方のカップじゃからの」
「………」
「ヴァルプルギス卿の許可を得れば、すぐにでもカップを搭に提出できる。テーゼンに頼めば、彼は飛べるから馬車など使うよりも早くリューンに着くじゃろう。そうなる前に、わしとしては自首することを勧めるが?」

 いかにも魔法を使いそうな怪異な容貌の老婆は、魔法など使わずにあっさりと彼女を追い詰めてみせた。
 マリアは自分を弁護するセリフを――それ以上、考え付くことができない。

「…貴方たちの言うとおり、ローザは私が殺しました。私とローザは親友でした。それは嘘じゃありません」

 結婚した彼女を気遣ったのも本当。
 吸血鬼を夫にした彼女が、城でどんな風に扱われているかを心配していたのも本当。
 伯爵家に嫁いだローザとは、その後はずっと会っていなかった。
 だからこそ、実際行ってみた時の衝撃が凄まじかったのだろう。
 部屋は上品にして豪華、ローザ自身も自分と同じ階層の出身だということが信じられないくらい、綺麗に優雅に磨き上げられていた。

「それに比べて私はずっと下働きのまま。毎日毎日埃に塗れて、水仕事で手は荒れて、女将さんに叱り飛ばされて…でもそれだけ働いても、暮らしは豊かにならないんです。彼女を見ていると、自分が惨めになりました…」

 微笑むローザの姿を見て、驚愕の次にマリアを襲ったのは――嫉妬、だった。
 幼い頃は城での生活、などという御伽噺を夢見たこともあった。
 吸血鬼がどれほど忌まわしい恐ろしい存在なのかをちゃんと分かってからは、そんな風に羨むこともついぞなくなっていたが、ローザが新たに手に入れた生活は、それだけの価値があった。
 羨み――惨めになり――嫉妬し――ふと、彼女の心の中に、間隙ができる。
 今、ローザが死ねば。
 そうしたらヴァルプルギス伯爵は、新しい血の提供者たる花嫁を探すはず。
 それはもしかしたら、自分かもしれない。
 いや、自分であるはずだ。
 自分でダメなはずはない――ローザだって、似たような境遇から花嫁になったのだから。

「そうすればローザではなく、私がお城に住めるんだって。結局、ローザが亡くなっても、伯爵様は私を選んで下さらなかったですけどね…」
「だからあなた、1度目に宿屋へ帰って来た時に、妙な顔をしていたのね…」

 シシリーがずっと抱いていた違和感は、マリアの表情だった。
 吸血鬼に嫁ぐことがなくなったのだから、当然、命の心配がなくなったと喜ぶかと思っていた。
 だが、彼女は自分が退けられたことに呆然となっていた――だって、”選ばれるはずだ”とずっと思っていたのだから。

「……もしかして、私に疑いを抱いたのは、そのせいですか?」
「いや、それだけではないさ」

 マリアの視線がテアに向けられた。

「おぬし、テーゼンとロンド殿が庭について話していた時に、言っておったじゃろう。城の庭園の鈴蘭が先週は満開だったと」
「……はい」
「そして、わしらはあの城が人の出入りを厳しく制限していると、ヴァルプルギス卿から直接に聞いた。おぬしが入れないはずの城に入ったのは、わしらが案内した時が初めてじゃなく、ちょうどローザが死んだ頃だったんじゃ。でなければ鈴蘭の盛りは終わっていたのだからな」
「…なるほど。耳ざといんですね」
「しかしのう、お若いの。わしも一つ、聞いておきたいことがある」

 老婆は手の中のティーカップを見つめた。

「なぜ、こいつを捨てなかったんじゃ?ティーカップが出て来なければ、わしらが証拠を掴むことはできんかったろうに」

 テアの問いかけに対して、マリアは自嘲気味に笑った。
 斜めから入る月の光に照らされた、道化のように歪んだ暗い笑みだった。

「王侯貴族が大枚をはたいて欲しがる磁器ですよ?私が簡単に捨てられるわけがありません」
「……なるほど、の」
「さて、オズヴァルトさん。後の始末はお願いして宜しいですか?私たち旗を掲げる爪は、今夜は別の宿に泊まるよう手配しなければなりませんから」
「お引き受けいたしましょう。主には私から真相をお伝えしますので、明日の昼頃にまた城までおいで下さい」

 後のことをオズヴァルトに任せた冒険者たちは、待機を城の住人から命じられていた女主人に別れを告げて、また違う宿へと向かい――翌日の約束の刻限を待った。
 昼頃、相も変わらず暗い道を歩んで到着した城の庭の一角に、テーゼンがふと視線を止める。

「どうした、黒蝙蝠?」
「うるせえな、白髪頭。……見ろ、エニシダだ」

 彼の示す指の先に、黄金色の蕾をつけた枝が風に揺れている。

「花か?」
「花以外のなんだってんだ。初夏に咲くんだ。ここは太陽がないから、リューンよりも季節が遅れてるんだろうな」
「……それでも、花は移り変わっていくのね」

 ぽつりとシシリーが呟いた時、来訪に気付いたオズヴァルトが彼らを謁見の間ではなく、城の裏口に案内し始めた。
 訝しく思っていると、何と裏口には伯爵家の紋章がついた馬車と、伯爵自身が佇んでいる。
 彼は麗貌を微かに緩め、微笑みに近い表情を浮かべた。

「やあ、来てくれたね。ローザの死の真相を突き止めてくれたことに対して、お礼を言いたかった。どうもありがとう」

 ヴァルプルギス伯爵は、懐から金貨数枚を詰めた皮袋をシシリーに渡した。
 どうしてここにいるのかを問おうとして、彼女はメイドのアンナが大事そうに抱えた棺桶――ほっそりしたように見えるのに、さすが吸血鬼の筋肉と称えていいのかどうか――が、馬車の荷台へ丁寧に積み込まれるのを発見した。

「この棺桶は…」
「ローザが眠っている」
「どこかに出かけるのか?」

 のんびりした口調で聞いてきたロンドに気を悪くすることもなく、鷹揚に頷くと、伯爵はメイドにもう下がっていいと命じて追い払った。

常夜11

「領内の森の奥深くに、あまり知られていない別荘がある。そこで彼女と二人、静かに過ごそうと思っている二度とこの城に戻ることは無いだろう」
「え…あんたが去れば、この地は侵略される恐れがあるんだろう?」
「そうそう、兄ちゃんの言うとおりだよ。住民が困らないように対処をすると言った約束は、一体どうなっちゃうの?」
「心配せずとも、既に手は打ってあるさ。後の手配は全て、オズヴァルトに任せた。辺境伯である私を信用してほしい」

 どんな風に手を打ったかは分からないが、この街の住民ではない以上、問いかけた冒険者たちも、分かったと引き下がるしかない。
 ふと思いついたように、テアが口を開いた。

「おお、そうじゃ。伯爵殿、ローザ殿との夫婦喧嘩の原因はなんじゃった?」
「ちょっと、テアったら。如何にもデリケートな問題じゃないの。真相は分かったんだから、もういいじゃない」
「いや、構わない。……私とローザの喧嘩の原因は、子供だ」
「……ダンピール。昼からも夜からも阻害されるもの、か」

 思い当たってつい言ったセリフだったが、伯爵は怒ったりはしなかった。
 ローザは終生、子どもを望んでいたそうだ。
 一方、テーゼンが言ったとおり、人と吸血鬼の間に生まれた子がダンピールという、人からも吸血鬼からも弾かれる存在になることを知っていた伯爵は、子どもを作ることを恐れた。

「…彼女が亡くなってしまった今となっては、その願いを聞き届けてやればよかったのかもしれないな」
「伯爵殿。子どもなどというものはな、親がどうあれこれ心配をしたところで、ちっともこっちの思う通りにはなってくれん。考えてやるだけ無駄じゃ」

 生んだ子どもから邪険にされて婚家を追い出された老婆の言は、なかなかに重い。
 それでも、彼女は愛しそうに子どもの小さかった頃の記憶をなぞった。

「……じゃが、いればいるで、やっと分かることもある。人それぞれじゃよ」
「…なるほどな」

 老婆の忠告に何を感じたのか、彼はしばし目を閉じ、その言葉を胸に刻んだ。
 やがて開いた見事な緑色の双眸は、既に引きずっていた鎖を断ち切った清々しさや、これから静かに余生を過ごすための覚悟に染まっていた。

「では、我々はもう行く。この度は本当に世話になった。改めて礼を言う」
「…あ、ちょっと待ってください。バイオリンのことを忘れてました!」

 大きな声で叫んだウィルバーは、御者席に身を落ち着けたヴァルプルギス伯爵――いや、今はもうただのエメリッヒへ変わった男に、ある質問をした。
 その結果―――。

「そりゃあ怒られますよ。バイオリンは自分で食事処に置き忘れてただけだったのに、わざわざ違う街まで取りに行かされてたら」
「うっ、うっ、うっ……」
「常夜の街の領主に商取引はちゃんと成立してて、しかも商売相手が女性だった事実まで確認させられて……思わぬところで恥をかいたって、珍しくウィルバーさんがカンカンだったじゃないですか。違約金くらい取られますって」
「しくしく…僕の全財産が…」
「…自業自得ね」

 軽くため息を吐いた給仕のリジーは、一向に泣き止む気配のないポワゾンに愛想を尽かし、新たに入ってきた新米らしい冒険者たちのテーブルへと走っていった。
 さらに後日のこととなるが、エメリッヒ・フォン・ヴァルプルギスが亡くなったと、風の便りで聞いた。
 エメリッヒは死の直前、大貴族の令嬢フリーデリケと婚姻を結んでおり、彼の死後はその所領を新たな花嫁が相続した。
 そのため、あの常夜の街のある領地は大貴族の所領となり、隣国からの脅威に晒されることなく、長きに渡り平和な統治が続いたという。

※収入:報酬1500sp
※支出:
※あめじすと様作、常夜の街クリア!
--------------------------------------------------------
■後書きまたは言い訳
48回目のお仕事は、ルージュ・ポワゾンがでてくるシリーズの三作目(間違えてません。二作目をすっ飛ばしてこっちやりました)である、あめじすと様の常夜の街です。
買い物後のオープニングだったり、途中のテア婆ちゃんのおかしな態度だったり、シシリーがずっと変だなあって違和感を持っていたりの辺りは、本編に出て来ません。
ちょっと後日等に繋げるため、変えて書かせていただいおります。
ただ、大筋の流れはそのまま…のつもりですが、ご不快になられましたらすいません。

前回のサバークに出かけたのとはずいぶんと雰囲気の違う、かなりシリアスな色調が続く推理読み物シナリオなのですが、エンディングはやっぱりルージュ・ポワゾンらしく、「ああ、これこれ」と思ったり。彼と娘さんでいいオチが出来ますね!
探偵役を婆ちゃんにしたのは、最後の別れの言葉をどうしても入れたくなったからです。
子供に裏切られたけれど、それでも親として日々を過ごしてきた人だからこそのセリフを、伯爵にどうしても言いたかったのですが……果たして、ちゃんとシナリオの魅力を損なわずにいられたのかどうか。
それから、「目の動きで嘘が分かる」云々をテア婆ちゃんが語っておりますが、これは心理学的に本当の事だったりします。
興味のある方がいらっしゃいましたら、その手の本をご覧になることをおすすめしますが、もし実践して外れてもLeeffesに文句は言わないでくださいね(笑)。
マリアのような嫉妬による殺人というのは、あんまり許されちゃいけない種類のものなのですが、想像が出来るだけに後味が良くないですね。シナリオとして遊ぶ分には、これくらいの苦味があっても楽しいので、全然かまわないのですが。
いつか罰せられることのなかった彼女が、罪の償いをしてくれることを期待します。
さて今回、シシリーが9レベルに達しました。
8レベルは残り三名……さて、どのシナリオでリプレイ書いたものだろう……。

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。

2016/05/18 12:06 [edit]

category: 常夜の街

tb: --   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

プロフィール

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

カレンダー

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

辺境に足を運んだ方の人数

▲Page top