Wed.

常夜の街その4  

「また来て悪いんだけどさ」

 けろっとした様子で伯爵に切り出したのは、テーゼンである。
 旗を掲げる爪は、また月下の道を歩んでこの謁見のままで通されていた。
 さすがに一日に二度もやって来た客人に、扉を開けて応対した老人も訝しい顔になっていたが、彼にどう思われようと、自分たちが今抱えている依頼を放り出すわけにはいかない。
 そんな気負いが分かっているのかいないのか、テーゼンは平然とマリアの腕を掴み、自分の前へ引っ張り出した。

「わっ、っとと……」
「街の住民たちは、本当にアンタ以外の領主は欲しくないらしいんだ。アンタが”渇ききる”前に、こっちの子を奥さんにして、血を供給してくれって言うのが総意。住民の総意を頭から無視するのは、さすがに良くないんじゃねえの?僕が言うのもなんだけどさ」

 伯爵はあまり表情を変えてはいないが、その雰囲気は……あえて言うなら、困惑していた。
 ウィルバーも、合点がいかないことを隠しもせずに語りかける。

「そもそも、妻は『いる』のではなく、『いた』なのでしょう?何故嘘をつかれたのです?」

 ヴァルプルギス伯爵は観念したように緑の双眸を閉じると、スッと椅子から立ち上がって自分について来るよう冒険者たちに命じた。
 妻をお見せしよう、と付け加えて。
 冷たい石造りの老化を経て辿り着いたのは、女性らしい上品な内装の施された部屋だった。
 その部屋の、白と青灰色に彩られた寝台の上には、丁寧に梳られたらしき明るい栗色の髪を広げた女性が、薄い瞼を閉じて横たわっている。

「ローザだ」

と伯爵は万感の思いを全て名前に込めるように言った。
 只人であれば眠っているようにも見えるだろう。
 だが、彼らのような冒険者稼業の長い者は、生者と死者の区別には敏感になるのが常である。
 寝台に横たわる女性からは、一切の生気を感じなかった。
 特別な防腐処理を施してあると見え、傷や痣一つ見当たらない綺麗な体である。
 蝋燭の灯火に照り映える髪をひと房手に取り、彼は言った。

常夜7

「私はこれまで、多くの妻を娶り、供血してもらった。彼女たち全員に感謝はしているが…彼女は…ローザは特別な存在だった」

 有体に言えば愛していたと、髪をそっと寝台に戻す。
 彼は永久の眠りにいる妻の頬を撫で、悲痛な声を絞り出した。

「彼女を知ってからは、私はどうしても他の女性を娶る気になれない。…吸血しなければこの身は朽ちるが、それでも、このままローザと二人、静かに余生を過ごしたい…」

 シシリーはこういう愛もあるのだと、密かに主へ祈りを捧げた。
 目前にいる男は教義からすれば許しがたい存在ではある。あるが……真の愛を知り、妻の死を心から悼んでいる伯爵の邪魔立てをすることが、本当に神の意思に沿うものであるかと問われれば、シシリーは否と首を振るしかない。
 主の唱える愛に背かず、どのようにして住民の意を通すか……。

「私たちに、あなたの邪魔立てをすることはできないわ。ですが、ヴァルプルギス伯爵。あなたは個人である前に公人です。伯爵の権限で花嫁を要求してきたのですから……そんな犠牲をこれまで払ってきた住民たちを、あなたのご都合で放り出すのは無責任というものでしょう」
「………」

 伯爵の悲哀を秘めた緑の瞳が、静かにシシリーへ注がれる。
 聖北教会の修道士の資格を持つ少女は、吸血伯爵の視線に怯むこともなく、真っ直ぐに見つめ返した。
 春の海の色に湛えられた強い意志に、伯爵はふっと口元を緩めた。

「…正論だな。ならば、こうしよう。私から君たちに一つ、依頼をしようと思う。それを聞いてくれたら、住民が困ることの無いように対処をする…というのはどうだ?」
「交換条件なの…?頼まれる内容にもよりますが」
「心配せずとも、荒事ではない。ただ、手間のかかる仕事なので、幾らか報酬を出そうと思っている」

 ぽりぽりと後頭部を掻いたロンドが横槍を入れる。

常夜8

「ついでに、例のバイオリンも返してもらえると助かるんだが」
「それとこれとは別問題だ」

 ばっさりと要望を退けると、ヴァルプルギス伯爵は全員の顔をひとつひとつ見つめてから口を開いた。

「ローザの死の真相を突き止めてほしい。真相が分かったら、報酬として銀貨800枚を出そう」
「…ローザの死に、何か不審な点があるということ?」

 伯爵は首肯し、返事の代わりとした。
 伯爵の知る限り、妻のローザは全くの健康体であった――何しろ、欲求を覚えるたびに彼女の血を啜ってきた吸血鬼の言葉なのだから、スラムの藪医者よりも確かな保証である。
 病を得た人間の血というものは吸血鬼に言わせると”不味い”そうで、一般的に嫌われる傾向にある。
 その味に変化がなかったのだから、ローザに持病があったということはないだろう。
 しかし一週間ほど前、彼女は伯爵が城を留守にしている間に、この部屋で亡くなった。
 新たに得た病だとしても、あまりにも彼女の死は急すぎる。
 ローザの死に関わっていそうな者の心当たりを問われ、彼は優雅な眉をしかめた。

「私には生前から仕えているオズヴァルトという家臣がいるのだが、彼は、私がローザに絆されて以前のような勇猛さを失ったことを嘆いていた」

 ローザを厭う家臣が、妻に手を出したのではないか……伯爵の疑いはそこに向けられているらしい。
 アンジェは大事な点を指摘した。

「奥さんが亡くなった日、オズヴァルトは城に居たの?」
「ああ。しかしオズヴァルトは、ローザの死因は知らないと一点張りだ」
「……うーん。いくら軍人らしい感じが減ったからって、奥さんに手を出すかな」
「ご夫婦の身の回りは、どなたがやっておいでだったのじゃ?」
「この城には、私と共に吸血鬼化したオズヴァルトとメイドのアンナの二人しかいない。領地や私の仕事の関係はオズヴァルトが、それ以外をアンナに任せている」
「この城の規模で従者が二人とは、ずいぶんと少ないのですね」
「人間を置くと、吸血衝動が起きた時に迷惑がかかるので、街の住人といえど、出入りを厳しく制限しているのだ」
「ははあ、なるほど」

 ウィルバーは伯爵のずば抜けた美貌より、その領民への配慮について感心した。
 アンデッドは脳が腐ったりなくなったり吹っ飛んだりするせいか、理性を保っている存在の方が珍しいくらいなのだが、生半な施政者には出来ない仕事振りに加えて、この気配りである。
 次にこの領地を引き継ぐ人物が誰にしろ、余程に上手くやらねばたちまち領民の反発を食らうだろう。
 だが、そこまではとても冒険者が面倒を見る範囲から逸脱している。
 不心得者のウィルバーとしては、精々上手くやれるようにと思うだけであった。
 しかしそんな思いやりも、ローザの件について引き受けなければ進まない話である。
 冒険者たちは伯爵の願いを聞き届けることにした。
 また宿まで往復するのもことなので、マリアには別室で待機していてもらい、パーティがヴァルプルギス伯爵からの薦めどおり、家臣のオズヴァルトを探し始めると、彼は2階のテラスにいた。
 伯爵よりいっそう青白い肌の、もはや初老をいくつか越したような年齢の吸血鬼である。

「おや、お客人。…どういったご用件でしょうか?」
「ヴァルプルギス卿から、妻・ローザの死について調べてほしいと頼まれたの」

 シシリーの言葉にちょっと目を見開いた家臣は、やがてゆっくりと首を縦に振った。

「…左様ですか。旦那様は奥様が亡くなられてから、途方もない悲しみに暮れておられましたからな…何なりとお聞きください」
「なら、ローザが亡くなった日のことから教えてもらえるか?」
「はい。あの日ですが、私たち家臣は奥様から、一人にしてほしいから自室には入るなと命じられておりました……」

 その日は食事も自室で取っていて、メイドのアンナが運び入れていた。
 メイドの証言によると、朝や昼のご飯時には何も異常はなく、いつも通り元気な様子だったが、夕食を運んだ際に、自室でローザが倒れている現場を発見したのだという。
 遺体を発見して驚いたアンナがオズヴァルトを呼び、その部屋に立ち入るまで、彼自身は奥様のお言いつけならとローザの自室には立ち入らなかったそうだ。

「ヴァルプルギス卿は、妻が誰かに殺されたのではないかと疑っているようだ」
「ええ、そうでしょうな。あのように何の前触れもなく亡くなられれば、そうお考えになるでしょう」
「…単刀直入に聞くが、犯人の心当たりはおありかな?」
「私は……」

 やや戸惑ったように視線を彷徨わせたオズヴァルトに、テアは答えを促すよう、じっと黙って彼を見守っている。
 やがて、氷狼が冷たい吐息を吐くようなため息とともに、忠実な家臣は渋々返事を返した。

「私はメイドのアンナではないかと疑っております。唯一彼女は、あの日奥様の部屋を出入りしていましたから」
「なるほど。合理的な理由じゃの。……ヴァルプルギス卿は、むしろおぬしがローザを疎ましく思っていたと感じておったようじゃがな」
「確かに。奥様が旦那様に好ましい影響を与えているとは、思っておりませんでした。ですが…ローザ様は、確かに旦那様が愛しておられた方です」

 オズヴァルトは背筋を綺麗に伸ばし、目を細めてテアを見つめた。

「旦那様に害成すことを、出来ようはずもありません」
「……そうさな。おぬしならば、そう考えるじゃろう。邪魔をした」
「もうよろしいので?」
「うむ。聞くべきことは聞いた。メイドにも話を聞こうと思うが、どちらにおるか教えていただけるかな?」
「この時刻ならば厨房の掃除を行なっているでしょう。あの階段を下りて、右の廊下を行った突き当たりにございます」
「ありがとう。すまぬの」

 あっさりと会話を打ち切ると、テアが踵を返して本当に移動し始めてしまったため、仲間たちは慌てて彼女の後を追った。
 てとてとと、わざと足音を立てているアンジェが不思議そうに問いかける。

「おばあちゃん、いいの?あの人、怪しいんじゃないの?」
「いや……あれは忠臣じゃが、先回りしてまで主人の道を作るタイプではない。あえて主人の勘気を被ってでも妻を始末するかどうか。……できない、じゃろうな」
「ということは、犯人ではないということですか…?」
「わしはそう考えておる。人というものは……まあ、この場合は吸血鬼じゃが。嘘を自覚しておる時は、目の動きなどにある兆候が見られるんじゃ。それが一切なかった」
「え、何それ。凄いや、おばあちゃん!」
「根拠としては弱いのかもしれんが、年寄りの人生経験からのアドバイスと思っておくれ」
「いえいえ、貴重なご意見ですよ。そういうことですか…」
「それならテア。第一発見者の方が怪しくなったってことかしら?」
「話を聞いてみないことには、なんとも言えんよ。さて、この事件……単純には終わらぬ気がするのう」

 テアの呟いたとおり、厨房にいたアンナの話を聞いていると、どうにも事態はますます錯綜し始めたようであった。
 彼女の言によると、発見した時には既にローザは事切れており、朝食や昼食を運んだ際には通常通り元気なローザを見ていたアンナは、非常に驚いたという。
 オズヴァルトは犯行のチャンスという観念から彼女に疑念を抱いている様子だが、アンナ自身はローザが心優しい娘であることを感じていて、彼女へ悪い感情を抱いた覚えはないようだ。あくまでも本人の証言によると、の話ではあるのだが。

「ローザの死因についてなんじゃが…おぬし自身はどう思っておる?」
「…どういう意味でしょうか?」

 古風なメイド服に身を包んだ慎ましやかな娘は、ハッとした様子でテアの怪異な顔を見つめた。

「少なくともヴァルプルギス卿は、ローザの死は自然死じゃないと考えてるということじゃ」
「え…エメリッヒ様も、ですか…?」
「『も』ということは、おぬしも同じ考えなのか?」
「え…ええ…その…私が申し上げた、というのは伏せていただきたいのですが…」

 テアが黙って頷くと、アンナは安堵したように口を開いた。

「私は、旦那様が奥様を殺したのではないかと疑っております…」
「ふむ?」
「旦那様の奥様に対する愛情の深さも、その死に際しての悲しみの深さも存じておりますが…実は、奥様の死の直前、お2人の間には喧嘩が絶えませんでしたから…」
「2人は、喧嘩をしていた…?」
「ええ。ですから、ついカッとなって、何らかの方法で殺害してしまったのではないかと…」

 つい黙っていられなくなったシシリーが、横から口を挟む。

「…しかし、あの日のヴァルプルギス卿は、城を留守にしていたんでしょう?」
「それは…そうなのですが。ローザ様のお部屋の窓から出入りできたでしょうし…」
「夫婦喧嘩の原因はお分かりかの?」
「それは存じ上げませんが…奥様は泣いておられました。オズヴァルトさんも知っていた筈です。彼は旦那様の不利になるようなことは、言わなかったでしょうが…」
「なるほどのう…。後一つ。ローザの遺体を発見した時に、何か少しでも変わった様子はなかったかえ?ローザ自身のことではなく、部屋の様子などでもかまわんのじゃが」
「あ、そういえば。この棚から、ティーカップが二つ無くなっていたのです」
「見つかったのかえ?」
「それが1つは奥様のお部屋で見つかりましたが、もう1つは何処へ行ったのか、分からないままで…。磁器は高価ですので、ティーカップはこの棚に入れて、私が管理しておりましたのに」
「普段から、ローザは自分で茶を淹れる習慣があったのかの?」
「いいえ、もちろん、普段は私が準備してお注ぎしてましたから。これまで奥様が手ずから…ということはありません」
「ということは…亡くなったその日、ローザは珍しく自分で紅茶を用意して、誰かに振舞ったということになるの。カップを二つ用意したのは、自分と相手の分なのだろうから」
「そうだと思います」

 そして、その珍しい振る舞いをした相手が、早めに城へこっそり帰ってきた夫のヴァルプルギス伯爵なのではないか――メイドのアンナの疑いは、そこにも根ざしているものだったらしい。
 なるほど、確かに考えられないことではないのだが…。
 旗を掲げる爪のメンバーの視線が、テアに集中した。
 老婆は結論を焦る様子もなく、しばし沈思黙考していたが、やがて真摯な目をメイドに向けて言った。

「アンナ殿。忙しいところ申し訳ないが、頼みたいことがある。もう一度ローザの部屋を見せてもらえんかの?」
「亡くなった奥様のためですもの、構いません。どうぞ、ご案内します」

 冒険者たちは、アンナに連れられて先ほど訪れた豪華な部屋へ移動した。
 寝台には相変わらずローザが横たわっている。

「この部屋は、今も掃除は欠かさずしておりますが、
「その他のことは、旦那様のご命令により、亡くなられた時のままにしております」

常夜9

「これが、棚から無くなっていたというティーカップの片割れ?」

 シシリーがベッドサイドテーブルにあった、白磁のカップを指差す。
 悼むように故人を見ていたアンナは、振り返って首肯した。

「はい、そうです」
「中身はどうなっていたの?」
「私が発見した時には空でした。傍に茶葉のご用意がありましたので、紅茶を楽しまれていたのだと思います」
「………あれ?」

 アンジェの鋭い嗅覚に、涼しげな花の香りが届く。
 きょろきょろと部屋を見回していた彼女のどんぐり眼が、部屋の隅に置かれていた花台の上に飾られた花瓶と、瑞々しい鈴蘭を見つけた。

「ああ、さっきから香ってたのってこれか。綺麗だね。最近活けたものなの?」
「いえ。亡くなられる2、3日前に活けたものです」
「…ってこたぁ、今日で10日前後か。切り花でそれだけの期間萎れずにいるとは、長持ちだな」
「手入れには気をつけておりますから」

 もう見るべきものは見たので案内は終わっていいと告げると、アンナは見事な礼をしてから己の仕事に戻っていった。
 一方では、何の変哲もない可憐な白い花を睨みつけるようにして、テアがぶつぶつと独り言を言い始めている。

「鈴蘭……鈴蘭か……」
「あ、あの、テアさん……?」

 ウィルバーが心配そうに彼女を覗き込んだ。
 そんな微妙な雰囲気の中、シシリがーしきりと首を捻る。
 ロンドがどうしたと声を掛けると、

「そういえば私、ずっと変だなあって思ってることがあるのよね」

とポツリと漏らした。

「変なこと、か?」
「ええ。あの人、どうしてあの時に変な顔をしてたのかなって……」
「シシリー殿。それは、わしが考えている人ではないかえ?」

 テアの次なる言葉に、シシリーは何の疑念も持たずに頷いた。 
 老婆が満足げに喉を鳴らす――獲物を見つけた猟犬のように。

「うむ。それなら、ローザを殺した犯人が分かったぞ」

2016/05/18 12:02 [edit]

category: 常夜の街

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