Wed.

常夜の街その3  

 吸血鬼への”変化”により尖った耳、暗い中でも冴え冴えとした光を放つ金髪、血の気のないというよりは青ざめたような白皙の美貌――何より、哀しげな色を湛えた緑の瞳。
 家臣による取次ぎで謁見の間で面会したエメリッヒ・フォン・ヴァルプルギスは、色んな人に出会うことの多い冒険者稼業でも、そうそうお目にかかることのない麗しさを具えていた。

「さて、今日はどのような用向きかな?」

とこちらに問いかける声も、月の雫を絞り出したように不思議な響きを伴って耳に入ってくる。
 ウィルバーは賢者の搭で仕込まれた正式な礼を取りながら、

「マリアという娘を花嫁として連れて参りました。我々はその付添です」

と、返答をする。
 ぴくり、と伯爵の眉がかすかに動いた。

「これはまた異なことを…。私に新たな花嫁は不要。私には既に妻がいるのでね」
「何を言ってるんだ?アンタが供血者として花嫁を求めたんだろ?」

 年長者2人が焦るほど不躾な物言いは、護衛らしくずっとマリアの横についていたロンドのものだった。
 だが、彼の言葉に悪意がないことを見て取ったのか、案外と伯爵は気を悪くした様子もなく、淡々とロンドに向けて首をゆったりと横に振った。

「確かにそういう習わしだが、今回は住人が私を心配してしたことだろう。私はあずかり知らない」
「え、じゃあ、マリアは花嫁にならなくていいの?」
「ちょ、アンジェ……!」
「こういうのはちゃんと確認しなきゃダメだよ、おっちゃん。人の一生を左右するんだしさ」

 最年少の娘は魔術師にそう応えると、伯爵の方へ視線を戻す。
 伯爵は貴族特有の優雅さで彼女に頷くと、ひらりと白い、剣を握るとはとても信じられない手を動かして扉を指し示した。

「御足労をかけて申し訳ないが、娘は連れ帰ってもらってよい。その方が無駄な犠牲を払わずに済むのだから、諸君も文句はあるまいな」
「それはそうですが…」

 語尾を濁すウィルバーにそれ以上応える事もせず、これにて謁見は終わり、と言わんばかりに、さっさと下がろうとする伯爵を、旗を掲げる爪は慌てて呼び止めた。

「ああ、ちょっと待ってくれんかの。実はここへ来たのには、もう一つ理由があるのですじゃ。バイオリンのことなんじゃが……」
「バイオリン……」

 ヴァルプルギス伯爵は、すぐに何のことか思い至ったようだ。

「あのバイオリンが、どうかしたのか…?」
「元の所有者が、返してくださらんかと言うておる」
「…ほう。あのヴァイオリンは、もともと妻が所有していたものでね」

 元の所有者とはどういうことだろう、と思いながら伯爵は説明した。

「あの日、食事処で相応の額と引き換えに買い取ったのだ。それを今更返せと言われてもな…」

常夜5

「非礼を承知でお尋ねしよう。本当に正当な商取引だったのか?」
「…どういう意味だ…?」

 ぴしりと空気に亀裂が走ったようだった。
 鮮やかな緑色のはずの瞳に、徐々に血の色が混ざり始めているのを、嫌でも冒険者たちは気付かざるをえなかった。 
 一触即発とでも言える状態だったが、テーゼンは素早く

(これ以上話を続けると押し問答になるかもしれねえな)

と考え、マリアを連れて引き上げるようシシリーを促した。
 城から門までの長い道のりを行き、すごすごと月明かりに照らされた宿までの道を戻る途中で、リアリストの最年少が口火を切る。

「今回って交渉決裂なのかな?」
「たかが銀貨500枚で貴族の持ち物を譲ってくれ、などと始めるのは無理があったからの。端から真っ当な話合いにはならんと踏んでおった」
「ですがテアさん、それだけではありませんね?」

 ウィルバーのセリフに、ふと全員が足を止めた。

「あなたはポワゾンのバイオリンに関して、何事かを掴んでいる。だがそれが推論の段階でしかない為に、我々に何も言わず、交渉を諦めるよう持っていく……そのおつもりだったのでは?」

 思いがけない内容に、孤児院組プラス悪魔は顔色を変えて老婆の醜い容貌を見たが、彼女は狼狽することもなく泰然としてそこに佇んでいる。
 否定の言葉が発せられない――つまり、魔術師の指摘は多かれ少なかれ当たっていたということだろう。
 だが、1年足らずの年月とは言え、互いに命を預け合って困難に立ち向かってきた仲間同士だ。
 テアが悪意あって、或いは私利私欲のためにパーティの依頼目的を妨害するはずはない――それだけの信頼関係は築いている。

「どうしてなの?そんなにこの依頼が嫌だったのなら、初めから言ってくれれば…」
「シシリー殿。受けぬ方がいいのかすら、わしには判断がつかなかったんじゃ。わしは確かにポワゾンをよく思ってはおらん。だが、今回の依頼についてあまり気勢を上げられぬのは、そのせいではない」

 老婆は静かに首を横に振った。

「旗を掲げる爪の評判を落としたいわけではないんじゃ。それは、信じておくれ」
「……なあ、テア婆さん」

 そう言って彼女に視線を合わせるよう腰を屈めたのは、ロンドである。

「バイオリンの何に気付いているのかは、話せないんだな?」
「確証がない……だけではない。迂闊に口にすることで、取り返しのつかない事態になるのが嫌なんじゃ」
「それならそれで構わない。ただ、婆さんはこれからどうする?俺達と仕事を続けるか、婆さんだけ帰るか。仲間内で疑心暗鬼になるのだけは、俺は嫌だ。頭悪いから、そんなところまで目を配ってられないから。そんなにテア婆さんが乗り気でないなら、婆さんだけ途中で降りるってのも手だと思う」
「……おぬし、妙なところで賢人じゃの」
「あれ、今、頭悪いって話してたと思うんだが……」

 テアはロンドの提案をしばし吟味していたが、やがて肺から一気に全ての空気を吐き出すような、深く長く豊かなため息をついた。
 無意識に、詩人の腹式呼吸を使っていたものらしい。

「ここまで乗りかかった船じゃ。ちゃんとポワゾンのバイオリンを取り戻すよう、努力をするよ。すまんかった、皆の衆」

 彼女は謝罪の意を込めて頭を垂れると、話についていけないせいか呆然としていたマリアに、小さく行くぞと声をかけて歩き出した。
 一日中、日の昇らない街の風は太陽に温められることがないのでさぞ冷たいだろうと思っていたが、季節柄のせいか凍えるようなことはない。
 背中をそんな風に押されるように進むと、やがて街の中へと彼らは入ってた。
 相変わらず、街中に人影は少ない。
 アンジェの見つけた錬鉄製の看板がかかった店のドアを開けると、女主人は肥えた体をこまめに動かして、火にかけた大鍋へ乾燥したハーブを入れながら、お玉でかき回していた。
 ドアの軋む音に気付いた彼女が、

「あら、おかえり。ご飯もうできてるよ…」

と言い終わりかけて、ぎょっと目を見開いた。
 ここにいない筈の娘の姿に、咎めるような声が出る――ついでに、肩からストールがずり落ちた。

「…って、マリア?!どうしてここに居るんだい?!まさか…まさかお前、伯爵様に何か粗相をしたんじゃないだろうね!」
「いえ、違うのよ、おかみさん。伯爵の方から、自分には妻がいるから花嫁は要らないと言われて」
「………」
「できればどういうことなのか、説明してもらえるかしら…?」
「…そうだね、分かった。じゃあ、食べながら聞いておくれ。料理が冷めちまうからね」

 肉の乗った厚い手でテーブルの一つを示すと、女主人は城に向かわせた娘の、まだ惚けている顔を真正面から見て怒鳴りつけた。

「マリア!ぼさっとしてないで、アンタも配膳手伝いな」
「は、はい!」

 聞きなれたきつい声音にようやっと我に返ったのか、マリアは黒パンの籠やハーブティの入った大ぶりのポットを女主人が案内したテーブルまで運び始める。
 ややもせず、厚めの塩漬け肉を水と野菜で煮込んだシチューもやってきた。
 嬉しそうに肉へ齧り付き咀嚼したアンジェが、

「伯爵って奥さんいるんだよね?」

と話を始め、行儀が悪いとシシリーより叱られている。
 少し呆れた様子の女主人だったが、その質問には即座に返事をした。

「ローザのことだね。以前はうちの向かいに住んでたよ」

 パンを半分千切ったままの手を置き、シシリーが問いを重ねる。

「どんな女性だったのかしら?」
「器量も気立ても良い娘でね。見初められて、半年前に伯爵家に嫁いだんだ。……ただね。ローザはもう亡くなっている」
「……死んでしまったの?」
「ああ。エメリッヒ様には妻が『いる』のではなく、『いた』んだ」
「つまり、伯爵の妻は既に亡くなっている?…それなのに何故伯爵は、次の花嫁を要求しない?」
「さぁねぇ…そこまでは知らないよ」

 ロンドの言葉に肩を竦めた女主人は、眉をしかめ、厚い手を片頬に当てて嘆息した。

「だけど、供血者がいないまま過ごされたら、エメリッヒ様の身に何が起きるか分からない。そうなったら一巻の終わりだってんで、皆で話し合ってマリアを向かわせたのさ」
「……ずっと血を断っているということですか……」

 ウィルバーは野菜を刺したフォークを下ろし、まるでその先にある人参が親の仇であるかのように険しい顔で睨みつける。
 吸血鬼の血の欲求というのは、人間の食欲と同等か、それ以上に強い生物的根本に基づくものだ。
 賢者の搭のある学者などは、”血の呪い”と名付け、血以外から吸血鬼がエネルギーを摂取できないかを検証しているという噂だが、ついぞ、”血の呪い”から逃れられた吸血鬼については聞いたことがない。
 人間離れした――まさに化け物じみた筋力や素早さ、アンデッドの中でも秀でた不死性、或いは狼や蝙蝠に変身する能力など……こういったものを支えることが出来るのは、人の血液しかあり得ないのである。
 それを、断っている。しかも自分の意志で。
 にわかには信じがたい出来事であった。

「伯爵が街の他の住人に襲い掛かったり、近辺で怪死事件が起きたりはしていないのでしょうか?」

 女主人は、魔術師が行なった質問に含められた意図に気付いてはいるものの、それを非難することはせずにただ首を横に振った。
 冒険者たちが食事をし終わるのを見計らった彼女は、そっと口を開いた。

「そういうわけで、アンタたち、悪いんだけどねぇ…もう一度城に行って、御輿入れの件、伯爵様を説得してくれないかい?」
「……街の方々は、ヴァルプルギス伯爵以外の統治は望んでいないのですか」
「そんな事、考えたくもないよ」

 言下に言ってのけたのは、それだけ日頃から統治者の交代について懸念があったからなのだろう。
 褪せたストールがまた落ちそうになるのを引き戻し、女主人は不安げに顔を歪めた。

常夜6

「伯爵様に斃れられたら、いつ異民族が城壁を越えてくるかと、怖くて眠れないんだよ」
「まあ、私たちだってついでの用事が片付いてないものね。いいですよ、引き受けます」

 シシリーはそう彼女を安心させると、そっとマリアの顔色を伺った。
 一度は吸血鬼の花嫁にと目され、覚悟を決めた彼女の心中は穏やかならざるものだったはずだ。
 それなのに、どちらかと言えば伯爵に輿入れを断られた後の方が、彼女の放心は強かったように思われる。
 また断られたら、彼女倒れちゃうんじゃないかしら……と、シシリーの方が心配になってきた。

2016/05/18 11:59 [edit]

category: 常夜の街

tb: --   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

プロフィール

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

カレンダー

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

辺境に足を運んだ方の人数

▲Page top