Wed.

常夜の街その2  

 常夜の街では、三日月が仄かな光を道に落としていた。
 リューンのような石畳ではないが、躓くと怪我をしてしまいそうな小石やごみなどは落ちていない。
 ざっと回ったところ、極端な貧民街なども見られず、統治の行き届いた都市だという印象を受ける。
 木とレンガで造られた家々が立ち並ぶ中、はしこいアンジェの双眸が、”宿屋”を示すベッドとカップが描かれた錬鉄製の看板を見つけた。

「めっけ!」
「えらいえらい」

 武骨で大きな手が、アンジェの頭をそっと撫でる。
 以前に力加減をしきれず、「ものすごく痛い!」と撫でられた当人から抗議をされた結果、なるべくそっとやるように心がけているようだ。

「……それにしても、外に出てらっしゃる方が少ないのが気になりますね」

 腑に落ちない様子で辺りを見回すウィルバーだったが、彼の視界に入る人影はひどく少なくて、常夜といっても実質的にはまだ昼くらいの時間帯であるはずなのに、違和感を強く感じる。
 ふむ、とテアが顎に手をやった。

「何かが起きて、なるべく外出を控えておるのやもしれん。宿で事情を聞けるのなら、それが一番いいのじゃがな」
「そうですね。住民から話を聞くのが一番早いでしょう」

 ウィルバーが宿のドアに手をかけて開けると、ちょうど宿の働き手らしき女性たちの会話が耳に飛び込んでくる。
 宿の中は≪狼の隠れ家≫よりも狭い造りだが、所々に設けられているランプや掃除の行き届いた様子が、明るく居心地の良さそうな印象を作っていた。

「いいかい、マリア。くれぐれも伯爵様に失礼の無いようにするんだよ」

常夜3

「…はい。気をつけます」

 前者のセリフを言ったのは、この宿の女主人らしき恰幅の良い中年女性で、肝っ玉の太そうな生き生きとした表情を浮かべる顔が、常夜の街の住民にしてはえらく血色がいい。
 やや擦り切れ、色の褪せてしまった赤いストールが肩からずり落ちようとしているのを、しょっちゅう引き上げて戻している。
 そんな彼女の前で従容と頷いているのは、下働きらしき若い娘だった。
 ありふれたこげ茶色の髪を、白と黄色の木綿で包み込みまとめている。
 娘らしくふっくらとした頬と垂れ気味の目じりには、年相応の優しさと感受性が顔を覗かせているのだが、肝心の表情は緊張のせいかなんなのか、硬く強張っていた。
 酒場に客の姿は無く、どことなく雰囲気も粛々としている。
 ひょっとしたら閉鎖する予定なのだろうか、と考えたウィルバーは、なるべく穏やかな声音を使って彼女たちに話しかけた。

「あの…今日は営業していますか?」
「おや、お客さんかい。悪いね、気が付かなくて」

 こちらを見やった女主人が、ウィルバーの後ろからぞろぞろと姿を現した怪異な容貌の老婆や黒い翼の青年たちにちょっと驚いたような顔をしたが、特に異種族などに対する偏見は持っていないらしく、嫌悪の色はその中に含まれていないようである。
 太いよく通る声で彼女は言った。

「今日は普通に営業してるよ。ただ、住民が気を遣って来ないだけなのさ」
「……はい?」
「一体、どういうことなのかしら?」
「…アンタたち、その出で立ち冒険者だね?だったら一つ頼まれてくれないかい」

 いきなりの話の切り出しに、さすがについていけず冒険者たちが訝しげな顔になると、女主人は水仕事で荒れている手をパタパタ動かして、苦笑未満の笑みを口元に浮かべた。

「そう怪訝な顔しないどくれ。簡単なことだよ。この娘…マリアを伯爵様の城に連れてってほしいんだ。御輿入れのためにね」
「え…その娘さん、伯爵と結婚するの?」

 それにしては、婚前というよりは、葬儀のような雰囲気だ。
 第一、自分のところの領主へただの平民が嫁ごうというのに、同じ街の住人が祝うどころか、気を遣って来ないというのはどういうことなのか…?
 腑に落ちないことばかりで戸惑った様子の旗を掲げる爪に、

「あ…あの。街の人たちの話し合いで私が選ばれたんです…」

と下働きの娘はおずおず発言した。
 マリア、という名前の彼女は、やはり仕事で荒れている手を、見苦しくねじるように組んだり離したりしている――よほど強い緊張を強いられているのかもしれない。
 これは単純な玉の輿の話ではない――と見て取ったテアは、初めから話をさせるために、またストールを引き戻している女主人の方へ問いかけることにした。

「ちょっと事情が呑み込めないんじゃが。伯爵殿の城に行くのに、冒険者が付き添う必要はあるのかね?」
「そりゃ、危険だからさ。吸血伯爵のもとに嫁ぐわけだからね」

 けろっとした様子で答えを返した女主人の言に、特にシシリーが強い衝撃を受けた。

「きゅ…吸血伯爵?!伯爵は吸血鬼なの…?」

 胸から聖北協会の聖印を下げている娘に気付き、女主人は少々ばつの悪そうな顔に変わって言う。

「そうだよ…って、そうか、外部の人は知らないんだったね。ヴァルプルギス卿は吸血鬼。この娘も、花嫁というよりは、供血者として差し出されるんだ」

 その代り、伯爵は他の住民には手を出さない。
 百年余り前からそういう取り決めになっているのだと、彼女は説明した。

「要するにこの街は、吸血鬼が支配する町というわけか…」
「おばちゃんたちはそれでいいの?報酬次第じゃ、その吸血鬼を討伐することも吝かではないけど」

 感心したように腕を組んで口笛を吹いたテーゼンの横で、アンジェが可愛らしく首を傾げながら訊ねる。

「聖北の教えにかけて、そんな不埒な状況を許すわけには……!」
「いや待て、落ち着けってシリー。このことは領地を与えた執政側が知らないわけない。知っていて目を瞑っていると考えた方が辻褄が合うんじゃないか。なあ?」

 すっかり頭に血の昇ったシシリーを宥めるように肩へ手を置いたロンドが、女主人に目線をやった。
 何とかこいつを落ち着かせてくれという意味を必死で目線に込めていると、その意を汲んだ女主人が、いかにも「とんでもない!」というように手を忙しげに動かして口を開く。

「討伐なんてよしとくれよ、そんな物騒な」
「でもっ…」
「ヴァルプルギス家はこの一帯を治める貴族でね、エメリッヒ様も、もともとは人間だった。ところが百余年前の隣国との戦争で戦死し、不運にも吸血鬼化してしまったのさ」

 つまり、都市の防衛戦において吸血鬼へと”変化”してしまった彼を気の毒に思った当の住民たちが、以後もこの地をずっと守ってもらう代わりに、自分たちから血の提供者を選んで差し出すという申し出を行なったのが今まで続いているのだという。

常夜4

「確かに街の娘を生贄みたいに差し出すのはどうかと思うけど、殺されるわけでもなし…それで街を侵略から守ってくれるなら、このままでいい。というのがこの街の総意さ」
「………」

 女主人の話の最中も手をねじり合わせていたマリアは、ひたすら押し黙っている。
 やっと状況が飲み込めたウィルバーが言った。

「ここは異民族との紛争もある重要地点……執政側としても、下手な貴族を新たに送り込むよりは、吸血鬼と化していても、常夜の街のことをよく知っていて理性の残っている伯爵にこのまま治めてもらう方が、リスクは少ないと判断したわけですか」
「ヴァルプルギス伯は正式な領主。勝手な義憤で彼に手を出せば、わしらの方が犯罪者になるのう」
「そういうことだね。だから、領主様をどうこうしようだなんて考えないでおくれよ」
「そうか…。まあ、僕らは所詮流れモンだし。余所の地について、住んでもいないのにつべこべ言うつもりはないけどね。人じゃないってことなら、こっちだってそうなんだし」

 肩を竦めてコメントしたテーゼンは、自分たちのリーダーに向けて言った。

「で、どうすんの?僕らの仕事として受けて良いんじゃねえの?」

 元々、彼らがポワゾンから依頼されたのは、その吸血領主が持って行ったと証言のあるバイオリンを取り戻すことである。
 正面切って目的を明かして面会を求めるよりは、この女主人の頼みを聞いて城に乗り込んだほうが、目当てのものを見つける糸口がつかめる可能性は高い。
 アンデッドと聞いて意気込んでいたシシリーも、さすがに彼のほのめかしに気付かざるえなく、かなり渋々ではあったが、

「…わかったわ。こちらの娘さん…マリアを伯爵の城まで連れて行きましょう」

と引き受けた。
 女主人は安堵したらしく、マリアを届けて戻ってきたら料理と部屋を準備しておこうと、己の豊かな胸を叩いてみせる。
 それに了解の意で手を振り、マリアを囲むようにして宿を出立した冒険者たちだったが、周りに人気のない城へ続く道の途中まで来ると、くるりと振り返ったシシリーが彼女へ話しかけた。

「今ならあなたを逃がすことも出来るわ。伯爵の所に行きたくないなら、逃亡を助けるけど…どうする?」

 マリアはぎこちない笑みを浮かべて応えた。
 暗い空の続く地で、三日月の細い光では、彼女の笑みに込められた感情は容易に読み取れない。

「いえ…大丈夫です。おかみさんの言うとおりだと思いますし、私で街の役に立てるなら…」
「そう…あなたがそれでいいと言うのなら、もう何も言わないわ」

 厚意を謝絶されて肩を落としたシシリーは、それ以上マリアに話しかけようとはせず、黙々と歩き始めた。
 万一の妨害を警戒して歩を進めているのだが、吸血鬼に付き物の蝙蝠や野犬の姿はちらとも見えない。
 それは普通の賊もであり、ここの治安がかなりいいことは嫌でも飲み込みざるを得なかった。
 吸血伯爵が支配する城は、街の規模からするとかなり立派な造りをしているようで、遠くからでも臨めるその威容に、テアは呆れたように首を横に振る。

「ずいぶんと立派な城じゃの」
「ええ、そうですね。ヴァルプスギス家が代々継いできたお城だそうです。こちらの道を行けば、間もなく到着できますよ」

 マリアの案内で城への道を辿ると、彼女の言葉どおりに程なく城の門が彼らの視界に入ってきた。
 城の造りもだが、それに付随する庭もかなり広大なようで、門から城本体への距離がかなりある。

「広い庭だな」

 端的なテーゼンの言に、ロンドが反論する。

「だけど、ずいぶんと華のない庭だ」
「先週は鈴蘭の花が満開だったんですけど、もう枯れちゃってますね…」

 どことなく寂しげな彼女の言葉に、若者2人は「ふぅん」と気のない返事を返しただけだった。
 その横では、テアが目を細めて庭を眺めている。

2016/05/18 11:56 [edit]

category: 常夜の街

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