Wed.

常夜の街その1  

 いつも無愛想極まりない顔を、にっこにこと緩ませながら新たに購入した防具を手入れするロンドを見て、アンジェが年不相応に深いため息をついた。

「新しい鎧がよっぽど嬉しかったんだねえ、兄ちゃんてば」
「そうね。私も彼に貸していた盾が返って来たのは嬉しいんだけど……あの顔はないわ」

 騎兵用の凧型の盾を自分が座る椅子に立てかけたシシリーが、やや半眼になりながらコメントする。
 先輩冒険者からのアドバイスで、手ごろな値段で効果の高い防具を売っているという魔法品物店を教えてもらい、ロンドがかねてより欲しいと熱望していた鎧を買ってきた。

常夜



 つい昨日のことだ。
 今までの彼は、孤児院の院長のお下がりだった古い鎖帷子をさんざっぱら修繕して使ってきた。
 そんなロンドが目をつけたものは、手ごろと言えども中々高価なもので、銀貨5000枚が財布袋から飛んでいったくらいである。
 生命力の強い草の核から作り出した、特別な品物らしいのだが……。

「それにしても奮発したのう。こないだ、おちびちゃんとウィルバー殿の間で協議して、新しい技術を買ったばかりじゃったろ?」
「金が足りなくなりそうだってんで、荷物袋からもう使わないアイテムや技術書処分してな」
「私も、【蒼の軌跡】の呪文書を売り払いましたからね。ま、その代わりに物置からお借りしていた【理矢の法】を返却し、アンジェが取得していた【梁上の君子】を使うことにしたんですが……元の呪文書が鼠の召喚術だったんですね、これ……」

 アンジェはアレンジで鼠の毒性を鋼糸に宿らせて使っていたのだが、【梁上の君子】はそもそも、非実体をも噛み破る牙を持った無数の毒鼠を召喚する魔法である。
 そのアンジェ自身は、今まで麻痺毒を扱う者がいなかったからと、宿の仲介を経て新たな短剣の技術を身につけていた。
 テアはバイオリンの弦を張り直してケースに戻しつつ、しみじみウィルバーに語りかける。

「死霊術は二つ操るわ、毒を持った鼠は召喚するわ、おぬし割と悪の魔術師の道を選んでおらんか?」
「……私も、薄々そんな感じがしていました。飛行の術も防護の術も身につけているのですが」
「ま、仕方ねえよ。僕らもそろそろ、竜に挑戦するかもしれない実力はつけつつあんだし」

 テーゼンの言うとおり、そろそろ大きな仕事も受けられるようになってきた旗を掲げる爪にとって、本格的な大事件に巻き込まれる前に技術や装備を整えておきたい、という結論に全員が達したのは、さすがにこないだのレオラン大隧道における死霊列車での冒険が、よほどに身に染みたからだろう。
 結果的に宿の仲間であるミカを無事に連れ戻したのは良かったのだが、四本腕の機甲の兵士や、異世界を旅する”プレーンズウォーカー”の術師を相手に今までの装備で戦うのは、さすがに骨が折れた。
 その経験を踏まえて、なるべく色んなことに対応できるよう技術の見直しをし、いつも前で戦うロンドに硬い防具を身につけさせよう……ということになったのだ。

「これで強くなったと単純に思い込むのは危ないが、少しは安定して動けるようになるじゃろ。……どう考えても、ロンド殿のトラブルに巻き込まれる体質は治しようがない気がするが」
「厄介なものに好かれやすいですからね。かぼちゃ屋敷では幽霊に見込まれ、ハーピィの囮になり、氷鏡の化け物に閉じ込められ……」
「それだけじゃねえよ。厄介とは違うけど、リビングメイルに一騎打ち見込まれた戦士なんて、僕も聞いたことないぜ」
「……しみじみ、一般人ではあり得ない人生送ってますね……」

 こんな話の最中にも、彼は緩んだ顔の表情筋を戻さず、せっせと新しい鎧を磨いている。
 その姿は慣れている仲間たちにもちょっと異様に感じられるくらいで、ましてや普段、ロンドと親しい付き合いのない人々にとってはドン引きする画だったろうが……その人物は、かなりおずおずした様子ながら果敢に彼へ近寄ってきた。

「あの~…ちょっといいかな」

 話しかけてきたのは、≪狼の隠れ家≫にすっかり居ついてしまった冴えないバイオリン弾き、ルージュ・ポワゾンだった。
 赤い髪を背中の半ばまで伸ばし、女性のように優雅に結い上げているこの男は、行き倒れていたところを≪狼の隠れ家≫の給仕娘のリジーに拾われ、バイオリン演奏を酒場で行うことで小銭を稼ごうと試みたのであるが……問題は、彼の腕が下手すぎて客が怒り出すほどだった、という辺りである。
 それでも作曲家としてやって行きたいからと、異国の風景についての調査を旗を掲げる爪に依頼してきたこともあった。
 結局、新曲は売れなかったが。
 そんな男からの言葉に、ロンドは一瞬で真顔に戻って言った。

常夜1

「お断りだ」
「いやいや、まだ何も言ってないよ」
「言わなくても分かる。押し売り演奏は結構だ」
「いやいや。押し売り演奏しようにもできないんだよ。…見て分からない?」

 ポワゾンは両手を広げるようにして、ひらひらと長い指を動かしてから付け加えた。

「バイオリン弾きが持っているはずの何かが無いでしょう?」
「才能だな」
「才能ね」
「才能でしょ?」

 ロンドだけではなく、近くのテーブルに座していたシシリーとアンジェまで同時に唱和する。
 他の三名も、黙ってその様子を見守ったままだ。
 冒険者たちが短く断じた容赦のないセリフに、ポワゾンは目に見えて慌てだした。

「いやいや、バイオリンだよ!僕のバイオリンが盗まれたんだ!」
「そうですか、これで平和になります。良かった良かった」
「ほう…それはそれは。これでもう、あの耳障りな音楽を聴かずに済むわけじゃの」
「いやいや、そこは冒険者として同じ吟遊詩人として、『それはお困りでしょう。助けになりますよ』ぐらい言ってほしいんだけど…」
「何を寝ぼけておる。演奏のたびに殴られ損なっているおぬしと、仲間達をきちんと音楽で支援しておるわしを同じ土俵にせんでくれ」
「第一、冒険者に何事かを頼もうと言うのなら、この宿に泊まっていてルールを知らないなんてことはないでしょう。親父さんも通さずに仕事を持ってきて、追い出されたいんですか?」

 年長者たちの指摘に苦い顔になったポワゾンは、もうこれ以上のことを頼むつもりなら、最終手段をオープンにするしかないと判断し、泣きそうな声で哀願した。

「報酬として銀貨500枚出すから!」

 やれやれと言った態で首を竦めたシシリーや、テーブルに肘をついて頬杖をついたテーゼンが、話を進める潮時だろうと彼に話しかける。

「それを早く言えば、皆からこき下ろされずに済んだのに……バイオリンを取り戻したいのね?」
「仕方ねえな。とっとと事情を話せよ」
「ううぅ………」

 思った以上の当たりの強さに、しばし彼は凹んだ様子だったが、どうにか気を取り戻して説明を始めた。
 先だって、リューンのある食事処で”リューン提琴演奏家協会”……つまり、リューン市内におけるバイオリン演奏家のギルド(組合)の集まりがあったのだという。

「ばあ様、そんなモンあるの?入会してんの?」
「いや。存在は知っておるが、わしは入会しておらん。バイオリンの技術交流は魅力じゃが、どちらかと言えば若いモンの集まりじゃからの」

 腕前云々の話より、その活気の強さにたじろいだ老婆は、協会に入らなくても特に支障がないことを確認して入会しない選択肢を取ったらしい。
 ポワゾンの技術向上は未だ兆しが見られないものの、そういう所で努力はしているのだなと感心したテーゼンは、彼へ話の続きを促した。

「久々に楽しかったものだから、僕もつい飲みすぎちゃって。おぼつかない足取りで≪狼の隠れ家≫に帰ったんだけど…」

 平均年齢の若い団体であるだけに、アルコールの力を借りた盛り上がりもひとしおだったのだろう。
 ポワゾンの意外と優美な線を描いている眉が、情けない形に下がる。
 同情を引く為にわざとやっているのなら大したものだが、確率は半々だろうとウィルバーは思った。

「翌朝気が付いたら、バイオリンが無くなっていたんだよ。食事処に持って行ったまでは覚えてるから、そこで盗まれたんだと思う」
「つまり、その置引きにあったバイオリンを捜してほしいと、そういう依頼なの?…大分容疑者の範囲が広すぎるから、それで銀貨500枚なんて少し安くないかしら?」
「一応、協会の人間に心当たりが無いか聞いてみたんだ。そうしたら…フードを被った人物がバイオリンケースを持って、食事会の途中で出て行ったのを目撃していた人がいてね」
「あん?じゃあ、そのフードのことを調べりゃいいじゃねえか。何も僕らになけなしの金払ってまで、わざわざ頼みに来なくたって」
「いやいや、それがさ。フードの人物について調べたら、そいつは協会の人間じゃなかったんだよ」
「ほう…それは怪しいのう。どうやって会に紛れ込んだのじゃ?」
「会員の口利きで特別に参加していたらしいんだ。『あるバイオリンを手に入れたいから』と言っていたらしい」

 ≪海の呼び声≫をパシパシと手のひらに打ち付けながら話を聞いていたウィルバーが、怪訝な表情になってポワゾンに問いかける。

「……そこまで調べているなら、フードの人物が誰か分かってるんじゃないですか?なぜ、ご自分で取り戻しに行かないのです?」
「取り返せる自信が無いから…かな。彼の名はエメリッヒ・フォン・ヴァルプルギス。常夜の街を統べる領主……つまり、貴族なんだよね」
「なるほど、身分差のある中で、まともな交渉が通用しそうにないということですか」
「報酬の銀貨500枚は、実質、交渉のためということでいいのかしら」
「その通りだよ」

 民俗知識に秀でたウィルバーが、自分の溜め込んだ知識に思い当たり口を開いた。

「常夜の街は東の国境にある町でしたね。以前は異民族との戦闘が絶えませんでしたが、最近はそれもなくなったようです。町の名前の由来は、その名の通り一日中、日が昇らないからだとか」
「ウィルバーの言うとおりだけど、それ以外は普通の田舎町だよ。ヴァルプルギス家は東の国境付近を治める辺境伯で、エメリッヒはその何代目かに当たるみたいだね」
「どんな人物か分かる?統治の評判とか、どんな手柄を上げたことがあるとか」

 小動物のように小首を傾げたアンジェの質問に、ポワゾンはうーんと唸って答えた。

「噂によると、金髪緑眼の美丈夫らしいね。武勇に秀でるとも聞いているよ。ただ、それ以上詳しいことは僕にも分からない」

 さすがにリューンから離れた街のこと、各地を巡る者の多い吟遊詩人の伝手を使っても、その領主の詳しい人物像までは情報を集め切れなかったようである。
 皆の質問が途切れたところで、ロンドは太い腕を組んで、

「なんだってポワゾンのバイオリンが狙われたのか、分からないのか?」

と訊ねた。
 どんなものでも良かったのなら、普通に骨董品屋や楽器店で購入すれば良いだけの話だ。
 それをわざわざ外部から侵入し、あまつさえ商取引を持ちかけることもせずに持っていくというのは、どう考えでも間尺に合わないことである。
 ましてや片方は平民、片方は貴族。
 少々強引な取引を行なったとしても、盗んで司法機関から横槍を入れられる心配を作るよりは、金を払ってしまうほうが後腐れはなかったはずなのだ。
 どうしてもそのバイオリンでなければならない……そういった事情があるに違いない。

「心当たり……」
「何かないのか?お貴族様が、まさか嫌がらせのために盗んだわけじゃないだろう?」
「兄ちゃんが言いたいのは、そのバイオリンが、実はすごく価値のある物とかなんじゃってことだね」

 ホビットの娘の言葉に、ウンウンと満足げにロンドは首肯する。

常夜2

「うーん…確かに、あのバイオリンは骨董品店で買ったものだけど…。値は張らなかったし、直感でコレだと思って衝動買いしたものだし。客観的な価値は、それほどないと思うけど…」
「心当たりはなし…か」
「それじゃ、あんまり参考にならないよね……」

 あまり金になりそうにない、しかも厄介そうな依頼である。
 1人を除いて、ほぼ全員が渋い茶を飲み込んだかのような表情になった。
 特にテアなどは依頼主がよほど気に喰わないのか、渋い茶に虫が入っていたとでも言いたいような顔つきに変わっており、怪異な容貌と相まって、知らない子どもが見たらぎょっとして泣き出してしまいそうな迫力を伴っている。
 口に出して言葉にせずとも、断りたいと彼らが考えているのは明らかである。
 例外のたった一人が

「ねえ」

と口火を切った。

「一日中、お日様が昇らない街っていうの見てみたくない?」

 シシリーのセリフに、仲間たちはぽかんとした顔になった。
 そういえばこのリーダー、そもそも好奇心旺盛な性質だったな…と思い当たったのは年長組である。
 ロンドとて好奇心は旺盛な方なのだが、彼と違い、シシリーはお人好しで献身的でもあるものだから、あまりに哀れを誘うポワゾンの姿に同情したらしい。
 他に良さそうな依頼があれば一も二もなく断るところであるが、彼らほどの実力を必要とする仕事は、今のところ≪狼の隠れ家≫に舞い込んできていない。
 このまま宿でくさくさするくらいなら、報酬がイマイチの依頼でも旅に出たい――そういう思いが見え隠れどころか、顔に大文字でくっきり書かれている様子のリーダーを変節させるのは容易でないのを、全員が承知していた。
 そのため、恐る恐るアンジェが問うた。

「姉ちゃん……本気で受けるつもりなの?」
「だってちょっと気になるし。そのバイオリン、どうしてそんなに欲しがるのかしらって」
「まあ……それは確かに、俺も疑問なんだけど……」
「疑問というか、正気を疑うと申しましょうか……」

 人差し指を頬に当てて「うーん」と声を漏らしたシシリーが、テアに向き直る。

「テアの目から見て、あのバイオリンってどう?価値の高いものかしら?」
「……さあての。ポワゾンやある特定の者には価値が高く見えるじゃろ。わしにとっては不要のモンじゃが」
「ばあ様?」
「………?」

 テアの微妙な言い回しに、テーゼンが怪訝そうな顔になり、ウィルバーが眉間に皺を寄せるものの、リューンでも評判の高い吟遊詩人はそれ以上を語ろうとはせず、ぐっと口を引き結んだままである。
 多少の疑問点は残ったものの――。
 結局、旗を掲げる爪は多少の好奇心に負けて、バイオリン奪還の依頼を請け負うことになった。

2016/05/18 11:51 [edit]

category: 常夜の街

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