Sun.
くろがねのファンタズマその6 
壁を埋め尽くしているはずの本棚が倒壊した車両の中、次の車両へ続く出口を塞いでいる瓦解した棚が冒険者たちの進行を邪魔していたのだが――。
「えいっ!」
「みんなっ、伏せて!」
シシリーが勢いよく投げつけた火晶石によって生まれた爆炎が、大量の書物を飲み込む。
粉塵と化した本が吹っ飛び、新たに進むべき道が開かれた。
そんな混沌とした中で、ウィルバーは一冊の本を拾い上げ、凍りついたように固まっている。
「えいっ!」
「みんなっ、伏せて!」
シシリーが勢いよく投げつけた火晶石によって生まれた爆炎が、大量の書物を飲み込む。
粉塵と化した本が吹っ飛び、新たに進むべき道が開かれた。
そんな混沌とした中で、ウィルバーは一冊の本を拾い上げ、凍りついたように固まっている。
気付いたテアが眉根を寄せ、彼の手から本を叩き落した。
「おぬしは…本と見れば、分別のなくなる男じゃの。捕われておったな?」
「すいません、ありがとうございました。悪名高いレーベンホルム家の禁書で……収穫はあったんですけどね。あのままだと、魅入られたままだったでしょう」
或いはあの死霊術師も、この禁書に魅入られて儀式を始めたのではないだろうか。
ウィルバーは人知れず、そう考えた。
脳裏に刻み込まれた新たな死霊術、【至る道】――まさしく、不死王に転生する手順を儀式化した”何か”を利用して味方の傷を癒す作用をもたらす術は、じきに彼のものとして使えるようになるだろう。
深く息を吐いた老婆に、もう一度申し訳なさそうな顔を向け、彼は味方に歩み寄った。
図書用の車両の向こうにある通路には、何か潜んでいたり、隠されている様子もない。
再び先頭に立ったテーゼンとアンジェは、あちらこちらと首を巡らして言った。
「妙だな……死霊の数、減ったよな?」
「うん。あいつが自分のところに来て欲しくないなら、もっと敵をけしかけてくるんじゃと思ってたんだけど……来ないね」
「油断は禁物、ってまたウィルバーさんから言われるぞ」
「だってさ、兄ちゃん。また客車だけど、天窓が違うくらいで――」
「天窓?」
アンジェに言わせると、他の車両の天窓は煤けていたのだが、ここだけは最近交換されたのか、曇りのない天窓が嵌まっているらしい。
「だから誰も――ッ!?」
アンジェが一歩下がる。
彼女の目に急に入ったものは――客車の座席に蹲るように倒れている、小柄な人影だった。
生きている様子もなければ、こちらに対する敵意も感じなかったため、気づくのが遅れたのである。
とうに息絶え、ミイラ化している幼い子どもの枕元には……痩せた猫が座り込んでいる。

「……お前。この遺体が――主人なの?」
それはシシリーの女の勘だったが、外れてはいないだろうと彼女は思った。
猫の瞳は、自分の領域を守る騎士の視線のようであったから。
ミカの色が薄くなった瞳が、唯の死者となった遺体へ向けられる。
「こんな幼い子どもまで…この子の魂も、儀式に捧げられてしまったのかな」
「ちょっと待ってね」
アンジェが子どもの身体に近づくと、傍にいた猫は毛を逆立てて睨んだ。
ウィルバーの助けによって猫との接近にすっかり慣れたアンジェは、慌てる様子もなく猫を宥める。
「…そんなに怒らないでよ。ご主人のことを少し知りたいだけだから」
遺体はこれと言って特別なものではなく、衰弱し、霊力を儀式に吸われた犠牲者――ただ、その手が不可思議なものを、名残惜しそうに握り締めている。
「ん?」
何かに繋がっていたらしい青と白の飾り紐。
アンジェには見覚えがある。
「あ――!羽の兄ちゃん、アレだよアレ!」
「あん?」
「羽の兄ちゃんの命令で取ってきた、風船!この子だ!」
「おおっと!」
2人は急いで荷物袋から風船を出すと、遺体の手にあった糸に結びつけた。
猫のような耳、と思ったのも道理――それは、傍らの猫にちなんで買い求めた品だったのだろう。
元の持ち主の頭上を、今はゆらゆらと往復している。
やがて――幼子の遺体はさらさらと崩れ落ち、床に溶けるように消えていった。
「なるほどな……こういう”想い”が篭ってた品だったのか」
「返すことが出来て良かったね。………あれ?」
「あっ――猫が……」
ミカの言葉どおり、遺体の傍に控えていた猫もまた消えていく。
それを見届けると、シシリーは持ち主のいなくなった風船を、そっと客室の天井に放ってやった。
横で風船を見上げているミカが、ぽつりと言った。
「……。死者はきっと、生きていた時のように、優しさや尊敬を向けられた時…本当に、死んだことを悟るのでしょうね」
「………そうかもしれないわね」
「シシリーさんと請けた、最初の仕事。あの孤児院の子どもたちも…そうでしたから」
ミカの取り戻した記憶の中のシシリー――彼女は、自分も同じ孤児院育ちであることを亡霊と化した子どもたちに説き、決して剣を抜くことなく彼らを宥め、時には諭したのである。
彼女の深い優しさを、現在だけではなく過去にもわたってミカは感じていた。
だがその感慨も、長くは続けられない。
なぜなら、次の通路で天井から噴出している蒸気に、行く手を遮られたからである。
しげしげと見つめた後にテアが言った。
「寒冷地を走る車内を暖めるために、循環させていた蒸気じゃろう。老朽化で圧力に配管が耐え切れなんだか。下を通ると火傷するじゃろうて。テーゼン」
「ん」
当たり前のように前に出た青年へ、老婆は乗務員室から取ってきた外套を押し付けた。
「念のため着ておけ。……タイミングはおぬしが測っておくれ。駆け抜けてしまおう」
「分かった」
短く答えると、彼は外套を羽織ってタイミングを見計らう。
長い時間が――流れたように思った。
「――今だ!走れ!」
青年の叫びに導かれるように、一行は蒸気の停止する僅かな隙間を縫って次の車両へ疾走した。
見事に火傷一つ負うものもおらず、次の車両へと駆け込む。
無人と思われる客車に飛び込んだ。
「この客車を抜けると、先頭車両みたいですね」
ミカの言葉に、シシリーが頷く。
「ここまで魔術師に会わなかったけど…いよいよ、この先に待ち受けているのかしら」
「魔列車の動力は機関車で生み出されます」
コツ、と≪海の呼び声≫の石突が列車の床を突く。
「リッチに転生するため魔力を収束するのも、機関室がもっとも効率が良いはずです」
「よし、進もう――って……あれは?」
むしろきょとんとした様子にも聞こえるロンドの声だったが、事態はそれほど呑気なものではなかった。
暗闇の奥から想い金属音を引きずって、歩み出てくるものがある。
くろがねの四肢、命通わぬ光学の瞳。
それは冷たい遺跡の奥底で、数々の勇者を葬ってきた古代文明の執行人である。
「ひっ――!?」
ミカは喉の奥で悲鳴を飲み込んだ。
機甲の兵士なら彼女とて何度かは見たことがある。
だがこれは――目の前のこれは――四本の腕で、ロンドくらいしか持ち上げられなさそうな大剣をそれぞれに一本ずつ操っているのである。
しかも、縦横に剣を振りながら全く室内を損壊する様子がない。
それは正確無比なコントロールを備えているということ。
「でもね――最短距離で先頭車両に行こうと思うのなら――」
シシリーが≪Beginning≫を抜剣した。

「――通らせてもらうわ!!」
「そこをどけ、シリー!」
「!?」
真っ直ぐに背負っていた武器を構えたロンドが、ニヤリと血に飢えたような笑みを浮かべている。
「ちょ、ちょっと……まさか……」
「だから言っただろう。こいつは役に立つってな!」
「みんなっ、座席の下へ!」
慌ててロンド以外の全員が、脇にある座席の下へと滑り込む。
4本の大剣を振るう死の嵐を恐れることもせず、彼はしっかりと足を踏ん張ってそれを――乗務員室から持ち出したロケットランチャーを――ぶっ放した。
たちまち、致命的打撃を受けた機甲の兵士が、客車の壁に盛大に叩きつけられ――ついでに座席の半分以上が吹っ飛んだ。
テアの頭やウィルバーの脚にまで、吹っ飛んだ破片が当たったのはご愛嬌というものだろう。
あの兵士の攻撃をまともに受けていれば、とてもこんな軽傷ではすまないはずだ。
それに文句を言ってやりたくても、当のぶっ放したロンド自身が、武器の反動で火傷を負っている。
「ロンドって本当に馬鹿だと思うのよね、こういう時に」
「今度、膝詰めで説教してやればイイと思うよ、姉ちゃん」
「……やった!!」
ミカは1人だけ状況をよく見渡していないのか、ロケットランチャーの威力で兵士が吹っ飛んだことを喜んでいる。
しかし。
「……な、なぜ、まだ動いて……!」
一度は動きを止めた機甲の兵士だったが、武器を支柱にゆらりと巨体を起こし始めている。
「腐っても古代兵器ね。この程度じゃ止まらないってことなの……」
「おい、ミカとシシリー。ここで機甲兵を食い止めるから、その隙に走れ!」
三叉の槍を構えたテーゼンの言葉に、仲間たちは目配せしあって、ミカを庇うように陣を組み直した。
なおも躊躇うような仕草を見せるミカに、再びテーゼンが叫ぶ。
「行って来い。その手で、自分の生きる運命を捕まえて来い!」
「おぬしは…本と見れば、分別のなくなる男じゃの。捕われておったな?」
「すいません、ありがとうございました。悪名高いレーベンホルム家の禁書で……収穫はあったんですけどね。あのままだと、魅入られたままだったでしょう」
或いはあの死霊術師も、この禁書に魅入られて儀式を始めたのではないだろうか。
ウィルバーは人知れず、そう考えた。
脳裏に刻み込まれた新たな死霊術、【至る道】――まさしく、不死王に転生する手順を儀式化した”何か”を利用して味方の傷を癒す作用をもたらす術は、じきに彼のものとして使えるようになるだろう。
深く息を吐いた老婆に、もう一度申し訳なさそうな顔を向け、彼は味方に歩み寄った。
図書用の車両の向こうにある通路には、何か潜んでいたり、隠されている様子もない。
再び先頭に立ったテーゼンとアンジェは、あちらこちらと首を巡らして言った。
「妙だな……死霊の数、減ったよな?」
「うん。あいつが自分のところに来て欲しくないなら、もっと敵をけしかけてくるんじゃと思ってたんだけど……来ないね」
「油断は禁物、ってまたウィルバーさんから言われるぞ」
「だってさ、兄ちゃん。また客車だけど、天窓が違うくらいで――」
「天窓?」
アンジェに言わせると、他の車両の天窓は煤けていたのだが、ここだけは最近交換されたのか、曇りのない天窓が嵌まっているらしい。
「だから誰も――ッ!?」
アンジェが一歩下がる。
彼女の目に急に入ったものは――客車の座席に蹲るように倒れている、小柄な人影だった。
生きている様子もなければ、こちらに対する敵意も感じなかったため、気づくのが遅れたのである。
とうに息絶え、ミイラ化している幼い子どもの枕元には……痩せた猫が座り込んでいる。

「……お前。この遺体が――主人なの?」
それはシシリーの女の勘だったが、外れてはいないだろうと彼女は思った。
猫の瞳は、自分の領域を守る騎士の視線のようであったから。
ミカの色が薄くなった瞳が、唯の死者となった遺体へ向けられる。
「こんな幼い子どもまで…この子の魂も、儀式に捧げられてしまったのかな」
「ちょっと待ってね」
アンジェが子どもの身体に近づくと、傍にいた猫は毛を逆立てて睨んだ。
ウィルバーの助けによって猫との接近にすっかり慣れたアンジェは、慌てる様子もなく猫を宥める。
「…そんなに怒らないでよ。ご主人のことを少し知りたいだけだから」
遺体はこれと言って特別なものではなく、衰弱し、霊力を儀式に吸われた犠牲者――ただ、その手が不可思議なものを、名残惜しそうに握り締めている。
「ん?」
何かに繋がっていたらしい青と白の飾り紐。
アンジェには見覚えがある。
「あ――!羽の兄ちゃん、アレだよアレ!」
「あん?」
「羽の兄ちゃんの命令で取ってきた、風船!この子だ!」
「おおっと!」
2人は急いで荷物袋から風船を出すと、遺体の手にあった糸に結びつけた。
猫のような耳、と思ったのも道理――それは、傍らの猫にちなんで買い求めた品だったのだろう。
元の持ち主の頭上を、今はゆらゆらと往復している。
やがて――幼子の遺体はさらさらと崩れ落ち、床に溶けるように消えていった。
「なるほどな……こういう”想い”が篭ってた品だったのか」
「返すことが出来て良かったね。………あれ?」
「あっ――猫が……」
ミカの言葉どおり、遺体の傍に控えていた猫もまた消えていく。
それを見届けると、シシリーは持ち主のいなくなった風船を、そっと客室の天井に放ってやった。
横で風船を見上げているミカが、ぽつりと言った。
「……。死者はきっと、生きていた時のように、優しさや尊敬を向けられた時…本当に、死んだことを悟るのでしょうね」
「………そうかもしれないわね」
「シシリーさんと請けた、最初の仕事。あの孤児院の子どもたちも…そうでしたから」
ミカの取り戻した記憶の中のシシリー――彼女は、自分も同じ孤児院育ちであることを亡霊と化した子どもたちに説き、決して剣を抜くことなく彼らを宥め、時には諭したのである。
彼女の深い優しさを、現在だけではなく過去にもわたってミカは感じていた。
だがその感慨も、長くは続けられない。
なぜなら、次の通路で天井から噴出している蒸気に、行く手を遮られたからである。
しげしげと見つめた後にテアが言った。
「寒冷地を走る車内を暖めるために、循環させていた蒸気じゃろう。老朽化で圧力に配管が耐え切れなんだか。下を通ると火傷するじゃろうて。テーゼン」
「ん」
当たり前のように前に出た青年へ、老婆は乗務員室から取ってきた外套を押し付けた。
「念のため着ておけ。……タイミングはおぬしが測っておくれ。駆け抜けてしまおう」
「分かった」
短く答えると、彼は外套を羽織ってタイミングを見計らう。
長い時間が――流れたように思った。
「――今だ!走れ!」
青年の叫びに導かれるように、一行は蒸気の停止する僅かな隙間を縫って次の車両へ疾走した。
見事に火傷一つ負うものもおらず、次の車両へと駆け込む。
無人と思われる客車に飛び込んだ。
「この客車を抜けると、先頭車両みたいですね」
ミカの言葉に、シシリーが頷く。
「ここまで魔術師に会わなかったけど…いよいよ、この先に待ち受けているのかしら」
「魔列車の動力は機関車で生み出されます」
コツ、と≪海の呼び声≫の石突が列車の床を突く。
「リッチに転生するため魔力を収束するのも、機関室がもっとも効率が良いはずです」
「よし、進もう――って……あれは?」
むしろきょとんとした様子にも聞こえるロンドの声だったが、事態はそれほど呑気なものではなかった。
暗闇の奥から想い金属音を引きずって、歩み出てくるものがある。
くろがねの四肢、命通わぬ光学の瞳。
それは冷たい遺跡の奥底で、数々の勇者を葬ってきた古代文明の執行人である。
「ひっ――!?」
ミカは喉の奥で悲鳴を飲み込んだ。
機甲の兵士なら彼女とて何度かは見たことがある。
だがこれは――目の前のこれは――四本の腕で、ロンドくらいしか持ち上げられなさそうな大剣をそれぞれに一本ずつ操っているのである。
しかも、縦横に剣を振りながら全く室内を損壊する様子がない。
それは正確無比なコントロールを備えているということ。
「でもね――最短距離で先頭車両に行こうと思うのなら――」
シシリーが≪Beginning≫を抜剣した。

「――通らせてもらうわ!!」
「そこをどけ、シリー!」
「!?」
真っ直ぐに背負っていた武器を構えたロンドが、ニヤリと血に飢えたような笑みを浮かべている。
「ちょ、ちょっと……まさか……」
「だから言っただろう。こいつは役に立つってな!」
「みんなっ、座席の下へ!」
慌ててロンド以外の全員が、脇にある座席の下へと滑り込む。
4本の大剣を振るう死の嵐を恐れることもせず、彼はしっかりと足を踏ん張ってそれを――乗務員室から持ち出したロケットランチャーを――ぶっ放した。
たちまち、致命的打撃を受けた機甲の兵士が、客車の壁に盛大に叩きつけられ――ついでに座席の半分以上が吹っ飛んだ。
テアの頭やウィルバーの脚にまで、吹っ飛んだ破片が当たったのはご愛嬌というものだろう。
あの兵士の攻撃をまともに受けていれば、とてもこんな軽傷ではすまないはずだ。
それに文句を言ってやりたくても、当のぶっ放したロンド自身が、武器の反動で火傷を負っている。
「ロンドって本当に馬鹿だと思うのよね、こういう時に」
「今度、膝詰めで説教してやればイイと思うよ、姉ちゃん」
「……やった!!」
ミカは1人だけ状況をよく見渡していないのか、ロケットランチャーの威力で兵士が吹っ飛んだことを喜んでいる。
しかし。
「……な、なぜ、まだ動いて……!」
一度は動きを止めた機甲の兵士だったが、武器を支柱にゆらりと巨体を起こし始めている。
「腐っても古代兵器ね。この程度じゃ止まらないってことなの……」
「おい、ミカとシシリー。ここで機甲兵を食い止めるから、その隙に走れ!」
三叉の槍を構えたテーゼンの言葉に、仲間たちは目配せしあって、ミカを庇うように陣を組み直した。
なおも躊躇うような仕草を見せるミカに、再びテーゼンが叫ぶ。
「行って来い。その手で、自分の生きる運命を捕まえて来い!」
2016/05/15 12:47 [edit]
category: くろがねのファンタズマ
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