Sun.

くろがねのファンタズマその5  

 ミカが目を開いた時、人形のように整った綺麗な顔がこちらを覗き込んでいた。

「ミカ。意識が戻ったのかい」
「あ……」

 滅多にない近距離で異性に見られていることに羞恥を覚え、ミカは仄かな血の色――それすらもかなり淡いものであったが――を頬に浮かべて、それを誤魔化すようにつっかえながら言った。

「夢を……見ていました。みんなと…知り合った頃の夢を」
「夢……じゃあ、記憶が戻ってきてるんだな?」
「はい。まだ、思い出せないことも多いけど――」
「起き上がるか?無理はすんなよ」
 テーゼンの白く優美な手の助けを借り、上体を起こす。
 ミカの視界が変わると、テーゼンの向かい側にあるベッドに座って、真っ赤に目を泣き腫らしているシシリーが見えた。
 彼女の夢の中で颯爽としていた先輩冒険者の意外すぎる姿に、ミカは目じりを緩ませた。

「夢で見たのは…≪狼の隠れ家≫に所属して…よく、詐欺に引っかかっていた頃のこと、早くシシリーさんたちに追いつきたくて、色んな依頼受けたこと……」

 はっきりと、意志を持って彼女はそれに付け加える。

「あの死霊術師のことも思い出しました」
「あいつは、どんなヤツなんだ?」

 勢い込んだテーゼンの質問に、目をちゃんと合わせて答える。

「不死の道を極めようとしている、幼い女の姿をした術師で、最初、大隧道の地図を作るからと私に依頼してきた人です」
「依頼人を騙って、ミカに近づいたの…?」
「あの人は私を隧道に連れていき、ナイフで喉を刺しました。”至る道”の儀式を成功に導くため、大量の生贄がいる。そう言っていました」
「……!」

 ぽろり、と再びシシリーの目から涙が零れる。

「そんな顔しないで、シシリーさん」

 ミカは細い腕を伸ばして、その涙をそっと拭った。

「私は最後まで騙されてばかりだったけど…最後に、みんなと冒険できて…すごく…嬉しかった」

 ミカの肩掛けがはだけ、首筋に白い傷跡が見える。
 その存在すら、希薄になっているように冒険者たちは感じた。

「……ッ!ウィルバー。どうにもならないの。本当にもう、手遅れなの?」
「………」

 ウィルバーは静かに、ただ目を閉じている。

「一つだけ、ミカが生き返るかもしれない可能性があるぜ」

 そう切り出したのは、ウィルバーではなくテーゼンであった。
 ひゅっ、と見えない巨人に喉を掴まれたかのごとく、ミカの喉が鳴る。

「っ――本当!ミカの命を取り戻せるの!?」
「かなり特殊な例だから、上手く行くかどうかは保証できねぇ。それでも……聞くか?」

 頷いたのはシシリーだけではない、他の仲間たち全員であった。
 仲間たちの総意を確かめると、テーゼンは何となく座り直して全員へ説明し出した。

「今、僕らがいる魔列車は生と死の境がひどく曖昧なんだ。その死霊術師がやる儀式ってのは、多分だけどこういった”場”がないと出来ないものなんだろうな。んで、儀式に捧げられた贄――この場合は」

 白くほっそりとした指が、ミカを指し示す。

「ミカだが。儀式が完了するまでは、こういった生命エネルギーとして漂っている。つまり、今のミカは『殺されて吸収される前のエネルギー体』であって、完全な死体ではないんだよ。僕がさっきうっかり言っちまった狭間にいるってのは、そういう状況だってこと」

 悪魔らしい小粋な様子で彼は肩を竦めた。

「儀式が完成しちまえば、吸収されることに変わりはないんだがな」
「話は分かりましたよ。つまり、儀式が完成する前が鍵なんですね?術者のところへ儀式が完成する前に乱入して、命を絶てば――」
「ああ。術者に奪われる予定だったエネルギーがミカの体に帰還し、蘇生できる…可能性はある。高くはないけどな」
「…それは、この儀式をなかったことにできる可能性があるって事なの!?」

 両手をぎゅっと握り締めて問いかけるシシリーへ、テーゼンは浅く首肯した。

「儀式を妨害できて、この空間にプールされた生命力を、取り戻せれば…の話なんだけどよ」
「悪くない…悪くないよね。掠め取る感じが面白いよ」

 にやりと笑ったアンジェに同意するように、他の仲間たちも各々の得物を握り締める。
 怯えたように――その怯えは、自分ではなく他者の命が失われることに対して向けられたものだ――ミカは言い募った。

「でも、でも…そんな事のために、…皆に危険が――!」
「――ミカ」
「えっ?は、はい!」
「ミカは、今のままでいいの?依頼人を騙った相手に裏切られたまま……こんな理不尽な死を、受け入れられるの?」
「……でも……それは。私が、騙されて…」

 ミカの声はか細く震えていた。
 その肩を掴んで。
 春の海の色が、同じ季節に揺れる木々の色を見据えた。

「騙された方が悪いわけじゃないわ。私は、大事な仲間に痛みを強いて――自分の望みを叶えようとする奴を、黙って見てはいられない!」
「………!」
「ミカ。僕は、逝きたくないと言いながら、血に塗れ息絶えようとした子どもを1人、知っている」

 黒く鋭い双眸で、射抜くようにミカを見やったテーゼンが呟いた。

「そんな奴でも、死ぬ前に自分を殺した相手に、自らの手で刃を突き立てたいと――そう強く願った。アンタはどうだ?悔しくないのか?自分を騙し殺した術者を妨害して、もっと生きたいと願わないのか?」
「わたしは――」

 少女の唇がわななく……恐怖や驚愕ではなく、強い、自らを救うための感情に。

くろがね8

「もっと、生きたい。もっとみんなと、一緒にいたいです……!!」

 少女の目から、今まで我慢していた涙が流れ始めた。
 それはきっと、これからまた生まれ変わるための彼女のための儀式なのだろう。

「……決まりだな。≪狼の隠れ家≫の大事なメンバーの命――」
「おうよ、黒蝙蝠。性悪の死霊術女から、奪い返してやろうぜ!!」

 パアン!と、テーゼンとロンドが手を打ち合わせて誓った。
 テアがふむ……と言って、顎に手をやる。

「そうと決まれば、相手さんの居所を探るのも良いじゃろうの。ウィルバー殿は先ほどそれが出来ると言っておらんかったか?」
「ええ。試してみましょうか?」

 ウィルバーの指示によって、冒険者たちは使い魔を倒した短剣の周囲に簡単な魔法陣を敷くと、探査の儀式魔術を準備した。
 深く静かな声が、染みとおるように仲間たちへ語りかける。

「いいですか――精神を集中して、短剣から流れ込んでくるイメージを拾うのです…」

 敵のイメージを拾い出す役割は、悪魔であるテーゼンが担った。
 彼の脳裏に、朧げな情景が流れこむ――。

「――見つけた」

 テーゼンは死霊術者の位置を探り出し、禍々しい笑みを顔に浮かべた。
 自分が探り当てたものを同じ空間にいる仲間たちへ、ウィルバーの魔力の波動を介して送り込む。
 広い空間で儀式を進める女の姿。その周囲には、空間が揺らめくほどの魔力が集まりつつある。
 わずかな”時間”、女の意識に触れた冒険者たちは、多くの情報をその接触から掴み取った。
 ぽつり、とミカが呟いた。

「……この人。思い出したことがあります」
「思い出したこと?」

 脳裏に映し出される死霊術師の姿を見ていたミカが、シシリーの言葉に小さく首肯した。

「この人、依頼人として私の前に現れた時に言ってました。『自分は”色のない世界”から来た』と」
「色のない世界……」
「世界には、稀に他の世界からこの世界へ”渉って”来る人たちがいて、そういう人たちは、例外なく人並み外れた魔力を持っていると、聞いたことがあるんです」

 なるほど、と指のスナップ音を鳴らしたのはウィルバーである。

「久遠の闇を超え、異世界を旅する者。”プレーンズウォーカー”…」
「プレ……なんだ、それ?」

 不思議そうに反復しようとして失敗したロンドへ、

「呼び名はともかく…それが本当なら、厄介な敵になるということです」

とだけ、彼は説明した。
 しかし、どれだけ厄介な相手でも、その企みを潰してミカを取り返すことに変わりはない。
 旗を掲げる爪は負傷を回復し、前方の車両へと移動を始めた。
 通路を通り過ぎ、貨物室もさらに進むと、通路の右側にドアが見える。

「古代語だね。crew's cabin……つまり、乗務員室ってこと?」

 鍵穴がないので開いているのかとノブを引っ張ってみるが、開く様子がない。
 不審に思ったアンジェは、扉の横に、ちょうど手のひら大の薄い何かが入りそうなくぼみを見つけた。

「この形は……姉ちゃんのじゃない?」
「IDカード?」

 薄いくぼみにカードを差し込んでみると、黒い扉の仕掛けが微かな音とともに解除されたようだ。
 部屋の中に入ってみると、何を収めていたのか大きな収納庫や、事務用に使われたのであろう大きな机がある。

「な、なにこれ!?」

 シシリーがひときわ大きなロッカーを開くと、そこには奇妙な鉄の武器が吊るされていた。
 金属筒に取っ手がついた形状で、かなりの重量がある。
 振り回して当てる……という類のものではないようだ。
 それでも役に立つかもしれないと、ロンドが無理矢理、自分で背負って持ち出し始めた。
 その他には、テアが壁のクローゼットから、見慣れない繊維で作られたらしい厚い外套を手際よく引っ張り出している。
 重すぎて冒険の用途には使えなさそうだが、タグを読んでいた老婆いわく、防火の効果を持っているものらしい。
 それらを部屋から持ち出すと、冒険者たちはまた前進を始めた。

2016/05/15 12:45 [edit]

category: くろがねのファンタズマ

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