Sun.

くろがねのファンタズマその4  

 常緑樹の輝きのように美しい緑の光が満たされているキューブをつまみ上げ、

「綺麗だな」

とテーゼンは歎息した。
 今は談話室と前方車両を繋ぐ通路の間に移動している。
 さらさらと草原を渉る風のような音を立てて、キューブに注がれた旗を掲げる爪の冒険の思い出は、リューンの草原の色にも、≪狼の隠れ家≫近くの並木道の色にも似ているように思われた。
 風に揺れる緑の景色は、懐かしい故郷のようでもあり、旅路で見慣れた日常のようでもある。

「親父さんによく使いを頼まれる道が、ちょうどこんな木立でよ」
 悪魔の青年が言うセリフに反応したのは、

「親父さん。娘さん。心配してるでしょうか――」

と呟いたミカであった。
 目を丸くしてシシリーが言う。

「……そっか。“親父さん”の事も思い出せたのね?」
「あっ――!私…なぜ、忘れていたんだろう。大事な宿の事」
「いい傾向じゃないか。こうやってちょっとずつ思い出せば、きっと記憶を取り戻せる」

 大きく分厚い掌で、ロンドはミカの頭を撫でた。
 常人より力が強いことを自覚してはいるので、なるべく優しくと心がけてはいるものの、それでも並みの大人がやるよりは少々乱暴な感じになるのは否めない。
 だが、ミカはそれを嫌がりもせずに受け入れていた。
 何となく、ほっとした雰囲気が流れるが――その刹那、突如として激しい揺れが冒険者たちを襲った。

「――くっ、いかん!」

 よろけた老婆を、慌ててシシリーが支える。
 とっさに通路の部品に捕まったアンジェが警告する。
 彼女の頭の中には、前の通路で読み取った路線図がくっきりと浮かび上がっていた。

くろがね6

「……!この先は下り坂だよ――加速で大きな揺れが来る。何かに掴まって!」
「うおおお!?」
「こっち寄るな、白髪頭!くそっ」
「テア、こっちにしがみ付いて!」
「危ない、ミカ!」
「きゃあぁぁぁ――!?」

 思い思いの悲鳴が上がる中、バランス感覚のいいアンジェが冷静に言葉を発する。

「ミカ、姿勢を低くして。こっちだよ!」
「す、すいません、アンジェさん!」
「気にしない、気にしない。魔術師には魔術師の、斥候には斥候の仕事があるもんね」
「――!みんな、伏せてください!」

 歪んだ魔力をいち早く察知したウィルバーが叫ぶと、空間の一部が裂けるように割れ、そこから見覚えのある蜘蛛が現れた。
 憎々しげにシシリーが叫ぶ。

「――使い魔っ!」
『…あら。騒がしい鼠が、まだ五体満足でいるとは…途中の亡者に喰われて肉片になっているかと思っていたけど…外の鼠はしぶといのね』

 シシリーは使い魔との距離を測りながら、

「……あなたのことは、必ず見つけ出してみせるわ」

と呟いた。

『――ふっ、人の褥(しとね)に踏み込もうなどと、悪趣味なこと』

 嘲りの色が違い声に同調するように、蜘蛛がその長い脚を蠢かす。
 ミカは青い顔をしながら、黙ってその様を見つめていた。

『もっとも、至る道の儀式に耐えて、ここへ来るまでに、正気を保っていればだけどね』

 さらに蜘蛛の主が何を言うつもりであったのか――もっと強い嘲りか、それとも己の優位の確立を決定付ける言葉か、それは分からない。
 何気なく動いた、アンジェの指が成したことによって。

「…長い解説どうも。あたしの武器が糸だけだなんて、誰も言ってないからね」

 彼女の隠し場所から取り出された短剣は、狙い過たず蜘蛛の身体のど真ん中を貫いていた。
 初めに動かした糸の直線の動きに対する反応を見て、これなら短剣の点の動きで射抜けるだろうと、アンジェはずっと計算していたのである。
 弛緩して床に落ちた時、すでに忌まわしい虫は息絶えている。
 アンジェは音もなく近寄り、短剣を振って刀身から的を落とした。
 その仕草を終える直前に、ウィルバーが口を開いた。

「待ってください、武器に付いた、その蜘蛛の体液――」
「うん。分かってるよ。毒かもしれないから綺麗に洗い流して……」
「いいえ、そうではないのです」

 ウィルバーはアンジェの短剣を握った腕へそっと触れた。

「使い魔は、術者と繋がりが深い…。その血を触媒に、魔術師の情報を探り出せるかもしれませんので」
「ああ、なるほど。色々出来るんだね、おっちゃんは」

 いつもの調子で喋りながら、アンジェは蜘蛛の体液に触れぬよう、柄の部分をウィルバーに受け渡した。
 2人の様子を眺めたシシリーはそっと首を横に振る。

(この人たち、転んでもタダでは起きないのよね…)

 その時、微かに喘ぐような声が彼女の耳に届いた。
 そちらに視線を走らせると、ミカが短剣を見て青ざめた顔をしている。

「あ…あぁ……あ」
「ミカ――?大丈夫、これはもう死んで…」
「い、いいえ!ち、違うんです。」

 ミカは艶やかな赤毛をばさばさと音がたつくらいに激しく首を振ると、

「アンジェさんの今の攻撃を見て、思い出しました――わたし、あの魔術師に会っています」

と言い出した。

「なっ……なに?あの蜘蛛の主人に?」

 目を瞠って彼女を見つめたロンドに、ミカは肯定を返して続きを話した。

「そして…そして、多分――多分、私はあの人に殺されています――」

 悲痛なまでの苦しさを込めた告白は、その場に凍りつくような静寂をもたらした。
 それと同時に――今回取り戻した記憶の一部は、あまりにも彼女へ刺激と驚愕が強かったのだろう、ミカはそこで意識を失った。

「ミカ!」

 シシリーが崩れ落ちる彼女の身体を抱える。
 目と目を見交わしたアンジェとテーゼンが先行して、彼女を休ませられる場がないかを探しに行った。

「殺されているって……どういうことなの……」
「……シリー、彼女を背負うから手伝ってくれ」
「あ、う、うん……」

 シシリーが広く逞しい背中へ彼女を覆いかぶさるように乗せると、ロンドはそっと立ち上がり、ずれを直して華奢な肢体を安定させた。
 そして、いつものざらついた低い声で仲間に話しかける。

「そんなことをここで今どうこう言っても、俺たちには分からないと思う。今はとにかく、こいつを休ませてやることを考えよう」
「……ロンド。ありがとう」

 眠りの淵を訪れているミカ――その横顔は青白く、儚く見える。
 こちらを気遣っているのだろう、わざとパタパタと足音を立てて戻ってきたアンジェとテーゼンは、口々にこの先が寝室の並ぶ寝台車であることを告げた。
 そこへ気絶した少女を運び込み、野営用の外套を敷いて寝かせてみる。

「……呼吸が気に入らんな」

 難しい顔でテアがミカの青白い頬に手を当てた。
 彼女の髪の色、肌の色、仄かに色付いているはずの唇の色――全ての色素が、色合いを失って見える。

「これって何か、呪いにでも掛けられているの?」
「……つーか、狭間にいるんじゃねえのかな」
「狭間?」

 テーゼンはそのまま口を紡ぎ、促すような視線を向けても説明をしようとしない。
 困り果てたシシリーが助けを求めるようにウィルバーを見やると、年長の男はため息をついてから嫌々口を開いた。

「…敵の儀式のことですが。使い魔が…“至る道”と口走っていましたよね。」
「……そういえば」
「そうだったわね」

 ロンドとシシリーが同じように首を縦に振ったのを見てから、

「“至る道”は、死霊術師の禁術。儀式で大量の生贄を捧げ――自らを、不死王――つまり、リッチに変化させる大掛かりな儀式の名です」

くろがね7

と途絶えがちな声で説明する。
 リッチ。それは不死の頂点に立つ魔物の名である。
 仲間たちに緊張が走った。

「ミカの肌の色、髪の色が、失われつつあるのは…列車内で進んでいる、“至る道”の儀式のせいなのでしょう。ミカは死霊術師に殺された。儀式の生贄に捧げられてしまったんです…」
「殺された!?何言ってるの!どう見ても、生きているでしょう!」
「おい。落ち着け、シシリー」

 テーゼンがいつもは槍を掴む方の手で、リーダーの少女を制止する。
 それほどの拘束がいるほど、今のシシリーは取り乱していた。
 がくがくと揺さぶられたウィルバーは、彼女を止めてくれた美貌の青年に目で礼を述べると、私だってと切り出した。

「ミカが死んだなんて、信じたくない。でも、死者と負の魔力で溢れる列車内を見たでしょう――死んだ彼女が生ける屍になって、彷徨っていても…不思議は――ない」
「そんなこと――そんなこと、あっていいはずないっ――!」

 憤りが。湧きおこる失望が。
 シシリーの心を塗りつぶしていった。

2016/05/15 12:43 [edit]

category: くろがねのファンタズマ

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