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Sun.

くろがねのファンタズマその1  

 心細そうな背中だった。
 様々な人種(時に異種族)が集う冒険者の店の中でも、ひときわ華奢な印象の強い背中――≪狼の隠れ家≫に最近加わった新米魔術師だ。
 軽いはずの木の匙すら持て余すように、ゆっくりとミルク粥を掬っている。
 酒場の窓から差し込む陽光や、冒険者が連れている光の精霊の明かりなどが、彼女の赤毛をまるで磨き上げた赤銅のように輝かせているのに、その顔色は一向に冴えなかった。

(寂しそうだわ)

 そう思った。

くろがね
 彼女の発動体であろう杖が立てかけられている机に、羊皮紙が一枚引っかかっている。

(彼女が受ける仕事なのかしら?)

 仲間たちは、新米と同じミルク粥を注文したが、新米と違ってきっちり勘定を支払わせる亭主に文句を言っている――こちらに注意は及んでないらしい。
 ゆっくりと半ば以上器を空にしている彼女に近づき、そっと声をかける。
 びくり、と薄い肩を震わせた新米魔術師は、5月の森の色のような目を戸惑ったようにこっちへ向けた。

くろがね1

「あら。その依頼、請けるの?」

 机に引っかかっていただけで、まだ仕事を決めたわけではない――そう言い募る彼女に断りを入れて、触りなれた貼り紙を掴み、内容に目を通す。
 大火事で焼け落ちた孤児院に出る、幽霊退治の仕事だった。
 駆け出しや中堅の頃ならいざ知らず、今の実力の彼女にとっては、あと1人くらいの助力があれば十二分に働ける依頼である。
 そう、例えば――駆け出しの魔術師あたりなど。

「ねえ、私と――」

 同行して仕事をしないか、と切り出した彼女の目に浮かんだのは、なんだったのだろう?
 嫉妬?羨望?感謝?こちらを格下と侮るなという怒り?
 分からない、分からない――でもその日がきっかけで、ミカとよく言葉を交わし、たまに仕事を手伝って貰うようになったのは確かだ。
 自分たちが原因で冒険者に転向したナイトを紹介し、今までの冒険についてお互いに話し合ったり。
 よく人に騙されてしまうという彼女に、宝をほぼ盗り尽くした遺跡の地図を冗談交じりに売りつけようとしたのは、厳つい自分の仲間だった。
 その日の夜は、久しぶりに手加減抜きで殴りつけたような気がする。
 だから、冒険者という職業に彼女が向いているのか、心配は常にあったのだ。
 ナイトが表情を変えない鎧なりに沈痛な様子で自分たちを呼び、下りて行った酒場で、

「お前さんたちと何度か組んだ冒険者ミカが、依頼に出たまま帰ってこない」

と宿の亭主が自分たちに切り出した時。
 シシリーは胸にポツリと墨を落とされたような、嫌な予感を覚えた――。

「……ちゃん、姉ちゃんってば!起きてよ!」
「んん………アン……ジェ?」

 小さな手が自分を揺り起こそうとする感触に気付き、シシリーはパッと目を開けた。
 何か、硬いものに自分は横たわっており――定期的な振動が、その硬いものごしに背中へ伝わってくる。
 シシリーは肘をついて上体を起こし、目を凝らして辺りを見渡した。
 既に仲間たちは覚醒しており、意識を失っていたのは自分だけだったようだ。
 安堵の息を吐くと、とにかく事態を把握しようと彼女は今いる場所をじっくり観察し始めた。
 青い闇のわだかまる中、ベルトポーチから飛び出した光の精霊たちが、仄かな明かりを灯している。
 壁際には比較的背の低い棚が並び、木製の樽が並べられ、幾つかは倒れている。
 梯子が二つ。これがどこに繋がるものかは分からない。
 見える範囲内に、とりあえずモンスターはいないようだ。

「ここは………?」

 どこかまだ夢の残滓を残したような声でシシリーが問うと、

「覚えていませんか?」

とウィルバーが質問で返した。

「私たちはレオラン大隧道に潜って、人探しをしていたでしょう」

 レオラン大隧道。
 それは西方諸国でも屈指の古代遺跡であり、レオラン王国の地下に根を張るように広がる貴重な遺産でもあった。
 かつて古代王国が貨物輸送のため作り出した鉄道網であり、動力はマナ密度の負圧を用いた魔力機関だろうと言うのが、賢者の搭の定説である。
 比較的モンスターの出現率も低い安全なトンネルへ、なぜわざわざリューンから赴いた旗を掲げる爪が潜ったのか――ウィルバーの言う人探しは、≪狼の隠れ家≫に所属する旧知の冒険者が、そのレオラン大隧道で消息を断ったと亭主に告げられたからだった。

「そうだ、私たち、ミカを探しに来て……」
「ええ。レオランの王都で、彼女がトンネルの地図作成の仕事を貰ったところまでしか分からなかった」
「それで俺たちが、レオラン大隧道に直接潜ったろ」

 胡坐をかいたロンドが、頬をぽりぽり掻きながら口を挟んだ。
 愛用のスコップを抱え込むようにしている姿は、案外と愛嬌があるものの、憮然とした口元は相変わらずである。

「でも、何でかたくさん死霊たちが出てきて、それを退治するうちに、変なもの見つけただろう。誰かの手記を」
「あ――」

 ロンドがざらついた低い声で記憶を紐解くうち、シシリーの脳裏に、赤い皮表紙の手帳が浮かんだ。
 旗を掲げる爪は、大隧道を先に探索していた冒険者たちの、衰弱死した遺体を見つけたのだ。
 遺体の一つが胸元に隠すように持っていた手帳には、リッペンボルト導師という人物が第八隧道において”稼動する魔列車”なるものを見つけたこと、手記を書いた人物が翌日に名状したがい”くろがねの亡霊”
にしか見えない、巨大な何かを発見して追跡をしようとしたことが書かれていた。
 手記の記述は、そこで止まっていた。
 それを気にしながら探索を続けていると、不意に聞こえてきた大きな質量を伴うものが軌条を走ってくることに気付き、慌てて避けようとして――。

「足元に、の。まるで沼が顕現したかのように、邪魔するモンがおったんじゃ」

くろがね2

「それを振り切れなかった僕らが、軌条を疾走してきたヤツにぶつかった――と思ってたのさ。気絶してたから、衝突の瞬間のことまで覚えてないけどな」

 記憶を補足してくれたテアとテーゼンの言葉に、シシリーは小さく首肯した。
 そう、もうこれで一巻の終わりなのかと覚悟したその時、胸に輝く聖印をぎゅっと握っていた彼女は、迫る質量から濃厚な亡者の気配を感じ取っていた。
 感知した気配を回想しつつ呟く。

「こっちにぶつかってきた列車、あれは……実体のない霊で、私たちをここに引きずり込んだのかもしれないわ。酷く気配が濃かった」
「亡霊の気配が、ですか?」
「ならば……よほどに強い亡霊か、もしくは尋常でない数の亡霊たちがいた、ということになるかのう」
「私たちが感じたほどの質量があったのなら、後者じゃないでしょうか。多くの亡霊が一度に自分たちと衝突することで、生者であるこちらの方が空間を飛び越えてしまった……そういう仮説も成り立つのではないかと思います」
「でもさあ、ここ、結局どこなんだろう?」

 ホビットの娘の言葉に、ウィルバーはしばし考え込んだ後、首から提げた竜の牙に手を添えて、魔法の力を感知してみた。
 平凡な容姿をした男の視界に、ぽわりぽわりと魔法のオーラが映り込む。

「これは……。この場所自体から、相当の魔力を感じます。私たちはあの魔列車の中に転移してしまったのではないでしょうか」
「空間転移?こないだの宿の地下にあったゲートみたいなもんか」

 人形のような白い美貌が、不安げに歪む。

「あの隠れ家を用意したヤツだって、常識外れの力の持ち主なんだろ。僕ら全員を強制的に転移させるゲートを作るなんて……どういう力があればできるんだ?」
「あるいは、ですが」

 いくぶん躊躇ったような仕草を見せた後、ウィルバーはポツリと言った。

「もしかしたらこの列車自体が……魔力や思念が生んだ亡霊なのかもしれません」
「亡霊……僕らを運んでいるこの列車が――?」

 目を軽く瞠った仲間に頷き、

「動く幽霊屋敷のような。魔列車それ自体に、飲み込まれたのだと思います」

と事態を把握していない様子のロンドに分かるよう、ゆっくり噛み含めるように付け足した。
 なんにせよ、今旗を掲げる爪がいる場所が、尋常でないことは間違いない。
 この魔列車は今や、馬車や飛竜をはるかに凌ぐ速度で何処かへ向かっており、目的地などはまったく見当もつかなかった。

(レオラン大隧道――王国の地下数百マイルを縦横に走っているという…)

 ぞくりと、背筋を冷たいものが這う。
 その時だった。

「ご主人様!ここに、人が――人間が倒れてます!若い女性です!」

 ランプさんとともに、青い闇を裂くように中空を旋回して照らしていたスピカが、樽の影に倒れている人影を見つけ、主人と仰ぐシシリーに囀って知らせた。

「えっ!?」

 慌てて立ち上がり、スピカが示す方を覗き込む。
 真新しい赤銅のように輝く髪、力なく投げ出されている細い四肢、見覚えのある薄紅色のブラウスと目の詰まった茶色い羊毛製のズボン。
 そして、微かに苦悶を残した白い顔。

「――ミカ!?」
「…………」

 貨車の床に倒れている少女の肩は、幸いなことに微かに上下している。

「――!息がある」

 驚いた他の仲間たちも駆け寄った。
 シシリーとミカを心配そうに取り囲む中、ロンドが太い腕を伸ばして、気を失った彼女の身体を起こす。
 シシリーは力の抜けた肩に手をかけ、懸命に少女を呼ばわった。

「ミカ!!」
「……う…」
「ミカ。ミカ!聞こえる?探しに来たの!」
「姉ちゃん、姉ちゃん。力強いんだってば」
「あまり揺さぶるでないぞ。頭を打っているのかもしれん」
「それにしても、よく生きてましたね。良かったです」
「―――そうか?」

 テーゼンの呟きは小さすぎて、他の者の耳には届いていない。
 だが、1人だけ難しい顔をした青年の目には、彼女が”無事”であるように思われないのは確かだった。
 吸血鬼やグールになっているわけでも、鏡の魔神に成り代わられたロンドのように偽者なわけでもない。
 だが、彼の――悪魔の感覚には、”無事”であるように伝わってこないのだ。
 テーゼンが首を捻る中、シシリーに揺さぶられたミカは、ようやっと目を開いた。
 ぽっかりと開いてこちらを見つめる新緑に、

「良かった。ミカ、何があったのかと――」

とシシリーが言いかけると、意識を取り戻したはずのミカは、不思議そうに首を傾げる。

「あ、あの……わたし、は……」
「……?どうしたんだよ。トンネル探索の依頼を受けてずっと帰らないから、ミカの捜索に来たんだぞ」
「ミ……カ?わたし。わたしは……」

 頼りなげな細い手が、己の額を押さえる。
 しばし黙り込み、やがて彼女はあからさまな困惑の色を顔に広げて訊ねた。

「いえ――それよりも。貴方たちは、だれ――ですか?」
「……!姉ちゃん、これって……」
「ミカ。まさか……記憶が――ないの?」
「………」

 自信さえつけば美しく煌めくであろう新緑の瞳は、不安と哀しみに彩られ揺れている。
 華奢な魔術師は、すべてを忘れていた。
 旗を掲げる爪のことも、自分のことも、レオランの依頼を受けたことも、この魔列車に来たことも――。

2016/05/15 12:34 [edit]

category: くろがねのファンタズマ

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