Thu.

宿の地下の怪その4  

 ”開かずの間”と伝えられた部屋は、泥濘のような闇と静寂に覆われていた。

「アンジェ!どこにいるのよ」

 シシリーは一同の先頭に立って、十数年来の付き合いの子の姿を求めた。
 仲の良い相手のこと、こうやって呼べばどんな状態でも返事だけは返すはずなのだが、一向に子どもらしいあどけない声が出てこない。
 その代わり、ごとりと何かが身じろぎした音がする。

「アンジェ?」
 彼女が物音のした方向に首をめぐらした、その刹那――テーゼンの第六感に警戒信号が引っかかり、彼は有無を言わさずシシリーの腕を掴んで引っ張り、後方へ引きずり倒した。

「シシリー!伏せろ!」
「ぎゃあ!」

 悲鳴を上げたのは、ただ単にビックリしたからなのだが――闇から突如として放たれた光線が、シシリーがさっきまで立っていた場所を正確に、無慈悲に穿っていった。

「えっ!?」

 光線が来た方向を見やると、大きく赤い異形の瞳が地下室の壁の向こうに――それも複数、禍々しく浮かび上がっている。
 眉根を寄せたウィルバーが、何かに思い当たって舌打ちした。

「ビホルダー……いえ、違う!ただのビホルダーではない!こいつはアイ・タイラントです!」
「アイ・タイラント!?ウィルバーさん、何なんだそれは!?」

宿の地下7

「ビホルダーの中でもとりわけ強く、邪悪な個体です!こんなのがいたなんて……!壁に空いた穴から触手の目玉を出しているのか」
「どうしたらいいの!?」
「本体に手出しできませんね……」

 異形の赤瞳がぎょろりと蠢く。
 その眼差しに照らされて仄かに浮かび上がったのは、腕輪から鋼糸を出しかけた姿を留めたアンジェの、物言わぬ石像だった。

「アンジェ……!」

 シシリーが両頬に手をやって悲鳴を上げる。
 ふらり、とそちらに近寄ろうとした身体を、ウィルバーが杖で制止した。

「お待ちを、シシリー!迂闊にアンジェに近づいたら、狙い撃ちにされるだけです!」
「でも、でもあの子が!」
「アンジェは……大丈夫です。自然回復しないほど石化した相手を、わざわざ追撃するほどビホルダーは愚かではありません」
「……」

 不安げな表情のまま、とりあえずシシリーは足を止める。
 それは逆を言えば、石化をしていないシシリーたちが何か動きを見せれば、ビホルダーもまた反応してくるということだ。
 自らのベルトポーチの中身を確認したテーゼンは、ぼそりと仲間に囁いた。

「『麻痺解除』の効果を持つ薬草なら持ってるぜ。けど、一回で完全に治すほど強い効果のモンは持ち合わせがない……ちょいと時間がかかる」
「………なら、一度引いて、用意してから目玉退治、か?」

 ロンドの提案に、全員が首肯した。
 一度部屋から出て、まず支援の魔法や呪曲を味方全員へとかける。
 そして部屋に入ってから、麻痺を緩和する薬草をアンジェに使用しつつ、ビホルダーを退治する。
 これしかないだろうと、彼らはあっという間に体勢を整え、再び最悪の魔法生物に対して戦いを挑むことにした。
 暗い部屋の中、ランプさんの光を頼りに、すり潰した薬草の液をアンジェに振り掛ける。
 たちまち、灰色に変じていたホビットの肌が、何とか普通の色合いを取り戻した。

「けどやっぱり、【隠し薬草】だけでは完全に治療出来ねぇか……」
「それは構わないわ。テーゼン、隙を窺ってもっと薬草を使ってみてちょうだい。テアもアンジェの麻痺の緩和をお願い」
「おうよ」
「任せるが良い。おぬしらも、石化の光線を受けぬよう気をつけろよ」

 老婆のセリフに前衛が頷くと、パーティは二手に分かれた。
 テアとテーゼンは未だ麻痺した状態にあるアンジェの近くに、後の3名は得物を構えてアイ・タイラントの方へと向き直る。
 ウィルバーは≪海の呼び声≫の宝玉に魔力を集中させつつ、

「ビホルダーの触手だけを一本ずつ、正確に狙うのです!」

とアドバイスをした。

「危ないと思ったら、すぐに逃げるのですよ。連中が部屋の外に出られないことは、支援の時に分かったでしょう」
「ええ、そうね」
「いったん退いたとしても、完全に切り落とした触手は短時間で再生しません、じっくりと……攻めましょう!」

 彼は宝玉に収束させた魔力を冷気に変換し、ビホルダーよろしく光線状にして赤い目玉を打ち抜いた。
 だが、魔法生物にその攻撃は意味がなく、彼は弾かれた氷片を手袋をした手で払って舌打ちした。
 目の前にいる冒険者たちを敵と判断したアイ・タイラントは、対象を減速させる光線や、単に傷をつけるための光線などを触手から放ったが、事前にウィルバーが味方に唱えた【飛翼の術】によって、それらの魔法的な効果を打ち破っていく。

「!?」

 さすがに非常事態に気付いたか、うねうねと動いた触手が本格的にシシリーたちに集中し始めたその時、テアがバイオリンで演奏した【安らぎの歌】により、アンジェがようやっと身体の自由を取り戻していた。

「ぷはー!!ありがとうおばあちゃん!」
「詳しい話は後で聞こう。今は、目の前に集中するんじゃ!」
「うん!」

 アンジェは腕輪から出しかけていた糸を限界まで引き、手近な触手へ向かって気合をこめ突き立てた。
 新たにリューンの枯葉通りで会得した、【梁上の君子】である。
 糸に塗布したネズミの毒の効果こそ出なかったものの、その鋭い痛みはアイ・タイラントをたじろがせる効果はあったらしく、穴から出ていた赤い瞳が暗闇へと引っ込んだ。
 妖精ムルも頑張って光線を回避しつつ、引き絞った弦を離して、鋭く矢を射こんだ。
 一本の触手が、矢に止めを刺され収縮を始める。

「お、やったな!」

 ロンドが明るく言いながら、スコップを穴に突き立てる。
 そんな油断がいけなかったのだろうか――続けざまに石化の光線が放たれ、逃げ遅れたテアとウィルバーがその効果に囚われてしまった。

「おばあちゃん!」
「ウィルバーさん!」

 アンジェとロンドが叫び、慌てて自分のベルトポーチからまた麻痺のための薬草をつかみ出したテーゼンが、光線を飛んで避けつつテアに用いる。
 度重なる光線に、ついに【飛翼の術】の効果も使い果たしたロンドが怒鳴る。

「おいっ、どうすんだよこれ!?」
「あともう少ししたら、テアの麻痺効果が薄れるわ。それまでの我慢よ!」

 その言葉どおり、しばらくして硬直の解けた老婆が、テーゼンと力を合わせてウィルバーの石化を緩和させる。
 もう既に、触手は残り二本となっていた。
 睡眠の光線でがくりと膝をついたアンジェを【賛美の法】で起こし、シシリーはちょうど姿を見せた赤い目に長剣を突き立てる。

「あと少し!」

 だが、この残り一本が曲者で――この一本に中々攻撃をあてることが出来ず、彼らは一度、退却してから再度挑む始末であった。
 実に三十分以上をかけた戦い。
 ロンドが≪サンブレード≫を突き込んで戦闘が終わった時には、全員が床に膝をつき肩で息をしていたほど疲労していた。
 壁向こうから漂っていた強大な気配は、すでに大分遠ざかっている。

「触手を全部倒せたみたいですね。この部屋を捜索するだけの時間は稼げたでしょう」

 冷静に判断してみせたウィルバーの後ろで、シシリーはしきりにアンジェの身体を無事か確認するため、揺すったり摩ったり摘んだりしている。

「大丈夫なの?」
「うん、何とか……」
「……毛生え薬は?」
「残念だけど見つけてない……というか、探す時間がなかったよ。すぐ石にされちゃって」
「そうか……」

 遺憾だといわんばかりのテーゼンの顔に、アンジェが小さく「ごめん」と呟いた。
 その頭をぐりぐりと撫でたシシリーが慰める。

「いいのよ。とっとと薬を探して、こんな部屋を出ちゃいましょう」

 気分を切り替えた冒険者たちは、親父のための薬を這い回るようにして探した。
 何分、ここには何の明かりもなく、ランプさんが照らしてくれてはいるが、表情を変えない精霊もさすがにちょっと疲れてきているようで、たまに光が瞬いている。

「しかし、何だってビホルダーがこんな何もない場所に来て、触手だけこっちに向けてきたの?」

 子どもの疑問には年長者2人が答える。

「何かを探しておったのかのう……?」
「さぁて……。脳みそがあるのかないのかすら分からない化け物の行動原理は、よく分かりません」
「ふぅん……」

 決して納得はしていないんだろうな、という相槌を打ったアンジェの≪早足の靴≫を履いた左足が、こつんと何かを蹴る。
 その何かはコロコロと転がり……四つんばいになって探していたシシリーの、膝に当たった。
 この硬いものは一体――シシリーは何気なくそれを拾い上げる。

「あ……!?」

 彼女の手に収まっているのは、薄汚れたラベルが貼られた一本の小瓶だった。
 ラベルにある文字を読んでみると、それは間違いなくリジーが話してくれた≪ミノキツジノレ≫となっている。
 まじまじとシシリーの様子を眺めていたアンジェが、喜びの声を上げた。

「や……やったぁーッ!!!」
「おおっ、ついに見つけたか!」
「良かった……やっと僕ら、ゆっくり休めるな」

 口々に仲間たちが感想をもらす中、1人杖を膝に横たえて瓶を見つめていた男が、ボソッと不吉なことを言い出した。

宿の地下8

「……待って。その瓶……割れていませんか?」
「………」

 アンジェが黙り込んで、どんぐり眼を瓶に向ける。
 苦虫を噛み潰した挙句飲み込んだような、なんともいえない顔でテアが同意した。

「……そんな風に見えるのう」

 地割れのように走る亀裂を中心に、微かに魔素の名残りが漂っている。
 首から提げた竜の牙の焦点具で、魔素の強さを確認していたウィルバーが、瓶を握ったまま凍りついたかのごとく動きを止めたシシリーに、落ち着いてくださいと前置きしてから話しかけた。

「どうせ割れているのです。中身を少し採取させて頂きますよ?賢者の搭に、鑑定を依頼します」
「………………うん」

 常なら生気に溢れているはずのシシリーの声は、蚊の泣くどころか、ミジンコが泣くような微かなものであった。
 彼女を励まそうと背中を優しく叩いてやったウィルバーは、瓶の中身を言ったとおりに別容器へ移しながら、ため息混じりに宣言する。

「それから……娘さんを、問い詰めましょう。瓶を割ったのは誰だ、とね……」

 憔悴した足取りで酒場に上がってきた一行へ、リジーは待ちかねたように走り寄ってきたが、少し元気を取り戻したシシリーがぐいっと前に出て彼女へ問いかけた。

「……瓶を割ったのは娘さん、あなたね?」

 春の海に例えられる双眸が、敵を射抜くかのように鋭い光を込めて給仕娘に向けられている。
 そのあまりの眼光の強さに、ごまかしは効かないと感じたリジーは、よろよろと近くの椅子に座り込んでがっくりと項垂れた。

「……ハイ、白状シマス。瓶を割ったのは、私デス」
「どうしてそのことを隠して、私たちを地下へ送り込んだのです?」
「……だって、だってぇ……!」

 リジーはそのまま事細かに、瓶を見つけた時のことを話し始めた。
 鼻歌交じりに地下の掃除……よりにもよって、開かずの間を整頓し始めた給仕娘は、例の瓶を見つけて、

「何かしら、この瓶?お父さんがツケ代わりに徴収して、そのまま放り込んだのかしら?」

としげしげ観察するついでに、ラベルを読み取ろうと手の中で瓶を転がすうち、うっかり床に落としてしまったのだという。
 するとたちまち、割れた瓶から溢れた魔素に釣られたのか、何か強大な存在が壁越しに近づいてくるのに気付いて、慌ててそこから逃げ出した――というのが、事の顛末だったらしい。
 すると、酒場に上がってきた娘から瓶のことを聞いた宿の亭主が、ラベルの名前を告げられて、旧文明時代に開発された毛生え薬のことだと興奮しだし、とにかく探せと繰り返すばかり。
 とてもじゃないが、『瓶を割った』とは言い出すことが出来なかった……。

「……そういうワケだったのよ……」
「はァ………。とにかく、毛生え薬は見つけたからね?」

 シシリーは亭主の手に、ひびの入った瓶を渡した。

「おおおぉ……」

 先ほどまで、髪の毛髪の毛とだけ呟いて正気を失っていた亭主が、やっと己を取り戻したらしく、旗を掲げる爪の面々の方へ顔を向けた。

「でかしたぞ!これでわしもフサフサに……」

 瓶の蓋を開き……彼は肩を落とした。

「……。中身、空じゃないか」
「割れてるんだから当然じゃない」

 頬杖をカウンターについて、事実を冷厳と告げたのはアンジェである。
 彼女はチラッと当事者に目をやって、一言付け加えた。

「恨むなら娘さんを恨んでよ」
「は……っ!ちょ、アンジェちゃん!」
「ムスメエエエエェェェェエエエ!!」
「きゃああああーーーー!!」

 その阿鼻叫喚の様子をしばし眺めていた冒険者たちだったが、とにかく今は休みたいと、両者を仲裁することもなしに2階へ上がっていった。
 この日、たまたま外から帰ってきたさる魔法剣士が、憑依中の氷の精霊と共に2人を落ち着かせるまで、亭主と娘さんの追いかけっこは続いたという…。
 この数日後。
 賢者の搭の伝手を使って、毛生え薬の成分解析結果を貰ってきたウィルバーの顔色は優れなかった。
 あの割れた瓶の中身は、確かに旧文明時代に生み出された育毛促進・毛根再生薬に間違いなかったそうである。
 ただし、毛根再生は死者蘇生、育毛促進は成長促進にも等しい、とんでもない代物であり、精密かつ正確な使い方をしないと、薬に込められた魔力が暴走して、魔物の誘引や魔具の暴発などの大事故が発生する危険性が高いそうだ。
 では肝心の薬の使用法はというと………。

「今のところ解明されていない、ですか。まったく……使えない……」

 あわよくば少量だけちょろまかそうと思っていた男は、がっくりと肩を落とした。

※収入:報酬0sp、≪魔神の瞳≫
※支出:
※ほしみ様作、宿の地下の怪クリア!
--------------------------------------------------------
■後書きまたは言い訳
46回目のお仕事は、ほしみ様の宿の地下の怪でした。
作者様によると、Nextエンジンに新たに実装された昨日を色々使ってみよう…という意図により作成されたシナリオらしいのですが、ちょうど前パーティの謎の地下室(Allegro様作)で、何やら普通ではない地下室を持つことになった≪狼の隠れ家≫にとってぴったりな話だと思い、セレクトさせて頂きました。
地下室の話については、これまでの旗を掲げる爪の冒険で小出しに情報を出しているのですが、提琴引きの依頼(あめじすと様作)のリプレイにおいてもちょろっと書いたため、今回、ルージュ・ポワゾンさんの事とかも引き合いに出させていただいております。あめじすと様、すいません。

ただ、こちらのシナリオ自体が色んなところとクロスオーバーしており、持っている技能のキーコードや種族クーポンで、PCたちが様々な反応を見せてくれますので、クロスオーバーの好きな方or違うクーポン持ってて興味ある方などは、ぜひともチャレンジしていただきたいと思います。
ほしみ様のリードミーの予測どおり、7レベルの彼らにとってアイ・タイラントとの戦闘は結構きつかったです!(笑)
ラウンド数換算したら、もしかして一番長かったかもしれない。いったん逃走したので正確ではないかも知れませんが、全て合わせると27ラウンドくらい掛かってます。
普通の【魔法の矢】があればそこまで時間は掛からなかったのかもしれませんが、ウィルバーが枠に入れている【理矢の法】が召喚獣のランダム攻撃なため、ハズレの穴に攻撃した際、石化のお返しが来る場合があり、それで一度、全滅しかけて慌てて逃げました。危ない危ない。
でもおかげさまで、テアのレベルが9に達しました。まだ狙ってるシナリオあるので、7レベル冒険は続けるのですが、もう少ししたら高レベルシナリオにチャレンジできそうです。
なお、ちょっとエンディングがシナリオと違うのですが……だって……ねえ?
せっかくシナリオのキーアイテムで出てきたのが毛生え薬でしたので、ウィルバーにちょっと反応してほしくて企んでたことにしてしまいました。
ほしみ様、素直に楽しいシナリオに、妙な変化球投げつけてしまってすいませんでした!

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。

2016/05/12 12:31 [edit]

category: 宿の地下の怪

tb: --   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

プロフィール

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

カレンダー

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

辺境に足を運んだ方の人数

▲Page top