Thu.

宿の地下の怪その3  

 浮かんでいたゲートが跡形もなく消滅し、床に転がっていた荷物袋を無事に回収し終えたシシリーたちは、ランプさんに照らしてもらいつつ毛生え薬探しを再開した。
 だが、一向に見つかる気配が無い。

「ここはハズレだな……」

 高いところを覗き込んでいたロンドが、首を回して結論を出した。
 丁寧に箱を開けたり閉めたりして捜していたウィルバーは、木箱の一つにどっかりと腰をおろして、それなりに長い脚を組む。
 そうして、おもむろに口を開いた。
「……あの、シシリー。本当に毛生え薬なんてあるのでしょうか…?」
「さっき、私も思ったわ」
「どういうことだ?」
「宿の地下がこんな有様なのに、悠長に毛生え薬なんて探させる状況ではないはずです」

 疑問を挟んだロンドの目を見て、年上の仲間は話を続けた。

「毛生え薬を探すという名目で、手の空いた冒険者を何人か地下に送り、”ついでに”厄介事を片付けさせるなら話は別……ですけどね」
「…一度娘さんを問い詰めてみよう。彼女は何かを知ってそうだ」

 階段から酒場に戻った4人は、まだ惚けた様子を続けている宿の亭主の代わりに立ち働く彼女を捕まえ、
毛生え薬について問い詰めた。

「本当に毛生え薬なんて地下にしまったの?」
「しまったのは私じゃなくてお父さんよ?」
「いいえ、そうじゃないわ。本当に毛生え薬は存在するのか、それを訊いているの」

宿の地下5

「……存在は、するわ。間違いなく。だって、仕舞いこまれていた瓶を発見したのは私だもの」
「おい!」

 大きな抗議の声をあげたのはロンドである。
 しかし、彼の気持ちももっともだろう…その際に発見していたのなら、給仕娘がすぐ地下から持ち出していれば、彼らがこんな何時間もかけて捜索する必要などなかったのだから。

「なら何で……」
「そうよ、見つけた時にすぐに地下から持ち出さなかった私がドジだったのよ!!お父さんに確認しに来てる間に、どこで見つけたのか忘れちゃった私がお馬鹿さんだったのよぉぉ!」」
「お、落ち着いて」

 一気呵成に盛り上がってセリフを吐いた娘さんを、シシリーとウィルバーが宥めた。
 とにかく、そんな事情であれば、毛生え薬の瓶は確かに地下のどこかにあることは確かだ。
 そう主張するリジーに、ウィルバーが疑問を呈した。

「それは分かりましたが……地下が異様な瘴気に満ちているのは、毛生え薬と関係あるのですか?」
「……ど、どうなのかしらね。オホホホホホ……」

 笑って誤魔化す彼女に、これ以上の追求は無意味だと判断した冒険者たちは、まだ合流していない仲間を見つけるため、確かにあると言われた薬を見つけるために、もう一回地下に下りた。

「残りは二つか……どのドアにするんだ、シリー」
「ワインセラーにしましょうか。開かずの間って、何となく後回しにしたいのよね」
「それならそうするか」

 ロンドは何の気負いもなくワインセラーのドアを開けた。
 真っ暗な部屋の中を、ロンドの長身と入り口の隙間をすいっと抜けたランプさんが照らし出す。
 そこにはいくつもの年代物のワイン――休息都市リラクシアの礼拝堂で作られた白ワインや、酒と露店の街と名高いデューンで販売されるイーグルアイという種類など――が仕舞いこまれた樽と、空中に釣り上げられたかのような、老婆の姿があった。

「皆の衆、来たか!」
「ぐえっ」
「テア、これは……」

 ロンドを横に突き飛ばし、構わず一歩踏み出そうとしたシシリーの頭部に、目に見えない糸の様なものが触れる。

「……蜘蛛の巣!?」
「うむ、バケモノみたいにデカイ蜘蛛が巣食ってて……見事に囚われてしもうた」

 なにせ、初めに捕らえられたのが楽器を操る腕のほうだったために、得意の呪曲で状況を打開することも出来なかったのである。
 四肢をがっちり糸に絡まれた老婆は、やれやれと息をついた。

「蜘蛛が巣に戻る前に抜け出そうとずっともがいているんじゃが、ちいっとわしの力だけじゃ厳しいかも知れぬ」
「そりゃ、ばあ様の腕力じゃ難しいだろうぜ」
「蜘蛛を倒してから救出するか、他の手段でテアを助けるかしないといけないわけね……」

 状況を理解したシシリーは、鞘を走らせて≪Beginning≫を抜いた。
 【劫火の牙】による神聖な炎を刀身に宿らせ、なるべくテアが火傷を負わないよう、ギリギリの辺りで火をかざす。
 ジュジュ……と糸の焼ききれる音がして、焦げた匂いが漂った。

「気をつけろよ、シシリー。ばあ様に怪我させるなよ」
「当たり前よ。大丈夫、信じて」

 シシリーが慎重な手つきで刀身を動かした。
 糸のほとんどが焼き切れれば、老婆の細腕でも引きちぎることは可能になる。
 思い切り腕を振り切った途端、彼女の身体があっけなく木の床に落下した。
 火傷は免れたものの、落下の拍子に腰を打ちつけたテアが、その辺りを摩りながらよっこらしょっと掛け声を使いつつ起き上がる。

宿の地下6

「ふー……。ありがとう、シシリー。おかげで蜘蛛の餌にはならず……」

 シュー………。
 聞き慣れない何かの呼吸音がして、不意に黙り込む。
 呼吸音は間違いなく頭上からだった――何かに操られたかのように、全員が顔を上に向けた。
 ゆっくりと……ロンドの身体すら凌駕するほどの、巨大な蜘蛛が這い下りてくるのが見える。
 テーゼンがテアを抱え、他の者もパッとその場から飛び退った。
 抱えられたままのテアが呻く。

「まだわしらが蜘蛛の餌にならずに済んだとは、限らぬわけじゃな……!」
「いずれにせよ、毛生え薬捜しにはここの大掃除は必要だったでしょ」

 抜いたままの長剣を正眼に構え、彼女は号令をかけた。

「片付けちゃうわよ!」

 大きな蜘蛛の周りには、子どもらしき蜘蛛も糸を伝って下りてきている。
 たかが虫、と侮れば、必ず手痛い目に遭うだろうと予測したテーゼンは、【風縫い】という必中の技で蜘蛛の頭部を狙うことにした。
 天井には蜘蛛の糸がぶらぶらと揺れており、いつものように迂闊に飛び上がる訳にはいかない――テーゼンは長い槍の間合いを利用し、突き上げるようにして攻撃をした。
 鋭い穂先が作った傷から体液が流れ出て、スコップの平面で殴りつけようとしたロンドが、慌ててそれを避ける。

「ばっちい!」
「言ってる場合か!シシリー、そっちに小さいのが行ったぞ!」
「任せてちょうだい!」

 長剣が翻り、子蜘蛛の尻から頭頂部を真っ直ぐに切り裂く。
 彼女によって庇われていたウィルバーが、長い詠唱を終えて、効果範囲――ぶら下がっている糸や巨大蜘蛛の身体を盾に、味方へ効力が及ばぬよう――をよく計算した【凍て付く月】を放った。
 たちまち、仲間を殺したシシリーに躍りかかろうとしていた小さい方の蜘蛛たちが、冷気の嵐に身体を引き裂かれて息絶えていく。
 フッとウィルバーが笑った。

「後は親玉が一匹!」
「ムル!今だ!」

 テーゼンの合図を受けて、今までワインの樽の一つに隠れていたムルが、ずっと引き絞っていた矢を大きな蜘蛛目掛けて射る。
 とは言え、小さな妖精の放つ矢のこと、下手なところを狙っても弾かれるのがオチだ。
 賢いムルは、そんな無益なことをしようなどとは考えていない。
 彼女が狙ったのは、赤く濁るような光を放つ、不気味な蜘蛛の目玉だったのだ。
 どんな生き物であっても、目玉を鍛えることは出来ない――見事、目の中心に矢を射られた蜘蛛は、生気の輝きをそこから消して、痙攣したかと思うとぶらりと弛緩した。
 確かに死亡したかを、テアがバイオリンの弓で突付いて確かめる。

「仕留めたようじゃ」

 やれやれと、全員がそこに座り込んだ。

「いやぁ、酷い目に遭った。こんなデカイ蜘蛛がおるなんて、この宿は謎だらけじゃわい」
「とにかく、これでやっとこの部屋を捜索できるわね。私も手伝うわ」

 テアの怪我をテーゼンの薬草で治療した一行は、邪魔な蜘蛛の糸を物置部屋から失敬した錆びた剣で巻き取ってある程度廃棄し、さっそく毛生え薬を探し始めた。
 ぺし、と取りきれなかった蜘蛛の糸が額に垂れ、不快そうにそれを手で払ったテアが、天井の隅に残っている蜘蛛の巣を睨みながら口を開いた。

「それにしても、亭主殿も娘さんも、ワインセラーのこの有様を今まで気にしなかったのか?」
「ゴキブリやネズミ対策にわざと放っておいたとかかしら?」
「まさか!害獣対策にしたって、これはやり過ぎじゃろう?」
「大体、ネズミは食料庫の方にいたしな。おかげで翼が痛かったぜ」
「………ゴキブリは、親父さんの誕生日の時に屋根裏部屋に出たよ」
「何でロンドはそんな遠い目で見上げるんですか?」

 騒がしいながらも手は休まずに動いていたのだが、あいにくと求める品は出てこない。

「これだけやっても出てこないってこたぁ……」
「残った部屋が正解ってことだろうな」
「開かずの間ね……」

 若者三名がそう結論付ける。
 メレンダ街の木苺ワインの樽に寄りかかっていたテアが、やれやれと姿勢を変えた。

「行かねばならんだろうの。おちびちゃんも、あの部屋におるのだろ?」
「仕方ありませんね。油断せずにいくとしましょう」

 ウィルバーがそう締めくくった。

2016/05/12 12:29 [edit]

category: 宿の地下の怪

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