Mon.

ウニ退治後の夏の休日その1  

 初夏に差し掛かったリューンの街。
 薄着に切り替わる市民が増え、上天気が続くことに乗じて、ちょっとしたお出かけに出ようという声も、ちらほら聞こえてくる。
 外出するだけで心が浮き立つような春とは違い、より人々がアクティブな気分に変わる時季なのかもしれない。
 そんな中、賢者の搭からの依頼が発端で、リビングメイルの新入りが加わった≪狼の隠れ家≫の酒場は、案外と閑散としていた。
ウニ退治

 こんな時季にわざわざ酒場にたむろしようという人間が少ないのは、仕方のないことなのかもしれない。
 だらりとテーブルに上半身を預けているロンドの横で、アンジェが間の抜けた声を出した。

「あったかい、ねえ……」
「だな。テア婆さんは、また楽器弄ってるのかい?」
「うん。季節の変わり目が、一番油断ならないんだってさ」

 2人はとろりとした視線を、部屋の片隅を占領している醜い老婆へと向けた。
 最近とみに湿気が多くなってきたので、旗を掲げる爪の吟遊詩人であるテアは、さる魔術師からお礼に貰ったバイオリンの弦の調整に余念がない。
 木製の楽器というものは、えして湿気に影響を受けやすく、それは竪琴だろうが胡弓だろうがマンドリンだろうが変わることはない。
 あまりに複雑な機構を持つ楽器となると、演奏者ではなく専門の職人が調整を行なうこともあるが、この老婆は、演奏する相棒は自分で手入れを行なうタイプだった。
 皺の寄った手が、ゆっくりと確実に弦を緩めたり巻いたりしている。
 前の依頼の疲労や後遺症などもすっかり癒えた他の面々は、いつものテーブルについて、井戸に吊るして冷やしたワインを飲み喉を潤していた。
 アンジェだけはハーブティだが、これに文句を言うつもりはないらしい。
 木製のカップを空にしたシシリーが、訝しい表情になって羊皮紙をめくっていた手を止めた。

「ウニ、退治の依頼……?」

 カップを下げに来た給仕のリジーが、「ああそれ」と納得したように声を出した。

「らしいわよ。これから夏になるから、湧いて出たんじゃない?」
「いや、夏になるからって出てこられても」

 眉を八の字に下げて呟いたシシリーのセリフが聞こえたのか、厨房からカウンターへ現れた宿の亭主が、依頼が一つ片付くかもしれないと口を出した。

「夏になれば蚊が増えるのと、似たようなものだろう。受けるのか?」
「まぁ、ウニなら大したことないだろうし……。一応概要を聞いておこうか」

 ウニは棘こそ痛いものの、自力で動くわけではないし、毒があるわけでもない。
 なんならそのまま焼いて食べてもいい、とロンドは呑気に思った。
 その横で、テーゼンがウニについてアンジェに問うている。

「ウニ……って、なんだ?」
「ええとね、毬栗みたいにトゲトゲが生えた、まあるい海の生き物。大抵、海底の岩間に潜んでるの。割って中身を掬って食べると美味しいよ」
「へえ……」

 一応、水の都アクエリアでさんざっぱら海や海底神殿などに親しんだ悪魔であったが、あちらでウニを食べたことはなかったので、初めて知る生き物なのである。
 どんな味の物なんだろう、とワクワクし始めている。

(何色なんだろ?食べごろの肉みたいなピンク?それとも血のように赤い?意表をついてミルクみたいな真っ白とか…見てみたいし喰ってみたいな)

 そんな食欲に忠実な妄想を繰り広げている悪魔を放置したまま、宿の亭主はいつものように依頼について説明し始めた。

「依頼の内容はしごく単純。大量に湧いたウニの駆除だ。発生場所は、シーサイドベッドというリューンから馬車で4~5日かけて辿り着く小さい町でな」

ウニ退治1

「海の町か。いいな」
「確か美味しい魚が獲れるんじゃないですっけ」

 搭にいる時分に聞き及んだ知識を思い出したウィルバーのセリフに、亭主が頷く。

「その名の通り海辺の町で、ウィルバーの言うとおり魚を使った料理を提供する店も多い。猟師たちの憩いの場でもある。だがなあ…その町の浜辺に、大量のウニが湧いて出たらしい」
「………浜辺、ですか?」
「……あたしの知る限り、ウニって海の中にいるはずなんだけど?」

 ウィルバーとアンジェの反応に、亭主は右手を上げてそれ以上の追及を制止した。

「まぁ待て、話はまだ終わってない。正確にはウニじゃないらしいが、姿が似てたからそう呼んでるだけのことらしい。そもそも、正体が分からないらしいからな」
「ちょっと待て、親父さん。それって退治しても食べれないってことか?」

 甘い期待をしていたロンドが眉をひそめて問いかけると、

「そもそも喰えるとは言ってないぞ」

とばっさり斬り捨てられた。
 がっくり項垂れた――こないだの勇ましい一騎打ちの面影もない厳つい少年や、初めての食材に心浮かれていた美貌の悪魔を慰めることもなく、亭主は依頼のことについて話し続ける。

「そのウニと呼ばれてるやつは、突然浜辺に大量に現れ、一面を埋め尽くしたらしい。猟師たちが退治しようにも、皆負傷して帰ってきたというんだからただ事じゃない」
「……そこで冒険者、か」
「そういうことだな」
「依頼主と報酬について聞かせてくれるか、親父殿。町全体の依頼かえ?それとも…」
「依頼を出したのは、シーサイドベッドの町長であるアレク・ハスマンさ。報酬はそこの羊皮紙にあるとおり…銀貨1000枚と、浜辺で拾ったものをご自由に、ということだ」

 それと、と亭主は最後に付け加えた。

「交通費と旅の途中の食事代はあっちが負担するらしい」
「そいつはありがたい話じゃの。さて……どうする、シシリー殿?」
「そうね…これから本格的な夏になるんなら、浜辺が使えないんじゃ困ってるでしょうし…。報酬も、悪くはないと思うんだけど、どうかしら?」

 ウニが食べれないことに沈んでいるロンドと、妄想を途中でぶち壊しにされたテーゼンが、同じ格好で項垂れているのに背を向けて、シシリーが訊ねる。
 アンジェとウィルバーは顔を見合わせてから、

「まあ、暇だし。港町のウィンドウショッピングも面白いだろうから、あたしはいいと思うよ」
「立派な人助けですし、正体の不明な相手ではありますが、ちゃんと準備してから駆除に掛かれば何とかなるのではないでしょうか」

と口々に答えた。
 シシリーはその返事に頷くと、後ろを振り返って声を掛ける。

「ちょっとロンド、テーゼンも。いつまでもいじけてないで、とっとと支度をしなさい。出かけるわよ?」
「……せっかくウニ食べられると思ったのに」
「初めて見る食い物、楽しみにしてたのに……」
「食い意地の張ってる人たちねえ。テーゼンなんて味音痴なんだから、何食べても変わらないでしょうに」

 苦笑したシシリーが、ちょっと季節は早いけれど、依頼が終わったら海で遊んだ後、シーサイドベッドの料亭で魚介料理を食べようと提案したことで、彼らはやっとモチベーションを取り戻した。
 その様子を窺っていた宿の亭主も、

「受けるんだな。なら、馬車の手配はこっちがしておこう」

と言って、細く切り取られた羊皮紙に何やら走り書きをした。
 カウンターの後ろにいる伝書鳩に括りつけ、窓から飛ばす――そうして、溜まり始めた使用済みのカップを洗い始めた。
 亭主が馬車組合に頼んだ長距離用の4輪馬車が≪狼の隠れ家≫の前に停まったのは、その数十分後のことで、依頼を受けると決めてから荷物を用意していた冒険者たちは、ぞろぞろと荷台に乗り込む。
 その様子を入り口から見送っていた給仕娘が、

「余裕があったらお土産よろしくお願いしますね!」

と手を振りながら言った。
 馬車はのんびりと車輪を回して、一路シーサイドベッドへと向かい……4日後。

「潮風が気持ちいいですね……波の音も聞こえてきます」

 ウィルバーはそっと耳の後ろに手を当てて、潮騒を聞いていた。
 白い建物の続く町の大通りを行くと、鮮やかなコバルトブルーの海に、小さな波がいくつも騒いでいるのが見える。
 常であれば、その青には漁師の小船がぽつりぽつりと浮いているのだろうが、それらしき姿が見られないのは、ウニ騒ぎで浜辺から船が出せないからだろう。

「ウィル、さっさと町長のところに行くぞ。依頼を早く終わらせて遊ぶんだから」

 妙なところに気合の入っているテーゼンに袖を引かれ、

ウニ退治2

「せっかちですねぇ」

と文句を言いつつも、彼は促された方向へと足を動かした。
 外で洗濯物を干していた中年の女性に町長の家を訊ね、言われたとおりの道を辿って訪問すると、見事な白髪の老人が出迎えてくれた。
 年の頃はテアと同年代か、一、二歳は上なのかもしれない。
 きつい目元だが、思慮深い光が見え隠れしている。
 刻まれた皺は深く、日差しのきつい港町生まれであることが伺える褐色の肌をしていた。

「遠いところからよく来てくれた。私は町長のアレク・ハスマンだ」
「はじめまして。依頼をお受けした、旗を掲げる爪のシシリーです」

 シシリー以外のメンバーも自己紹介を終え、応接間に案内される。
 町長の薦める椅子やソファに各々が腰掛けると、さっそくですがと前置きしてシシリーが切り出した。

「依頼の概要は宿で聞きました。『ウニが大量に湧いた』……ということらしいのですが」
「ああ……それで間違ってないよ。正直あれをウニと言ってもいいのか分からないが……」
「それが出始めた時の状況をお聞かせ願えますか?」
「あれは……一週間前のことだろうか。早朝、漁師が海に出る時間帯に、みんなして騒いでたんだ」

 何があったのかとアレク町長が問い詰めたところ、浜辺にウニが湧いた!と答えたという。
 ロンドがうーんと唸って腕組みをする。

「それで浜辺に行ってみたらウニが大量に湧いていた、と」
「そういうことだな。まったく……何なんだ、あれは」
「そいつらは見たことのない生物なの?」
「見覚えないな。私も漁師をしていた頃があったから、それなりに知識はあるんだがねぇ」

 ホビットの娘の質問に、彼はふるふると首を横に振った。

「ウニって名称も、辛うじてそう見えるから呼んでるだけだしな」
「それじゃ、ウニモドキだね。ね、兄ちゃん」
「……モドキじゃやっぱり食べられんな」

 のほほんとした義兄妹の会話を放っておいて、テーゼンが足を組み替えながら問うた。

「そのウニは、どのくらい湧いてるんだい?」
「浜辺を埋め尽くすくらいいる」

 シーサイドベッドの浜辺は、町から見える海の広さから換算して、結構なものだと想定できる。
 年長組が顔を見合わせた。
 その後にまた視線を町長の顔に戻し、ウィルバーの方が訊ねた。

「やっぱりそのウニモドキ、は強いんですか?漁師が返り討ちにされたという話を聞きましたが」
「単体だとそうでもないらしいが、なにせ量が酷い。一匹ずつ仕留めようにも、どんどん押し寄せてくるんだ。おかげでみんな串刺しさ」

 町長はため息をつきながら肩を竦めた。

「死人は出てないが、重傷者は多い……冒険者の皆様。どうか無理はなさらぬよう」
「伊達に冒険者はやってません。きっと退治してみせましょう」

 シシリーがドンと自分の胸を叩いてみせると、町長は頼もしそうに頷いた。

「我々から提供できそうなものがありましたら、ぜひ言ってください。出来る限り協力します。町民にもそう伝えてありますので」
「ありがとうございます」

 冒険者たちは席を立ち、町長の家の前でこれからの方針を相談することにした。
 頬に手を当てて、難しそうな顔でシシリーが考え込んでいる。

「さて、これからどうしましょ」
「まずは浜辺に行ってみて、様子でも見てこねえか?」
「それでもいいわね。襲われない程度まで近づいて、様子を見てみましょう」

 平たい円形の石が並んだ通りを、海に向かって歩く。
 生臭いような海の香りは、慣れてしまえばあまり気にならなくなってきた。
 テアがふうむと言って顎に手をやる。

「区画整備も中々行き届いておる。バカンス目的なら、いい町なんじゃろうの」
「歩きづらいということもなさそうですしね。あ、こっちから浜辺に下りられるようですよ」

 ウィルバーが道端に掲げられている看板を指し示し、一同は揃ってゆるい下り坂を歩き始めた。

2016/05/09 12:11 [edit]

category: ウニ退治後の夏の休日

tb: --   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

プロフィール

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

カレンダー

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

辺境に足を運んだ方の人数

▲Page top