Sat.

赤い花は三度咲くその5  

「……っはぁ!ざまあみろ!」

 ロンドが快哉を叫ぶ。
 コランダムが続けて彼らにぶつけてきた合成獣は、ウィルバーが≪魔力の腕輪≫を通じて動きを封じられるというアクシデントに見舞われながらも、天井にあった巨大なペンデュラムに繋がる鎖をアンジェが外して回ることで、罠に嵌めて退治することが出来た。
 もしかしたら、ロンドが弄ったあのレバーも関係していたのかもしれないとは、テアが後日になって述懐するところである。
 だが、今の彼らはとにかく勝利したことを喜んでいた。
 そんな中、水を差すような哄笑が鏡から響く。

『はは、いいだろう!私の部屋へ来たまえ。君たちが勝てば私の首をやろう。ただ、あまり待たせないようにしたまえよ。退屈で次の仕掛けを考えてしまうからな。ははは!』
「いい気になって……!」

 怒りを露にしたシシリーの横で、ウィルバーは口に出さぬまま焦っていた。
 手首に嵌めた腕輪を先ほどから外そうと試しているのだが、一向に外れないのだ。
 ≪魔力の腕輪≫を介して束縛が掛けられる以上、ウィルバーに十全の動きができないことは明らかだ。
 現に、コランダムも合成獣との対戦の最中に、こう言っていた。

赤い花三度11

『彼の身に着けている腕輪を通して、私は魔力を自由に奪える。逆に私の魔力を注入して、彼の身体の自由も奪えるのだよ』

と。

(これも腕輪の仕掛けなのですか!?ここで足を引っ張るのですか?私が……!みんなの足を……!?)

 半ばパニックになりながら、彼の脳の一部は冷静に動いていた。
 腕輪をつけたまま同行することはできない。
 かといって、人質や勝手に操られる危険性が高い中で、単独行動を取ることは却下だ。
 だが、腕輪は外れることがない。
 ならば――仲間の足手まといにならずに同行するには、方法はひとつだった。

「皆さん」

 静かな深く響く声で、ウィルバーは仲間を呼ばわった。

「……あの魔術師と戦う時、必ず私は足かせになります。ここは敵の手中ですし、確実に手を打っておきたいんです」
「……どういうことだ」

 しばしの沈黙の後に応えを返したのは、ロンドである。
 ウィルバーはやっと大きな背中を見られるようになったことへ、ある種の感慨を抱きながら、彼に腕輪の嵌まっている左手を差し出した。

「私の腕を切り落としてください」
「……は?」

 ぽっかりとロンドの口が開く。

「外れないんですよ、この腕輪。腕輪がある限り、奴の魔力を阻めません」
「で、でもウィルバーさん!」
「ちょ、おっちゃん貸して!」

 ブーツの隠し場所から盗賊の七つ道具を出したアンジェが、蝋を擦りつけたり指を這わせたりしながら、腕輪につなぎ目を見つけてそこから外そうと画策し始めた。
 それを無駄な行動だと判じながらも、彼女の好きなようにさせるため、ウィルバーは屈みこんで彼女に手首を見せる。
 その体勢で顔だけはロンドのほうを向けた。

「大丈夫ですよ、腕一本なくしたところで死ぬわけじゃありませんし」
「そういう問題じゃないんだよ!なんでそんな……そんなこと!」
「……ロンド殿」

 気色ばんで魔術師の襟首を掴もうとしたロンドを、そっとテアが止める。
 つかみ掛かられたことに顔色も変えず、淡々とウィルバーは自分の考えを伝えた。

「……ここは敵の陣中。これはさっきも言いましたね。縛るなりして動きを封じたり待機するなり、したとしてもそこを突かれたら?分かるでしょう、ロンドだって…支配を確実に断ち切りつつ、行動を共にするのが最善。……そう判断してのことです」
「……どうするの。本当に取れないよ、この腕輪。刃物も通さない……」

 呆然としたように呟くアンジェの手に、その気になればちゃちな鉄棒も切り落とす細い鋸が、刃毀れした状態で握られている。
 継ぎ目もなければ、傷をつけることすら適わなかったのだ。
 他の者では言い出せないだろうと、テアはウィルバーの希望について冷静な判断を下した。

「本当に切り落とすなら、ロンドに一撃でやってもらうのがいいじゃろう。……酷じゃがの」
「………ッ!」

 自分の腕を掴んだままのテアの手を振りきり、ロンドはじっとウィルバーの目を見返した。
 彼の脳裏に、今までの冒険の記憶が過ぎる。
 かぼちゃ屋敷で1人だけ変身させられず、皆を元に戻すために奔走したこと。
 ウィルバーが魔神に魅入られたと思い込んだシシリーに連れられ、本の中の世界に飛び込んだこと。
 鉱山に住まうオークを退治しに行ったら、炎の力を有する特殊なオーガと戦う羽目になったこと。
 砂漠の遺跡に封じられた禍神と戦い、時を止められた巫女を解放したこと。
 どれも簡単な依頼とは言えなかった。
 それでも彼ら旗を掲げる爪は、誰も欠けることなく活動を続けてきたのだ――自分たちをまた信じて。
 ロンドはふっと口元を緩めると、

「らしくないぞ、ウィルバーさん。今までいくつ死線を越えたと思う?」

と意外なほど沈着な声音で大事な仲間を説得し始めた。

「この程度でこのパーティは決壊しない。でも、あんたの腕を落とさずに皆で五体満足で帰るには、あんたに落ち着いてもらわなきゃな」
「ロンド……。そうよね、あなたの言うとおりだわ。弱気になっちゃダメよ。≪狼の隠れ家≫に、6人元気に帰るんでしょ?」
「でも……っ!!」
「俺もみんなも、簡単には死なない。あんたの力と知識があればな。一緒にここから出るぞ」
「……そうですね。らしくなかったかもしれません」

 ウィルバーは背筋をすっと伸ばすと、≪海の呼び声≫を構え直して一呼吸する。

「あなたたち、この広間にはどうやって入ったんですか?」

 取り出していた道具を手早く隠し場所に収納し終わったアンジェが、どんぐり眼をくりくりと動かしながら彼の疑問に答えた。

「焼却所みたいなところで魔力がありそうな石を見つけたんだよ。遺灰に埋もれてね。それを羽の兄ちゃんが使ったの」
「焼却所……?ではそちらに連れて行ってください。私は研究室を通ってきたのですが、何か使えそうなものは見当たりませんでしたから」
「よし、行くわよ」

 リーダーのセリフに全員が頷き、冒険者たちは移動を開始した。
 焼却場に案内すると、ウィルバーがさっそく積み上がった白い灰の山や、レンガ造りの焼却炉に対して視線を集中させる。

「ん……?何か灰の奥の方に、仄かな魔力を感じますね」

 ウィルバーはしゃがみ込むと、遺灰をかき分けながら焼却口に頭を突っ込んだ。

「ちょ、ウィル!?」
「おっちゃん!?」

 びっくりした声をあげる異種族組に構わず、彼は手探りで心当たりを探しているようだ。
 当然ながら灰が辺りに舞った。
 黒い薄手のコートも、丈夫さと動きやすさに主観を置かれて買い求めたチャコールグレーのズボンも、すっかり白っぽい汚れが付着してしまっている。
 常であれば、ブローチなどの小道具で洒落た格好もしてみせる男のつかの間の狂乱に、テーゼンがやや狼狽した声をかけた。

「な、なぁ。大丈夫かよ?」
「ええ」

 這い出てきたウィルバーが遺灰の一部を手にしている。

「ごほっごほっ!……よし、コランダムのところに行きましょう」
「そんなもんで、何かできるわけ?」
「おや、あなたお忘れですか?私も一応、死霊術の構成は学んでいるのですよ」
「あ……つまり……」

 ウィルバーは片目を瞑って――今まで見たことのない仕草だが、妙に様になっている――から、おどけたような声で言った。

「仲間が来てくれたのに、むざむざあちらの思惑通りに動くのは癪ですからね。私が現在打てる手は、全て打てるようにしてしまわないと。……さあ、奴が指定した部屋はこっちですよ。そこから嫌な魔力が漏れ出していますからね、すぐ分かります」

 旗を掲げる爪は怪物と戦った大広間を通り、砦の東側にある通路から南の方向へ進む。
 微かな魔法の明かりが薄暗い廊下に並ぶ中、直角に折れた廊下を曲がってしばらく行くと、味も素っ気もない木製の扉があった。
 どうせ途中でコランダムに邪魔されるのなら、掛けられる援護はすべて掛けておこうと、ウィルバーは立て続けに【魔法の鎧】や【飛翼の術】を仲間たちに唱えた。
 援護を受けたロンドが、黙ったまま扉に近寄る。
 テーゼンが不審そうに声をかけた。

「白髪頭?何してんだ?」

 犬猿の仲の相手の呼びかけに応じず、ロンドは手にしている得物を振りかぶると、

「おりゃああああ!」

という掛け声とともに、扉を粉々に粉砕してみせた。

「……行くぞ」
「お、おう」

2016/05/07 12:05 [edit]

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