Sat.

赤い花は三度咲くその4  

「……ギベオン村の者か?」
「いつもの物を持ってきました」

 雨の降りしきる音が小さく聞こえる中、ウィルバーにナイトと名乗っていたリビングメイルは、フードを被った若者たちと相対していた。
 この砦には、定期的に村から食料が運び込まれている。
 ナイト自身には必要ないが、主が属している人間にとっては摂取が不可欠なものである。
 この取り決めを決めたのは魔術師・コランダムと村の権力者であり、彼らの間にどのような会話が交わされたのはナイトの知るところではない。
 ただ、この取り決めに従った運搬と対価の受け渡しが、滞りなくなされること――それを管理するのが、ナイトの役割であった。

「倉庫に入れたら、用意してあるものを持って去れ」
「ありがとうございます」

 命令を受けたフードの人物は、首を縮めるようにして荷物に手をかけた。

「……?待て、そこのお前」
「……!なんでしょう?」
「ただの村人にしては…………いや。良い。行け」

 ナイトが踵を返してその場から去ると、フードの人物は仲間に行こうと声をかけた。
 倉庫と書かれたプレートが入り口に貼ってある部屋まで来ると、リビングメイルから声をかけられていた若者が、勢いよく外套を剥ぎ取る。

赤い花三度8

「はーーーーっ!緊張したな!」
「バレて一戦かって、思わず覚悟しちゃったわよ。とりあえずは侵入成功ね」
「マジそれな。ここがコランダムのいる砦、で間違いねぇんだよな?」
「間違いないよ。度々怪しい二人組みが出入りしていて、つい先日、人ひとり入ってそうな荷物を運んだばかりらしいからね」
「しかし、妙な村じゃのう」

 ロンドと同じように外套を剥ぎ取った仲間たちが口々に言う中、老婆は顎に手を添えて考え込んでいる。

「コランダムとは、この村にとって流れ者じゃろうに?食料を運んで貰うなど権力者のようじゃよ」
「おばあちゃん、これを見て」

 アンジェが目の高さまで掲げたのは、青紫色の美しい花だ。
 雨露に濡れており、ギベオン村でよく見た花である。

「綺麗な花だな」
「兄ちゃんは呑気だね……。これ、トリカブト。毒草だよ」
「毒!?」
「うん。この村、綺麗な花畑が多かったけれど、イヌサフランにドクゼリ、ヒガンバナ……毒草のオンパレードだったよ」

 アンジェが鍵を開け死角へ紛れ、実に盗賊的な働きをしてみせるのは種族的な本能というものだが、盗賊ギルドとの繋がりがないわけではない。
 都市部での冒険を行なう場合は、鑑定や解錠の技をギルドで教わったわけではなくとも、顔を出して挨拶をしておくのが礼儀というものである。
 そんな理由からたまにギルドへ顔繋ぎに行く際に、毒使いと呼ばれている盗賊から習ったのが、リューン近辺で採れる毒草の詳細であった。

「普通の庭でも案外、実は毒草、って多いけれど、毒花『しか』ないのは不自然だよね」
「コランダムと村は、毒花を通じて何かの利害関係でも結んでいる……とかなのかしら」
「そんなとこじゃないかな。ま、詳しく聞きたいとは思わないけど」
「よく分からないけど、早く先に進もう。ウィルバーもここに連れて来られた可能性が高いんだろ?」
「……相変わらずの脳筋だな、オイ……」

 もはやあきれ返ったという声音でテーゼンがロンドを見つめた。
 彼は近くにあった薬品袋から、食料と引き換えに村人に下げ渡されるらしい薬――汎用的な傷薬や魔法薬の類――を、隠密行動に支障をきたさない程度に持ち出すことにして、荷物袋に移している。
 アンジェは慣れたものだという様子で彼の発言を聞き流し、頷いてまでみせた。

「ここに運ばれたっていう人ひとり入りそうな荷物、十中八九、ウィルバーだろうしね」
「よし、行きましょう」

 通路に出た冒険者たちは、あたりに人がいないことを確認する。
 1人先行したアンジェが、砦の奥への方へと続く扉を調べた。

「罠がある気がする…けど、反対側から出ないと解錠が難しそう」
「処理できないの?」
「何とかなるよ、姉ちゃん。開けたらすぐに仕掛けを解くから、ちょっと扉を支えてくれる?」

 シシリーが慎重に扉を少し開け、しゃがみ込んだ姿勢を保ったままのアンジェが、扉の側面に仕掛けられていた細工を解除する。

「……OK。もう大丈夫だよ」

 足音を殺して進み続けると、突き当たりに細工こそないが堅牢な扉があるのが見える。
 聞き耳をして誰も居ないことを確認すると、罠もなければ鍵すら掛かっていなかったので、アンジェはそっと押し開く。
 そこは大きく頑丈なレンガ造りの竃が設置されている場所だった。

「焼却場、じゃねえのかな。ほら、そこに転がってるのって人骨だろ」

 アンジェのすぐ後ろに控えていたテーゼンが顎をしゃくって示したのは、火によって焼き尽くされたらしい真っ白なしゃれこうべや、胴体の骨だった。
 そのすぐ側には、遺灰がこんもりと積み上がっている。

「……1人分の灰の量じゃないわい」
「魔法の実験台、その末路ってとこかな。――っと」

 遺灰の中に煌めくものを見つけたアンジェは、慎重な手つきで白い山をかき分けていく。

「何をしてるの、アンっ、むぐ!?」
「しっ、静かに。魔力の波動がある」

 危うく叫びかけたシシリーの口を、素早くテーゼンが塞いだ。
 微かに口の端が上がっているアンジェの小さな手に、遺灰から拾い上げた貴石のようなものがある。

赤い花三度9

 興味なさそうに覗き込んだロンドが、

「なんだこれ。石?」

と見たままを口にした。

「魔術の触媒によく使われるやつじゃないかな。細かい亀裂が入ってるけれど」
「一応持っていこうぜ。何かの役には立つかもしれねえ」

 アンジェが服の隠しポケットにそれを突っ込み、パーティは骨か骨の残骸ばかりが置かれている部屋から出た。
 傍らにある床から生えた鉄製のレバーを、テアがしげしげと見つめる。

「なんじゃろうの、これ?」
「どうみても新しい感じだよな。簡単に倒せそうだぜ」

 周りが止める暇もなく、ロンドはレバーを動かした。

「あら」
「ちょ、ちょっと兄ちゃん……」

 シシリーとアンジェから抗議の声が上がったが、何かが変わった様子はない。

「なんだ、つまらん」
「アンタ、本当に気をつけないと変なところで死ぬぞ……」
「言うても始まらんぞ、テーゼン。ほっておけ。それより…途中にあった立派な作りの扉くらいしか、行く場所は無いようじゃの」

 老婆の言葉に、他の仲間たちが首肯した。
 用心をして支援の呪曲や踊りを予め掛けておき、残った扉に手をかける。
 だが、戸惑ったようにホビットの娘が口を開いた。

「か、鍵穴も取っ手もないよ。どうやって開ければいいのかな……」
「魔術の仕掛けなのかしら。こういう時に、ウィルバーがいれば……」
「……僕でもいけそうだ。でも、魔力が足りねえし……あ、そうだ」

 悪魔の青年は仲間の一人に顔を向けた。

「あれ出してくれ。さっき拾った奴」
「これ?」

 アンジェが渡した≪魔力の石≫を握りこむと、テーゼンはしばしそれに意識を集中させた。
 石が仄かに黒く染まりだす。

「よし」

 彼は一声漏らすと、石を握りこんだ手を扉に押し付けた。
 手の中で、元々ひび割れていた≪魔力の石≫が砕けてしまったが、同時に扉の錠が開く音がする。
 すると、厚い扉の向こうに遮られて聞こえなかった声が、彼らの耳に届いた。

「冗談じゃないですよ、この化け物……ッ!!」

赤い花三度10

「ウィルバー!!」

 金の髪を揺らして叫んだ少女の呼び声に、ウィルバーの顔へ驚きと――生気が満ちた。

「みんな!?どうしてここに!?」
「旗を掲げる爪の仲間だろ、僕らは。合流できて良かったぜ」
「ありがとうございます……。ロンドも……」

 白髪頭を照れたように掻いて、彼はぼそぼそと言った。

「……遅くなったな。やっぱり、背中にウィルバーさんがいないと調子狂うんだよ」
「全員揃ったところで……行くわよ!」

 シシリーの掛け声とともに、冒険者たちは散開した。
 怪物は指示を出している娘に噛み付こうとしたが、顔の前に突然現れたランプさんが発光し、あえなく攻撃を邪魔される。
 その隙に、テーゼンやロンド、シシリーが竜のような堅固な巨躯へ武器を叩き込んだ。
 テアはバイオリンを構え、ウィルバーは仲間を守らんと再び【魔法の鎧】を唱えた。

「特に弱点とかはないのかな……」

 鋼糸を表皮に巻きつけて引きはしたが、大して効いている様子が見られず、アンジェはぽよぽよした眉をしかめて呟く。
 その横に宙から降り立ったテーゼンが、鼻を鳴らして槍を腰溜めに構える。

「そんなもんはいらねえよ。オイ、白髪頭ァ!」
「なんだよ、黒蝙蝠!」
「僕が先に突撃するから、同じ箇所を叩け!分かったか!」
「俺に命令するんじゃない!やって欲しけりゃ、お願いしますって言え!」

 口汚い応酬を途絶えさせたのは、鋼のような意志を感じさせるシシリーの一言だった。

「いいからさっさとやってちょうだい。リーダー命令」
「…へい」
「了解」

 2人はさっさと喧嘩口を押さえると、まずテーゼンが風を編むかのような神速の動きで宙を飛びまわり、その体勢から連続の突きを放った。
 怪物がその苛烈な衝撃に身をよじると、すかさず躍りこんだロンドが、スコップを振り上げてテーゼンの注文通りにさっきの突きと同じ場所へ叩き付ける。

「ウオォォ……ン!!」

 かなりのダメージを負ったらしい怪物が、その場に沈み込む。
 まだ息があると判じたシシリーは、真っ向から長剣を怪物の額に叩きこもうとする。
 その瞬間、彼女の視界に怪物――合成獣の赤い目から、水滴が一粒こぼれ落ちたのが見えた。

(まるで……ころしてって言ってるみたい……これ、意志があるんだわ……!)

 だが、≪Beginning≫を持った手は止まらず、見事に額を断ち割っていた。
 長剣を握る手が怪物の体液の色に染まる中、シシリーはただ、生気を失う赤い目を見つめ続けた。
 徐々に光が消えていき、ただのガラス玉のように変わっていく目を。

『ふ、ははは!これは面白い。きみのお友達かね?』

 突如として割り込んできた無粋な声に、シシリーはキッと面を上げた。

「誰!?もしかして、コランダム!どこから声が……」
「ここの主らしいですよ。この化け物も、大方やつの作った合成獣でしょう」
『キメラにも色々なものがある。魔術師が日々創意工夫を凝らした芸術がね……イイ、実にイイ。試せないかと思っていた芸術を放てるとはな!』

 鎖が巻き上がる音とともに、合成獣の巨躯に遮られて見えなかった位置にあった鉄格子が、上へとスライドしていくのが見えた。
 テアが鼻を鳴らして推測を口にする。

「どうやらコランダムは、今やっつけたのより強力な合成獣をわしらにぶつけるつもりらしいの」
「ハッ。どんな奴を連れてこようが知った事かよ」

 くるりと槍を回して、テーゼンは不敵に微笑んだ。

「旗を掲げる爪が揃ったんだ。どんなことになるのか、その眼にしかと焼き付けて貰おうぜ」

2016/05/07 12:01 [edit]

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