Sat.

赤い花は三度咲くその3  

 ウィルバーは鋭い観察眼を自分のいる室内に走らせた。
 窓には交差する鉄格子が張られており、その向こうには既に日の落ちた森が広がっている。
 そのせいか、ベッド脇には魔法による明かりがついたランプが置かれていた。
 視線を横にずらすと、灰色の石造りの壁は隙間風を完全に防いでくれているものの、冷え冷えとした印象を囚われ人に与えた。

「よっ、と……」
 半身を起こして確認した寝台は、青を基調としてベッドメイクされている。
 寝台を含め、置かれているチェストや椅子と丸テーブルのセット……これらは全て同じ材木とデザインで作られている。
 決してスラムの下層民や、まして彼を捕まえたチンピラに用意できるものではなかった。

「人買いの住まいに到着……ってわけですね」

 あの魔法生物の見事な造形からすれば、かなりの力の持ち主が黒幕にいることは間違いない。
 ウィルバーは搭にいた時代、反逆者として指名手配されていた、何名かの魔術師の名前を思い浮かべた。

『お目覚めかね?』
「!!」

 首を巡らすも、声を発した者の姿は無い。

「どこから……!?」

 不意に――窓際に掛けられた鏡に、目が止まった。

赤い花三度6

『雇った者たちが手荒な真似をして申し訳ない。お詫びしよう』
「あなたは?」

 声は鏡から聴こえてくる。
 その異常性に動揺する様子もなく、ウィルバーは落ち着いた挙措で尋ねた。
 ちょっと前には、仲間が氷の鏡に閉じ込められていたのだ。
 通信する為の道具として鏡を使うことくらいは、彼にとって驚きではなかった。
 幸いにして、杖も特に取り上げられてはいない。

『この小さい砦に住む魔術師だ。君は中々腕のいい冒険者と聞いたが、魔術や学問に興味はあるかね?』
「あるって答えたら、どうだと言うんですか?」
『私の助手にならんかね。前の助手に辞められてしまってね。知識人の助手が欲しかったのだ』
「あなたの雇ったチンピラが、子どもを攫おうとしていましたよ。信じられませんね」
『きゃつらには潜在能力を見極める魔道具を貸し出しておったからな。その子どもに、素質があったのだろう……方法を選ばせなかったのは申し訳ないと思っている。どれ、君の事を少し見せてもらおう』
「っ……!」

 ウィルバーが反応するよりも早く、鏡を介して”魔力感知”に似た魔法構成が放出される。
 緻密な網のような魔力の光は、彼を包み込んだ後にまた鏡へと戻っていった。

『ふむ……。なるほど。やはり相応の力を持っているようだ。面白い』
「こちらの力を鏡越しに感知する、とは……」

 ウィルバーのこめかみに冷や汗が流れた。
 鏡の向こうにいるであろう黒幕は、頓着なく話し続けている。

『助手候補の君に一つ、贈り物をしよう。下僕を寄越すので、ゆっくりしていたまえ』
「助手になんてなりませんよ…」

 彼の抗弁も空しく、鏡は沈黙してしまった。

「大変…というか、面倒なことになりましたね。逃げ出さないと」

 邪魔者が来る前にと、ウィルバーは部屋のあちこちを探り出した。
 その結果、ベッドと壁の隙間から女性が使うようなヘアピンを入手することが出来た。

「簡単な鍵なら、これを使えば解錠しやすくなるかもしれませんね」

 いそいそとそれをコートの裏ポケットにしまったところで、ドアの開く軋みがした。
 そちらを見やると、黒いつや消しを施されたような全身鎧の人物が突っ立っている。

「……どちら様で?」

 鎧の人物は何も言わずに、銀のトレーを二つ差し出して見せた。
 片方の盆には腕輪が乗っている。

(これが先ほどの話に出た、『贈り物』とやらでしょうか……)

 しばし迷ったものの、受け取らねば話にならないのだろうと判じ、彼はそれを手に取った。
 不意に鎧から錆を含んだような声が流れる。

「この砦は、その腕輪なくしては自由に動けない。忘れるな」
「あなたは?人間じゃないですよね。ゴーレム……いえ、リビングメイルですね」

 リビングメイルは、魔力の『核』を何らかの形で内包する鎧だ。
 魔法生物であるため魔力を含んだ攻撃には弱いが、それを補う堅強さを持つため、肉弾戦の不得意な魔術師が護衛として用いることもある。
 命も心も持たない代わりに自我もない、こちらの命令を聞くだけの存在であるはずなのだが…。

「……お前はどうだ?少なくとも人間ではあるだろう?」

と、聞き返してくる辺り、尋常のリビングメイルとも思えない。
 もう一つの盆に視線を移すと、少し硬そうなパンとチーズが乗っていた。

「食事のつもりですか?やることがまるで人間みたいですね」
「この部屋の主はヒトだったのでな。私はその身の回りのこともしていた」

 がしゃん、と肩のパーツが鳴った。
 もしかしてこいつ、人間の仕草のように肩を竦めようとしたのでは――とウィルバーは思った。

「逃げるなら止めはしない。危害を加えろと命令されてはいない」
「リビングメイルにしては……あなたは変わっていますね」
「我が主は私をヒトのように扱った。その影響なのだろう」
「名前はありますか?」
「……ナイト。おかしいだろう?名前などというものがあるのが」
「おかしくはありませんよ。人間は大事なものや意味を与えたいものには、名前をつけるものです」
「大事なもの……。意味……。…………」

 ナイトはそのまま黙り込み、扉から出て行った。
 手に握りこんでいる腕輪が、その扉と不思議な音で共鳴している。
 華奢な金細工に色の淡い青い宝石が嵌まっている腕輪を撫で、彼は独りごちた。

「何となく分かってきましたよ。これは通行証ですか……」

 賢者の搭では表立って教えていないが、確かに存在する魔法として【魔法の鍵】というものがある。
 これは扉などにかける魔法であり、施錠された扉を魔法が解除されるまで、いかなる手段によっても破壊されないよう強化する術である。
 ウィルバーが受け取った腕には、その術式が組み込まれているらしい。
 彼が腕輪を身につけて扉にかざすと、軽く鍵の回る音がして扉が開いた。
 一歩踏み出すと、そこはたくさんの棚が並んだ部屋であった。
 奥には自分が閉じ込められていたのとは別の扉がある。

「おやまあ……こんな事態じゃなければ、じっくり調べまわるところですが」

 ウィルバーはゆっくり部屋を見渡した。
 棚の一つ一つにぎっちりと並べられたガラス瓶が、天井に吊り下げられたランプの光を反射している。
 瓶に収められているのは、儀式の必要な魔法で使われる触媒が多いようだ。
 中には、希少なマンドラゴラやヘンルーダ草などもあった。
 床に積み上げられている本のタイトルを読み取ると、8割は賢者の搭では貸し出しは勿論のこと、閲覧も限られた者だけに許されている禁書の類である。
 実にウィルバー好みの場所ではあるが、この砦とやらに長居すること自体、彼の望みではなかった。
 そのため、奥の扉の向こうに行こうとしたのだが、何か目に見えない壁のようなものが邪魔をして、扉に触れることすらできない。
 どうやら、魔法的な仕掛けが施されているようだ。

「……ん?」

 仕掛けを解こうと辺りを改めて探索していると、鍵つきの魔道書が棚の前の作業台に置かれているのが目に入った。
 装丁は新しいものなので、ごく最近、誰かが書き写したものなのだろうか。
 罠という可能性を考えて、ウィルバーは首を横に振った。
 彼を陥れたいのであれば、こんな不確実なやり方で罠を張る必要はない。
 どちらかと言えば、これは――魔道書を解する知恵と、鍵をどうにかする技術を持つ相手に対するメッセージと考えた方が自然だ。
 そう判断したウィルバーはヘアピンを鍵穴に挿しこみ、鍵を解除すると魔道書を開いた。
 ページは全て真っ黒に塗りつぶされている。
 しばらくめくってみると、塗りつぶされた黒いページの上で、輝く星座のカードが何枚か貼り付けられている事に気づいた。
 カードを眺めていると、何か違和感を覚える。
 ウィルバーは中指で星座の形をなぞり、特殊なインクが伝えてくる凹凸を指先に感じた。

(アリエス、タウラス、ジェミニ、キャンサー、レオ、ヴァルゴ、ライブラ、スコーピオ、サジタリアス、カプリコーン、アクエリアス、ピスケス……黄道十二星座のカード……)

 その時、突如として子どもの声が響いた。

「おほしさまのうら!ままがいつもおはなししてたことば!」
「!?」

 ぎょっとしたウィルバーがそちらを見やると、同じ作業台の上に、液体で満たされたガラスの筒が置かれており、その中で体を丸めた何かの生物が不気味に笑っている。
 今まで彼がそれに注視しなかったのは、異様なまでにたくさんあるガラス瓶に紛れて、それが『生きている』ことに気づかなかったせいである。
 とにかく、この生物が魔道書に書かれている星座に反応したことは間違いない。
 ウィルバーは真剣にカードを見つめた。
 天文学を専門的に学んだことはないが、黄道十二星座とそれにまつわる話くらいは知っているし、一等星の名前程度も分かっている。

(黄道十二星座で有名な星といえば、ヴァルゴのスピカでしょうか…そういえば、シシリーがあの光精にその名前を授けていましたね。タウラスのアルデバランや、レオのレグルスも光の強い星です。それに比べると、キャンサーやピスケスを構成する星は、あまり等星の高くないものが多い……おや?)

 ウィルバーの指が、キャンサーのところで止まった。
 かに座は甲羅の部分を四つの星で構成しており、プレセペ星団という散開星団が中にあるのだが、そこに描かれている星の並びは明らかに違うものである。
 彼がキャンサーのカードの裏を見ると、そこには物騒なことに『コロシテ』と書かれていた。
 ケタケタと不快な笑い声をあげながら、再びガラス筒の中身が問う。

「おほしさまのうら!ままがいつもおはなししてたことば!おもいだした?おしえて」
「答えは『コロシテ』です」
「コロシテ。コロシテ!!コロシテコロシテ!!」

 筒の中身はケタケタからゲラゲラに笑い声を変えて、嬉しげな声をあげた。

「まぁま、かえってきた。まぁまといっしょ!ずっといっしょ!もうどこにもいかないでね」

 その言葉の後、扉に掛かっていた施錠が外れる音がした。
 安堵の息を漏らしたウィルバーが、扉に手を掛けた瞬間、背後のガラス筒が揺れだした。
 すぐガラスの砕ける音が響き、まろび出た白と青の毛に覆われた生物が、大きな口を開けてウィルバーに躍りかかって来た。
 長い首には棘のようなものが生えており、その一本一本が爪のような質感を供えている。

赤い花三度7

「まぁま!いっちゃやだ!まぁま!」
「……っ!遊んであげたんですから、寝ててくださいよ!」

 ウィルバーは【理矢の法】を唱え、魔力の三本の矢をその謎の生物に飛ばした。
 矢に貫かれた相手は、あっという間に水分を何かに奪われたかのごとくひび割れていく。
 実際に乾いてしまったのだろう、白く粉がふいたかと思えば、原型をとどめ切れずにそのまま崩れていった。

「ふう……。一体、何を飼っているやら……」

 幸い、怪我は無い。
 そのまま開錠された扉を潜ると、ひんやりとした空気の漂う廊下に出た。
 どこかで何かの声が聞こえたような気がする。

(……独り、というのは……思ったより心細いものですね)

 庇護する対象だと思っていたロンドの背中が、今では何よりも大きかったように思える。

(弱気になっている場合じゃないですね。なんとかしなければ……)

 彼は廊下を行ったり来たりした挙句、声のした方の扉へと足を向けた。
 アンジェの見よう見まねで扉に耳をくっつけて聞き耳を試みると、

「やめっ……!!アアアアアア!!ヒッ、たすけ――」
「ギャアアアアアアアアアアアア!!」

という悲鳴が聞こえてくる。
 あまり飛び込みたくなるような予感はしないが、ここくらいしか自分の≪魔力の腕輪≫で通れるドアはなさそうだ。
 ウィルバーは【魔法の鎧】を自分にかけた後、覚悟を決めてその扉を潜った。

「――!!」

 怪物が、人だったモノを喰らっていた。
 骨を無造作に砕き、肉を暴いて咀嚼している。
 咀嚼している死体の顔――残っている箇所だけから判断してだが――には、見覚えがあった。
 あの路地で少女を誘拐しようとし、邪魔した自分をここに連れてきた者たちだった。
 喰われて事切れている死体から視線を外すと、怪物を閉じ込めている部屋の上方に掛けられた鏡から、あの黒幕の声が聞こえてきた。

『ほう、君か。研究室から出るとは』
「一体これはどういうことだというのですか?」
『この者たちへの私の本来の依頼は、私の元の助手を連れ戻すことも含まれていたのだがね。失敗した挙句、君の運賃を釣り上げようとしていたのだよ。釣りを支払っていただいたのだ』
「ハッ……。ここはそういう処刑場か何か、ってわけですね」

 ウィルバーの視線がわずかに動き、鏡の向こうの術者にそうと分からぬよう辺りを観察する。
 壁には幾多の破壊跡や、仕掛けのための金具などが見てとれた。

『とんでもない。死んでもらっては困る。君は相当の実力の持ち主のようだが、そこにいたるまでは幾多の経験を積んだことだろう』
「ええ、まあ。それなりに」
『死の際に立ったこともあるだろう。”それ”だ。その窮地こそが、一皮剥ける条件なのだよ。もっとも、それでも素材が悪ければ限界は早いがね。さあ。君はどうかな』
「自分を上位に置いたまま喋るたわ言は、聞いていて本当に胸糞悪いですね……!」

 ≪海の呼び声≫を構えたウィルバーの手首で、処刑場の篝火を受けた≪魔力の腕輪≫がぬらりと光った。

2016/05/07 11:59 [edit]

category: 赤い花は三度咲く

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