Sat.

赤い花は三度咲くその1  

 ある日の昼下がりのことだった。
 閑古鳥が鳴いている――とは言っても、別に寂れたとかそういう話ではなく、ただ単にランチを取るには遅い時間帯だと言うのがその理由である――≪狼の隠れ家≫には、ちょっとした緊張状態にあった。
 原因は、以前潜ったシュツガルドの遺跡で起きた件である。

「もう、いい加減にしてよ!みんな無事だったんだからいいじゃない。ね?」

 旗を掲げる爪のリーダーであるシシリーは、両の手を胸に当てながら必死で2人に呼びかけた。
 2人とは――。

赤い花三度
「……………」
「……………」

 三点リーダで牽制状態に入っている、ロンドとウィルバーである。
 両者は暫しにらみ合った後、同時にふいっと目を逸らした。
 パタン、という軽く戸を閉める音が二階で聞こえ、たんたんと酒場に下りてくる足音があった。
 テアとアンジェが見やると、昼寝をしていたテーゼンがこちらに近寄ってくる。
 彼はひらりと右手を挙げると、欠伸を噛み殺しながら挨拶した。

赤い花三度1

「はよ。……なに、あの2人なんかあったのかよ?」
「おはようさん。一昨日のことでまだもめとるようじゃのう」
「一昨日?」
「ほら、あれだよ。あの依頼の戦闘で、レイスに【死の接触】されたでしょ」

 テーゼンが険悪なテーブルを敬遠してカウンターに座ると、目の前にベーコンと目玉焼きを乗せたトーストを出された。
 バターと黒胡椒のいい香りに食欲を刺激されながら、ああ、とテーゼンが頷く。

「あの甘味大好きな死霊か。今思うとありゃ、白髪頭以外にも前に立って、目標を散らしてやれば良かったんじゃねえの?」
「でもあのレイス、妙に強かったからね。誰が前に出てたって、やっぱり倒れる羽目になってたとは思うんだけどな。おっちゃん的には、【飛翼の術】かけてさえいれば、避けられたんじゃないかって気持ちが強いみたいなんだけど」
「まあ、ウィルバー殿の心配も分からんでもない。おぬしが≪氷砂糖の杖≫で片付けた後、即行でロンド殿に薬草を使ってなかったら危なかったからのう」
「あの白髪頭がそう簡単に逝くとも思えなかったけどな。よく言うじゃねえか、憎まれっ子世にはばかるって」

などと言う憎まれ口を叩きながらも、テーゼンは人間が結構あっけなく死ぬことも弁えていた。
 本当に、思いがけないところで命を捨ててしまうのが、冒険者という人種なのだ。
 おまけにロンドについては、ちょっと前にも氷鏡の化け物によって成り代わりされそうになったという経緯もあるので、ウィルバーも気が気ではなかったのであろう。
 ふと思いついて、テーゼンは傍らのホビットに視線を移した。

「アンタ、鏡の事件の時は動揺してたのに、今回はそうでもないんだな」
「ああ、うん。なんていうか…目の前で起きた出来事だから、すぐ自分たちで対処できるって思ったせいなのかも。預かり知らないところで行方不明になられるのとは違うもん」
「ああ、なるほどね……」

 いかにもリアリストのアンジェらしい、実用主義の答えである。
 外野がどこかずれた会話をしている内にも、仲間を仲裁しているシシリーが、懸命に2人を落ち着かせようとしている。

「ね。ロンドはちゃんと私たちの元に戻ってきたんだし、もういいじゃない」
「…………。レイスに【死の接触】があることは既に知っていました。対抗策が私にあり、詠唱も十分間に合った。なのにのこのこ前に出て、危険を冒す必要も生命力を吸い取られる必要もなかったんです」
「俺は戦士だぞ!?戦士が前に出ないで、いったい何をしろって言うんだ!第一、ちゃんとこの世に戻ってきたじゃないか!」

 ロンドは怒鳴りながら、どぅん!と人より大きな拳をテーブルに叩きつけた。
 鋭い舌打ちの後、ウィルバーが≪海の呼び声≫を構える。

「この……ッ!」
「なんだ、やるか!?」

 ついに2人は椅子をけり倒して立ち上がった。
 シシリーは困り顔で交互に仲間達を見ている。 

「おー……」
「あーあー…」

とため息混じりに慨嘆したのは、異種族組である。
 両者に挟まれて座っている老婆は、酒場の中で乱闘を始めてしまった時の用心に、黙ってバイオリンを構えている――どちらか片方でも暴れ始めたら、即座に【まどろみの花】を演奏するつもりだ。
 緊迫した雰囲気の中、それぞれの思惑の飛び交う仲間たちに見守られながら、戦士と魔術師はにらみ合いを続けていた。
 が――先に顔を背けたのは、ウィルバーのほうだった。
 戸口につかつかと歩み寄っていく。

「……待て。どこに行くんだ」

 胃の腑に響くような低い轟きを持ってロンドが言えば、ウィルバーが鞭を打ち付けるような鋭い声で応える。

「今日は仕事は休みです。そう決めました。今!私が!」
「……勝手にしろ!」

 そう言ってロンドは、脇に立てかけてあった本を投げた。
 シュツガルドの遺跡の中で見つけた古書だが、この喧嘩の中では本の表紙すら苛立つ。
 それが顔面へ当たる直前にしっかりと腕で受け止めると、ウィルバーは戸口を開けて≪狼の隠れ家≫を出て行った。
 空気が、まるで質量を持ったかのように重い。
 誰もが押し黙っていると、厨房からテーゼンのためのホットミルクを持った宿の亭主が現れた。

「お前たち……喧嘩はほどほどにしておけよ」
「……よかれと思って、さ」

 ロンドは唇を尖らせながら言った。
 戦いにおいては、戦士が前に立たねば武装の薄いルーンマスターの死亡率が跳ね上がる。
 現に、ちょっとした妖魔退治の折には、敵の攻撃を回避しようとトンボを切り損ねたアンジェがウィルバーに庇われて、彼がかなりの出血を伴う怪我をしたのだ。
 それを「援護が済むまで前に立つな」と言われては、彼の立つ瀬が無いのだろう。

「分かっとる。だが、長引かせるほど、謝りにくくなるぞ」
「…………」

 沈黙が再び降りた頃に、1人の人間が店へ入ってきた。
 ゆったりとしたローブを身につけた魔術師然とした男だ。

「失礼。『賢者の搭』のカルサイトという。旗を掲げる爪はこちらにみえますか?」
「私たちよ」

 シシリーが反応を返すと、カルサイトと名乗った男はこちらを見定めるように一瞥をしてから、手短に挨拶した。

「どうも。あなたがたに、賢者の搭から依頼したいことがあります。旗を掲げる爪のことは、ナブル・ラウーランの件や、手配犯グェス・ゲェスの後始末で知りました。……今まで、どんな依頼を成功させたのかということも」

 そのナブル・ラウーランこそ、ロンドとウィルバーが目下険悪になっている原因の仕事を持ち込んできた男であり、つい一昨日に亡くなった賢者の搭の準賢者である。
 当事者の1人であるロンドが、憮然とした表情で呟いた。

「1人、欠けてるけどな」
「兄ちゃんのせいでしょ」

 ぼそっと付け加えた台詞に対してアンジェが非難したが、それを抑えるようにアンジェの頭をひと撫でしてリーダーの少女は言う。

「仕方ないわ。行先を聞いていないし、話を聞いてから合流してもいい」
「ここでお話できることは話しましょう。詳しい内容は、賢者の搭までお越しいただきたいのですが」
「とりあえず、大まかな内容だけでも教えておいてもらえると助かるのう」
「そうだな、ばあ様。僕らはまだ報酬だって訊いてないし」

 冒険者たちからの言葉に、ニ、三度その暗い翳りを帯びた目を瞬かせると、彼は何かを決意したようにゆっくりと口を開いた。

「異端の魔術師である、コランダムという男を探し出し、討ち滅ぼしていただきたいのです」
「コランダム?誰か知っておるか?」
「聞いたことがあるよ。盗賊ギルドの情報網に掛かってた」

 パーティの最年少が老婆の疑問に答える。

「”恐れ知らず”コランダム。何年も前に賢者の搭と大喧嘩して、出て行った魔術師だよね」
「はい。過激な魔術師です。賢者の搭に所属していましたが、地位を追われて、長らく姿を消していました」
「地位を追われた?……禁忌の研究でもしていたの?」

 こてり、と可愛らしいリスのごとく首を傾げてみせたアンジェに、依頼人は手をゆるく横に振って否定した。

「恐ろしい研究もしていましたが、決定的だった事柄は別にあります。搭でも権力がある魔術師の娘を、愛人にしてしまいまして」
「愛人」
「愛人です」
「うちのおちびちゃんに、そういう大人の関係を堂々と教えるのもどうかと思うがのう……」

 渋い顔をした老婆に、少々恐縮した顔つきになったカルサイトだったが、それでもその舌の回転が止まることはなかった。

「一人娘を盗られて、しかもその娘を助手に搭を出奔したのです。何年も行方知れずでした」
「しかし、見つけたのじゃな?」
「と申しますか、男の手がかりを見つけまして。受けてくださるなら、その手がかりをお見せする心積もりです」

 春の海の色をした双眸が、訝しげに眇められる。

「……要するに、そのコランダムって魔術師を退治しろってことですよね。娘を取り返したいとか、捕まえて欲しい、でもなくて」
「娘を連れ出したことをそのお偉いさんが憎んでるとしたって、殺すほどのものかなあ。何があるの?」
「手がかりを搭で見ていただければ、分かると思いますよ。報酬についてですが、前金で銀貨500枚、成功報酬として1000枚を用意しています」
「報酬は相場通りですね。……皆、どうする?」
「僕は受けてかまわねえよ。自警団じゃなしに冒険者へ持ち込んだってことは、それなりな実力を相手が持ってるからだろうし」
「あたしも反対しないよ。ギルドで情報貰ってたから、ちょっと興味ある」
「そうじゃのう……受けてみねば、これ以上の事情を教えてはくれんのなら、わしは受けてみたいと思う」

 シシリーは黙り込んだままのロンドに視線を走らせた。
 彼は無言で頷いている。
 パーティの総意を依頼主に伝えると、カルサイトは懐から小さな皮袋を出した。

「ありがとうございます。それでは搭まで一緒にお越し下さい。これは前金です」

 それを老婆に預けると、シシリーはカウンターの向こうにいる宿の亭主に声をかけた。

「行ってくるわ。親父さん、ウィルバーが戻ってきたら――」
「分かっとる。話して引き止めておく。ロンド、分かってると思うが、ちゃんと謝ったほうがいいぞ」
「…………」

 彼は口を「ヘ」の形に結んだまま、相変わらず黙り込んでいる。
 こうして、一人欠けた旗を掲げる爪は、依頼人のカルサイトとともに、未だ、準賢者の急死でややざわついている様子の賢者の搭へと向かった。
 そこへ到着した旗を掲げる爪は、数室ある客室の一つへ通される。
 ベッドには一人の女性が横になっており、青いグラデーションに染められたカーテンから差し込む光が、寝台に掛けられた毛布と使用している人間を、さらに青白く見せていた。

「ああ……。あああ……」

 女性は横たわったまま、フード奥の目を見開いている。
 天井を見ているが、冒険者たちが視線を走らせても、そこには変わったものは何一つない。
 彼女の方ではなく、パーティを見て依頼主が言う。

「この女性が、コランダムの手がかりです。偶然郊外の遺跡を調査していた、搭の者が発見しました」
「コランダムの愛人……かな?」

 どんぐり眼でしげしげと女性を観察し始めたアンジェに、彼は肯定の返事を返した。

「発見された時には既にこの様子で、幻覚でも見ているのか、正気を失っています。怪我をしていたので、治療は施しました。正気を取り戻してくれれば、手がかりも掴めそうなのですが」
「あの…精神を安定させる方法なら、搭でも使い手がいますよね?試したのかしら」

 自らも【賛美の法】という、神の名を讃えて味方の士気を高揚させる法術を知る少女は、女性の哀れを誘う様子に戸惑った態で訊ねた。

「ええ。ほんの一時的には正気に返るようなのですが、どうにも付け焼刃でした」
「よほどの何かがあったのか、原因になるものをまだ抱えているとかでしょうか…」
「恐らくは。しかし、奴の居場所らしき村の名を聞きだしました」

 依頼主は、きゅ、とペンだこの出来ている手を見ているほうが痛くなるほど握り締め、話を続ける。
 その様子に気づいたのは、目ざとい老婆と、観察力に優れているホビットだけだった。

「そこにコランダムは居を構えていると見て間違いないでしょう。彼を始末するに必要な経費も、当方で持ちます」
「彼の研究に関わるものは?持ち帰ったほうがいいのでしょうか。それとも隠滅?」
「下手に持ち帰るくらいなら、処分してください。……多少の持ち出しなら目を瞑ります。いざとなれば、ことが済んだ後に人を送って処分もできますし。あくまで標的はコランダムです」

赤い花三度2

「それはうれしいね。……それで。もう一度尋ねるけど」

 やっと女性から目を離したアンジェが、寝台に屈むようにしていた体を起こした。

「コランダムを殺す理由は?錯乱した娘を見て、許せなくなった?それとも…こっちのが理由?」

 アンジェの子供らしい指が、女性の腹部へと向けられている。
 それに釣られて視線を移していた他の仲間たちは、彼女の腹部が微かに動いたことに気づいた。

「この人、妊娠してるね」
「はい。父親は恐らく、コランダムなのでしょう」
「なるほどね。それが抹殺の理由……―――!!」

 ぱっと寝台から飛び退ったアンジェが大声を上げる。

「離れて!カルサイトさんも!」

 尋常でないその様子に、疑いを挟む間もなく全員が下がった。
 寝台上の女性が痙攣し始め、うわ言が叫びに変わる。

「ああ、ああ!いや、こないで!!!こないでェーーー!!!助けて、カル……ッ!!」

 女性の腹がマグマのようにボコボコと波打った。
 じわり。
 冒険者たちの鋭い目が、黒っぽい彼女の衣服に血が広がりだすのを捕らえる。

「は、腹から……何か出てくる……!?」

 ロンドがスコップを構えながら呻いた。

2016/05/07 11:51 [edit]

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