Tue.

地下二階の役立たずその2  

 アンジェ曰く「嫌な予感がする」ドアを開けて進む。
 すると、部屋の入って左側の壁にまたドアがあったので、そちらへと足を動かすと、

地下二階4

「憎いですねえ、全てが悲しいですねえ…」

という声とともに、扉の前に霧が集まった。
 やがてそれは、いささか太った死人の姿を作り出した。
 荷物袋がガタガタと揺れ、中で人形の声が響く。

「砂糖大好きシュツガルド。太って死んだシュツガルド。ショートケーキも食べれない。チーズケーキも食べれない」
「……黙れ」
「魔力は凄いよ、シュツガルド。炎でこんがり、冒険者。甘味が食べたいシュツガルド。オーブンでこんがり、焼きたいよ」
「黙れってんだよ、この出来損ない!」

 テーゼンが叫ぶと同時に、太った霧の死人――一撃で人間を死に至らしめることの出来るレイスが、その恐ろしい手を一行を守らんと前衛に立っていたロンドへ伸ばした。
 逞しい巌のような体から、溢れんばかりの生気がたちまち抜き取られる。

「く……はっ……」

 自分は今、血を抜き取られるように命を吸い取られている――朦朧とした頭の隅で、そんな考えが浮かぶ。
 ロンドは必死に意識を保とうとしたが、その体からは急激に力が抜けていった。

「ロンド!」

 慌てて駆け寄ったシシリーが体を支えようとするも、レイスに従って姿を現したラルヴァたちが進行を邪魔して容易に近づけない。
 早目に治療しないと、ロンドの魂が彼岸へと到達してしまう――テーゼンは杖のコマンドワードを唱え、己の魔力と混ぜて、浅ましい姿と成り果てたシュツガルドに≪氷砂糖の杖≫を振った。

地下二階5

『漆黒の闇に燃えし、地獄の甘味よ!我が剣となりて、敵を滅ぼせ!』
「こ、こ、こ、こ…この甘味だぁぁぁぁぁ!」

 魔力の中に込められた甘味に気づいたシュツガルドは、甘美なその味に陶然となり成仏した。

「よし!」

 ガッツポーズを作るテーゼンの後ろで、呆れたようにテアが首を横に振る。

「……仮にもレイスが、こんなことで成仏してええんかのう」
「それは言わないお約束、というものでしょう。曲に起こす時には、省略しては?」

 老婆の呆れ声に応えたウィルバーが、己の周りを飛び回っていた魔力の矢を、立て続けにラルヴァたちへ放出する。
 アンジェもリューンの枯葉通りで学んだ繭糸に魔力を這わせ、複数の対象に突き立てた。
 二匹が床に落ち、半透明の体がそのまま灰色の石材へ溶けるように消えていく。
 すかさず、空いたスペースをスライディングの容量で移動したテーゼンが、ロンドの口に薬草を突っ込んだ。
 口が塞がって息が今度こそ止まるんじゃ――と危惧したシシリーだったが、その心配は杞憂のようで、カッと目を開けたロンドが腹筋だけで半身を起こし、たちまち文句を言い出した。

「苦いんだよ、お前の草は!本気で改良しろ!」
「苦さでは人は死なない。諦めろ」
「兄ちゃんたち、今は戦闘中だってば!」

 そう注意したアンジェは、ラルヴァの攻撃をかいくぐって鋼糸を走らせ、一匹の首に巻きつける。

「ギャッ!?」

 ラルヴァは慌てて身を捻ったが解く手段も無く、ホビットの娘が勢い良くそれを引っ張ると、ころりと小さな首が落ちた。

「ほら、まだ二匹残ってるよ!」
「言われなくとも!」

 ≪Beginning≫を正眼に構えたシシリーは、視界の端に動こうと逃げるラルヴァの頭部を輪切りにするように斬り捨てた。
 血が噴水のごとく噴き上がるが、その不浄な赤を被らないようさっと身を引く。
 残り一匹となった魔物は、キィキィと耳障りな声を出しながら冒険者をかわし、部屋の奥へと逃げようと不規則な軌道を描いて飛んでいたが……たちまち、青く凍りついた光の帯が魔術師の掲げる杖から放たれ、その息の根を止めた。

「やれやれ……一時はどうなることかと思った」
「それはこちらのセリフですよ、ロンド」

 カツカツと音を立てて、まだ半身を起こした状態のままだったロンドに、最後の攻撃を行なったウィルバーが近寄った。
 片膝を立てて、年下の仲間に指を突きつける。
 常に冷静なはずの彼の目は、すっかり据わっていた。

「まったく、生きた心地がしないとはこのことです。あなたは先頭に立っているんですから、それ相応の用心が必要だったんじゃないんですか?」
「油断はしてなかったぜ。あの死霊が特別製だったんだ、俺のせいじゃない」
「どうだか…調子に乗りすぎるあなたのくせは、直すべきだと思いますよ」
「あ?何だよそれ」
「ちょっと、2人とも…」

 しきりに終わった戦闘について意見を戦わせる2人を他の面子でどうにか宥め、シュツガルドの守っていた扉を開けて、奥にあった小部屋に入る。
 ハッとなったのは、いくつものガラクタに混じって置かれている古ぼけた鍵を見つけた時だった。

「これって…もしかして、さっき人形が言っていた鍵かしら」
「かもしれんな。やはりあの人形、侮れん存在のようじゃ」

 老婆は三度、呪歌で仲間たちの傷口を塞ぐと、地上を目指して進もうと仲間へ促した。
 いささか迷いはしたものの、上に登る梯子を無事に見つけ、部屋の錠――これも人形の予言どおりだった――を古ぼけた鍵で開ける。
 通路に出てみると、そこはグールやラルヴァが最初に現れた部屋の前であることが分かった。

「となると……これで全部回ったということじゃろうの」
「おばあちゃん、それってこれ以上は探索しなくていいってこと?」
「だろうの。…もっとも、わしの推測が正しいのなら、ここから先が大変なんじゃろうが」
「ん?」

 首を傾げたアンジェに何でもないと答えた老婆は、マッピングした地図を広げて地上へ通じる梯子の場所を確認する。
 皺の寄った手が示すルートを全員で確認し、ランプさんの先導で、一行はあちこちにこしらえた傷を押さえながら、辺りに注意を払って移動した。
 そのおかげで、これ以上妙に強いモンスターの襲撃を受けることもなく、彼ら旗を掲げる爪は地上へと戻り、依頼人であるナブルへ依頼の達成と報酬の受け取りに向かった。

「…なるほど、この人形が。ずいぶんと可愛い依り代を使う。まあ、シュツガルドらしいが…」

 満足げにためつすがめつ人形を眺めている依頼主に、アンジェが躊躇いがちに口を開いた。

「余計なお世話かもしれないけど、下手な質問をしない方が良いよ。悪い未来も言い当てるから」
「フン。だが、そうも言ってられんのだよ」

と革張りの椅子にふんぞり返った男は言う。

「どうも、わたしは内臓をあちこち病んでいるようなんだ。死神の足音を聞いて気がついたよ、砂糖を舐めながら研究に没頭していたシュツガルドが、どれだけ魔法使いとして正しかったことか」

 因果律を解いた人形であれば、残り少ない人生を延ばす術すら、すらすらと答えられるだろう――ナブルはそういう考えに至り、冒険者を雇ったのである。
 だからこそ、ナブルは尋常ではない光を目に湛えながら訊ねた。

「フフ、さあ、人形よ。答えてくれ。わたしはどうしたら生きられる?わたしに時間を与えてくれ」
「訊かれれば答える、それがボク。教えてあげましょう、魔法使い。あなたの中身はとろける寸前。もう持たないよ、それがあなた」
「フン。そんなことは分かっている」

 傍らで聞いている冒険者たちの方がゾッとする答えだったにも関わらず、依頼主は平然とした顔で人形に対峙していた――その時までは。

「どうすればわたしは生きられるんだ?医者と同じことを言わないでくれ」
「生きられるなら答えない、だってボクは真実のオモチャ。覗けるコトは、真実だけ。だからボクは真理のオモチャ」
「なんだと…?」

 美男とまでは評されなくとも、まずまず端整なナブルの顔が歪み、蒼白となった。
 唾を飛ばすようにして人形に詰め寄り、まるで意見を異にした人間に対するように、段々と大きくなる声で言い募る。

「じゃ、じゃあ、お前は、因果律に矛盾が起こらない場合だけ、予言をすることができるのか!?馬鹿な!それじゃあ、それじゃあ、お前はまったくの役立たずじゃないか!」

地下二階6

「ボクは役立たず、役立たずはボク。だからボクは真実のオモチャ。あなたは死ぬよ、あと少し。あなたは死ぬよ、鳥が鳴いたら」
「なっ…、おのれシュツガルド!因明の真理を解いたのではなかったのか…」
「シュツガルドは極めたよ、知っていたのさ、因果の正体」

 人形は相変わらず、稚い子供よりも高い声でカタカタと話している。
 自らをオモチャと称する人形の言葉に、シシリーやウィルバーは段々顔色が悪くなってきた。
 この人形の語る言葉は――真実だけを言い当てている。
 この現世における真実を。
 それを全て聞くのは危険だ。
 2人は止めようとしたが、ナブルに制されて人形の口を塞ぐことが出来ない。

「この世にあるのは、皆オモチャ。オモチャだから、世界に居れる。オモチャじゃないのは神様だけ。神様になっても楽しくない」
「な!な!神でけっこう!それこそが魔術の目標ではないか……!
「神様は生きてない。生きているのは皆オモチャ。神様になったら消えちゃうよ、神様この世に居られない」

 真理である。
 シュツガルドは確かに因果律を解明し……人間でありたいがために、それ以上を求めなかったのだ。
 だが、寿命が尽きようとしている男にはそれが理解できない。

「ク、クソ!ならば、お前を分解して、魔術を奪ってやる!神でも何でもなってやろうじゃないか!」

 異端審問官に聞かれたらたちまち裁かれること間違いなしのセリフに、さすがにシシリーが声を上げる。

「ちょ、ちょっと待ってください、ナブルさん!そんなこと…」

 するべきじゃないし、口に出すべきでもないというシシリーの抗議は、人形によって遮られた。

「可哀想な魔術師ナブル。それができない魔術師ナブル」
「え……?」

 尋常ではない悪寒を感じ取り、シシリーの形の良い唇が強張る。
 少女の様子も目に入らず、依頼主と人形は喋り続けた。

「それができるのに時間が無い。時間が無いからできないよ」
「わたしの研鑽では及ばないというのか…!?」
「違うよ、もうすぐ鳥が鳴く。それさえなければ、すぐ分かるのに。残念、ナブル、鳥が鳴く。あと少しまで勉強したのに」
「そ、それはどういうことだ!?」

 …ヒィィィ…。
 フォウであるスピカの鳴き声よりも悲痛な、鳥のような声が部屋に響いた。
 ナブルは驚愕の面持ちで、自分の体を見下ろして自身を抱きしめた。

「い、今の音は…」
「…ナブルさん、今の音…あなたの胸の辺りから聞こえたよ…」

 震える指でアンジェが指したのは、ナブルの左胸である。
 ホビットで盗賊でもある彼女は、滅多に聞き耳を間違えることはない。
 人形が語る。

「今のがナブルの最後の息。心臓は、少し前から止まってた。麻薬で痛みを消しすぎさ。心臓が死んでも気がつかない」
「な、な、な…た、頼む!助けてくれ!救ってくれ!」

 それが依頼人の最期の言葉となった。
 冒険者たちは直後に倒れた男の体へ応急の処置や法術を惜しみなく使い、果ては近所の医者もすぐに呼ばれはしたが、ついに彼の息を取り戻すことはできなかった。
 依頼主が死亡したため、報酬の残り銀貨1800枚も貰えずじまいである。
 寿命といえばそれまでなのだろうが、真実「だけ」を言い当てることの恐ろしさをまざまざと見せ付けられた旗を掲げる爪は、ナブル死亡のごたごたで持ってきてしまった人形の処分をどうしたらいいか、≪狼の隠れ家≫に戻って亭主へ相談することにした。

「で、これがその人形か」

 宿の亭主は、無造作に人形を抱き上げるとカウンターにそっと置いた。
 カウンターの席には、シシリーとロンドが座っている。

「親父さん、あんまりその人形には手を出さない方がいいんじゃないかしら…」
「なに、使いようだろう。売り物になるのかどうか、真贋をつけるのがわしの役目だしな」
「それで、一体何を訊くつもりなんだ?」

 悪魔の疑問にニヤリと笑うと、亭主は禁断の質問をした。

「おい、わしの髪はいつ生えるんだ?」

※収入:報酬1000sp、≪氷砂糖の杖≫
※支出:
※平江明様作、地下二階の役立たずクリア!
--------------------------------------------------------
■後書きまたは言い訳
43回目のお仕事は、平江明様の地下二階の役立たずです。久々の遺跡探索でした、わあい。
旗を掲げる爪って、冒険者の割にあんまりダンジョンに潜らないですね。討伐ばっかり…。
肥満した魔術師の遺産を探しに行く短編ダンジョンなのですが、ラスボス筆頭に出てくる敵は手強いし、3Dでの方向転換がちゃんと頭に入ってないとたちまち道に迷うという、なかなか厳しいシナリオです。
スリリングを求めて活動するパーティにオススメですね。
ただ、1.50だったかNEXTエンジンだったか忘れましたが、これを新しいエンジンでプレイしようとすると、とある矢印カードが出てこなかったりするそうです。
そのバグ(って言ったらなんですが)は、カードのフラグ参照先を入れてやることで解消できた……はずです。
すいません、直したの結構前の話なので、自分でも記憶が定かではありません。
もう少し強さの余裕があったら、色々探し回って後二つアイテムを回収すべきだったんでしょうが、このパーティではこれが限界でした。エンカウント結構多いので、あんまりのんびりしていられなかったんですね。
それにしてもこの人形、なかなか怖い代物ですね。あまり冒険者にとってはありがたくないような。
エンディングで親父さんが禁断の質問をしておりますが、その結果がどうだったのかは、プレイヤーの皆さんがご自分でご覧になって頂きたいと思います。

さて今回、テーゼンとロンドの犬猿の仲に紛れて分かりづらいですが、ちょっとした諍いをロンドとウィルバーでしております。
これを機にあるシナリオに移行しようと思うのですが…上手く行くといいな。

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。

2016/05/03 12:07 [edit]

category: 地下二階の役立たず

tb: --   cm: 2

コメント

平江さんの作品は面白いですね。
それぞれ独自性を感じて、アイデアが素晴らしいなと思いますね。
最後の落ちには笑った。

しかしLeeffesさんの生産性には驚きます。
リプレイ一つであってもそんなに簡単に書けるものではないでしょう。
それを次から次へと、凄い。

URL | ハテナ #- | 2016/05/04 20:58 | edit

コメントありがとうございます

>ハテナ様
何度もコメントをいただきまして、まことにありがとうございます。
平江さんのシナリオは、間の取り方が絶妙というか、カードワースの冒険の多彩さを見せてくれたなあ、と思います。
いまだに色褪せない面白さってことは、どれほど普遍的でかつゲーム性のある要素が、作品に詰め込まれているのかということに繋がっているのではないかと…万分の一でもいいから、その才能ください(無理)。

リプレイは確かに書きあげるのに体力使うのですが、集中してゲームをやれる時間というのがあるので、その間にシナリオをプレイしながらリプレイを書き溜めていけば、投稿する時は一気に予約投稿するだけなので、実は他の作者様より自分は手抜きしてるんじゃないかな~とか……。
どうなんでしょう。
ただ、今回はNextエンジン使っているおかげで、予めリプレイに起こそうと思っているシナリオは、星印つけて分けておけるので作業的には前回連載よりも楽です。
同じシナリオでリプレイ作っても、ぜんぜん対処の仕方が違ってたり、そのリプレイ作者さんのオリジナリティに溢れた描写があったりするので、私としては他のリプレイもがんがん読みたいです(笑)。

URL | Leeffes #zVt1N9oU | 2016/05/06 13:07 | edit

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