Tue.

地下二階の役立たずその1  

「シュツガルドの研究所から彼の成果を見つけてきて欲しい」

というのが、賢者の搭の準賢者と呼ばれているナブル・ラウーランからの依頼だった。
 シュツガルドは真理と因果律を研究していた魔術師であり現在は故人であるという。
 依頼人は彼の助手を短期間勤めており、遺品を受け継ぐ一応の権利はあるのだから、今回の依頼に関しては窃盗行為には当たらないと力説した。
 準賢者ナブルは、故人が因果律を解く何らかの成果を残しているだろうと考えている様子だ。

地下二階
 あまりこういう人物からの依頼は受けたくはなかったが、羊皮紙に書かれていた”報酬・銀貨2000枚”の文字はあまりにも魅力的であった。

「どうして自分でその成果とやらを回収に行かないんですか?」

というシシリーの質問に対して、革張りの椅子に腰掛けた彼は尊大に答えた。

「まだ老け込む年ではないのだが、どうも最近は体が動かなくてね。衛兵や搭の人員に頼もうにも、シュツガルドの館は郊外の衛兵の手が届かない辺りにある。まあ、魔術師の研究施設などそんな物だがな。魔力に惹かれて集まってくる魔物が良い番犬代わりになるのさ。おっと、これは冒険者に過ぎた文言だったな」

 ナブルはぎこちなく体を動かしながら言った。

地下二階1

「シュツガルドは寝る間も歩く間も惜しんで研究に没頭した。もっとも、甘い物に狂ってはいたがな。始終左手を菓子に運びながら、右手でルーン式を組替えるといった具合さ。見ていると胸が悪くなったものだ」

 彼によると、シュツガルドは砂糖を5杯も6杯も溶かしたミルクティーを愛飲していたという。
 話を聞いているだけで、真っ当な紅茶党を自負しているシシリーは眉をひそめ、甘党であるはずのアンジェも静かに首を横に振った。
 もっとも、味音痴であるテーゼンだけは、それのどこが良くないのかが分からずにきょとんとした表情を白い美貌に浮かべていたが。

「糖というのは、物を考えるのに必要不可欠だってのが、シュツガルドの口癖だったがね。まあ、よろしく頼むよ」

 そんなわけで、銀貨200枚をナブルから受け取った旗を掲げる爪は、一応リューンでの情報収集をした上でシュツガルドの館に向かい、はねあげ扉に隠されていた地下室を訪れて辺りを見回した所だった。
 鍵の掛かっていない扉を開き、迷宮を歩き回る。
 冒険者たちは一番近い距離にあった部屋で銀貨の詰まった皮袋を発見し、次の部屋では壁に巧妙に隠されていた扉を見つけ出した。
 石造りの同じような通路しか続いていない遺跡だが、案外と得るものは多い。

「順調じゃないか?」

 ウキウキした調子で言うロンドに、隠し扉を開けたアンジェが振り返って忠告する。

「あのねえ…あんまり時間を掛けすぎると、ここを歩き回ってるモンスターが来ちゃうから、手早くできるよう結構気を配って探索してるからね。気楽に構えてると、足元すくわれちゃうよ」

 何しろ、凝り過ぎた錠前の構造に音を上げそうになりシシリーの法術で集中力とやる気を取り戻して、ようやくこの部屋の扉を開錠したくらいである。
 妙な寄り道や不要な行動は、ここでは命取りになりかねない。
 アンジェの言を胸に留め、テーゼンはゆっくりした足取りで先行した。 
 隠し扉の向こうには廊下があり、一つ角を曲がると、突き当たりにまた似たようなドアが構えている。

「……これ、梯子を下りてきた時の扉だよ」
「あれ?じゃ、こっから行くと戻っちまうのか」

 アンジェは悪魔に頷くと、残りのドアの方へと近寄った。
 その時、曲がり角からふらりと現れた怪物の影に凍りつく。
 腐った肉体に紅く充血した瞳、口の端から零れる黄色く汚れた牙を持った屍と、がりがりの体に肥大した頭部を持ち、茶色い皮に覆われた半透明の化け物。
 シシリーが仲間に声を掛ける。

「下がって、アンジェ!グールとラルヴァだわ!」

 ラルヴァは虫の霊魂という知能の低い存在が、魔力や死体などから力を得た魔物である。
 これはこれで珍しいし、ワイトやレイスの特殊能力まで使うことがあるが、火に弱いという弱点があるためにそう怖がる相手でもない。
 問題は……。

「…これは、ただのグールではありませんね。魔法を操る個体のようです」

 手慣れた様子で【炎の玉】の呪文を唱え始めたグールを睨みつけ、ウィルバーはとっさに仲間たちを守ろうと、【魔法の鎧】の詠唱に入った。
 ロンドが【葬送花】で呼び出した真っ赤な花弁がどこからともなく降りかかり、グールとラルヴァを1体ずつ浄化していく。
 同時に、シシリーが腰を捻った体勢から【十字斬り】を繰り出し、もう一体のグールの活動を停止させた。
 次々に仲間達を殺され慌てたラルヴァが、精神を混乱させる魔法を唱えようとするも――。

「おぬしは少し、黙っておれ」

 老練なテアが弾きこなした【小悪魔の歌】が、魔物に沈黙をもたらした。
 程なく彼らは戦闘を終了したものの、モンスターの向こうにあった扉が、盗賊の技術で開く様子はない。
 ドアの表面を撫でさすり、ドアノブをわずかに回してから針金を鍵穴に突っ込んでいたアンジェが、お手上げといった格好で仲間を振り返った。

「そんな様子もないけれど、何かの仕掛けで動くのかな?とにかく、あたしの技術では無理だよ」
「…困りましたねえ。ここが開かないとなると、他の場所はもう探索済みですし…」
「とにかく、こういう時は再確認してみましょう。もしかしたら、見逃した通路があるのかもしれないわ」

 探索を行なう場所がなくなって困り果てた一行は、もう一度、入った部屋も再び調査しようと移動を始めた。
 銀貨のあった部屋や、梯子を下りてきた部屋を調査し終わり、はかばかしくない成果に苦い顔をしながら、今度は隠し扉のあった部屋へと足を踏み入れる。
 不意に、床下から声が聞こえてきた。

地下二階2

「……朝方の、お月様。夕方の、お天道様。でもボクは痛くない。なぜかって?聞かれりゃ答える、我が定め。落ちてくるのは冒険者」
「……え?」

 意味のよく分からない歌にアンジェが怪訝な顔になると、旗を掲げる爪の足元の床が突如として崩れた。

「お、おちるぅぅぅっっっ」

 何とか反応して叫んだ子供の声は、ドップラー効果を伴いながら下へと移動していく。
 ダン、ドン、ダンッ!という、重たい砂袋をいくつも落としたような音が響き、彼らは体を階下の部屋の床に打ちつけてダメージを負った。

「いってえ……」
「突然過ぎて、飛ぶのすら出来なかったぜ…」
「同じく、翼の術も使えませんでした。すいません……」
「おばあちゃん、無事?」
「腰は辛うじて打っておらんが、やれやれ、きついのう」
「とにかく回復しないとね……って、あら?」

 彼らが落ちてきた雑然とした小部屋には、無造作に一体の人形が放置されていた。
 陶製の小さな人形である。
 丈夫な生地で作った服は丁寧な仕上がりだが、凝っているとは認められないほど飾り気がない。
 背中まで伸びている髪は緑色で、よくビスクドールに使われている人工の毛であった。
 だが、ウィルバーが首から提げている竜の牙の焦点具は、それから妙な波動を感知している。

「人形?」

と訝しく思って呟いた言葉に、果たして応えがあった。

「ボクは人形、人形はボク。ボクはオモチャ、オモチャはボク。ボクは真実を知っている。だからボクは真実のオモチャ。ボクは真実を、未来を知っている」

 口はないようなのに、声は確かに人形の顔から発せられている。
 稚い子供の声を、もう少しだけぎこちなくしたような高い声だったが、確かに全員が聞き取れた。
 こんなホムンクルスを見たことのなかったウィルバーは、興味深く観察しながら訊ねる。

「へえ……シュツガルドに作られたのですか?」
「砂糖が大好きシュツガルド。魔法を極めて、太って死んだ。それでも最後にオモチャを作った。真実のオモチャ、それがボク」
「シュツガルドは亡くなったのですね?」
「死んだけれど、死んでない。死んでないけど、死体になった。無念ばかりのシュツガルド。やりのこしばかり、シュツガルド」
「おや?」

 思いがけない人形の答えに、質問をした男の方が首を傾げる。
 その横で口をへの字に曲げてむすっとしていたロンドが、ぼんのくぼを叩きながら問うた。

「この世に未練を残して、今もこの館にいるってことか?」
「魔道は極めたシュツガルド。未練は甘味、シュツガルド。甘味求めてさまようばかり。極めた魔道は龍をも凌ぐ」
「わ、分かりづらいなあ、もう!」
「怒るなよ、アンジェ。つまりこいつが言ってるのは……」

 ぽふぽふ、と人形の頭を軽く――ロンドの力でできるだけだが――叩く。

「シュツガルドはアンデッドになってるってことだろ」
「だから先ほど出たモンスターも、アンデッドばかりだったんじゃろうの」

 納得したように首を縦に振るテアの横で、でもとシシリーが声を出した。

「甘味を求めて彷徨う…ってことは、どこかでエンカウトするんだろうけど、具体的にはどうしたらいいのかしら。その人形から、もっと詳しく聞けない?」

 テアとロンドが色々と質問の仕方を変えて人形に訊ねてみたが、シュツガルドに出会った時の対抗策はさっぱり喋ろうとしない。
 とりあえず他の自分たちのための質問をしようと、アンジェが上に戻るにはどうしたらいいかと聞いてみると、人形はもう少し先にある小部屋で鍵を見つけると答えた。

「だからよかった、冒険者。シュツガルドは退いた。魔法使いにさようなら。もいちど、さよなら、魔法使い」
「それは未来のこと?」

 人形はそれ以上は黙して語らない。
 もったいぶった人形の言葉遣いに半眼となっていたテーゼンは、

「じゃあ、僕らのことを言ってくれ」

と言い出した。
 すると人形は、冒険者たちの過去に受けた依頼――魔法の仕掛けがあった時計台のことや、ゴブリンに占拠された城砦の奪還、不動産屋から頼まれたお化け退治などについて次々と語り始めた。
 その的中に、一行は驚きと戸惑いを同時に感じ、やがて恐怖が侵蝕してくる。

「そしてこれからも大冒険。でもね、終わりはやってくる。それは小さな終わり方。冒険者らしい、終わり方…」
「ま、待て!その先は聞きたくない!」

 ロンドは武骨な手で人形の顔を塞ぎ、それ以上の発言を止めた。
 危なかった――そう、誰もが思った。
 決められた未来などない、運命は自分で切り開くもの。
 そう口に出さずとも思い定めていた彼らにとって、かの人形の言葉は非常に危険なものであった。
 もしもその先を語られていたら――正気を保てていただろうか?
 全員が額や首筋に浮いた冷や汗を拭う。
 シシリーが「とにかく」と切り出した。

「これが依頼の品みたいですね。持って行きましょう」

 注意深くテアの持っていた肩掛けに包み、荷物袋へと押し込める。

(…でも、この品は危なすぎる。下手に訊かないほうがいいわね…)

 一行はひとまず、テアの【安らぎの歌】やシシリーの【癒身の法】で酷い傷を塞ぎ、荷物袋に大量に持っていたメロンパンを食べて休憩を取った。
 これはかつて、テーゼンへ魔法の抵抗力を向上させる踊りを教えてくれた師匠が、ある花と引き換えにプレゼントしてくれたものだ。
 甘い味のついたふわふわの一片を口の中に押し込み、咀嚼し終わった不肖の弟子が、満足のため息をつく。

「……ふう、美味かった。これくれたムーサさんに感謝しないと」
「そうね。じゃあアンジェ、またよろしくお願いね」
「任せて、頑張るよ」

 再びシシリーから【賛美の法】による支援を貰ったアンジェは、落ちてきた小部屋を出ると、すぐ近くにあった嫌な予感のする扉は避け、違う方角に設置されている扉を念入りに調べてみた。
 見た目は今までのドアと相変わらず同じように見えるが、どうやらこれは鍵が掛かっている上、毒ガスの罠まで仕掛けられているらしい。
 無理な衝撃を与えると発動するそれを、アンジェは針金や糸による微細な動きで解除した。
 甘い香りの立ち込めた部屋に入ると、壁際のくぼみに一本の杖が飾られているのが見える。
 アンジェが部屋の中に仕掛けの無いことを確認すると、ウィルバーが杖に近寄ってしげしげと観察した。
 長さは彼自身が持つ≪海の呼び声≫とは違い、肘から手首くらいまでのワンドである。
 青みがかってはいるが、どちらかと言えば白く半透明な杖は、ガラスのような質感を持っている。
 装飾に乏しいものの、その先端に刻まれた紋様は確かに魔力を示すものであった。

「この杖……氷砂糖?」

 ぎょっとした顔になったウィルバーだったが、気を取り直して仔細に調べると、これは魔力を敵に投射することで相手を沈黙状態にし、士気を下げてしまうことが分かった。
 とりあえず触ってもべたつきはしない。

「持っているだけでも、魔法に関する抵抗力は上がるでしょうね」
「…ふむ。テーゼンに持たせたらどうじゃ?」

とテアは意見した。

「わしらの中で、戦いとなれば一番早く動くのはテーゼンじゃ。彼に持たせておけば、どうしても相手の呪文を先に封じてしまいたい時に役に立つのではないかの?」
「なるほど、そりゃいいや。なあ、黒蝙蝠。これ持てよ」
「ちょっと待て、アンタに命令される謂れはないぞ」
「まあまあ、羽の兄ちゃん。こんな短い杖だったら、ベルトに挟んでおけば邪魔になりにくいよ。防御効果もあるって言うなら、一時的だけでも持っておけば?」
「……うーん。アンジェに上手く乗せられたような気もするが、まあ持っておいてやるか」

 渋々、仲間に押し切られる形でテーゼンが≪氷砂糖の杖≫をベルトに挟む。
 杖のあった部屋を出るとまたモンスターの襲撃を受けたが、最初に撃たれた【炎の玉】以外の被害はなかったため、彼らは再度テアの【安らぎの歌】による治療を行なって一息ついた。
 天井を見上げていたシシリーがぽつりと呟く。

「……地下二階も、上と通路の様子は変わらないのね」
「油断はいけませんよ、シシリー」

 ややひそめられた深い低音は、すんなりとシシリーの耳に入る。

「恐らくですが、先ほど人形が言ったこと……シュツガルドのアンデッドは、龍も凌ぐ力があると。創造主に対する人形の誇張という訳ではなさそうです」
「誇張だったら楽なのに…。言いたいことは分かってるわ、ちゃんと警戒しておく」
「よろしくお願いしますよ、リーダー」

 くすりと悪戯っぽく笑って見せたウィルバーだったが、その瞳は真剣な光を宿している。
 シシリーはなまじ諭された内容よりもその光に気圧されて、背筋を緊張が伝った。

2016/05/03 12:04 [edit]

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