Mon.

ねことぼうけんしゃとその2  

 早朝の路地はまだ肌寒く、こんな時間に好んで風邪を引きそうな場所に出る、酔狂な者はいない。
 『年よりは早起き』という俗説を体現するように、日の出とともに起きる老婆は現在朝食を食べており、狗尾草――通称猫じゃらしを持って外に出ようとするアンジェを呼び止め、自分が使う肩掛けを貸してくれた。
 毛糸の肩掛けを朝の風に靡かせながら宿から真っ直ぐ路地にやって来た彼女は、また猫と邂逅している。
 アンジェと猫に残された距離は、彼女の歩幅でちょうど一歩分。
 この距離をつめるべく、猫じゃらしを両手に携え、ターゲットの前に腰を下ろす。
 相変わらず猫はアンジェを前にして身構えるものの、逃げ出すことだけはせずじっと見てくる。

「………」

 逸る心を鎮め、端を掴んだ狗尾草――この場においてはターゲットを攻略するための「武器」である――を相手の鼻先にそっと差し出し、擽るように小刻みに振った。
 ぴくりと三角耳が立つ。

「ミッ!!」

 ぴろぴろと動くそれを、目線だけでなく首を振って追いかけ、軽く浮いた前足が何かを招くように宙を掻いている。

(いける!)

 そう確信を得たアンジェは知らずのうちに詰めていた息を整え、くるりと柄を持ち直す。

猫4

 彼女は草の名前の通り犬の尾の動きを真似て、眼前で左右に振ってみた。
 猫はたっしたっしと前足を振り上げ、目の前で揺れるふわふわの塊を仕留めようと、盛んにパンチを繰り出している。
 目を輝かせている様子からすると、とても機嫌が良いように思われる。

(そうだ、これで擽ってみようかな)

 狗尾草を小刻みに動かしつつ、今度は猫の体に沿うように這わせてみた。
 擽る草の動きに釣られてコロコロとその場で転がり、体をくねらせて草にじゃれている。

(うわあ、とっても可愛い……)

 やがて、彼もしくは彼女は大きく伸び上がり、その柔らかそうな腹毛を少しの間、アンジェのどんぐり眼に曝した。

「アンジェー!」
「みゃっ!」
「あっ!!」

 猫の姿がはるか遠くに消えてしまった。
 遊び相手を失った狗尾草は、所在無いようにだらりと項垂れる。
 小気味いい足音とともに姿を現したのは、パーティリーダーであるシシリーだった。

「良さそうな依頼が張り出されてたわよ……と、どうしたのアンジェ。狗尾草なんて持って」
「………姉ちゃんの、バカー!」
「え!?」

 アンジェは両の手に草を握り締め、無言のまま襲い掛かった。
 とは言うものの、器用さはずば抜けていても大して力のないアンジェの拳など、厚い革鎧を装備した彼女にとっては何事もなかったのだが。

「なっ、ちょ、こら!私が何をしたって言うの!!」
「……っ!が、がんばってたのに…っ!」

 茎がへたってしまうまで両手の得物を振り回したアンジェは、頭からかっかと湯気を立たせながら路地をホビットの快足で走り出す。
 その後ろを、間の悪く八つ当たりの標的にされたシシリーが慌しく追いかけた。
 ……この一連の騒ぎを、≪海の呼び声≫という秘宝を手入れしつつ自室の窓から見下ろしていたウィルバーは、どうやってフォローしてやろうかと悩みながら部屋を出た。
 言い合いをしている二人組み(しかも片方は子供)は、人手の多いリューン市街でもなかなか目立つらしく、後からのんびり腰を上げたわりに、魔術師が追いつくのはそう難しくもなかった。
 通りすがりの人に聞き込みを繰り返すと、あっさり彼女たちの通った道を教えてくれる。
 ウィルバーが教えられたとおりに追っていくと、頭から熱湯を浴びせられた鶏もかくやというけたたましさで、露店の並ぶ通りの中、野菜を並べた――たしか昔、かぼちゃを大量に買わせられた女性店主の――店の前でいがみ合っている。

「……だって、そんな事とは知らなかったんですもの……」
「でも酷いよ、あんな大きい声を出す必要なんてなかったじゃん!」

 買い物に訪れている客たちも、目を瞠ってこの様子を眺めている。
 2人を見つけたウィルバーは、小さくため息をついた。

「いや、まあ、こうなるだろうとは思ってましたがね……」

 ウィルバーは足音を殺して近づき、二人の首根っこをいきなり引っ掴んだ。

「ぐえっ」
「うぐっ、お、おっちゃ……」
「2人ともね。もう少し周りを見てみなさい、恥ずかしい。幼児じゃないんですから、もう少し落ち着いて話を出来ないんですか?」
「うっ………」
「……」

 大人からの忠告に、一人前の冒険者であるはずの2人は言葉もない。
 両者とも顔を赤らめて大人しくなると、両手を上げて「降参」のポーズを取った。

「ほら、もう帰りますよ。妖魔退治の仕事が舞いこんでますからね」
「はーい」
「…………ちぇ」

 そして、宿に帰ったアンジェが知ったのは……村の近くの洞窟に住み着いた、妖魔退治の依頼だった。
 目撃した村人によれば、相手は臆病で知られるコボルトが数匹。
 簡単な、今まで何度も行なったような仕事である。
 これをさっさと済ませ、また暫く宿で休もうと……それがこの仕事を受けたパーティの意向だ。
 だから油断をしたつもりはなかったが、どうしてかできてしまった、ほんの一瞬の隙をつかれ――。
 依頼から帰ってきたその日。
 雨のそぼ降る中、≪狼の隠れ家≫の裏口にある庇の下で、アンジェは膝を抱えて座り込んでいた。
 泥に汚れたブーツの先で、水溜りが無数の輪を描いている。

「はぁ………」

 それを目の端で眺めていた彼女は、重いため息をついた。
 トンボを切り損ねたアンジェへの攻撃を、ウィルバーが無理矢理肩代わりした。
 彼は現在、自分の部屋で療養している。
 傷はもう塞がっている。
 ただ、「血が足りなくて動けないから」、と横になっている。
 怪我をするというのは冒険者の仕事には付き物のことだ。
 ウィルバーが敵からの攻撃を受けた場面なら、既に何回も見ている。
 だが――彼女がその理由になってしまったことは、今回が初めてのことだった。

「……あたし、盗賊なのに……」

 身の軽い盗賊がトンボを切り損ねて仲間に庇われるなんて――駆け出しにもない、馬鹿な話である。
 依頼そのものが成功していても、報酬を十分に貰っていても、ホビットの娘の心だけが晴れないまま、今日の空模様のごとくじめじめと湿っている。
 アンジェは彼に謝りそびれてしまったのだ。
 混戦の最中であったし、その後も、移動したり治療したりで、言うべきタイミングを逃がしていた。

「………ハァ」

 あの時からずっと、謝罪が喉元で凍りついたまま、ウィルバーの顔を見ることも出来ていない。
 ついでに、雨もずっと降り続いている。
 抱え込んだ膝に顔を埋め、目を閉じる。
 石畳を跳ねて飛び散った水滴が服に染み込み、不快な冷たさを被ったが、それに抵抗できるような精神状態にはなかった。
 ふるりと身を震わせる。
 寒さが、骨へと徐々に届くようだった。
 その時、にゃーという鳴き声が彼女の耳に届いた。

「!!」

 猫だ。
 ずっと触りたいと思っていた、ウィルバーの助言で近づけるようになった路地に住む猫が、彼女の小さな身体の横にいる。
 雨の滴る庇の下、半歩とない距離の内側で、まあるい目でアンジェを見つめている。

「……さっきまで、そこにいなかったのに。お前……いつきたの?」
「にゃーん」

 こんなに近くで見たことはなかったし、そもそもあちらから近寄ってきたことは皆無であった。
 猫はアンジェの泣き顔から視線を外し、もう一つの泣き顔――空を見上げ始めた。
 まるで、「止まないね」とでも話しかけられているような、不思議な感覚を覚える。
 ふっと、彼女はウィルバーの話を思い出した。
 村から洞窟に向かう途中の、ちょっとした雑談の一つである。

『猫に触る前には、まず指の匂いを嗅がせます。これは猫同士で言う挨拶みたいなものですよ。』

 その言葉に従ってそっと差し出された、短くまるまっちい指。
 猫は鼻を寄せ、すんすんと鳴らした。
 少しだけ触れた猫の鼻は、何となく湿った感触だった。

『そうしたら、背中側から手を回して、耳の間から首の後ろにかけて掻くようになでてやってください。……逆撫では厳禁ですよ。』

 かりかりと爪を立て、指の背中で撫でつける。
 猫は少し戸惑ったようにアンジェを見つめたが、逃げることはしなかった。
 そのまま背中に向かって手を滑らせると、湿気を吸ってしまったのか少し冷えた感触がするものの、その下に確かな、生きている温度を感じる。
 暖かい。温かい。
 そのまま続けていると、やがて猫は顔つきを柔らかいものに変えた。
 そして―――。

『相手に向けて猫が目をゆっくりと細めるのは、親愛の証です』

 初めて見せた猫の表情に、アンジェの口の端がゆっくりと上がった。

猫5

「君、もしかしてあたしを励ましてくれてるの?」

 ぱちり、ぱちりと瞬きが2回。

「おっちゃん、起きてるかな?」

 ことんと首が傾ぐ。
 透明度の高い水色の目の中には、情けない顔をしたアンジェが映り込んでいる。

「……行ってくるよ」

 特に反動もつけずに立ち上がったアンジェを、猫は物言わず見上げた。

「………ありがとう」

 裏口を半開きにした状態で振り返り、礼を述べる。
 新たに出来た友達からの応えはなかったが、アンジェはそのまま宿の中に入っていった。
 その場に残された猫は雨脚の弱くなった空を見上げると、ふわと牙がよく見えるほど大きな欠伸を零し、その場にころりと丸くなった。

※収入:報酬0sp
※支出:
※その他:城館の街セレネフィア(焼きフォウ描いた人様作)にて、【動の天球儀】を入手。
※つちくれ様作、ねことぼうけんしゃとクリア!
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■後書きまたは言い訳
42回目の仕事は、つちくれ様のねことぼうけんしゃと(フォルダ名・猫)です。
猫好きなプレイヤーさんには是非チャレンジして欲しい、猫と遊ぶミニゲームつきのプライベートシナリオです。
In the mirrorに引き続きつちくれ様にはお世話になってしまいましたが、経験点のバランスの関係でウィルバーとアンジェの2人組みを冒険に出す必要が出てきた際、これとガラス瓶の向こう(春秋村道の駅様作)と、どちらをプレイするかかなり悩みました。
ガラス瓶の向こうも大好きなシナリオで物凄くお勧めです。
じゃあ何故そちらを選ばなかったのかというと、前回の依頼で、元冒険者である死霊術師の所属していた宿に行く必要があったのですね。
それを違和感なく取り込めるのはどちらだろうと考えると、どう考えても、違う街に行くシナリオよりは、同じリューン市内で話が済むこっちの作品の方が相応しかったので、こちらを選択しました…にゃんこと上手く戯れられないアンジェの奮闘も、久々に年相応で可愛らしかった。幸せでにやにやしました。
上記のような理由のため、シナリオのオープニングで保護者役PCが宿に帰ってくる理由が、リプレイのものとは異なっておりますのでご了承下さい。
また、ちょこっと以前に書いたリプレイの要素を入れております。

こそ泥が石化した=石化の魔物(ぼぼるだー様作)
ハロウィン用の試作菓子=ハロウィン・ナイト!(サンガツ様作)
ロンドが黒猫と出会った街=抜き身のナイフ(月丘シクラ様作)
かぼちゃを大量に買わせた女性店主=祭りの後に(環菜様作)

こういうのをチョコチョコ入れられるのは、これまでの冒険の軌跡を追うようで作者としても楽しいです。
私は犬も好きですが、猫も好きです。
学生時代には近所で飼ってる人懐こい猫が、よく制服に毛が引っ付くのも構わずにすりすりしながら迎えてくれて、餌もないのに出迎えご苦労と思っていたのですが……。
そうか、餌で懐かせるよりも、指の匂い嗅いで腹を撫でさせてくれる方が、親密度は高いんですね…。

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。

2016/05/02 11:58 [edit]

category: ねことぼうけんしゃと

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