Tue.

狩る者を狩る者その1  

 こないだの鏡の事件からこっち、アンジェが何かと引っ付いてくることに閉口したロンドは、一人用の依頼を受けようと決意していた。
 まだ多くの冒険者たちが寝床に引っ付いている時間帯、彼にとって可能な限り静かに階下に下りる。
 朝の新鮮な空気を取り込むために窓を開けていた給仕役のリジーは、その手を止めてにっこりとロンドへ笑いかけた。

「おはようございます、ロンドさん」
「おはよう、娘さん。親父さんは?」
「納屋に餌やりに行ってますよ。ご飯、もう少し待ってくださいね」
「分かった」

 暖かい風が窓から流れてくる中、掲示板に貼られている羊皮紙を一枚一枚確認していくと……中に、食人鬼の名前が書いてあるものを発見した。

狩る者
 食人鬼、すなわちオーガは、人肉を好んで食する極めて危険なモンスターである。
 主に森林などに棲息するはずのそれが、どういった事情で村民を襲っているのかは不明だが、以前に鉱山に巣食った変異種をやっつけた経験のあるロンドには、一対一なら負けない自信があった。
 納屋のペット――有体に言ってコカトリスなのだが――の餌やりを終えた亭主が、入り口から入ってきて、掲示板の前に佇んでいる厳つい体躯に気づき、声をかけた。

「おや、ロンド。その貼り紙に興味があるのかね?」
「おはよう、親父さん。……そうだな。ちょっと一人用の依頼を受けてみたくてね」
「そいつは、余所の宿からうちに回されてきた、少々いわくつきの依頼でな」

 ≪狼の隠れ家≫の亭主は、ロンドへとりあえずカウンターに座るよう指示すると、手際よく厨房から白パンの籠とハムとチーズをたっぷり使ったサラダを持ってきた。
 彼がそれに手をつけているうちに、刻んだアーティチョークの混ざったオムレツを焼き上げ、すかさずサーブする。
 やがてロンドが満足の息をつくと、亭主は先ほど彼が覗き込んでいた依頼書を掲示板から剥がして、カウンターの上に置いた。

「あちらさんの話だと、これまでに腕利きを四人。まあ、四人と言っても1人ずつか。腕利き冒険者を四度も村に向かわせたそうだが――」
「その言い方をするってことは…」

 こくり、と亭主が首肯する。

狩る者1

「1人も帰ってこなかったらしいぞ」
「それはずいぶんと、きな臭い話だな……」

 食人鬼と互角に戦えると自負する少年は、もう一度貼り紙を見た。
 その視線の先で宿の亭主の太い指が、そっと最初の方の文章をなぞる。

「……となると、退治の手筈が整ってるというのも眉唾物だろうな」
「村ぐるみで何か裏がある……?」
「かもしれん。用心に越したことはない」

 この宿が引き受ける依頼にしては、かなりヤバイ山だ――ロンドはぎしり、と椅子を鳴らした。
 しかし、余所から回されてきたというのであれば、この喰えない亭主のことだから、調べられる部分については根掘り葉掘り聞き出しているに違いない。

「一つ、いいか」
「ん?」
「なんだって失敗続きなのに、1人ずつ向かわせた?」
「ああ、それはな…冒険者一名の助力云々ってのは、『1人だけでいい』ではなく、『1人でないと駄目』なんだとさ」
「なんだ、そりゃ」
「村人を襲う食人鬼……恐らくオーガなんだろうが、そいつがやけに臆病というか、知恵が回る奴らしくてな」
「……」
「村によそ者が二人以上いる時は、姿を見せんそうだ。……ずいぶん、妙な話だと思うがね」
「そうだな、妙な話だ」

 ロンドのやぶ睨みに近い目と、宿の亭主のすっとぼけたような目から放たれる視線が交差する。
 声に出さずとも、2人の意図は明らかだった。

「村はどこにあるんだ?」
「ここからクルベン村までは、馬で四日ほど掛かる。街道沿いに進めば道中の危険はなかろう」

 この依頼を受けるか?と亭主は確認したが、これは形ばかりのものだった。
 亭主は亭主でこれがどれほど危ない依頼かを無言のうちに伝えているし、ロンドはロンドでそれを承知で引き受けようとしている。
 だから、否という答えはなかった。
 ――これが四日前のこと。
 旅の準備を手際よく整えたロンドは、夕刻にはクルベン村の村長の家にその身を運んでいた。
 夕暮れに紛れて顔は見えづらいが、話し声からすると、大体宿の亭主の外見年齢と同じくらいの年だろう。
 小柄な身体を精いっぱい縮めるようにして、村長はこちらへ話しかけてくる。

「冒険者様、遠路はるばるよくぞいらっしゃいました」
「ああ」
「ではでは早速、ご依頼した食人鬼退治について、私のほうからお話させていただ――」

 その瞬間。
 風采の上がらない小男のセリフを遮るように、絹というよりはボロボロの木綿を裂くような悲鳴が、村長の家の外から上がる。

「むっ……まさか……」

 村長が気遣わしげに外を窺うと、さらに男の声で、

「化け物だーっ!化け物が出たぞぉーっ!」

という叫ぶ声がする。
 村長は暫し絶句した後、かさついた唇をもごもごと動かし始めた。
 目の前の年不相応に大きな体躯をした少年は短く返事をするだけで、特に威圧的な態度に出ているわけでもないのに、なぜか村長が萎縮してしまうような気を発している。
 実はそれがロンドの警戒心によるものだと、彼はまだ気づいていない。

「……冒険者様」
「なんだ」
「その、お疲れのところ申し訳ありませんが……どうやら彼奴が現れたらしく」
「そうみたいだな」
「まずは様子見ということでも、彼奴の姿をご覧になって頂ければ、当村と致しましては大変ありがたく――」
「…………」

 ロンドは村長の迂遠な言い回しに悠長に付き合うことなく、スコップを片手に屋外へと向かう。
 村長宅を出るや否や、顔立ちの整った婦人が待ち構えていたように、ロンドに縋り付いてきた。

「ああっ、冒険者様!」
「………」
「食人鬼が私の家に!夫が突き飛ばされて頭から血をっ!家には娘がっ!娘が……っ!」

 今にも失神せんばかりの婦人が指差す方向に進み行くと――戸が開け放しの古びた家が一軒。
 ガシャンガシャン、という何かが壊れる音の中で、先ほど村長宅で聞いていた悲鳴が混ざっている。
 どうやら状況は一刻を争うらしい。

(……だがな。油断は禁物だぜ……)

 ロンドはちょうどパーティ単位の装備変更により、シシリーから『夕日の鉄撃』という名前の武具屋で購入した≪カイトシールド≫を譲渡されていた。
 スコップを使うときには背に負っているしかないが、もしトトゥーリア遺跡で手に入れた≪サンブレード≫を振るうときには、これを構えることができる。
 昔手に入れた花の匂いで士気を向上し、スコップをぎゅっと握り直すと、彼は無造作にすら見える足取りで開け放した戸から突入した。
 ロンドが家屋に足を踏み入れた刹那。
 屋内から入り口目掛けて放たれたのは、短剣、鉄の矢、魔法の矢。
 無防備に受ければ致命傷となり得る奇襲攻撃であったが、ロンドは短剣を手の甲で弾いた後、一瞬のうちに身体を回転させ左に一歩動くことで背の盾に鉄の矢を当て、脇腹を掠めた魔法の矢をやり過ごした。

「これは……」

 ロンドの目が攻撃した者の姿を捉える。
 屋内には食人鬼のも子供もいない。
 ただ、ゴロツキ然とした5人の男女が、暗がりで不満顔を晒しているのみであった。

狩る者2

「……おいおい、嘘だろ?」

 ゴロツキの頭目らしき筋骨逞しい若者――ロンドよりは小柄だが――が率先して声を発し、張り詰めた空気を破った。

「全部避けられちまうなんてな。テメェ本当に人間かよ?」

 賞賛とも呆れとも取れる表現だが、動揺は小さく声の調子も平坦に近い。

「人間だよ。あいにくな」

 自分のパーティにいる黒い翼の仲間を思い出しながら、彼はそう答えた。

「今までここに来た冒険者どもは、これだけでおっ死んだんだが。こういう時はどうしたもんか……」
「コイツ黙って逃がす訳にはいかねえよな?」

と言って、短剣をくるくる弄ぶ小柄な青年。

「あったり前でしょー。治安隊にチクられたら、あたしら全員お尋ね者」

 身体の線を露にしている妖艶な佇まいの女。
 悲鳴を上げていたのは子供ではなくこの女だったようだが、酒焼けでもしているのか、さほど高い声が出なかったせいで、絹を裂くようにはいかなかったのだろう。
 ニヤニヤ笑いを浮かべながら女の肩を叩いたのは、頭目に負けず劣らず巨躯の男だ。
 いかめしい容貌に思えるが、

「楽に稼ぐのもいいけどさあ。たまには冒険者らしく、頑張って戦わないと駄目だよね」

などと、口調は柔らかい。
 だが口調はともかく、男のセリフの内容は、まったく持って見過ごせるものではなかった。

「……冒険者だと?」
「ああ、俺らは冒険者。あんたと同じ冒険者。……何かご不満でも?」

 後ろ髪を紐で縛った色男が歌うようにそう言って、小型のクロスボウに矢を番えた。
 彼は続けて発言する。

「あんたは妖魔をチマチマ狩って稼いでんだろ?俺らはあんたみたいな冒険者様を狩って稼いでんのよ」
「遺跡荒らしだの秘境探索だの……当たればでかいがそうそう当たるもんじゃねぇ」
「そうそう!半年近く粘ったのに、成果なしってこともあったよねー」

 頭目と女がわざとらしい笑い声をあげる。
 ふと、まったくロンドが表情を変えていないことに気づき、頭目は笑いを収めた。

「……で、ある時気づいたんだ。高価なお宝をこれ見よがしに持ち歩いてる同業者の存在にな」
「……」

 頭目の視線が、ロンドがベルトに挟んでいる≪サンブレード≫を見た。
 確かにこれは古代の宝物の一つかもしれない。
 霊体は切れないものの、その刀身から発せられる高熱は、普通の武具にはない鋭さを持って振るわれる。
 価値的には彼が手にしているスコップの方が高価ではあるのだが――さすがに、これがどういった魔力を持っているかまでは、初見では分からないだろう。
 つまり――こいつらは、彼の持つような武具や貴重な魔法の道具などを、これまでにずっと1対多数で奪い続けてきたのだ。

「ただ、そういう野郎は大抵仲間とつるんでやがる。そいつらと真正面からやり合うなんてのは旨くねぇ。だから知性派の俺達としては、話が分かるクルベン村の皆さんにご協力頂いて――」

 そこから先は、ロンドが引き受けてやった。

「偽の依頼を出し、冒険者を1人ずつ誘き寄せた……」
「おっ、正解!」

 ぱちぱちと、クロスボウを持った色男がわざとらしい拍手をしてみせる。
 短剣を相変わらず弄ぶ青年が、ふふんと鼻を鳴らした。

「相手が1人なら不意打ちで余裕。それに、単独で依頼受けるような自信過剰野郎ってのは、大抵いいもん持ってんだよな」
「この前、売っ払った金ぴかの剣は凄かったよね。銀貨の重みで袋が破けちゃって、もう大変」
「あの冒険者さんには感謝しないとねー。どこに埋めたか覚えてないけど」
「墓地の近くじゃなかったっけ?ま、どこでもいいっしょ。冒険者が死のうが失踪しようが、治安隊はロクに調べねえし」

 悪党どもは和気藹々としている。
 私利私欲で同業者を殺めることなど、彼らにとっては日常茶飯事なのだろう。
 要するに、これは彼らにとっての狩りなのだ。
 食べる為に野うさぎを狩るのと同じ感覚。
 彼らの今回の獲物は――ロンド。

2016/04/26 12:04 [edit]

category: 狩る者を狩る者

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